246. 黒髪の男
「貴様がたらふく喰った魔族は──」
黒髪の男は、粘着く様な笑みを浮かべながら、
「──美味であったか?」
心底嬉しそうに雄太へと視線を向ける。
男の笑みを見た雄太は、まるで、自身のスキルの概要や全てを見透かされているかの様な、言いようのない嫌悪感に襲われ、ブルっと身体を震わせる。
「オマエ、何が言いたいんだ? 魔族を喰うってなんだよ?」
「そのままの意味だよ。 ──『無形の王』、 よ」
「!?」
黒髪の男の口から漏れた、今まで誰にも言った事がない自身のスキル名を言い当てられた雄太は、平静を装うかの様に顔へと感情を出すのを堪えたが、脳内では黒髪の男の言い放った言葉によって思考を激しくかき乱された。
「唐突にナニ訳の分からない事を言ってるんだオマエ? 俺との会話が全く噛み合ってねぇぞ? 魔族の奴らはどいつもこいつもそうなのか?」
雄太は平静を装って、何故コアを吸収した事でミディアとの門が繋がったのかと言う事を確認しようとする。
「クっクっクっクっクっクっ── そう言えばそうであったな。 ここまでのモノとは知らず、我としたことが嬉しすぎてついつい舞い上がってしまったわ」
黒髪の男は、溢れてくる喜びを押し殺すかの様に平静を装ってはいるが、堪えきれないと言った様子で破顔させていた。
「何、 貴様の特性を利用して、不安定だったミディアとこの世界の繋がりを綺麗に整えただけだ。 体内にコアと鍵を持つ貴様は、生きながらにして異世界同士をつなぐ起点であり、言うなれば ──人柱と言ったところか?」
「俺の特性? 俺が起点になっている? 人柱? 巫山戯た事いってんじゃねぇぞ?」
笑顔の男とは対象に、雄太の顔が段々と険しくなって行く。
「ここに来るまでに貴様が喰った岩山、いや、魔族はな、ミディアとのチャンネルを固定させる為のアンテナの様なものだ。 しかも、貴様が選んで喰ったコア入りのものは、岩山が消失し、中にあるコアを集めれば集める程、複数あった大まかな座標が減り、確かな1つの座標へと固定されて行く。 そして今、その集まったコアは何処にある?」
男は口角を更に吊り上げる。
「おっと? 貴様の中であったか?」
「オマエ!」
雄太はギリっと奥歯を噛み、視界の端で上空の魔法陣を見る。
「アレは、集まったコアの位置を計測するだけの装置にすぎん。 案ずるな。 全てを集めた貴様は、既にロックされておるわ」
「巫山戯んなよ!!」
「戯言ではないぞ。 先も言ったが、貴様を起点としてミディアが現れる。 貴様が何処へ逃げてもな。 そして、貴様は転移に飲み込まれて消え去るのだ。 クっクっクっクっ── アぁっハっハっハっハっハっハっ──」
黒髪の男は心底嬉しそうに大声をあげて笑い出した。
雄太の頭の中では、色々な考えが入り混じっては駆け巡り、アレやこれやと考えては消えていき、黒髪の男によって伝えられた状況への答えが全く考えられず、焦りや怒り、恐怖や絶望と言った負の感情に押しつぶされるかの様に、雄太は無意識に拳を握りしめていた。
そんな雄太へとエルダが突然声をかけてきた。
『馬鹿ユータ! さっきから何してんのよ! ぼさっとしてないでさっさと魔族を倒しなさいよ! アンタ、さっきまで「魔族ブっ殺す!」って鼻息荒げてたじゃないの! それがなんで魔族とお喋りしてる訳? そんなの時間の無駄よ! 無ぅ駄ぁ!! 魔族なんて須く「サーチ・アンド・デストロイ」よ! いつもの様に無駄無駄言いながらさっさと殴り殺しなさいよ!』
急なエルダの声で、雄太の思考の渦がピタリと止まる。
『それに、まだ起こってもいない事を今考えてどうすんのよ!! って言うか、あんな魔族の言葉をチョコっと聞いただけで、本当に自分が転移の起点て思っちゃってるとか、アンタ、ホント馬鹿なの!? どんだけチョロいの!?』
グルグルと霧がかって渦巻いていた雄太の思考が鮮明となる。
『だから彼女もできないのよ! 包茎童貞!』
そして、雄太はいつも通りの馬鹿でムカつく一言多いエルダへと怒りを覚える。
「俺、そんなチョロくねぇ〜し! 昔は彼女いましたぁ〜!! 包茎でも童貞でもないですぅ〜!! って言うか、無駄無駄言いながら殴り殺すとかした事ねぇ〜し!!」
