30. 初めてのお泊まり
階段へと戻った雄太は、汗まみれになった身体を水龍で洗い、エルダが食べたのと同じハンバーグ弁当を取り出して食べた。
雄太が弁当を食べていると、何か物欲しそうな目でエルダが見ていたので、収納から適当にお菓子を取り出してエルダへとあげた。
「ふぅ。 やっと飯にありつけたわ。 マジで手間かけさせんなよ」
「うぐっ!?」
エルダは雄太の睨みに吃驚し、食べていたお菓子を喉に詰まらせた様で、ドンドンドンと勢いよく自分の胸を必死に叩く。
「そんじゃ、オマエにお約束の罰を与える!」
「えぇぇぇぇ」
「『えぇぇぇぇ』じゃねぇだろ! 元はと言えばオマエが悪いんだろうが!」
雄太の罰を与えると言う言葉に、エルダは何故か不機嫌そうな感じでお菓子を食べるスピードを上げた。
「俺はこれからここで寝る。 そこでだ。 オマエは俺が起きるまで発現しといてやるから、周りを警戒しながら見張りをしろ。 どうせオマエは寝なくても平気なんだろ? デバイスで目覚ましはセットしておくけど、何かあったら真っ先に俺を起こせ。 分かったな?」
「ハァぁぁぁぁい」
エルダは心底やる気がない様な感じでダルそうに返事を返す。
「そうか。 やる気がないのか。 じゃぁ、夜食としての追加のお菓子は無──」
雄太が「無しだな」と言い切る前に、エルダは『カ』っと踵を甲高く鳴らし、何処ぞの規律が厳しい軍隊顔負けの綺麗な敬礼をして即答した。
「サー! イエっサー! わたくしめが寝ずの番をさせて頂ければと思いますです! ユータ殿はごゆっくりとお休みくださいませ!」
「・・・・・・イマイチ信用ならねぇが、取り敢えず頼むぞ・・・ お菓子はここに置いておくけど、あんま食べ過ぎんなよ」
「ありがとうございます! サー! お任せくださいませ!」
酷いダメっ娘ぶりのエルダに心配を残しつつも、雄太は寝床が水平になる様に調整しながら水龍のベッドを階段へと発現させてそのまま眠りについた。
ピピピピっ
ピピピピっ
ピピピピっ
ピピピピっ
ピピっ
「ん〜ん・・・ うっせぇなぁ〜・・・ もう朝かよ・・・・」
雄太は自身でセットしたアラームの音で目を覚ました。
いつもは燦々と輝く太陽の明るさで目覚めるのだが、擦りながら開いた目には夜の様な薄暗い闇が広がっていた。
「なんだよ・・・ まだ夜かよ・・・ アラームの設定間違えたか?・・・」
雄太は、再度、水龍のベッドへと身体を預け、目を瞑って眠りに着こうとしたところで現状について思い出し、すごい勢いでガバっと起き出した。
「完っ璧に忘れてたわ・・・ そういえば、今、ダンジョンに居るんだったな・・・ そう言えばアイツ何処に行ったんだ?」
雄太が『ふぁ〜』っと欠伸をしながらエルダを探す様に辺りを見回すも、階段の上にも下にもエルダの姿はなく、何故か水龍の上の雄太の横でエルダが裸で寝ていた。
「・・・・・・」
あまりにも意味が分からない突然の出来事に対し、雄太は目を見開いて驚愕しながら思考が止まってしまった。
雄太は何故こうなったのかの状況が分からず、しばらく気持ち良さそうに寝ているエルダの綺麗な寝顔を見つめる。
普通、こう言うシチュエーションでは全裸の女性を見て頬を朱く染め上げてそっぽを向いたり、エッチな考えが浮かんで恐る恐るバレない様にコッソリとキスをしたり、紳士的に自身の服や毛布をかけてあげたりするパターンとか、色々とテンプレ的な行動があるものなのだが・・・
しかし、見張りをすっぽかしてムニャムニャ言いながらヨダレを垂らして気持ち良さそうに寝息を立てて寝ているエルダに対して雄太は殺意が湧き、力を込めた踵キックで水龍のベッドから蹴落とした。
ドガっ!
「ぐげっ!?」
ドサっ!
