257. 裏ギルドへ
雄太とギルフォードがスライムダンジョンを見渡していると、魔族と戦ったのか、数人のエルフが無惨な姿で息絶えて地面へと横たわっていた。
「何してくれてんだよ・・・」
「酷い・・・」
その中には、ボロボロの姿となり、虫の息となった湯屋と笹川がおり、雄太は2人へと駆け寄って声をかける。
「オイ! しっかりしろ!」
「ぐふっ」
「・・・・・・」
駆け寄って来た雄太に気づいたのか、左目を潰され、腹を刺されたのか、血の滲む腹を押さえながら、酷く損傷した身体を投げ出す様に壁へと背をつけている笹川が、顔をゆっくりと上げ、吐血をしながら雄太へと虚な視線を向ける。
笹川と同じく、その横で壁へと身体をもたれさせている湯屋は、両腕と左脚を切り落とされ、無言で雄太を見るその視線は、光を失おうとしている寸前だった。
「ゴポ── ゆ い ちゃん が・・・」
ボロボロの笹川は、振り絞る様に吐血をしながらも声を出す。
「ちょっと待ってろ! 今すぐ直してやる!」
雄太は左腕へと臨むスキルを創造し、明らかに死に体となっている湯屋へと向けて手を翳す。
雄太の左腕は、すごい勢いで魔素を吸収し始め、湯屋へと翳している左手の先へとピンポン球ほどの小さな深紅の球体を発現させた。
雄太から発現された球体は、湯屋の身体の中へと入っていき、ギルフォードやエルダを発現させた時の様に湯屋の身体を深紅の光が包み込んだ。
湯屋を包み込んだ光は、欠損した両腕や左足へも現れ、まるで雄太の左腕を発現させた時と同じ様に、欠損した部分がゆっくりと現れ、湯屋の身体は、元の四肢が揃っている完全な状態へと復元された。
「とりあえず、これで身体は修復できた筈だ。 ギルフォード、湯屋の状態を見てくれ」
「分かった」
雄太の指示により、ギルフォードが湯屋の横へと膝を立てて座り、首や手首へと指を当てて脈を取り始めた。
「次はお前だ」
雄太は同じ様に笹川へと左手の先を向ける。
「ゆ い ちゃん が・・・」
「これ以上喋るな」
「まぞくに・・・」
「あぁ。 お前が治った後に詳しく聞かせてくれ」
縋る様に見つめる笹川の視線へと向けて、雄太は力の籠った視線と一緒に言葉を返しながら、雄太の左腕へと魔素が集まる。
魔素が集まり、笹川へと放った雄太の左手の先から現れた深紅の球体は、まるで、湯屋との損傷具合を表しているかの様に湯屋の時とは違って少し小さくなっており、笹川の身体の中へと球体が入っていくと、笹川の身体が深紅の光に包まれた。
深紅の光に包まれた笹川の顔色は、だんだんと穏やかな健康的な状態へと変わっていくのが分かり、力なく投げ出されていた笹川の指先がピクピクと動き出した。
そして、潰れていた筈の左目がゆっくりと開き、押さえていたお腹の上の左手をゆっくりと動かす。
笹川は動かした左手をそのまま潰された左目で確認しており、自身の損傷が治ったと言う驚きの表情から嬉々とした表情へ、そして、思い出したかの様に悲しみが籠る悲痛な表情へとなった。
悲痛な表情の笹川は、雄太へと顔を向けて声をあげる。
「結衣ちゃんが!」
声を上げ、今の状況をはっきりと理解し受け入れた笹川は、雄太を見つめる目へと沢山の涙を溜め始め、
「結衣ちゃんが魔族に連れて行かれた! どうしよう・・・」
溜まった涙がとめどなく溢れ、笹川の頬を、顎を伝って地面へと垂れ落ちる。
「私、アイツに何もできなかった・・・ 結衣ちゃんを助けられなかったよ・・・ うぅっ──」
笹川は何かに祈る様に胸の前で両手を組み、項垂れる様に雄太の胸へと頭を付ける。
「うぅ── 結衣ちゃんを、 結衣ちゃんを助けて・・・ お願い──」
雄太の胸の中で声を上げて泣いている笹川は、いつもの強気で豪胆な性格とは打って変わり、酷く弱々しいモノへと変わっており、雄太は泣きながら震えている笹川の背中へとそっと腕を回す。
