287. マスターの行いは全て正しいです
「・・・・・・ なんでだよ・・・」
寝ているベッドで窮屈さを感じた雄太が目をシパシパさせながら開けると、雄太の毛布を奪い、雄太の腕へとしがみついている芽衣が雄太のベッドの中にいた。
「クソ。 ドアに鍵かけとくべきだった・・・」
雄太は面倒臭そうにボリボリと頭をかきながら、雄太の腕と一緒に抱き枕の様になって丸まっている毛布をワシっと掴み、毛布を引っ張って芽衣から力尽くで奪い返した。
「俺は毛布に包まってないと安らかに寝れねぇんだよ・・・」
雄太に無理やり毛布を奪い返された芽衣は、ちょっとした衝撃でビクンと身体を震わせるが、起きる事なくそのまま寝続ける。
横でスヤスヤと寝ている芽衣を全く気にせず、ましてや欲情する気配すらも見せず、まるで、なんでもないその辺に漂っている空気以下の存在として芽衣を扱っている雄太は、我関せずと言った様子で鼻下まで毛布を被り、安心した表情で二度寝へと突入した。
ピンポ〜ン
「・・・・・・」
しかしそんな雄太の至福の一時は唐突に鳴ったチャイムによって破壊された。
ピンポ〜ン
「・・・・・・」
ピンポ〜ン
再度なったチャイムを耳から遠ざけるために、雄太は頭の下にある枕で両耳を塞ぎ、寝ている態勢をゴロンと横向きへと変える。
しかし、
ピンポ〜ン
「・・・・・・」
ピンポン
ピンポ〜ン
ピンポ〜〜ン──
「──っっせぇぇぇな!! 出ないって事は居留守なんだよ!! 空気読めや!!」
ベッドの上で女性と一緒に寝ているにも関わらず、それと言ってコトに励んでいる訳でもなく、ただ単に寝たいだけの雄太は、毛布を剥ぎ取られていたことや、しつこいチャイムによって眠りを邪魔され、怒り心頭と言った様子でガバッとベッドから起き上がる。
そして、怒りに任せて自身の部屋のドアを開き、ドシドシと足音を立てながら玄関へと歩いて行き、横開きのドアを開ける為にダンっとスイッチを乱暴に拳の横で叩く。
「せっかくの睡眠を邪魔しやがって!! 居留守なんだよ、居 留 守ぅぅぅ!! 分かったら空気読んでさっさと帰れ!!」
雄太がスイッチを押した事でドアがスライドして開き、玄関先へと人の姿が現れた。
開かれたドアの先には、酷く驚いて表情を引き攣らせているギルフォードと、信じられない者を見る様に、これまた驚いた表情のエゼルリエルが立っていた。
ドアが開いたと同時に完全に目が据わっている雄太に睨まれたギルフォードは、理不尽とは知りつつも、申し訳なさそうに片手を上げてとりあえず謝る事にした。
「す、すまんな、マスター・・・」
「──っチ」
「「・・・・・・」」
あからさまに舌打ちをする不機嫌な雄太を目にしたギルフォードとエゼルリエルは、すごくヤリ切れないと言った表情で雄太を凝視する。
「んだよ! 何の用だ!! 人の睡眠を邪魔しやがって!!」
「いや、その・・・ なぁ・・・」
ギルフォードは責任を転換するかの様にエゼルリエルへと顔を向ける。
「なんでそこで私に話を振るのよ。 と言うかなんなのよあんたのマスター。 前々から思っていたけど、ホント異常よね」
エゼルリエルは呆れ果てた様子で溜息を吐きながら、ギルフォードから雄太へと視線を移す。
「押しかけて来るなり人を異常呼ばわりしてんじゃねぇよ!」
「いや、アンタは色々な意味で本当に異常よ。 ちゃんと自覚しなさいよ」
「ウルセェな! 人の睡眠を邪魔するだけじゃなく、ディスりに来たのかよ!」
「はいはい。 このままだと話が進まないからお邪魔させてもらうわよ」
「な!? ちょっ!? オイ!」