「ん?」
雄太が急に虚空へと向かって吠え出し、ソレを見た黒髪の男は椅子へと頬杖をつきながらピクリと眉を動かす。
「気でも触れたか?」
『ハイハイ。 素人童貞さん』
「黙れゴラ”ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太は色々とブチキレた。
「もうオマエら面倒臭ぇわ! とりあえずオマエはブチ殺す! そんでオマエはこっち来い!」
エルダの煽りや、黒髪の男が言う面倒臭いことに対して色々とブチキレて吹っ切れた雄太は、怒りを顕にしながら「バッ」と両腕を左右へと大きく広げながら大声をあげる。
「出て来い!オマエらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瞬間、雄太の背後へと歪な形の膨張の膜がジワジワと広がり始めた。
雄太が空中で広げた膨張は、まるで、空へと穴が開いたかの様に見える程に広がっていき、そこから次々と大量の鬼と餓鬼、そして各地に散っていたスキルズが全員姿を現した。
滞空している鬼や餓鬼達は、一斉に眼下に見える空母艦の様な場所にいる魔族の群れへと視線を向けて臨戦態勢を取り、出てきた全てのスキルズは、空に浮かぶ巨大な船の様なものに一瞬驚くも、すぐさま鬼や餓鬼達と同じ様に臨戦態勢をとった。
そんな中、雄太の側へと姿を現すなり、エルダが驚きを露わにさせて大声で叫び始めた。
「ちょっとユータぁぁぁぁぁぁぁ!? なんなのよあの巨大な飛空艇は!?」
「飛空艇?」
「そうよ! アレって、規模がおかしいけど飛空艇よ! ミディアの魔道具よ!」
エルダが眼下に浮かんでいるモノへと指をさす。
「マスター。 エルダが言う様に、アレはミディアの魔導具の一つだ。 魔素が薄い地球でどうやってアレは動いているんだ?」
ギルフォードもエルダと同様に驚いており、エルダとギルフォードは、眼下に広がる巨大な空母艦の様なモノをみて驚愕する。
エルダとギルフォードの声が聞こえたのか、黒髪の男はニヤニヤとしながら嬉しそうに口を開く。
「道が完全に繋がった今、この世界は、門から溢れ出る魔素によって包まれておるわ」
「門だと!?」
「溢れる魔素ぉぉぉ!?」
黒髪の男は雄太へと視線を向け、その視線を追う様にエルダとギロフォードも雄太へと視線を移す。
「クっクっクっクっクっクっ── まぁ、魔素がなくても色々と動かし様はあるがな。 オマエなら分かるだろ?」
意味深げな言葉を告げながら笑う黒髪の男は、雄太からギルフォードへと視線を移す。
「あ、あいつは!? まさか・・・ 片桐、いや、 ──マルバスか!?」
「久しいな、ギルフォード。 クっクっクっクっクっクっクっ── 昔のままの姿ではないか」
マルバスと呼ぶ黒髪の男を見た瞬間、ギルフォードの表情が怒りに染まる。
「マルバス? ソレがあの男の名前なのか?」
「あぁ。 あの顔、名前、共に私が忘れる筈がない。 あの男こそが、アリアを捉え、私を騙して種を植えつけ、ダンジョン転移に紛れて一緒にこの世界へと鍵を探しに来た、 上位魔族の一人だ」
ギルフォードは手にしている剣を力強く握りしめ、今すぐに飛び出さんとばかりに身体中へと力を込める。
「ユータ! あいつよ! あいつが私のいたダンジョンにあの化け物を放ったのよ!」
エルダは椅子に座っているマルバスを指さして恨めしそうに睨みつける。
怒り心頭のエルダとギルフォードによって射殺すかの様に睨みつけられているマルバスは、まるで気にした様子も見せずに涼しい顔をしながら頬杖をついていた左手を顎から外し、無造作に頭の横へと掲げる。
「橘花 雄太を捕らえろ。 生き死には問わん。 使えるのはヤツの身体だけだ」
そして上げていた手をサッと下ろす。
──瞬間、
──甲板にいた魔族達が一斉に空へと向かって飛び上がった。
飛び上がった魔族達は、雄太が発現させたスキルズと対する様に滞空し、綺麗に列を造って並んで陣形を整える。
「やれ」
マルバスの言葉によって滞空して並んでいた魔族達が一斉に雄太へと向かって飛びかかった。