「あぁ。 分かった。 安田を助けよう。 そして、お前らを、 皆んなのスライムダンジョンを蹂躙したアイツへと罪を償わせよう」
雄太の声を聞いた笹川は、頷きながら雄太の胸の中へと更に深く顔を埋め、ギュウッと両手を握りしめ、か細く声を紡ぎ出した。
「お願い・・・」
雄太は下へと向けている顔をギルフォードへと向けると、ギルフォードはコクリと頷いた。
「血を失って状態は良くはないが、湯屋は大丈夫だ」
「そうか」
雄太はポンポンと笹川の背中を叩きながら手を離し、肩を掴んで引き剥がす様に立ち上がる。
「俺はこれから裏ギルドに行ってくる。 ギルフォード、ここでみんなを頼む。 それと、アレも」
雄太はチラリと背後へと視線を向け、後ろ手でエルダへと親指を差し向ける。
「分かった・・・」
雄太の声を聞いたギルフォードは、何かを言い淀む様に姿が薄くなったアリアへと視線を向ける。
「分かってる。 アリアさんもお前が臨む様にしてやるが、今はまだダメだ」
「何故!?」
「考えてみろ。 ちゃんとした肉体があるダンジョンマスターが襲われれば、このスライムダンジョンへの影響がどうなるか俺も分からん」
「あぁ・・・ そう言う事か・・・」
「お前との約束は守る。 だけど、アイツを倒すまでは辛抱してくれ」
「分かった・・・」
ギルフォードはマルバスの事を考えているのか、ギュウッと右手を力強く握る。
「急いで裏ギルドに行って、此処への転移ポイントを繋げてくるから少しの間待っててくれ」
「了解だ。 マスターも気をつけて」
ギルフォードは居住まいを正し、肩膝立ちとなって仰々しく頭を下げた。
雄太はギルフォードから視線を外し、再度左腕へと魔素を集めながら世界樹の元へと向かって歩き出した。
世界樹の元へと近づいた雄太は、魔素を溜めている左手で撫でる様に世界樹を触る。
すると、世界樹の樹表へと、雄太の左腕にある様な模様が小さく浮かび上がった。
「世界樹を起点にして此処を転移先へとマークした。 って事で、アリアさん。 俺を外まで飛ばしてくれ」
「はい」
雄太の指示を受けたアリアは、雄太へと手の平を向けて腕を伸ばし、雄太の足元へと白く輝く魔法陣を発現させた。
瞬間、雄太の身体が光り輝きながらスライムダンジョンの最下層から姿を消した。
スライムダンジョンの入り口へと転移して来た雄太は、左腕でダンジョンの壁を触り、世界樹と同じ様に転移の為のマークを刻印する。
刻印を終えた雄太は、地上へと続く階段を駆け上がり、ダンジョンゲートを飛び越えると同時に空へと向けて駆け上がる。
そしてそのまま裏ギルドへと向かって空を駆け抜けた。
空を駆ける事数分、眼下へと裏ギルドのビルが見えた。
いつもであれば、カードを使って地下駐車場にある裏口から入っていたのだが、マルバスにスキルを奪われた時に一緒に収納のスキルも奪われ、雄太は収納内に入れておいた物全てを失ってしまった。
という事で、雄太は通りに面している半地下のバーへと向かい、幸い夜中ということもあり、周りに人影はなかったので、雄太は周りを気にすることなく裏ギルドの表となる半地下のバーの前へと舞い降りた。
雄太はそのまま半地下へと向かって階段を降りると、影になっている壁へと触れて、転移のポイントとなる刻印をする。
ポイントを刻印した雄太は、ドアへと手をかけてドアベルを鳴らしながら入店する。
「いらっしゃいませ」
店内へと入ると、グラスを拭くバーテンが1人おり、酒を飲んでいるダイバーや一般客の姿は全くなかった。
そんな静かな店内を進み、バーテンがいるカウンターの前で足を止める。
「下に所属している橘花 雄太です。 訳あってカードを紛失してしまって・・・」