エゼルリエルは、最悪な寝起きで不機嫌な雄太を無視するかの様に雄太の横を通り抜け、そのままズカズカと雄太の家の中へと入って行った。
「・・・おじゃましますマスター」
「オイ!?」
ギルフォードもエゼルリエルと同じ気持ちだったのか、軽く会釈をした後、エゼルリエルの後に続いて家の中へと入っていった。
しかし、リビングへと続く廊下の途中で雄太の部屋のドアが開いており、偶々目線が中へと行ってしまったエゼルリエルは、雄太の部屋の雄太のベッドの上でスヤスヤと寝ている芽衣を見つけてしまった。
「ご盛んな事で。 若いって良いわねぇ〜。 そりゃ、居留守も使いたいでしょうね」
「はぁア!?」
エゼルリエルは含みのある言葉と共に口角を吊り上げながら、雄太へと視線を向ける。
「ちがっ──! コレは木下さんが俺の知らない内に俺の部屋に入って来てそんで──」
「その、 すまんなマスター・・・」
「オマっ!? なんなんだそのスッゲー申し訳なさそうな目は!?」
ギルフォードも雄太の部屋の中で寝ている芽衣の姿を見てしまい、ものすごく申し訳なさそうな表情を雄太へと向けた。
「まぁ、ご盛んなのは置いておいて、地球の管理者が言うメンバーが丁度揃ってて良いじゃない」
エゼルリエルは興味なさ気に雄太の部屋の前からリビングへと移動するが、リビングのソファーの上でシクシクと泣きながら横になっているラキを見て無表情となった。
「アンタ、一体どんなプレイしてたのよ・・・」
「ふ、巫山戯んな!! プレイってなんだよ!? してたってなんだよ!!」
「自分は他の女性と部屋でお楽しみで、もう1人は放置しておくって、どんだけ鬼畜なのよアンタ」
「どんだけ想像豊かなんだよ!?」
「マスター。 流石に放置はどうかと。 複数であっても、仲良く一緒に楽むのが漢の甲斐性だと私は思うのですが」
「なんでお前に漢の甲斐性について語られなきゃなんねぇんだよ!? 巫山戯んなよ!! アリアさんにチクってやるからな!」
「申し訳ございません。 マスターの行いは全て正しいです」
アリアの名前を出された事で急に態度を改め、どこぞの執事の様にギルフォードが深々と頭を下げる。
「オマっ!? 正しいじゃねぇよ!! そんな事考えてねぇし、そんなプレイしてねぇから! って言うかお前ら先ずは人の話を聞け!」
「ハイハイ。 アンタの性癖の話はケレランディアにでもしてあげな。 彼なら喜んで何時間でも聞いてくれるわよ」
「俺の性癖の話じゃねぇ!! ってか、なんで俺が自分の性癖の話を鈴木さんにしなきゃなんねぇんだよ!! どんな罰ゲームだよ!」
「では、エージとケレランディア、ヤリクも含めて、今度、交流会をしましょう。 私も是非とも参加させて頂きます」
「オイ! どんだけ最悪なメンバーなんだよ! ほぼ、クズしかいねぇじゃねぇか! ってかお前、どんだけ興味津々なんだよ!?」
エゼルリエルはまるで自分の家で寛ぐかの様に、泣いているラキの対面のソファーへと腰を下ろして脚を組む。
「それで、いきなりなんなのよ。 地球の管理者と名乗るものがいきなり現れて、アンタと一緒にミディアに行けって言われたんだけど」
エゼルリエルは睨みつける様に立っている雄太の顔を下から覗き込む。
「私のところにも来ましたよ。 ご丁寧に、私のダンジョンの管理者権限まで消して行きましたし・・・」
「マジ?」
「マジです。 借りてくねって軽く言い放って、アリアにも説明していましたし。 一体、何がどうなっているんですか?」
アリアの事を思い出したのか、ギルフォードは少し気まずそうな顔を雄太へと向ける。