「ゲフン!」
エルダは、喋らなければ誰もが認めるくらい容姿端麗な見た目をしていると言うのに、一言でも口を開けば、少しでも目を離せばこの様にかなり残念なヤツなのであった。
雄太のスキルと言う事もあるが、そんな残念極まりないエルダの全裸を見たところで、雄太は欲が湧き上がって来る様な事も性の対象としてみる様な事もなく、エルダの肌が露出すればする程、まるで裸の王様の様なアホを見る様な冷たい考えに陥ってしまうのであった。
「おい。 起きろ。 なんでお前が俺の横で、しかも全裸で寝てたんだ? 見張りはどうした? 俺のスキルの癖に人間と同じ様に寝るとかどう言う事なのかじっくりと聞かせてもらおうじゃないか?」
「ちょっと〜! なにすんのよ、もぉ! せっかく気持ちよく寝てたのに〜!!」
「ほぉう。 気持ちよく寝てたのか。 昨晩、お前は俺とどう言う約束をしたんだ? お前は何をやると張り切って俺からお菓子を大量に持っていったんだ?」
雄太は腕を組みながらベッドの下に落ちている全裸のエルダをゴミを見る様な目で見下ろす。
「あ!? も、もちろん覚えているわよ! あれよね、アレ! 見張りよね! 見張り! ひゅ〜、ひゅひゅ〜」
雄太に見張りを言われていた事を思い出したのか、エルダは気不味そうに顔を横に向けて雄太から視線をそらし、口を尖らせて不細工な顔をしながら、何かの隙間から空気が漏れているとしか言い様のない、ふざけた音しか聞こえない下手糞な口笛を吹き出した。
「今「あ!?」って言ったよなオマエ? 絶対、確実に忘れてたよな? ・・・って言うか最悪に酷ぇ口笛だな・・・ スキップができないヤツのスキップも見るに耐えないくらい酷ぇが、口笛が吹けないヤツが吹く口笛もマジで酷ぇな・・・」
雄太は起きた早々に残念っぷりを発揮しているエルダを見て、見張りをせずに寝てたと言う怒りよりも、なんでこうもコイツは可哀想すぎるんだという感情の方が勝ってしまっていた。
「ば、馬鹿にしないでよね! 口笛くらい簡単に吹けるんだからね! ひゅ〜すひゅ〜すぅ〜すぅひゅ〜」
エルダは雄太にバカにされた事にムキになり、さらに口を尖らせて顔をブサイクに歪めながら必死になって口笛を吹き始める。
「・・・なんかゴメンな・・・ 俺が悪かったわ・・・ 口笛は吸うものじゃなくて吹くものだからな・・・ いつか上手く吹ける様になるといいな」
雄太は口笛なのに空気を吸い込み出したエルダがとても可哀想になり、不覚にも涙が出そうになった為、口を抑えて顔を横へと背けた。
「だから口笛くらい吹けるって言っているでしょうが! 今からこの世のものとは思えない様な綺麗で澄んだ音色を奏でて見せるからちょっと待ってなさいよ!」
ムキになりだしたエルダは、口笛を吹くと言うのに何故か水の中へと潜る様に大きく深呼吸をしだしたので、これ以上エルダの不憫な姿を見たくなかった雄太は、取り敢えずエルダを宥めて口笛を吹くのを止めさせる事にした。
「あぁ、分かったよ。 今日は調子が悪いんだろ? 天才でもそういう日はあるものさ。 そんな事はもういいから、さっさと服を着ろ、服を。起きたなら朝飯にするぞ」
「あ?・・・ ──ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 裸だったって事わすれてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太はてっきりエルダの全裸を見た事で、酷く怒られて頬へとビンタをされたり、「ユータのエッチー!!」とか言われるかと思っていたのだが、エルダはバタバタと手足を動かしてアホな動きをしだすと言う雄太が思っていた以上に底無しの残念さんだった。
エルダは雄太から指摘を受けてあたふたしながら、いつもの服を自身へと発現させた。
雄太はエルダの底無しの残念っぷりに溜め息も出ず、取り敢えずガン無視して収納からアンパンと牛乳を2人分取り出した。
「どうせお前も食べるんだろ? ホラ、これでも食ってろ。 って言うか、俺がダンジョンに入る前に買い貯めした食料は2ヶ月分くらいだから、オマエが食べるってなると、1ヶ月分くらいの計算になるな・・・ 最悪、食料が少なくなって来たらお前は食べるのを止めろよマジで。 俺が食えずに力尽きるとかマジで無しだからな」
