261. 膨張
雄太は、両手へと発現させた2本の金棒をマルバスの頭部へと振り下ろす。
振り下ろされた2本の金棒は、ゴっ!と言う鈍い音を立ててマルバスの頭部へと直撃し、マルバスの顔を強制的に俯かせる。
ソレを機として、雄太は連続してマルバスへと金棒の殴打を浴びせる。
流石にマルバスも打たれ続けていると言う事はなく、手へと氷の大剣を発現させて雄太の金棒と打ちあう。
打ち合いながらも隙を見ては雄太へと氷結を放ってくるが、夜叉モードの雄太を凍らすことはできず、目眩しとして冷気を放ち始めた。
「そんなんで俺の勢いが止まるわけねぇだろ!」
ヤシャを彷彿とさせるかの様な雄太の連撃は、マルバスが発現させた氷の大剣を砕き始め、マルバスはたまらず雄太から離れて距離を取る。
「ハァハァハァハァハァ── な、なんなんだそのスキルは── 何故、我の鑑定眼でも詳細が見えぬのだ── ハァハァハァハァ──」
マルバスは詳細が全く見えない雄太が使う未知のスキルに恐怖しており、精神的な疲労に襲われ始めた。
「かっ、【解放】!」
そして、マルバスは精神的な不安を取り除くかの様に魔族の力を解放させた。
マルバスの身体が黒へと変色し、人間だった姿を魔族のものへと変えていくが、雄太はソレを待つ訳もなく、マルバスへと追撃を入れる。
「お前の変身を待っている程、俺の頭はお花畑じゃねぇんだよ!」
「ぐぅ!?」
以前も雄太は他の魔族の変身中を襲った事があるが、どうやら魔族は解放中は動けない様であり、変身中のマルバスは、雄太のサンドバッグとなった。
「変身に時間かけてんじゃねぇよ! 殺す気なら出だしから変身してこいや!」
「貴 様──!」
しかもマルバスは、雄太から奪ったスキルを上手く使いこなせていない様であり、変身中は背中に発現させていた触手も全て消え、前回の様な甲殻の様な鎧姿となり、気色の悪い複眼で雄太を睨みつける。
「調子に── 乗るなぁぁぁ!!」
完全に魔族の力を解放したマルバスは、怒りに任せるかの様に身体中から触手を発現させる。
マルバスが発現させた触手は、雄太が使っていた様なスライムの様なツルツルプニプニとした膨張の触手ではなく、まるでマルバスの姿を連想させるような、甲殻類の様な、硬い甲殻に覆われた触手だった。
しかも、触手の先端は、蜂や蟻の口の様になっており、余計に雄太へと嫌悪感を与えた。
「我を愚弄した罪は死あるのみだぁぁぁぁぁ! 貴様の身体や魂と一緒に、その忌々しい存在ごと貪り喰い漁ってくれるわぁぁぁぁぁ!!」
マルバスの怒声と共に、蟲の脚の様な姿となった無数の触手が一斉に雄太へと伸びて襲いかかる。
「勝手に人のモンを気色悪くデフォルメしてんじゃねぇよ!」
雄太は、マルバスから放たれた蟲の脚の様な触手をバックステップでスルスルとすり抜ける様に躱していき、飛空艇の中を颯爽と逃げ回る。
「フハハハハハハハ── さっきまでの威勢はどうしたのだ! 我が解放した後は、逃げてばかりではないかぁ!」
マルバスは、操っている不気味で気色の悪い触手の力を過信しているかの様に逃げる雄太を執拗に追い回す。
「ほざいてろ。 そんなにソレに自信があるなら、やってみろよ?」
雄太は急に触手から逃げるのを止め、どっしりと地面に足の裏をしっかりとつけて腰を落として右足を後ろへと引き、右腕を絞る様にして腰の位置で止め、左腕を前にして迫ってくるマルバスの触手へと向かって構えた。
「モード【羅刹】」
地に根を降ろした大樹の様などっしりとした構えを取っている雄太が迫り来る触手を睨みなつけながらボソリと呟くと、細い鬼の姿をしているエルダの体表にある雄太の左腕と同じ様な模様が赤く光り、カクカクと何かを形作る様に動き始める。
模様が動き始めた瞬間、雄太が纏っていたエルダの体積がボンっと急激に増えて膨れ上がり、ガッチリとした体型へと代わって両腕が肥大化した。
そして、向かってくるマルバスの触手へと向かって、腰の位置で絞っていた右腕を腰の捻りと合わせる様にして軽く正拳突きを放つ。
ドンン!!
