281. とんだ茶番につき合わせやがって!
雄太が縛鎖によってグルグル巻きにされた青年の顔付近へと手を当てた瞬間、青年は、まるで今まで起きていたかの様にハッキリと、そして、何事もなかったかの様に瞬時に目を覚ました。
「起きてしまっただえ・・・」
しかし、青年の目は何処かしら虚ろであり、ボーっと虚空の一点を見つめたまま動かない。
「お、おい・・・ コイツ、なんかおかしくないかえ?」
まるで、心ここにあらず、いや、魂が抜け出ているのかとも思える程に虚ろな表情をしている青年を見たパレアは、自身が鎖によってグルグル巻きにされていても、一言も文句を言ったり叫んだりと言う事が一切無い普通ではありえない人型スライムの所作に対し、言いようの無い恐怖に襲われた。
「あ? 普通だろ?」
「ふ、普通な訳があるかえ・・・ 普通は、目覚めて自身がこんな状況になっていたら叫び散らすだえ。 動物やモンスターも同じ事すると思うだえが・・・」
「いや、さっきも言っただろ? コイツは俺に捕縛されて、今は全ての意思や思考を俺に握られているんだよ」
「い、言ってないだえ!? そんな恐ろしい事聞いてないだえ!!」
「え? そうだっけ?」
「貴様は一体なんなんだえ!? なんて恐ろし事してるだえ!?」
パレアは雄太から聞いた縛鎖の効果の捕捉に対し、虚ろな目つきをしている人型スライムの顔を見つめ、ドン引きしながら一歩後ろへと足を後退させた。
「ま、まさかとは思うが・・・ コレって、モンスター以外にも効くのかえ? 例えば、 ──人間種とかにも?」
パレアの表情は硬く、まるで錆びたブリキのオモチャの様に、縛鎖によってグルグル巻きされている少年からぎこちなく雄太へと顔を向ける。
「あぁ。 問題ない」
「ひぃっ!? 問題オオアリだえっ!? 貴様、まさかワシにも同じことをする気なのかえ!?」
驚愕の表情のパレアは、口角へと泡を乗せ、唾を飛ばすような勢いで雄太へと大きく口を開く。
「なんでお前にそんな事しなきゃなんねぇんだよ。 ってか、やろうと思ってたら、昼間にとっくにやってたわ。 って言うか、この城塞都市に入る前に、中に居る全員にできてたわ」
「な!?」
雄太の言葉を聞いたパレアの表情が瞬時に凍りつく。
「まぁ、今はそんな事どうでもいいだろ」
「ど、 どうでも良くないわぁぁぁぁぁぁ!! なんなんだえ貴様のチカラは一体!?」
「ハイハイ。 先に進みたいからお前の質問は後でな」
「んなっ!? キサ──」
雄太は心底どうでも良いという様な顔をしながら、喰って掛かろうとしているパレアの言葉を遮り、人型スライムへと視線を移して口を開いた。
「──オイ。 お前どこから来たんだ?」
「ア──」
今にも雄太へと飛びかかろうとしているパレアを無視するかの様に、雄太の問いに対して人型スライムが口を開く。
「──ストレア皇国」
「アストレア皇国?」
「な”!?」
抑揚の無い人型スライムの言葉を聞いたパレアの動きが瞬時に止まる。
「何だソレ? 此処から遠いのか?」
「あぁ。 海を渡った大陸にある」
人型スライムは、虚ろな目をしながら淡々と雄太の質問へと答える。
「って言うか、アストレア皇国ってなんだ? 皇国って言うくらいだから凄いのか?」
雄太の質問に対し、パレアが驚愕を口にした。
「貴様、アストレア皇国を知らないのかえ?」
「アストレア皇国とは、この世界の中心であり、この世界を統一した、国だ」
「はぁ? なんだそれ? この世界の中心ってなんだよ?」
この世界の事情に詳しくない雄太は、頭にハテナマークを大量につけながら首を傾げる。
「貴様、本当にアストレアを知らないのかえ?」
「知らん」
雄太はパレアへと顔を向け、ドヤ顔で断言する。
パレアは、そんな雄太の言葉とドヤ顔に対し、「えっ?」と言った表情となりながらも答える。
「アストレアは・・・ ミディアを統一した帝王が住む都だえ・・・ 50年前にミディア全土を統一した際、王国から皇国になっただえ・・・ こんなの子供でも知っているだえ」
「マジか・・・」
