251. 消失
雄太の視線の先には、漆黒の2対の鳥の様な翼を広げ、左右のこめかみの箇所から羊の様な禍々しい漆黒の角を生やし、身体のところどころを甲殻の様なもので鎧の様に覆っているマルバスがいた。
「どんだけしつけぇんだよ、オマエ」
マルバスを睨みつける千疋狼の雄太の顔は、漆黒の牙を剥き出しにし、吊り上がった口の間からは、まるで怒気を吐き出すかの様に黒い霧が溢れでていた。
そして、雄太は、溜まった怒りを吐き出すかの様に、滞空しているマルバスへと向けて凶悪な顎門を開けて咆哮を上げる。
「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアア!!」
黒い霧を伴った雄太の咆哮は、先ほど以上に広範囲で撒き散らされ、マルバスの周囲を黒い霧が覆い尽くした。
雄太が黒い霧を放つと同時に、雄太は転移でマルバスの背後へと現れ、鋭利な指先をマルバスの背中へと向けて貫を放つ。
「な!?」
しかし、雄太が放った貫は、マルバスによって手首を掴まれて阻まれ、マルバスは雄太の手首を掴みながら閉じていた眼をスゥーっとゆっくりと開く。
「!?」
マルバスの双眼は、複数の黒目がギョロギョロと忙しなく動き回って、まるで昆虫を連想させる様な複眼へと変わっており、マルバスは雄太の手首を掴みながらゆっくりと口を開いた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな」
「くっ!」
マルバスに腕を掴まれた雄太は、背中へと冷たい何かを感じ、即座に千疋狼の腕を切り離してマルバスから距離を取った。
「我が名はマルバス。 魔族を統べる総裁であり、序列5位の印を持つ者」
マルバスの手にある雄太が切り離した千疋狼の腕が一瞬で凍りついた。
「氷形の王にして──」
マルバスの手の中にある凍りついた千疋狼の腕からニョキニョキと水晶の様な氷の柱が生え、
「貴様と同じ──」
禍々しい氷の槍へと変貌した。
「──大罪のスキルを持つ者である」
マルバスは手にしている氷の槍をそっと放つ様にフワリと空中へと浮かせると、マルバスの上空へと浮いた氷の槍は、さらにビキビキと急激に体積を増やしていき、氷の竜へと変貌した。
マルバスによって発現された竜は、日の光によってキラキラと輝く青白い西洋の竜を彷彿とさせる美しい氷の彫刻の様であった。
しかし、竜がその身を完全に表すと同時に、まるで生きているかの様にゆっくりと巨大な羽を広げ、雄太へと顔を向けて睨みつけ、白い吐息と共に顎門を開いた。
「な!?」
そして、変貌した竜の中心には、まるで氷の牢獄に囚われ、封印されているかの様に、先ほど雄太が切り離した千疋狼の腕があった。
「この姿となった我に、貴様の攻撃が通じると思うなよ」
瞬間、羽を広げて滞空している氷の竜を残し、雄太の眼前にいたマルバスの姿が消えた。
ごっ!
マルバスが消えたと同時に、雄太の腹部へと鈍い衝撃が訪れ、雄太は意図せずに身体をくの字に曲げる。
「ぐぅ!?」
身体をくの字に曲げている雄太の前には、右膝を突き立てているマルバスの姿があり、雄太は即座に転移でマルバスから距離を取る。
『マスター。 膨張をパージし、再構築します』
「!?」
転移と共にマルバスへと視線を固定させていた雄太は、シスの報告を聞き、チラリとマルバスから自身の腹部へと視線を向けた。
すると、雄太が視線を向けた腹部は、既にシスによって膨張が切り離された後であり、切り離された膨張は、瞬時にして氷結し、まるで水晶の様な幾つもの氷塊を不規則に生やした。
そして、膨張へと生えた氷塊は、まるで成長し生え出るかの様にニョキニョキと伸びていき、竜の姿へと変貌した。
「シス! これからあいつの攻撃を受けた瞬間、同じ様にすぐさま膨張を切り離せ!」
『ロジャー』
新たな竜が現れたのを見たマルバスは、口角を上げ、にぃ〜っと粘着く様な笑みを浮かべた。