やっと落ち着いたエルダと雄太は、草原が目の前に見える階段へと座りながらモソモソと朝食を取り始める。
「おいしいねコレ! なんて言うのコレ?」
エルダはたかがアンパンと牛乳にも喜んでおり、一瞬でペロリと完食した。
「美味しいと思うんだったら、もっとゆっくりと味わって食べろよ? 今お前が食べたのはアンパンって言う食べ物で、飲んだ物は牛乳って言う動物のお乳を少し加工したものだ。 説明するのが面倒臭いからそれで納得してろ。 って言うか、なぁ、1つ聞いていいか?」
「アンパン、牛乳、え? なになに?」
「オマエ、なんで寝てたんだ? しかもぐっすりと。 そもそもスライムは寝るのか? って言うか、オマエって俺のスキルだよな?」
朝食を食べ終えた雄太はエルダが寝ていた事に疑問を感じており、今後に支障が出ない為にも早い内に聞いておく事にした。
「う〜ん。 スライムも寝るよ。 でも、2日とか3日置きに数時間程度だけどね。 基本、起きている時間が多いね。 わたしもそんな感じだったんだけど、ユータのスキルになってから、何故かユータが寝るタイミングで眠くなるのよねぇ。 ユータより数時間は起きてられるけど、朝方は眠気に勝てなくて気づいたら寝てるかな? スキルだから別に寝なくても良いかもなんだけど、ユータのスーツのレベルが上がってからユータが寝て起きるタイミングが私も寝て起きるタイミングみたいになってるのよねぇ。 なんでだろうねぇ?」
エルダは結構重要な事をアホな子の如く、あっさりと何事もないかの様に話す。
「オマっ!? なんでそんな重要な事を早く言わねぇんだよ!? こんなんじゃ俺が寝た時にオマエに夜警や見張りを任せられねぇじゃねぇか!? 馬鹿かよ!?」
雄太はコレから夜寝る時はどうしようかと腕を組んで悩み始めたのだが、取り敢えず今夜寝る時に再度考える事にした。
「それと、なんで裸で寝てたんだ? 服ならオマエの好きに発現できる筈だろ?」
「あぁ〜、それはスライムの時の癖ってやつかな? スライムの時は基本丸裸な感じだから、寝るときは裸にならないと落ち着かないのよねぇ。 それか、今度から寝る時はスライムみたいな形になって寝る事にするから」
「いや、それだけは本当に止めてくれ。 起きた瞬間に横にスライムがいたらマジで心臓に悪いから。 いくら横にいるスライムがオマエって分かっていても、それだけはマジでキツいから。 せめて薄い服とか下着みたいに、オマエが寝るのにあまり気にならない様な楽な格好で寝ろ。 全裸のオマエと寝ているところを誰かに見られたら、マジで通報されかねないからな・・・」
「あるぇ〜? ユータはわたしが裸でユータの横で寝る事にドキドキしている感じなのかなぁ〜? エロい事とか考えちゃったりしているのかなぁ〜? わたし、襲われちゃったりしたらど〜しよ〜。 プークスクス」
エルダは雄太からの寝る時の格好の提案に対し、何故か揚げ足を取る様に雄太を揶揄始める。
「いや、マジでそれはねぇから。 事実、お前は元スライムで、今は生命体ですらない俺のスキルだからな。 せいぜい抱き枕がいいところだな。 しかも抱き枕にするなら水龍の方がひんやりしてて感触もいいから。 残念でアホなオマエを抱いて寝るとか、俺にまで残念やアホが移りそうで恐怖しかねぇわ」
雄太はバッサリとエルダの揚げ足を切り捨てて立ち上がる。
「そんじゃ、朝飯も食べた事だしそろそろ行くぞ。 今日はスライムを狩るついでにガーディアンも探さなきゃなんねぇし、昨日より多く動くからな」
エルダは立ち上がった雄太を見ながら何やらブツブツと言いだしていたが、雄太はそれを無視して赤腕を両腕と背中に出現させた。
「そんじゃ行くぞ。 エルダ解除! お前は昨日みたいに察知に映し出された全てのスライムを全滅させろ。 俺はお前が吸収しやすい様なところを走るから」
そう言うと雄太は、察知に映し出された赤いアイコンが密集している箇所へと向けて走り出した。
2話目です。
次からガチモードに突入していきます。