子供でも知っているというパレアの言葉と、目に写ったパレアの容姿が合いまったのか、雄太は何故か納得してしまう。
「貴様、どれだけ何も知らんのかえ? どんなに辺鄙な所に住んでいる者でも、流石にこの事は知っている筈だえ」
「その、なんて言うか、まぁ・・・ 世間に全く興味が無くてな・・・」
雄太はパレアから視線を逸らし、ポリポリと頬をかく。
「貴様が言っている大賢者ルカも、そこで宮廷魔術師をしていたえ。 ルカが貴様の母親なら、何故、貴様はその事を知らんだえ?」
パレアは目を細めながら、胡乱気な表情で雄太を見つめる。
「いや、そんな事なんも知らんわ。 お袋は何一つ俺に仕事の事や生い立ちは話さなかったし、お袋が賢者って事も、ここ最近知ったばかりだし」
「んんんん~? ホントだえか? ますます怪しいだえ・・・」
実際、木下達に会うまでは何一つ自分の母親の事を知らなかった雄太は、嘘は言っいないと自信をもってはっきりとパレアへと返答する。
「ウチはそんな家庭だったんだよ。 皆が皆、同じだと思うなよ」
「怪しすぎるだえ。 大賢者ルカの身内を語る者はこの世にゴマンといるだえ。 なんでもかんでも大賢者ルカの名前を出せば許されると思うなだえ」
「はぁ~──」
雄太は心底面倒臭そうに手で顔を覆いながら溜息と共に俯き、指の隙間からパレアを覗き見しつつ口を開く。
「そんじゃ、お袋の事は忘れてくれ。 別に、お袋が何処ぞの偉い人で、何をやっていたかなんて、そこまで興味もねぇし、さっきお袋の名前を出したのも、お袋の事知ってたら、話がうまい具合に進まねぇかなぁ程度でしか考えてなかったわ。 って言うか、この歳にもなって親に甘えてられるかっつうの」
「え?」
そんな切り替えの早さ、いや、親をなんとも思っていない雄太から吐かれた言葉に対し、パレアは唖然とした表情で雄太を見つめる。
「少し脱線したが、お前はスライムだよな? 人間に紛れて此処で何してたんだ?」
雄太が人型スライムへと質問を続けた為、未だに唖然としているパレアは、やはり返答が気になるのか、視線だけを人型スライムへと向ける。
「僕はメッセンジャーだ。 指示によって人を待っていた」
「はぁ? なんだそりゃ? ってか、誰の指示で誰を待っていたんだよ? どうせお前らみたいなやつが待っているヤツとか、極悪で狂暴で性格が悪くて、悪の根源みたいなヤツだろ? 碌でもないヤツに決まってる」
「ウムウム。 貴様と意見が一致して癪ではあるが、待ち人なる者は、貴様が言う様に諸悪の根源に決まっているだえ。 きっと、ザーガを落とす準備をしてるだえ!」
雄太とパレアは、誰とも知らない人型スライムの待ち人に対し、悪態を吐きながら怪訝な表情で人型スライムを睨みつける。
しかし──
「僕はエルダ様の指示で──」
「え?」
捕獲した最初の1体から、しかも、唐突にエルダの名前が出てきた事に対し、雄太は思考が止まったかの様に酷く驚く。
だが、そんな驚いている雄太を無視するかの様に、雄太によって一切の感情を奪われた人型スライムは淡々と返答を続ける。
「──”タチバナ ユータ”と言う人間を待っていた」
・・・・・・
人型スライムの答えに雄太とパレアは無言となり、パレアは口をあんぐりと開け、驚愕が張り付いて固まった表情のまま、目だけを横へと動かして雄太へと視線を向ける。
「貴様。 確か、自分の事をタチバナって名乗っていただえな?」
「いや・・・ タチバナ違いだろ・・・」
「そんな珍しい名前がそこかしこにホイホイいる訳が無いだえ」
「きっと、流行ってんだよ」
雄太は目が据わり始めたパレアから顔を反らすが、人型スライムから続けて言葉が紡がれる。
「”タチバナ ユータ”は、黒髪黒目でブスッとした表情で目つきが悪く、左手の指先が青い男性と言う情報がある」
人型スライムから続けられた言葉に対し、雄太は更にパレアから顔を反らすが、パレアはササっと瞬時に雄太の顔が見える位置へと移動し、ジロジロと雄太の顔と全身を見回し始める。
「黒髪黒目、目つきが悪くブスッとした表情。 まんま貴様だえな」
