29. 食い物の恨み
雄太に発現されたエルダは、スッキリとした顔で目を瞑りながら両手を何かを祈る様な感じで胸の前で組んでおり、まるで悟りの境地に達した釈迦や仏陀の様に神々しく真っ直ぐに立っていた。
「「・・・・・・」」
得も言えぬウザい沈黙が流れるも、エルダは清々しい顔で一言も喋る事なくただ立ち尽くしている。
「オマエ、何してんだ? 本格的に頭がおかしくなったのか?」
「・・・・・・」
エルダは雄太の暴言にも暖簾に袖押しであり、まるで何とも思っていないと言う様な素振りである。
「いい加減にしろよ。 こっちは腹減ってんだからよ」
「・・・・・・」
「チっ。 ──まぁイイや。 とにかく俺は飯食うから、オマエは適当に自由にしてろ」
と言って雄太が収納から出したハンバーグ弁当へと手を付けようとした瞬間、静寂を保っていたエルダが口を開いた。
「妾は清らかなる供物を所望するぞよ」
「・・・・・・」
雄太が弁当へと手を付けようとした途端に動き出したエルダは、まるでどこかの物語に登場しそうな女神かと見間違える様な優しい笑みを浮かべながら雄太の弁当を指さした。
「「・・・・・・」」
雄太は迂闊にも突然口を開いて動きだしたエルダへと顔を向けてしまい、方や慈愛を含んだ目、方やまるでゴミを見る様な目と言う、お互いの相入れない視線が交差してしまった。
「・・・なんだ? オマエも食いたいのか?」
ニコニコ
「「・・・・・・」」
「何かオマエも食べるか?」
ニコニコ
「「・・・・・・」」
「なんだ食いたくないのか」
キッ!
雄太の質問に一言も答えずにニコニコと笑みを作り続けていたエルダがウザくなった雄太は、ウザいエルダを無視して弁当へと箸を付けようしたところ、エルダの顔は、今までの女神の様な顔から恐ろしい鬼の様な顔へと変貌し、雄太を親の仇と言わんばかりの形相で睨みつけた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
雄太はエルダが変貌させた余りにも恐ろしい形相に驚いて思わず声を上げてしまい、ビクっと身体を震わせて驚いた拍子に手に持っていた弁当を落としてしまった。
雄太の目に映るハンバーグ弁当は、まるでスローモーションの様に階段の角へと向かって落ちていき、「しまった!」と思った時には時既に遅しであり、弁当が階段の角へと接触して中身をブチ撒けると言うビジョンが脳裏で鮮明に見えた。
中身をブチ撒けると言う数秒先のビジョンを見てしまった雄太は、やっちゃった感と諦めと言う感情が多分に混ざっており、心の中でハンバーグ弁当を諦めた。
がしかし、雄太の視界へとスローモーションで弁当が落ちていく姿とは別に、雄太の視界の外から現れた何かが凄い速さで弁当を掴み取って弁当ごと消え去った。
「な!? なんだ今のは!? ない!? 俺のハンバーグ弁当がない!? 弁当が消えたぞ!? 何なんだコレは! 一体何が起きたんだ!?」
雄太はまるで狐に抓まれた様な何とも言えない感覚を覚え、いくら自身の辺りを見回してもそれらしきモンスターや痕跡が全く無かった。
雄太の脳裏には凄い速度を持っている新たなスライムの影がチラついて、臨戦態勢をとりながらエルダへと視線を移す。
「オイ! エルダ! 今のみた──」
雄太は、今、この場で起こった不可思議な状況を確認する為にエルダへと視線を移したところ、エルダは雄太に背中を向けて胡座をかき、下を向いて座りながら何やら咀嚼音を経てていた。
「──か・・・・」
「──モグモグ。 ─ゴクン。 ─え? 何?」
「・・・・・・」
雄太の前から忽然と姿を消した筈の弁当はエルダの手の中に、中身のハンバーグはエルダの口の中へと収まっていた。
「そんなに慌ててどうしたの? スライムが現れたの? それともレア種? ──モグモグ」
エルダは、まるで何事もなかったかの様な素振りをしながらあっけらかんとした表情で、雄太が落として忽然と姿が消えた筈の弁当を食べていた。
「・・・おま・・・」
「え? なになに? どうしたの? ──ガツガツガツガツ! ──モグモグモグモグ」
雄太は、弁当が消えた原因が雄太が目で追えない程の速度を持った新たなスライムという考えの全てを打ち崩され、目の前で呑気に消えた筈の弁当を一気に掻き込んでいるエルダへと生まれて初めて殺意が湧き、感情を抑えきれずに心の底から自身の身体をワナワナと震わせた。
「・・・・・・俺の ・・・俺のハンバーグ弁当を、 ──返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
雄太はエルダを捕獲して亡き者にする為に、右腕に溶解、左腕に毒爪、背中に10を超える炎龍を瞬時に発現させた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? こ、こ、こ、 ──殺されるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