「どこまで耐えられるか見ものだな。 貴様のソレを全て剥かれるのが先か、それとも──」
瞬間、またしてもマルバスの姿が消え、雄太の耳元へ囁かれる様に冷たい声が聞こえてきた。
「──死ぬのが先か」
同時に雄太の背中へと衝撃が走り、雄太の視界へと凄い速さで迫り来る飛空艇の甲板が現れた。
「がぁっ!?」
雄太は獣の様に四肢を使って甲板へと着地し、急いで体勢を整えながら背後へと振り返り、マルバスへと身体を向ける。
雄太が攻撃を受けた上空には、シスによって切り離された凍った膨張が浮いており、凍った膨張は氷の大剣の様な姿へと変貌を遂げていた。
上空に浮かぶマルバスは、感嘆しながら雄太の膨張が変貌した氷の大剣へと手を伸ばす。
「貴様を材料にしたにしては、なかなかの出来栄えではないか」
自身の身長を超える大剣を手にしたマルバスは、右腕一本で軽々と大剣を無造作に振った後、ピタリと大剣の先を雄太へと向けた。
「──貴様もそう思うだろ?」
瞬間、雄太の左側からマルバスの声が聞こえ、横薙ぎに振われた氷の大剣が雄太の左腕へと打ち付けられた。
「がっ!?」
大剣を叩きつけられた雄太は、身体を投げ出されたかの様に甲板の上を激しく転がるが、引っ掻く様に四肢を甲板へと無理矢理着けて滑りながら体勢を整える。
雄太の左腕は、シスによって膨張が除去され、スキル発現時の黒いスライムスーツが姿を表していた。
雄太の視線の先にいるマルバスの手にある大剣は、まるで雄太の左腕を飲み込む様にして氷で包み込みながら内側へと取り込み、その姿を禍々しく変貌させた。
「どうやら貴様はコレに気に入られた様だな」
雄太は剥き出しの左腕へと急いで膨張を纏う。
「さぁ。 もっと寄越すがよい」
大剣を手にしているマルバスの姿が消えたのを見た雄太は、瞬時に転移でその場から離れ、先ほどまでいた場所へと視線を向ける。
先ほどまで自身が立っていた場所では、マルバスが甲板へと向けて大剣を深く突き刺しており、下げていた顔を雄太へと向ける。
「ほう。 そう動くか」
「くたばれ!」
雄太は、甲板へと突き刺さった大剣を握るマルバスへと向けて、転移させた黒雷を放つ。
ドォォォォォォォォォォォン!
放たれた黒雷は、低く腹に響く様な音を立てながらマルバスが居る箇所へと落ちるも、そこには既にマルバスの姿はなく、雄太のディスプレイへとスライムを指すアイコンが雄太の左へと突発的に現れた。
雄太は現れたアイコンへと咄嗟に反応し、右腕で上段から振り下ろされたマルバスの大剣を受け止めながらその場へと黒雷を落とし、自身は転移でその場から離脱する。
ドォォォォォォォォォォォン!
転移で離脱しながらも右腕へと膨張を纏わせ終えた瞬間、今度は背後へとアイコンの反応が現れ、前方へと転移しながらその場へと黒雷を落とす。
完全に躱したと思った雄太であったが、左足の膨張が切り離されており、シスによって瞬時に膨張が追加される。
雄太と同じ様に転移するかの様に現れるマルバスの姿を捉えきれない雄太は、まるで、見えない敵と戦っているかの様に、黒雷を自身の周囲へと落としながら転移すると言った行動を繰り返す。
「クハハハハハハハハハハハハハハ── どうした── 防戦一方ではないか── 我を殺すのではなかったのか──」
転移を繰り返しながら聞こえてくるマルバスの声は、まるで雄太を取り囲むかの様に色々な箇所から立体的に聞こえており、雄太は表情を険しくさせながらスライムの反応が現れた場所へと向けて範囲的に黒雷を撒き散らす。
「クククククク── その様な── 何も見えておらぬ攻撃など── 我が── 当たるはずもない── どうせ攻撃を放つのであれば── 的確に的を捉るがよい──」
スライムのアイコンが現れた瞬間を狙って黒雷を放っていた雄太の背後へと、スライムを示すアイコンが現れた。
「──この様にな」
「ぐぅぅぅぅ!?」
ドォォォォォォォォォォォン!
