242. 起点
「ふぅ〜」
目の前の曇り空へと広がる巨大な魔法陣の端を眺めながら、木下は涙が溢れない様に悲壮な顔を上げて溜め息を吐く。
「芽衣ちゃんに酷い事言われたよ・・・ ワシとしても父親として頑張っているつもりなんだが、ワシの何がいけないと言うんだ・・・」
今の木下は、目の前に広がっている巨大な魔法陣よりも、芽衣によって自身の存在を否定された事で頭がいっぱいだった。
「はぁ〜。 実の娘に存在を否定されてしまうとか・・・ ──小僧が言う様に、勇者って称号は色々と呪われてる様に思えてきたぞ・・・」
空を見上げている木下は、自身のステータスを開いて名前の下にある称号欄の勇者という文字を恨めしそうに睨み付けた。
「なぁ、日向」
「どうしたんですか?マスター?」
「そう。 そうなんだよ日向。 その、ギルドマスターって言うのも芽衣ちゃんに嫌われているんだよなぁ〜・・・」
「一体なんの話をしているんですか?」
日向はさっぱり意味が分からないと言った様な表情で、悲壮感を漂わせながら、ずっと空へと顔を向けている木下へと話の意味を聞き返した。
「なぁ。 日向」
「はい?」
「お前、勇者になってくれんか?」
「はぁ? 嫌ですよ。 それに、そんな簡単に人がホイホイと勇者になれる訳ないじゃないですか」
「だよなぁ〜・・・」
空を見上げている木下へと顔を向けている日向は、眉間に皺を寄せて心底嫌そうな表情つくる。
「それじゃぁ、 お前、ワシの代わりにギルドマスターになってくれんか? みんなからの信望もあるお前なら、ワシ以上にギルドマスターという地位が務まると思うぞ」
「それも嫌です。 謹んでお断りします。 私には、マスターの様な経験が絶対的に足りてないです。 それに、私は力もなく、ピュアでもランカーでもないので、皆を従える自信はないです」
「そんなのはコレから増やしていけば良いだろ? それに、ワシと同じ事をする必要もないだろ? お前の判断力とその落ち着きがあれば、力がなくても色々と上手く務まると思うがのぉ。 実際にギルドに潜入中は、チームを纏めていたんだろ? それで実績は十分だと思うんだがのぉ」
「それでも・・・ 私はまだまだです。 お世辞でもなんでもなく、芽衣さんの方が力も発言力もあり、皆を纏めるギルドマスターに向いていると思いますよ」
「はぁ〜〜〜」
木下は、日向の口から出て来た娘の名前を聞き、憂鬱そうにさらに大きな溜息をこぼした。
木下が最大にヘコんでいると、木下のブレスレットが微かに震えた。
「ん?」
急に震えた自身の手首に嵌っているブレスレットへと視線を落とすと、ブレスレットが虚空へと広がり始めた。
「うぉ!? なんなんだコレは!?」
「あ、誰かこちらに来た様ですね」
何度も自分を起点とされて誰かを転移させられた日向は、急に広がった木下のブレスレットを見て、慣れているかの様に冷静に呟く。
「私も、最初はソレにとても慌てましたよ」
「転移!? 起点!?」
木下が狼狽えていると、ブレスレットから広がった膨張から雄太達が姿を表した。
「こ、小僧!?」
広がった膨張から姿を表した雄太を見た木下は、狼狽えながら雄太へと視線を向ける。
「お? ジジイ? 悪りぃ。 少し遅れたわ」
「お、遅れたじゃないわ! なんなんだこの現れ方は!? 一瞬、オマエのスキルに食われるかと思ったわ!」
「??」
雄太は木下の言っている意味が分からず、眉間へと眉を寄せて目を細める。
「何言ってんだよ? んな訳ねぇだろ」
雄太がバカを見る様な目で木下を見ていると、横に居た日向が、起点とされた者から転移してくる者の現れ方について説明をした。
「へぇ〜〜。 そうなんですね。 俺の場合は常に膨張を地面に発現させている状態で転移させていたので、そこまで知らなかったですし、全く他の人の事を考えてなかったですね」
雄太は、日向の説明によって狼狽えている木下の姿に納得したかの様に頬をポリポリとかきながら告げる。
「まぁ、私も、最初はマスターと同じ様に死を覚悟したよ。 クっクっクっクっクっ──」
日向は、以前の自分と全く同じリアクションをしていた木下が可笑しかったのか、口に拳を当てながら静かに笑った。
「いつも転移の起点にされている私は、流石にこの状況にも慣れたよ。 コレばかりは慣れるしかないな」
「日向さん。 貴重な報告ありがとうございます。 エルフ達の事もあるしちょっと色々と考えてみます」
「転移ができるだけでも凄いから、そこまで深く君が考える程でもないだろう。 まぁ、私の様にこんな仕様になっていると思うものが多いとは思うが、クレームが来次第で良いと思うぞ」
「そうですか? それじゃ、とりあえずは現状維持って事で」
日向との転移の起点になる者についての話を切り上げた雄太は、海上の上空へと綺麗な線を引いている魔法陣へと向けて顔を上げた。
「思ってた以上に線がはっきりしているな・・・ もう、コレは誰がどうみても魔法陣にしか見えないな・・・」