「黒髪黒目なんて、んなの何処にでもいる様な特徴だろうが・・・」
「言われて気付いたが、 うむ。 そう言えば、”黒髪黒目は初めて見た”だえな」
「・・・・・・」
黒髪黒目を始めて見たという部分を強調して言うパレアに対し、雄太の顔が能の面の様に無表情となった。
「ホレ。 貴様のそのグローブを取ってみるだえ。 それで人型スライムの待ち人が貴様かどうか分かるだえ」
パレアは顎をしゃくり上げながら、見下ろす様に下目で雄太の左手へと視線を向ける。
「いや、コレはその・・・ なんて言うか・・・ 呪われた装備で簡単に外せねぇんだわ・・・」
「そんな装備聞いた事がないだえが、まぁ、大丈夫だえ。 ワシは黒魔術を得意としているだえ。 ワシに解けない呪いは無いだえ。 ホレ。 今すぐ解除してやるだえ。 解除しても貴様の装備の威力が落ちないようにもしてやるだえよ。 ありがたく思うだえ」
パレアはそう言うと、懐から黒く䙧んだ水晶の様な質感の小さなと頭蓋骨と、おどろおどろしい藁人形の様なものや、様々な種類の呪符の様なものを取り出した。
「・・・・・・」
異様な見た目の道具を懐からホイホイと取り出し始めたパレアに対して雄太はドン引きし、雄太の顔は、まるで、線と点で書いたような二次元的なシンプルなものへと変わっていく。
「ホレ。 ここをこうしてこうやってと」
パレアは手にしている藁人形の左腕へと呪符を巻きつけ、同じ様に雄太の左腕に嵌っているグローブへもペタペタと呪符を張り付けていく。
「いや、何してんの? え? マジで何コレ?」
「よっと」
「イデ!?」
そして、パレアは軽くジャンプをして雄太の頭から無造作に髪の毛を一本引き抜くと、気味の悪い頭蓋骨の口へと入れ、雄太の髪の毛が入った頭蓋骨の首部分に空いている穴へと藁人形で栓をする様に差し込んだ。
「・・・・・・」
藁人形を差し込まれた頭蓋骨は、まるで、首から下が藁の胴体の様な感じになっており、ソレを見た雄太は、ヒクヒクと目じりをヒクつかせた。
「そんじゃいくだえよ」
「ちょっ!? オイ──」
パレアは雄太の返事も待たずに、藁の胴体が取り付けられた様な頭蓋骨と、何処から取り出してきたのか、これまた、何かの骨で出来た様な歪で白い小刀を右手に、高々と自身の頭上へと掲げた。
「我、パレアがヴォドゥンへと乞う。 我、チカラ無き者へと変わり、彼の者に巣食う自由無き呪いを取り除きたまへ! ディスペル!!」
パレアは、スペルを唱えながら藁人形の身体へと逆手で思いっきり小刀を突き刺す。
小刀が突き刺さった藁人形は、頭蓋骨の目の奥が赤黒く輝き始め、水晶の様な硬い質感の髑髏の口が、まるで生きているかの様にいきなり”クワ”っと大きく開かれた。
『『『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ──』』』
そして、口を開いた頭蓋骨は、まるで、人間の声が幾重にも重なった様なおぞましい悲鳴の様な声を上げながら、紫色の毒々しいアストラル体の様な光となって雄太の左手へと嚙みついた。
「ひぃぃいいぃっ!?」
余りにも不気味で恐怖しか感じない様な事をされた雄太は、驚きのあまりに思わず情けない声が漏れてしまい、自身の左手に噛みついているオーラの様な頭蓋骨を、恐怖の表情を顔へと張り付けながら何度も何度も必死になって右手で叩く。
しかし、雄太が叩いている頭蓋骨は、まるでホログラムの様に雄太の右手をすり抜け、雄太の恐怖心へと更に拍車がかかっていく。
「なんなんだよコレ!? ふざけんなよ!! 離れろよ!!」
『──ァァァァァァァァァァァァ・・・』
頭蓋骨の悲鳴は徐々に声が小さくなっていき、声が小さくなると共にホログラムの様な頭蓋骨の姿も段々と薄くなって消えていった。
「ハァハァハァハァハァ── ンぐ── おまえ! いきなり何してくれてんだよ!? ハァハァハァハァ──」
いきなりの恐怖体験に酷く焦燥しきった雄太を尻目に、パレアは無言で目を見開き、酷く驚愕している表情を見せていた。
「・・・・・・」