「・・・アイツ、他に何か言ってたか?」
雄太はギルフォードとエゼルリエルの顔へ交互に視線を向ける。
「説明はアンタがするから、アンタと一緒にミディアへ行ってこいとしか聞いてないわ」
「アリアには色々と話していた様ですが、私にはエゼルリエルと同じ様な事を言っていました」
「あのヤロー・・・」
エゼルリエルとギルフォードへと適当な説明をし、全てを丸投げにされた雄太は、ガイアに対して怒りが湧いて来た。
「それで、なんで私等がミディアに行く訳? アンタ以外でもホイホイ簡単に異世界を行き来できるのかしら?」
「いや、俺、ホイホイ行ってないから。 って言うか、なんで俺が異世界間をホイホイ行き来できる前提で話始めてるんだよ」
「現にできているでしょ? ミディアに行くって言っていたアンタが、次の日には帰って来ていた事が吃驚よ。 アンタがミディアから知らない女性を連れて帰って来て、それを見た芽衣さんが暴れてるから止めてくれってアリアさんが私の所へ駆けつけて来た時、何度も自分の耳を疑ったわよ」
エゼルリエルはピンと尖った長い耳の穴へと小指を入れて、指を捻りながらホジホジとし始めた。
「まぁ、それはあれだ。 できたものはしょうがない。 まさか、俺もできるとは思っていなかったしな」
「流石はマスター。 今度、みんなでミディアへと旅行に行きましょう」
「いや、 まぁ、 うん・・・」
ギルフォードの斜め上の物言いによって、その場へと変な空気が流れてしまった。
「それで、なんで私とギルフォード、 ──それに芽衣さんが、アンタと一緒にミディアに行くのよ。 私、ものすごく忙しいんだけど。 世界樹がある場所が私のいる場所であって、今更ミディアになんて全く関心ないわよ」
エゼルリエルは心底嫌な顔をしながら雄太を睨む。
「私も、アリアがいる場所が私の帰る場所で、散々な目にあったミディアには全く興味はないな。 と言うか、アリアとまた離れ離れになるのは嫌なんだが」
ギルフォードもエゼルリエル同様ミディアに対して全く関心がないらしく、アリアから離れてミディアに行くと言うのを躊躇っている様だった。
「んなの知るか。 アイツがお前らに俺と一緒に行けって言ってんだから、行くしかねぇんだよ。 俺だってお前らと行くよりは1人で行った方が気楽ってアイツに言ったんだけど、アイツ、マジで人の言葉に聞く耳を持ちやがらねぇ。 最悪な神様の神託って思って諦めろ」
「神様の神託って、アンタねぇ・・・」
「気持ちは分かるが、とりあえずアイツからの依頼はこう言う感じだ──」
雄太はソファーで寝ながら泣いているラキの足を奥へと押しのけて腰を下ろし、ギルフォードとエゼルリエルへとガイアからのミディアでのミッション、それと、エルダの事について話し始めた。
「・・・何よソレ・・・ ミディアの管理者、完全にイカれてんじゃないのよ・・・」
「魔族の次は人型のスライムとか・・・ しかも、世界の崩壊・・・」
「だろ? しかも、それにあの馬鹿が色濃く関わっているとか、飼い主の俺が責任問題になるっつうの」
「まぁ、確かに。 エルダの飼い主はアンタだし、このままだと世界の崩壊はアンタの責任ってことになるわね・・・」
「ですね。 飼い主の監督不行き届きですね」
「・・・いや、お前ら・・・ 飼い主って言った俺もアレだけど、もう少し、こう、なんか言い方ってのが・・・」
エゼルリエルとギルフォードにとって、エルダは雄太のペット的な位置付けで完全に見られており、人権や尊厳は全くないものとなっていた。