空へと顔を上げている雄太は、睨む様にして上空に現れている魔法陣の線をなぞる様に視線を動かす。
「それで、コレの発生源はアレって事で良いんですよね?」
空を見上げていた雄太は、背後にある岩山へと顔を向ける。
雄太の背後にあった岩山の頂きからは、空へと向けて光の柱が立っており、光の柱の先は上空にある魔法陣の外縁部分と繋がっていた。
「まぁ、そう見て間違いないと思う」
「ですよねぇ」
日向も、雄太の視線に釣られるかの様に岩山の頂きへと視線を向けながら雄太へと答える。
「けど、私が見た限り、魔法陣を形成している岩山は、現れた場所についてもそうだが、最初に市街地に現れた岩山と何かが違う様に思う。 実際に、市街地に現れた岩山は、海沿いに現れた岩山とは違って光の柱は出てないしな」
日向はそう言いながら手にしていたタブレットを雄太へと手渡した。
「今のあの場には、警察が数人程見張りをしているだけで、裏ギルドのメンバーは誰一人いない。 光の柱を発現させていない市街地の岩山は、とりあえずと言った形になっており、こうして複数の箇所へとカメラを設置しているだけの状態だ」
雄太が日向から受け取ったタブレットは、市街地にある岩山の前に設置されているカメラとリアルタイムで動画が繋がっており、タブレットを手にしている雄太の横から日向が指でタブレットを操作して画面をどんどん切り替えていき、岩山の頂上部分が写っている画像へと画面を切り替えた。
日向が言う様に、切り替わった画面に映し出された岩山の山頂には、光る柱の発現は全く見られなかった。
「岩山の形状は光の柱を出しているヤツと同じに見えますが・・・ って言うか、なんで市街地のヤツからは光の柱が出てないんですかね?」
「私にも全く持って何が何だか分からんよ。 魔族による威嚇や不発とか配置ミスの可能性もあるが、こんな大規模に計画されてそうな物は、流石に威嚇や不発、ミスという考えだけでは片付けられないだろうな。 私の推測ではあるが、コレにも何か用途や意図があるとみて間違いないだろうな」
日向は、タブレットに映る岩山の画像から顔を上げ、光る柱で繋がっている上空の魔法陣へと顔を向ける。
すると、木下が横から話に入る様に口を開いた。
「ワシも日向の推測に一理あると思うぞ。 他の岩山と市街地の岩山には何かしらの繋がりがあるに違いない。 こんな意図的に人員を配置させて綺麗に岩山を発現させておいて、あの岩山はなんでもないですよでは済まされんだろ?」
木下は腕を組みながら雄太が手にしているタブレットを指さす。
「2人とも考えすぎだろ? 案外アレは、あの市街戦のあの人数で俺を倒すことができなかったから、最後の手段みたいな感じで自爆に使っただけかもしれねぇぞ?」
市街戦の最前線で戦っていた雄太は、あの状況から、アレは自爆の為に発現された様に感じた。
「まぁ、俺もそれと言った魔族達の的確な目的は知らんが、アレが意図してあそこにあるのは、案外、市街地にあるあの岩山は、この巨大な魔法陣の機動装置とかだったりしてな」
「「・・・・・・」」
雄太の言葉を聞いた木下と日向は、お互い無言となって顔を見合わせた。
同時に、
背後にある岩山の方へとこの場にいる全員が一斉に顔を向けた。
「まさかな・・・」
「あぁ。 そのまさかかもしれんぞ」
裏ギルドのダイバー達が10数人、木下、日向、雄太が居る海岸沿いへと向かって、岩山の方から空と地上に分かれて黒い魔族の大群が姿を表した。
「ここでコレだけの大軍を消しかける理由は──」
「──ワシらをここで仕留める。 もしくは、足止めするってのにも見えるな」
「巫山戯んなよ。 こんな大軍嗾しかけてきやがって。 一体どれだけの人間を魔族化させてんだよ」
「小僧。 オマエの気持ちは分かるが、対魔族用の武器がない今は、コレだけの数を殺さずに手加減してやる余裕はないぞ」
「マスターの言う通りだ。 雄太君」
ここへと向かって来ている市街地で戦った以上の人数の魔族を見た雄太は、明らかに囚人ではない人間が混ざっていることを悟り、怒りで肩を震わせながらダランとさせている腕の先の拳を強く握りしめた。
「小僧。 ここはワシらに任せて市街地へと先に行け。 と格好よく言いたいところだが、この人数相手には些かワシらだけでは無理がありすぎる」
「しまらねぇジジイだな・・・」
雄太は呆れながらも、木下の言葉を理解しており、仕方ないと言った様な表情で木下の背中へと視線を移す。
「日向。 クレシアへと連絡し、戦えるもの達をここへと転移させろ」
「分かりました」
木下の指示を受けた日向は、ブレスレットを使ってクレシアへと連絡を取り始める。
そして、日向が連絡を取り終えた数十秒後──
──日向を起点に、一人、また一人と言った具合に、次々と武装した裏ギルドのダイバー達が姿を現した。
その光景を見た雄太は、向かってくる魔族の群れへと視線を向けながら、誰にも聞こえない様な声でボソッと呟いた。
「クソみたいな第2ラウンドの始まり、 ってか」




