51. ピュアVSアーススライム 3
日向に指名された安田は、眠そうに眼をシパシパさせながら日向へと向かってボヤく。
「えー。 なんであたし? そこのチャラ男に、任せればいい」
安田は、心底面倒臭そうな顔をして座りながら手にしている杖の先を湯屋へと向ける。
「ちょっとぉ〜。 チャラ男は酷くないかなぁ? 僕、そんなにチャラチャラしてないと思うんだけど? まいったなぁ」
湯屋は、安田に杖先を向けられながらも両手を広げて肩を竦めてニコニコした顔で安田の言葉をサラっと流す。
「湯屋君は次で、先ずは安田君にユーザー達の手数を増やして欲しい。 早く倒せば早く帰れるけど、どうかな?」
安田は日向の早く帰れると言う言葉に反応し、無表情で身体を起こして立ち上がる。
「そんじゃ、いっぱい増やす。 早く倒して、早く帰って、ゲームの続きする」
この状況の中、全くアーススライムを気にしたそぶりもない安田に対し、日向は「ふぅ〜」っとため息をはきながら微妙な表情をしながら指示を出す。
「各自、続けて5連続の火属性の魔法の用意を! それでは、安田君頼む!」
了解!
「うん。 分かった」
日向は、本当に分かっているのか分かっていないのかといった表情が読めない安田の顔を見た後に、ユーザー達へと視線を移す。
「それでは各自、用意!」
日向の言葉と共に、安田は手にしている何かの木でできた杖を頭上へと掲げて呟く様に言葉を発する。
「増やせ」
安田が杖を頭上へとかざし、空中へと円を描きながら声を発すると同時に、ユーザー達の前へと直径30cm程の黄金のリングが地面と直角に空中へと現れた。
「【ハーベスト】」
更に安田が言葉を付け加えると、浮かんでいる黄金のリングが音もなく10m程まで広がり、それを見ていたユーザー達は突如現れた巨大なリングに対してどうすれば良いのかと言った様な困惑した表情を浮かべながらも日向の合図を待つ。
・・・・・・
「発射!」
黄金のリングが完全に広がりきったタイミングで日向はユーザー達へと指示を出し、日向の合図と共にユーザー達は黄金のリングを潜る形で再度アーススライムへと向けて火属性魔法を連続して射出する。
ユーザー達が放った魔法がリングを潜った瞬間、放たれた魔法の数が1つ、2つ、3つ、4つ、とどんどんと増えていき、アーススライムへと着弾するまでには100にも及ぶ火属性魔法が雨霰の様にアーススライムへと降り注いだ。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドっ!!
リングを潜ったユーザー達の火魔法は、アーススライムが日向達へと向けて展開させていた触手の束を弾き飛ばすかの様に数の暴力で押し切りながら着弾していき、触手を掻い潜ったり少し遅れて飛んできた無数の火魔法は、アーススライム本体へと僅かずつではあるが確実にダメージを与えていく。
一度に100近い魔法が一ヶ所へと振るわれた為、アーススライムがいた場所はモクモクと土煙が上がっており、舞い上がる土煙によってアーススライムの姿が完全に隠れてしまった。
・・・・・・
安田を除く一同は、眼前で起きた数の暴力に対して目を見開き、モクモクと激しく舞い上がる土煙へと向けて意図せずに視線が固定されてしまっていた。
「・・・やったか?」
そして、湯屋が土煙を見ながらこの状況で一番言ってはいけない事を平然と呟いた。
「はーい。 チャラ男がフラグを立てたので、これより、回収に入りまーす」
湯屋が呟いた言葉に対し、安田は即座に抑揚のない声で反応し、粉塵が乱れている土煙へと向けて指をさした。
「・・・来るぞ・・・」
日向も何かを感じ取ったのか、ゴクリと唾を飲み込み、手にしていた槍をギュゥっと力強く握りしめる。
瞬間、無数の細い触手が土煙をブワっと払い除けながら、まるで、蜘蛛の巣の様に天井、壁、地面へと縦横無尽に突き刺さった。
「まずい!? ヤツが回復するぞ! 攻撃を続けろ!」
前回も同じ光景を見ていたユーザー達は、日向の声へと直ぐに反応し、安田がいまだに発現させているリングの中へと向けて一斉に連続して魔法を放ったが、触手は千切れたり切れたりした端からまた伸びてと言う事を繰り返し、ユーザーが放っている魔法の数よりも、地面や壁、天井へと伸びて行く触手の数が遥かに上回った状態になった。
ユーザー達は全ての触手による回復を阻止する事ができず、アーススライムはみるみるとその身を回復させていく。
しかも、つい数秒前まで細かった触手は、どんどんと太く大きく巨大化し、回復により巨大化した触手は、元の大きさの倍以上となって、まるで巨木の様な太さへと姿を変貌させた。
今までアーススライムは60年と言う年月をかけて少しずつ地面を吸収して大きくなっていったのだが、この度の思いがけない致死性の攻撃により、自身の生存を保つ為にダンジョンの壁や地面、天井を見境なく過剰に吸収し、最奥の広場の広さを拡大させながら雄太が戦ったアーススライムと同等の大きさへと身体を肥大化させた。
