#254. チカラと再会
胸に挿した鍵を捻ると、『ガチャン』と言う何かが解錠された音が俺の中へと響き渡る。
解錠された音が聞こえたと同時に、捻り回された鍵を中心にして深紅に光る幾何学模様の様な、電気回路図の様な不思議な線が現れ、まるで血管の様に俺の身体中へと縦横無尽に延びていく。
線が身体中へと血管の様に巡ると、左肘から指先へと向けて、無くなった筈の左腕を象る様に虚空へと向かって深紅に光る線が伸びていく。
深紅に光る赤い線が身体中へと行き渡ると同時に、頭の中へと膨大な情報が流れ込み、身体の奥底、胸の奥底から抜け落ちた ”ナニカ” によって開かれた大穴が次第に埋まっていく。
埋められた大穴が綺麗さっぱり塞がると、まるで、芽生いた大樹が地へと根を張るかの様に強固なものになった様な感覚を覚える。
根を張った ”ナニカ” は、俺の魂から芽吹き、身体中へと根を張り巡らせている様な感覚だ。
そして、胸に突き刺さる深紅の鍵は、役目を終えたとばかりに白くなり、チェーンを発現させて俺の首へと力なく掛かる。
これが・・・
俺の、 スキル・・・
今まで使っていたスキルとは違い、身体に、胸に、魂にしっかりと馴染む感じがする。
俺の、
俺だけのスキル。
『思い出した様だね。 キミの “チカラ” を。 思い出した感想はどうだい?』
声が楽しそうに訪ねてくる。
あぁ。
悪くない。
このチカラなら、また、アイツらと一緒に居る事が出来る。
『良かったじゃないか』
それに、
『それに?』
あのクソヤローを殺れる。
『勇ましいね』
声は楽しそうにクスクスと笑う。
『そうだね。 彼も世界の混乱の種の1人だ。 彼はこの世界を混乱へと陥れようとしている。 その後は、キミから奪ったチカラを利用して、他の世界をも混乱へと陥れるつもりだろうさ』
壊して何が楽しいんだよ
『まったくもって同感だね』
声は『フゥー』と溜め息を吐く。
『時に、破壊は進化を促すけど、度を過ぎた破壊は無しか産まない。 此度の彼の破壊は、確実に虚無しか産まないかな』
大丈夫だ。
俺があのクソヤローの野望を必ず止める。
これ以上、アイツには何一つ奪わせない。
──スキルも、
覚悟を瞳へと宿したスキルズ達の顔が浮かぶ。
──命も、
優しく笑みを浮かべる両親の顔が浮かぶ。
──そして、
─この世界も。
エルフ達や裏ギルドの皆んなの顔が浮かぶ。
『そうだね。 まずは彼を倒そうか。 キミが彼を倒した後に、ボクもキミの前へと姿を見せるとしよう。 なんせ、人に何かを頼む時は信頼が大事だからね』
声は再度クスクスと笑う。
『その時にまた会おう。 それと、帰ったら、キミにリングを嵌めたスライム君にお礼を言うといい』
あぁ。
分かってる。
雄太の身体が、柔らかく、それでいて暖かな、淡く白く光る無数の泡によって包まれる。
『さぁ。 もう時間だよ』
あぁ。
『それじゃ、 また後で』
あぁ。
またな──
□
一条の月の光が差し込む地上の薄暗い瓦礫の中で、ボロボロの姿の雄太がゆっくりと目を開いて覚醒する。
天井を見上げながらボーっとする頭は、まるで霧がかかっているかの様にぼやけており、今さっきまで見ていた不思議な夢を思い出そうとするが、断片すらも思い出せない。
開いた目に映るのは、大きく穴を開けたどこかのビルの天井であり、あそこから落ちてきたのだと言う事が何故か直感的に分かった。
どれくらいの高さから落ちてきたのだろうか?