雄太は、背後からマルバスによって右肩から左脇腹へと袈裟に衝撃を受け、マルバスの移動に追いつけなかった黒雷が遅れて雄太の背後へと落とされた。
シスによって瞬時に膨張を切り離されたが、雄太の背中へは通常のスライムスーツが大きく露出した。
「先ほどまでの威勢はどこへいった──」
シスによって背中へと膨張が発現される。
「人間如きが思い上がりおって──」
恐怖を取り払う様に、雄太が自身を中心に広範囲に黒雷をばら撒く。
「チカラを解放した我に勝てると思うなよ──」
黒雷が甲板の上を火をあげながら蹂躙する中、マルバスの大剣の打ち込みが雄太の右腕を襲う。
「ぐぅ!」
「貴様も──」
雄太の左肩へと衝撃が現れる。
「がッ!?」
「ルカの様に──」
雄太の左太腿の膨張が削られる。
「くっ!?」
「死ぬが良い──」
雄太を包み込む黒雷をものともせず、マルバスの連続した打ち込みが次々と雄太へと襲いかかる。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
切り離した膨張の発現が追いつかないほどの連続した打ち込みが、膨張がない剥き出しのスライムスーツを纏っている雄太へと次々と襲いかかる。
まるで、先程のマルバスの姿を彷彿させるかの様にマルバスの連撃を受けた雄太は、震え踊る膝を地へと着くのを堪え、満身創痍といった様子で顔を下へと向けて全身から血を流し、左手に短刀を握りしめながら力なく中腰で立ったいた。
そんなボロボロの雄太の身体には、こびり着く様に点々と膨張が発現されており、ボロボロになっているスライムスーツは、主人である雄太を守るかの様にグニグニと蠢きながら体積を広げていく。
「見るに堪えん姿だな」
満身創痍の雄太の前へと、いつの間にか大剣を持ったマルバスが姿を現した。
雄太とマルバスの間は、雄太の黒雷によって着いた火によって隔てられており、マルバスは立ち上がる火をものともせずに雄太へと静かに歩み寄る。
「ぐぅ」
顔を下げている雄太は、前髪から覗き込む様にして歩み寄るマルバスを上目で睨みつける。
「ほう。 まだその様な眼ができるのか」
歩み寄るマルバスへと向かって、雄太は短刀を突き出そうと左腕へとチカラを込める。
だが、雄太は不意にマルバスによって左腕を掴まれ、
「もうよい──」
腕を締め付けられて短刀を落とし、ぐったりとした力ない様子で身体を軽々と持ち上げられた。
「──飽きたわ」
瞬間、雄太の肘から先の左腕が真っ白に凍りついた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
肘から先の左腕を凍らされた雄太は、叫びながらマルバスへと残った右手や足で殴打するも、マルバスは気にした様子もなく持ち上げた雄太を下から眺める。
「マスタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太がマルバスに腕を掴まれて持ち上げられている姿に先ほどカイムに飛ばされて戻ってきたギルフォードが気付き、瞬時にマルバスへと方向を転換し、剣先を向けながら甲板を蹴って駆け寄る。
「・・・ギルフォードか」
ギルフォードが雄太を掴むマルバスの腕へと向けて頭上から剣を振り下ろそうとした瞬間、マルバスはギルフォードへと向けて冷気を放つ。
「ぐぅ!?」
マルバスが放った冷気は、ギルフォードの両腕と下半身を瞬時に凍らせ、ギルフォードの動きを止めてその場へと貼り付けた。
「貴様も懲りぬな。 改めて自分の力の無さをその目へと焼き付けるが良い」
マルバスがサッと左手を薙ぐと同時に、ギルフォードの両腕と下半身が粉々になって砕け散った。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ギ ル・・・」
支えを失ったギルフォードは、砕かれた箇所へと氷を纏った状態で燃え盛る甲板の上へと投げ出された。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
手足を失ったギルフォードは、燃え盛る甲板を這いずり、マルバスを鬼の様な形相で睨みながら雄太へと近寄ろうとする。
「蟲はそこで見ておるが良──」
マルバスが再度ギルフォードへと左手を向けようとした瞬間、甲板の炎が揺らぎ、エルダが転移でマルバスの上空へと現れた。
「──死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり上空から現れたエルダは、手にしていた巨大なライフルをマルバスの頭へと向けて照準を合わせる。
エルダがトリガーを引こうとした瞬間、上空より2体の氷の竜が現れ、エルダの身体へと喰らいつく。
「ガハっ!?」
「エル ダ・・・」
エルダへと喰いついた氷の2体の竜は、エルダを咥えたまま自身の頭を横へと振り抜き、エルダの胴体を噛み千切った。
「ユぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
右半身と下半身を失ったエルダは、雄太へと向かって左腕を伸ばす。
マルバスはその様子を気にすることなく、ギルフォードから雄太へと視線を移す。
「フム。 これ以上邪魔が入る前に、さっさとやっておくとしよう」
雄太を掴むマルバスの腕へと力が入る。
「これで、貴様のスキルは我のものだ」
雄太を見るマルバスは、欲しがっていたモノを得た子供の様に笑みを浮かべる。
「貴様のスキルは存分に利用させてもらうぞ──」
マルバスの浮かべている笑みは、徐々に抑えきれないといった具合に口角が吊り上がっていき、
「──我が王となる為にな」
醜悪な顔へと変貌し、
その凶悪なスキルの名をゆっくりと告げた。
【搾取】