「なんで、こうなったし。 これは、チャラ男が責任を持って、一人で、フラグを回収するしか、ない」
「ちょ!? ちびっ娘!? 無茶言わないでくれよ! 流石の僕でもこれを一人で対応するのはホンキで面倒臭いぞ!」
肥大化したアーススライムを見てもまだまだ余裕がある安田と湯屋に反し、ユーザー達はこの世の終わりを見ているかの様な青ざめた表情をしながら必死にアーススライムへと向けて魔法を放ち続ける。
「ほら。 チャラ男。 さっさと手伝え。 このままだとユーザーさん達が、危ない」
安田の言葉に湯屋はやっと気づいたのか、大量の汗をかき息を荒くさせながら必死で魔法を放ち続けているユーザー達を見て能力を発現させる。
「あぁ〜、もぉっ! 顕現せよ! 【ガンディーバ】! 僕はさっさとこいつを倒してデートに行くんだ!」
「あ、また、フラグたてた」
「もぉ! 君はさっきからうるさいな! こうなったらデートの為に容赦無く行くよ! 散れ! ──【バフゥ・アグニ】!」
湯屋はチャラけた目を瞬間的に真剣な目へと変貌させ、矢の本数が5本へと増えたアグニを黄金のリングの中へと向けて連射して放った。
湯屋が放った5本の赤い矢は、リングによって数を増幅させ、無数の赤い線を描きながら壁や天井に取り付いているアーススライムの触手へと突き刺さり、いとも簡単に爆散させた。
「ほらほら。 あの触手が壁とか、天井とかにくっついているところを、よく狙って」
「そんなの言われなくても分かってるよ! なんなんだい君は一体!? なんで僕ばかりが働いているのさ!? 君も魔法使えるんだろ!?」
「チャラ男が、フラグ立てた、から?」
安田は頭を横にコテンと傾げながら、何故か疑問系で湯屋へと返答した。
「あぁぁぁ! 分かったよもう! それじゃ、もっと僕の矢の数を増やしてよ!」
「え? それは、結衣へのお願い?」
「うわぁ!? ホントなんなの君は!? もうお願いでいいから数をもっと増やしてください!」
「うむ。 では増やして、しんぜよう」
「──クっ!」
湯屋は安田の態度に少し腹を立てたのか、まるで、この会話のストレスを発散するかの様に、リングの向こう側にいるアーススライムへと向けてアグニを連射する。
「実れよ、実れ。 沢山実れ。 ──【サープラス・ハーベスト】」
安田が杖の先端をリングへと向けて言葉を紡ぐと、顕現しているリングの内側へともう一つのリングが現れ、2つ目のリングが現れたと同時に、リングを潜った湯屋とユーザー達の攻撃の数が更に増え、リングの向こう側へと夥しい数の魔法と火の矢が現れた。
リングを潜り抜けた夥しい数の攻撃は、一見、アーススライムの触手を着々と削り始めてはいるが、巨大化したアーススライムの回復量と同等の速度の様であり、このままでは日向達はジリ貧になると言う事が明らかに見て取れた。
日向が現状に焦り出しながらもユーザー達の指揮をとっていると、心配そうな顔をした笹川が大剣を抜いて日向の元へとやって来た。
「え〜と、日向さん? なんかこのままじゃヤバそうなので、私も出ますね?」
「すまない笹川君・・・ あの時一気に畳み掛けていればこうはならずに済んでいたのだが・・・ これは私の指揮が不甲斐ないせいだ・・・ こう言う状態になってから頼むのもなんだが、すまないが君の力を貸してくれ」
「いいですよ、そんなに気負わなくても。 まだ検証を始めたばかりじゃないですか? まだ3日もあるんで、これから最善を考えていきましょ! それじゃ、ちゃっちゃと片付けてきますね!」
日向と話し終えた笹川は、大剣を片手に軽い足取りで安田の元へと駆けて行く。
「結衣ちゃん。 私ちょっと行ってくるね。 って事でいつものアレやってぇ」
笹川は安田の側へと駆け寄ると、右手に持っている大剣を両手で地面へと突き立て、スッと自身の両腕を安田へと差し出した。
「綾香ちゃん、行っちゃうんだ? 心配ないとは思うけど、気をつけてね」
安田は、慣れているかの様に笹川に差し出された両腕の手首へとそっと自分の手を乗せ、徐に能力を発動させた。
「実りの加護を。 ──【ハーベスティング・エイド】」
安田が笹川の両腕へと向かって能力を発動させると、笹川の両手首が金色に輝き始めた。
笹川の両手首へと現れた光は、笹川の手首に沿って時計回りにグルグルと回りだし、笹川の細い両手首へと、金色に光る光の輪が現れた。
「ありがと! そんじゃ行ってくるねぇ〜!」
「うん。 行ってらっしゃ〜い」
笹川と安田はお互いにガツンと右拳を突き合わせると、笹川は、地面に突き刺していた大剣を片手で軽々と引き抜きながらアーススライムへと向けて走りだした。
「そんじゃ、いっくよぉ〜! ──【マルス】!」
笹川は、アーススライムへと向かって走りながら、自身の能力を発動させた。