俺がいる位置からは、ビルの瓦礫に遮られ、穴から覗く空をはっきりと見る事ができない。
仰向けになりながら、天へと向けて徐に腕を眼前へと伸ばすも、腕にはソレと言った痛みはなく、寧ろ身体の調子が良い様にも感じられる。
だが、俺の視界に映るのは右手だけ。
その右手の指先からは厨二臭かった青色が消え、中指からはエルダが嵌めたリングが消え失せている。
礼を言わなければ。
中指を見て、酷い顔で泣いているエルダの顔が脳裏を過った瞬間、何故かこの言葉が出てきた。
そんな右腕を動かしてゆっくりと身体を起こし、覚束ない足取りでもってフラフラと瓦礫の上へと立ち上がる。
立ち上がった身体には痛みがなく、身体中の傷さえも消えている。
しかし、左腕の肘から先は綺麗になくなっており、俺は肘から先が無くなった左腕の先へと様々な感情と一緒にソっと右手を添える。
先ずはコレをどうにかしないとな。
そう思った瞬間、俺の脳裏へと何かが瞬時に思い描かれる。
深く考えなくても分かる。
以前から知っているかの様に身体が動く。
俺の中にある──
──俺だけのスキルの使い方。
そして俺はそのスキルの名を口ずさむ。
──まるで、呼吸をするかの様に──
「【創操】」
俺の右手は左腕があったであろう方向へと沿う様に、先へ先へと向かってゆっくりと動く。
動く右手と連動しながら肘から先が現れていく。
右手の平が左手の指先へと到達する頃には、俺の左腕がハッキリと姿を現していた。
しかし、現れた俺の左腕は、赤々と光る深紅の幾何学模様の様な、電気回路図の様な不思議な線が現れており、青色だった指先以上に、かなり厨二臭い風貌へと豹変した左腕だった。
うわぁぁ・・・
「痛すぎるぞコレわァァァァァァァァァァァァ!!」
スキルで治した自身の左腕を見た俺は、驚き、怒り、絶望、悲しみが内混ぜになった訳の分からない負の感情を虚空へと向かってブチ撒ける。
見た目があまりにも痛く、酷く落胆して両手両膝を地面へと着きながら項垂れて悲しみに打ち拉がれていると、首にかかっていた見たこともない白い鍵が、ユラユラと振り子の様に揺れながら、軽くピトっと俺の左腕へと当たった。
「ぬぉぉぉぉ!?」
そして、俺の左腕へと当たった鍵は、何故か前腕の内側へと吸収されて左腕に発現された変な模様の一部となり、これまた痛々しい鍵型の模様を浮かび上がらせた。
「何でこうなるしィィィィィィィ!?」
俺のスキルはドレもコレも持ち主に呪いをかけるスキルなのかよっ!?
さらに痛々しくなった自身の左腕を見た雄太は、盛大に絶望する。
最悪だ・・・
最悪すぎる・・・
こんな腕を誰かに見られた日には、俺が世間的に殺される・・・
雄太は両脚を抱え、縮こまってポツンとコンパクトになって座り、突き出る両膝へと顔を埋めて膝を濡らした。
「クソっ! こうなったのも、あのクソヤローが悪いんだ!」
雄太の感情は負の方向へと向けて全開で吹っ切れ、マルバスへ止め処無く殺意が湧いて出てきた。
若干湿る目元を腕で拭い、心の奥底にある感情に突き動かされる様にスクッと軽快に立ち上がる。
「なんか悔しいが、先ずはアイツからだ!」
そして、左手で自身の胸へと手を当てる。
「オイ! エルダ! 聞こえるか!」
雄太は左手を当てている胸へと視線を向け、徐にエルダの名前を叫ぶ。
「俺の中に居るのは分かってんだぞ! 今すぐ起きろ! そして返事をしろ!」
・・・・・・
「くっ──」
雄太の声へと返事がなく、崩れたビルの中へと沈黙が走る。
その沈黙が痛いのか、雄太は手を当てていた左手の爪を突き立てる様にして胸を掴み、表情を歪ませる。
『・・・・・・返事がない・・・ まるで屍の様だ・・・』
「黙れコラァ!!」
そんな雄太の思いをぶち壊すかの様に、ナレーション染みた、落ち着いた雰囲気のエルダの渋い声が聞こえてきた。
「お前が居るのは分かってたんだよ! 巫山戯た演出してんじゃねぇよ!」
『ちょっと揶揄っただけじゃないのよ! いちいち怒鳴らないでよ! ホント、心もアソコも小さい男ねぇ』
「マジでこの世から消し去るぞ!」
『いやぁぁぁぁぁ! それだけはやめてぇぇぇぇ!! わたしが悪かったです! ホント、スンマセンでした! なのでソレだけは本当に勘弁してくだせぇ!』