バーテンは、上半身裸のボロボロの格好の雄太を見ると、手にしているグラスを置いてカウンターから外へと出る。
「橘花 雄太様。 ヤリク様からの指示で、橘花 雄太様がご来店の際はそのまま通しても宜しい事になっております」
「え? そうなんですか?」
「はい」
「でも、本人確認とかは?」
雄太がバーテンへと怪訝な顔を向けた瞬間、雄太の背後へと瞬時に気配が現れ声が聞こえて来た。
「オイオイ。 君は忘れたのか? 此処がどういう場所なのかを?」
雄太は、振り向きながら背後から聞こえて来た声へと答える。
「そうだった・・・ 此処はもう、ヤリクさんの腹の中だったわ・・・」
「腹の中って言うな。 他に言い方があるだろ」
雄太の背後へと現れたモコモコのマリモ頭は、雄太の言葉に対して嫌そうな顔をしながら後頭部をガリガリとかいた。
「えらくボロボロだな」
「えぇ。 マジでヤられましたわ」
「お前にそこまで言わすとか、お前はどんな化け物と戦ってたんだよ・・・」
ヤリクは露骨に嫌そうな顔をする。
「それは、お前がくれたブレスレットが消えた事とも関係してるんだろ?」
「はい。 マルバスのクソヤローに、俺のスキルを全て奪われました」
「なっ!? オマっ── マジなのかそれ!?」
「はい・・・」
ヤリクが見る雄太の瞳は、怒りと悔しさが混ざり、雄太の視線の先は、姿が見えないマルバスを睨みつけている様であった。
「じゃ、じゃぁ、 今のお前はスキル無しって事なのか!? って言うか、お前のスキルってルカと翔吾からもらったモノだろ!? それが無いって事は、魔核も──」
ヤリクは雄太の報告から察したのかの様に雄太の身を案じるかの様に店内を見渡した。
「あ、それでなんですけど、何故か俺の、俺だけのスキルが発現し、魔核もちゃんとあるっぽいです」
雄太はヤリクへと返答しながら自身の胸へと左手を当てた。
そしてヤリクは、釣られる様に見た雄太の左腕にある深紅の模様へと視線を移した。
「なんだソレ・・・ えらく痛々しいな・・・ 何かの呪印か?」
「え? 呪印?」
左腕の模様を見られた雄太は、てっきりヤリクにバカにされると思っていたのだが、ヤリクからは雄太の斜め上をいく感想が返って来た。
「あぁ。 ソレの術式がどうなっているかは知らんけど、君の腕にあるソレは、紛れもなく呪印だな」
「またしても訳の分からない事になってんな、俺・・・」
雄太は自身の左腕にある模様をマジマジと見るが、スライムダンジョンの事を思い出す。
「此処に魔族は?」
「はぁ? なんで魔族が此処にくるんだよ?」
「そうか・・・ よかった・・・」
雄太は安堵の表情を浮かべる。
「どうした? 一体外では何が起こっているんだ?」
「ソレも含めて説明するから、とりあえず下に」
「分かった」
ヤリクが雄太へと手を翳すと、雄太の足元へと魔法陣が現れ、雄太の視界はバーから裏ギルドのフロアへと変わった。
「それで、どうなってんだよ? 何故かエージもクレシアも連絡が取れないんだよ」
「マジか・・・」
雄太の脳裏へと嫌な予感が過ぎる。
「とりあえず、急ぎの要件を片付けてからだ」
雄太は左手でギルドのフロアを触り、転移の刻印を付ける。
「オマ!? いきなり何してんだよ!? なんだよその怪しい刻印は!?」
「あ、 これは俺の新しいスキルを使って転移する為のマーキングです。 ちょっと急いでるんで、また戻って来てから色々と話しますんで!」
雄太はヤリクへとそう告げると、その場から姿を消した。
「転移ってアイツ・・・ なんか、また訳の分からない力になってんじゃねぇかよ・・・」
ヤリクは、フロアに刻まれている刻印へと視線を向けながら雄太の言う新しいスキルについて思考を巡らせた。