「って事で、ミディアのスライムを狩って、エルダを探して連れ戻して、ちょくちょく地上に現れるらしいミディアを見つけて報告するってのがガイアからのクエストだな」
「はぁ〜── 最悪に面倒臭いクエストね。 全部アンタのスキルのせいじゃない」
「うるせぇ! 人聞きの悪い言い方するな!」
「マスター。 なんで私を巻き込んだんですか・・・」
「知るか! 折角人間に戻してやったのに、膨張を使いたいって言って来たのはお前だろうが!!」
「うぅ・・・」
「私はアンタのスキルを使いたいとか言ってないわよ」
「だまれ! 鈴木さんに渡した膨張の練習を見ていたアンタが「こんなの簡単でしょ?」って、勝手に使いこなしたんだろうが! 恨むなら自分の才能を恨め! このエリートおばちゃんエルフが!」
「はぁ〜。 ギルフォードや芽衣ちゃんは自業自得として、わたしは完全にとばっちりじゃないのよ」
エゼルリエルは指でこめかみを挟みながら、溜息と共に顔を深く下へと向けた。
「とばっちりってのはコッチのセリフだよ!! 勝手に俺の所有物は奪われるわ、アイディアは世界征服に使われるわで、怒りしか湧いてこねぇわ!」
「アンタのスキルって所有者と同じでホント呪われてるのね・・・」
「俺が呪われてるみたいに言うな!! って言うかどっちかって言うと、呪われているのはあの馬鹿の方だろ! あの馬鹿のせいで指先は青くなるわ、左腕が千切れて痛い模様が出て来る腕に換装されるわ、魔族と戦わされたわで、 いや、マジで、今こうして考えてみると、マジであの馬鹿と出会ったせいじゃねぇか・・・」
雄太は両手で頭を抱えながら、ハッとした表情になる。
「アンタの惚気話なんてどうでも良いのよ」
「どこにベクトルを向けて聞いてたら惚気話に聞こえるんだよ? その耳は飾りかなんかか? ソレともついに耄碌し始めたのか?」
「はいはい。 それで、いつ、どうやってミディアに行く訳?」
「あぁ、ソレなら──!?」
雄太がエゼルリエルへとミディアへの行き方を説明しようとした矢先、ミディアで見張りをさせていた炎龍か雄太へと報告が入った。
そして雄太は、睨みつける様にしてエゼルリエルから玄関へと視線を移す。
「クソが。 今、人気沸騰中の人型スライムが現れやがった」
「え?」
「はぁあ?」
エゼルリエルとギルフォードは雄太の視線に釣られ、同じ様に玄関へと視線を向ける。
「いや、アンタなんで玄関を睨んでるのよ? まさか、このスライムダンジョンに現れたって言うの!?」
「マスター!? 本当なんですか!?」
雄太は軽く首を横に振りながらソファーから立ち上がった。
「まぁ、色々あんだよ色々と。 って言うか、落ち着いて飯くらい食わせろってんだよ・・・」
ソファーから立ち上がった雄太は、未だにシクシクと泣いているラキを足蹴にする。
「あダァ!? 貴様っ──!」
「ウルセー。 行くぞクソ鳥。 人型スライムはどいつもこいつもマジでTPOってのを弁える気がねぇみたいだ。 どこまでもマジであの馬鹿と一緒だよ。 って事で、俺が徹底的に教育してやる」
ラキを足蹴にした雄太は、瞬時に膨張を展開してスライムスーツの姿へと変わった。
「お前らもさっさと準備しろ。 早速お仕事開始だぞ」
「え? 今すぐなのか?」
「あぁ。 今すぐだ」
「アンタ、本気で言ってるの?」
「本気だ。 って言うか、お前らは本気だせよ──」
スライムスーツとなった雄太は、玄関へと向かって歩いて行き、ドアにある穴へと向けて徐に自身の指を突き刺した。
「──でないと死ぬぞ」