早々に色々とぶち壊してくれたエルダに対し、雄太はムカつくのか嬉しいのか分からない複雑な気持ちとなった。
「お前、後でマジで覚えておけよ。 ってか、ギルフォード。 お前もいるんだろ?」
『あぁ・・・ 私も何故かは知らないが、未だにマスターの中に居るらしい・・・』
雄太の声へと答える様に、ギルフォードも声を上げた。
『しかし、一体何故なんだ? マスターはマルバスにスキルを奪われ、私達を失ったのではないのか?』
ギルフォードの声には、まるで要領を得ないと言った様な疑問が多分に含まれていた。
「あぁ。 俺も最初はそう思ったよ。 だけど、無くなった左腕を創った時に、何かが俺の魂に残っている感じがしたんだ」
『ソレがあたしとギルフォードなの?』
「そうだ。 お前らだけだ」
『それは・・・ ラセツや他の者達は、 どうなったんだ?』
雄太はギルフォードの質問に対し、顔を下へと向けて小さな声で呟いた。
「アイツらは、 消えたよ・・・」
『なんでよ! なんであの雄太の狂信者達が消えるのよ!』
「お前・・・ 他にも色々と言い方があるだろ・・・ 狂信者ってなんだよ」
『確かにそうだ! みんなが消えて、何故、私とエルダだけが残ったんだ! 消えるならマスターのスキルが奪われた時点でみんな消えるはずだ!』
エルダとギルフォードは、どこか納得がいかないと言った様子で雄太を責める。
「アイツらは純粋な俺のスキルから生まれた奴らだ。 けど、お前とギルフォードは、俺が暴食で喰って膨張に魂を移した存在だった。 だからお前らの魂は俺の身体に残り、消えずに済んだ」
『そんな──!?』
『嘘よ!』
「・・・本当だ」
雄太達の間に沈黙が流れる。
『と言う事は・・・・・ アリアは!? アリアはどうなったんだ!?』
アリアも雄太によって魂を喰われ、膨張の身体を与えられていた存在という事を思い出したギルフォードは、必死な様子で大声をあげる。
「安心しろ。 アリアさんの魂はスライムダンジョンの中に居る。 ダンジョンマスターと言う事が功を奏したのか、俺がアリアさんを助けた時の様な実態のない存在になっているだけだ。 魂は消えてない」
『あぁ・・・』
雄太の言葉を聞いたギルフォードは、安堵するかの様に声を漏らす。
『って言うか、ユータはスキルを奪われた筈なのに、なんでわたし達と話ができている訳?』
「あぁ。 その事なんだが、アイツにスキルを奪われた筈の俺は、何故か知らんがこうして新しいスキルを獲得した様だ。 しかも、前まではスキルを使う際は何かと齟齬みたいなチグハグな部分があって、ソレをシスにサポートしてもらっていたんだが、この新しいスキルは、何故か身体に馴染みまくってんだよ」
『空から落ちて変なとこぶつけたんじゃないの!?』
「はぁ!? やっぱり俺はあそこから落ちてきたのか!?」
『思いっきり重力に従ってたわよ』
「まじか・・・」
雄太は、顔を引き攣らせながら天井にある穴へと顔を向ける。
『って言うか、なんであの高さから落ちて死んでないのよ!? 先ずはそこからでしょ!?』
「俺もよく知らん。 知らんがこうして生きている。 しかも、起きた時は失った左手以外、傷一つなかった」
『マスター。 ここはあの世と言う事は・・・』
『なんて事言うのよ! このダンジョンマスターの紐!』
『紐・・・』
『ったく、なんで死んでまでわたしがユータの中にいなきゃいけないのよ! 冗談じゃないわよ!』
「俺だって死んでまでお前に憑依されたくないわっ! ついてくんな! このメンヘラ腐乱ストーカーが! 略してメフスト!」
『メフストって何よ!? どこのエロイムエッサイムよ! ってか憑依って何よ!? わたしは囲碁も打てないし、首にどデカい鈴もついてないし、ふんばりヶ丘にも住んでいないわよ! アンタこそ私を拉致監禁してんじゃないわよ! 厨二ぃぃぃ!』
「ちゅ、 厨二じゃねぇしぃぃ! 俺、全然厨二じゃねぇしぃぃ! もう、ちゃんとした大人だしぃぃ! 妖精の粉で空飛べないしぃぃ!』
『まぁまぁ、2人とも落ち着いて──』
「『黙れ紐!』」
『あ、はい・・・』
この後も色々と雄太とエルダの言い争いが続き、そんなこんなで、酷く残念な再会を果たした雄太達であった。