普段は動きも遅く、戦闘では全く使い物にならない筈のエルダは、この瞬間ばかりは自身の魂のみならず存在までもが消滅する危険を感じたのか、今までに見せたこともない様な俊敏な動きで雄太の眼前から姿を消して、2層へと続く階段を飛ぶ様に駆け降りて行く。
「俺から逃げられると思うなよクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太は階下へと姿を消したエルダを追いかける為、レベルの上がったスライムスーツの全力を出して階段を降りる。
レベルが上がったスライムスーツの全力は、螺旋状の階段を全力で降りるにはスピードを活かしきれず、ある程度走る速度を抑えなければならなかったのだが、雄太は無意識の内に階段を走るのではなく、速度を殺さずに壁を蹴って直線的な動きで階下へと降りて行った。
「絶対にブチ殺してやる! 身体には苦痛を、心には闇を刻み込んでやる!」
人外な動きで壁を蹴り跳ねながら階段を降りて行った雄太は、2層の草原に着くと同時に同族察知をフルに使い、キョロキョロと激しく首を振って辺りを見回す。
しかし、エルダは雄太のスキルだった為、同族察知では見つける事ができず、1秒1秒と過ぎていく時間に雄太は苛立ちを覚えた。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 何処に行きやがったアイツ!」
辺りを見回すもエルダの影は全く無く、2層のだだっ広い草原は足の短い草が生えて風にユラユラと揺れているだけだった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ・・・あ?」
怒りに任せて草原へと向かって腹の底から咆哮をあげた雄太は、自身の横からヒョロヒョロと現れている紐状の膨張に気付いた。
ニタァ〜
自身から延びている紐状の膨張を見つけた雄太は、口角を三日月の様に鋭角に吊り上げて、まるで悪しき存在を纏めて模った様な邪悪な笑みを浮かべた。
「みぃ〜つけたぁ〜♩」
雄太は草原へと延びている膨張を、まるで罠に掛かった獲物を引き上げる様に、心を踊らせて楽しみながら少しずつゆっくりと縮めていく。
紐状の膨張がある程度短くなってくると、膨張の先の方で土砂を巻き上げながら地中から現れたエルダの姿があった。
「ブっハァぁぁぁぁ!?」
紐状の膨張を短くされた事でエルダは抗えない力によって身を潜めていた地中から引っ張り出され、身体中に土を着けながら勢いよく飛び出して来た。
「よぉ。 さっきぶりだなぁ。 俺から掠め取ったハンバーグは美味かったかぁ?」
エルダは雄太に見つけられたと言う焦りからか、表情には恐怖がベッタリと張り付いており、脚をガクガクと震えさせながら立ち竦んでいた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
雄太と視線があったエルダは、脚の震えが更に激しくなり、終いには腰へと力が入らなくなったのか、地面へペタっと自身の臀部を着けた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
エルダは暗く焦点の合っていない恐怖に怯える目で雄太を見つめながら、手を合わせて生へと縋る様に祈りながら謝罪の言葉を連呼する。
「素直に食べたいと言えば良いものを、俺への仕返しをしたつもりなのか?」
「は、はぃぃぃ! 貴方様の仰る通りですぅぅぅ! 悪気は全く、 ──いや、少しはありましたが、 軽い仕返しをと思ったのですが、こんな状況になってやり過ぎたと気づきましたぁぁぁぁ!! ど、どうか! こんなイヤらしくも意地汚いメスブタの私めに、貴方様の寛大なお慈悲をお与えくださいませぇぇぇぇ! 何卒、何卒ぉぉぉぉぉ ──お慈悲をぉぉぉぉぉぉ!!」
エルダは自身を酷く自嘲自虐しまくった上に、まるで何処かの教科書に出てきてもおかしくない程に洗練された隙のない綺麗な土下座で頭を地面へと擦り付ける。
雄太は余りにも哀れ過ぎるエルダの行いに自然と溜息が出た。
「ふぅ〜。 どんだけダメなヤツなんだよオマエは・・・ もう怒る気も失せたわ・・・ 取り敢えず罰は与えるけど、今日は一日中動いた上にこんな事やらされてマジで腹へったから早く階段まで戻るぞ。 ホラ、さっさと立てよ」
雄太の罰と言う言葉にビクっと身体を震わせたエルダはゆっくりと顔を上げて立ち上がる。
それから雄太とエルダは少し急ぎ足で階段へと戻った。
さっさとバカを終わらせる為、今日は11時にあと1話追加で投稿しますです!
1話目です!