「ハァハァハァハァ── なんでお前が驚いてんだよっ!? ふざけんなよっ!! 初めてやったとかって言ったらマジでぶっ飛ばすからな!!」
そんな怒り心頭の雄太の言葉を聞きながら、驚愕した表情のパレアは、力なくフルフルと首を横に振った。
「ちが、 う・・・」
「何が違うんだよ!! 違うのはお前だろうがっ!! 語尾に”だえ”付けろや!! 驚きすぎてキャラ崩壊してんじゃねぇよ!!」
パレアは再度首を横に振る。
「違う、 だえ・・・」
「今更言い直してんじゃねぇよ!! クソみたいにガバガバなキャラ設定しやがって!!」
「違う、 だえ・・・ 初めてディスペルが効かなかった、 だえ・・・ 貴様一体、 何者 だえ・・・ 何をしただえ」
「ハぁアア!? そんなの知るかっつうの! 逆にこっちがお前が何したのか知りてぇわ!! いきなり訳が分からない意味不明な事をやられて、俺に何か対処できてたらとっくにやってるっつうの!! 背は小せぇわ、口調が変だわ、不気味な術を使うわで、お前、どんだけキャラ濃いんだよ!?」
怒り心頭の雄太は、驚愕して放心しているパレアへと言葉をまくしたてるが、余程の事だったのか、パレアはそのまま放心し続ける。
「クソ! とんだ茶番につき合わせやがって! こっちは腹減って、いい加減イライラしてきたっつうの!」
雄太はそう言いながらパレアから人型スライムへと顔を向け、イライラとした様子で質問を続ける。
「オイ! この城塞都市に、後、2体程お前と同じ様なスライムが人間に紛れているのは知ってるんだ! って言うかそいつらもお前の仲間なんだろ! さっさと吐け! さっさと吐いて俺に飯を食わせろ!!」
そんな酷くイライラとした雄太の質問に対し、人型スライムが再度口を開く。
「エルダ様の指示を受けたのは僕だけだ。 多分、そいつらは僕を殺す為に来ている奴らだ」
「ハぁアアぁ!? なんだそりゃ!? お前を殺すってなんだよ!? 同じスライムだろうが!? ってかあのバカは一体何処に居るんだ!? 俺とお前を合わせて何をするつもりなんだ!?」
雄太の質問に対し、人型スライムが再度ゆっくりと口を開く。
「エルダ様からは、”タチバナ ユータと合流し、その身を捧げよ”と指示を受けた」
「まじ、 かよ・・・」
人型スライムの言葉を聞いた雄太は、エルダも知っている様に、スライムを捕食して自身のスキルの糧とするという事が頭をよぎり、なんとなくエルダが考えている事が分かった気がした。
「・・・そんで、あのバカ、 エルダは一体何処で何をしてるんだ」
「・・・エルダ様は、 アストレアの地下牢に幽閉されている」
「クソが・・・」
雄太は自身でも気づかない内に無意識に拳を強く握りしめており、ギリっと奥歯を噛みしめながら目の前の虚空へと力の籠った視線を向ける。
「あのバカが考えている事が大体分かってきた。 ──それで、俺はお前を喰えばいいんだな?」
「・・・あぁ。 我らスライム種の長であるエルダ様の命の下、全ての世界の平和の為に”タチバナ ユータ”に全てを捧げる」
「クソ・・・ どいつもコイツも、俺のハードルを勝手にどんどん上げていきやがって・・・」
人型スライムの言葉を聞いた雄太は、人型スライムへと左手を伸ばす。
そして、雄太の伸ばされた左手を包む様に、薄く透き通っている、赤黒く半透明な膨張が現れた。
「あのバカからの伝言受け取った。 お前はこれからは俺と共に在れ」
雄太の左手に発現されている膨張が、グニョグニョと蠢きながら人型スライムを捕食する為に伸びていく。
「!?」
しかし雄太は伸ばしていた腕を瞬時に引っ込め、パレアの執務室の窓へと視線を向けながら発現させていた膨張で横で未だに放心しているパレアを腕の中へと手繰り寄せ、即座に自身とパレアの全身を守るかの様に膨張の膜で包み込む。
瞬間、
ドォォォォォォォォォォォォォォンン!!
執務室の窓が膨大な熱量を伴いながら壁ごと吹き飛んだ。
吹き飛んだ壁は赤々と熱を放ちながら溶けており、執務室は土煙と爆炎によって白く視界が塗りつぶされ、そんな立ち込める煙の中へと黒い影が揺らめいた。
「みぃ〜つけたっ♪」