雄太が軽く放った右腕の正拳突きは、腕へとソニックブームの輪を纏いながら拳から重い衝撃波を発生させた。
「なっ!?」
雄太が発生させた衝撃波は、迫って来ていたマルバスの触手を軽く弾き飛ばし、衝撃の威力に耐えきれなかった触手が途中から千切れて飛空艇の外へと向けて飛び散った。
「オイどうした? ソレに大層な自信があったんじゃねぇのか? 軽く腕を伸ばしただけで千切れ飛んでったぞ?」
雄太は再度右手を腰の位置で引いて構え、触手の先にいるマルバスへと視線を向ける。
「我を愚弄するのも──」
瞬間、雄太の視線の先にいたマルバスの姿が消え、
「──大概にしろよ!」
雄太の左斜め背後へと現れ、雄太の左脇腹へと左拳のフックを振り抜いた。
「クククク」
マルバスの転移による不意打ちは、雄太の左脇腹へとクリーンヒットしたが、殴られた当の雄太は、その場から一歩も動かずに、左腕を前へと突き出し、右腕を引いた状態の殴られた当初の構えのままだった。
そんな、雄太は構えている身体は一切動かさず、顔だけを左へと向け、背後にいるマルバスへと視線を向け、
「不意打ちしてもコレだけなのか?」
平然とした口調でマルバスへと尋ねる。
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太の言葉へと激昂したマルバスは、雄太から奪った転移ではなく、自身のスキルである、いや、誰かから奪ったのかもしれない瞬間移動のスキルを多用しながら、どっしりと構えている無抵抗な雄太へと打撃を与えていく。
マルバスが瞬間移動で位置をコロコロと変えながら雄太へと打撃を与え続けている中、雄太は何かに集中するかの様に、ただの一点を見つめながらどっしりと構えて動きを止めていた。
「ふぅぅ〜〜〜〜〜〜・・・」
そして、少し長く息を吐くと同時に、前に出していた左腕と左足を後ろへと引いて身体の向き左開きの構えへと変え、そのまま自身の左側にある虚空へと向かって右の拳で打ち下ろすような素早いフックを放った。
ドドンンン!!
雄太が拳を放ったと同時に、衝撃と共に空間が割れる様な音が鳴り響き、その衝撃の中心には瞬間移動で位置を移動させ続けていたマルバスの姿があった。
「ごはぁっ!?」
雄太が放った拳はマルバスの腹へと突き刺さり、雄太の腕から遅れて現れた衝撃波が、腹に突き刺さっている拳を伝ってマルバスの背中から突き抜けていく。
甲殻の様なマルバスを覆っていた鎧は、腹と背中の部分が砕けて霧散して消えていき、マルバスは身体をくの字に曲げながら雄太の前で無防備に両膝立ちとなった。
雄太は両膝立ちとなっている目の前のマルバスの顔へと向かって、ドンと震脚を響かせながら、右の崩拳を叩き込む。
「ぐふぅっ!!」
雄太の崩拳は綺麗にマルバスの顔面へと決まり、マルバスは身体を甲板へと幾度もバウンドさせながら吹き飛んでいき、糸が切れて手足を投げ出した操り人形の様に、動かない身体を甲板へと投げ出しながら滑らせて吹き飛ばされた勢いを止めた。
雄太の視線の先ではマルバスが四肢を投げ出してうつ伏せとなっており、雄太はゆっくりとした足取りでマルバスへと歩み寄っていく。
そんな雄太に気づいたのか、マルバスは震える腕で身体を支えながらゆっくりと立ち上がるが、羊の様な角は折れ、鼻と片目が潰れて顔や口から大量に紫の血を流し、見るも無惨な姿となっていた。
「ふざ、 巫山戯るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こんな事が あって たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 我は、 我は世界を総べる、魔族の王となる者だぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
マルバスは大声を上げながら血だらけの顔を上げ、血走った複眼で雄太をギョロリと睨みつける。
「貴様だけは 絶対に 許さん! 力を得た我の真の姿を見せてやる!」
フラフラと立っているマルバスは、狂ったかの様に全身から大量の触手を発現させる。
マルバスが発現させている触手はどんどんと数を増していき、終いには全身をドス黒い膨張で完全に包み込み、身体がボコボコと膨張して体積を急激に増やし始めた。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──」
唸り声を上げながら体積を増やし続けるマルバスの姿は、まるで甲殻を纏ったスライムグラトニーの様な巨大な見た目へと変貌し、その重量によって、飛空艇がマルバスの方へと傾き始める。
「だぢばなゆゔだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ぎざまばぐいごろじでやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
目の前のソレは、もはやマルバスと呼べるモノではなくなっており、巨大な肉の塊に歪な甲殻が付いている様な不気味な巨大なスライムへと変貌していた。




