24. 契約
『あーあ。 泣かせちゃった。 さっきユータが言っていた様に勝手に潜り続ければ良かったのに? なんでこんな面倒臭そうな事するの?』
エルダはユータへと不思議そうに質問する。
『・・・俺の意地とおばちゃん達を巻き込んだ責任へのケジメってのもあるな・・・』
『・・・そう・・・』
エルダはそれ以上は喋らず、雄太は静かな部屋でおばちゃんが来るのを待った。
数分後、部屋へとおばちゃんと鈴木が入って来るなりおばちゃんは雄太を睨みながら口を開いた。
「あんた、どう言う事なのよ一体? 今の状況は分かっている筈よね? それなのにウチと契約するって一体何を考えているの!?」
おばちゃんは鈴木から伝えられた雄太がここのハロワと契約すると言う事について、苛ついた様子で言葉を捲し立てた。
「そうカリカリすんなよ・・・ これは俺のケジメと恩返しなんだよ」
「なんなのよケジメって。 あんたは子供なの? 恩返しって何よ? あんたに貸したお金はもう帰って来たから貸し借りはない筈よ? あんたも分かっていると思うけど、ウチは今、あんたに構っている余裕はないのよ! これ以上事を荒立てないでちょうだい!」
新たな種類のスライムや素材、下層の発見に伴う報告や処理、今後の対応に追われているのか、おばちゃんには全く余裕が無かった。
「だからそうカリカリすんなって。 俺がここの契約ダイバーになるおばちゃん達のメリットについてを今から説明するから。 今はケジメや恩返しってのは置いといて、大人らしくビジネスの話しをしようぜ」
雄太はソファーへと背を預けながら、立っているおばちゃんと鈴木に座る様促す。
「ったく、こんな忙しい時に。 こうなったのも元はと言えばあんた絡みだし、とりあえず話しだけは聞くけど、もしウチにメリットが無い様だったらさっさと他所へ行くなりしてこれ以上は問題を起こさないでちょうだい」
雄太は「別に問題は起こしてないんだけどな」と苦笑しつつも、雄太が契約ダイバーになるメリットを話し始めた。
「先ずは、俺が何故こう言う状況の中でもここと契約したいのかから話すぞ」
おばちゃんは雄太を睨み、暗に先を進める様、目線だけで伝えた。
「それは俺のスキルに関係する。 詳しくは言えないが、俺のスキルはスライムを捕食して強くなれる。 俺はスライムの身体やコアを問答無用で捕食して、自分のスキルのレベルを上げられるんだ。 そう言う訳だから、俺はスライムにとっての絶対的捕食者であり、天敵なんだよ。 あ、これ、マジで内緒で。 って言う事で、今のところ、俺はここのダンジョンじゃなければ稼ぐ事も戦う事も出来ない。 俺のスキルは、スライムを倒すのに特化しまくったスキルなんだよ。 だからこれを機に、ここと契約をしたい。 ってか、見てもらった方が早いかな? スキル出していいか?」
「・・・あんたのスキルはこの前見た筈だけど・・・」
「あぁ。 アレはほんの表面だけだ。 まぁ、見てなって。 そんじゃいくぞ?【擬装】」
雄太はおばちゃんと鈴木の返答を待たずにスキルを発動させる。
「ここまでがこの前見せたヤツだな。 続けるぞ? 【膨張】」
雄太は背中から赤黒くて透明な4本の腕を出現させた。
おばちゃんと鈴木は雄太が発現させた4本のグネグネと蠢く異様な腕に言葉を発する事が出来ず、驚愕しながら表情を固めた。
「そんで次な」
おばちゃんと鈴木は雄太の「次」と言う言葉に反応し、身体をビクっとさせた。
「【炎龍】、【水龍】、【土龍】」
雄太が発現させている赤腕は、1本を残して其々が雄太が指定した形態へと変質させ、其々の龍は造形変形によって本物の炎の様な、水の様な、岩の様な質感を伴った姿を現した。
雄太が発現させた異様なスキルにおばちゃんと鈴木は身体を硬直させながら絶句しており、それを見ている雄太は「そうなるわな」と苦笑しながら言葉を続ける。
雄太の背中から現れている龍は、顎門を開け閉めしながら雄太の周りをグルグルしており、雄太が「解除」と言って全ての膨張を解除すると、其々が火の粉、水飛沫、塵となってまるで幻想的に消え失せた。
「って事で、俺のスキルはスライムを喰うのに特化したスキルで、ドロップもスライムのコアは俺のスキルで勝手に吸収してしまうからそれ以外しか手に入らない。 まぁ、100%の確率でコア以外は手に入っているけどな。 俺はこのスキルで簡単にスライムを大量に狩る事ができ、俺のスキルの糧にする事ができる。 って事でここまでが俺のメリットな」
おばちゃんと鈴木はスライムを捕食すると言う雄太が発現させたスキルを見て驚愕していた。
「そんで、次はおばちゃん達のメリットについてだ。 それはスライムを狩る事に特化した俺がここと契約し、この力でスライムダンジョンを探索しながら都度詳細や攻略方法、新種のスライムとかを報告する。 そんで最後にこのダンジョンを踏破する。 それをここのダンジョンと契約している専属のダイバーがしたらどうなる? おばちゃんならその価値がわかるだろ?」
おばちゃんは俺が提案したメリットの意味が分かったかの様な顔をしながら腕を組んで顎へと手を伸ばして思案し始める。
「それだと私達にもメリットとなるわね・・・ あんたが最前線で情報の提供や攻略をしてくれるなら私達にとっても願っても無い事だけど、1つ疑問があるわ。 確かに1階層はスライムだらけで今迄はスライムダンジョンと呼ばれていたけど、2階層はどうなの? もし、スライム以外のモンスターが居れば、あんただけでなんとかなるの?」
おばちゃんの考えは雄太にも分かった様で、雄太は再度触手の様な膨張を発現させた。
「エルダ出てこい」
雄太が一言呟くと、雄太から伸びている膨張が不気味にモゾモゾ、モゴモゴと蠢き出してだんだんと形を変えていき、銀髪で見目麗しい女性の姿へと変わった。
「これが俺がここのハロワと契約する事を決意した理由だ。 こいつの名前はエルダと言う。 エルダは元々はエルダースライムと言うレア種のスライムで、俺がここのダンジョンで捕食した」
おばちゃん達は目の前にいきなり現れた女性に驚き目を丸くした。
「エルダ、エルダースライムには知識が有り、俺達と同じ言語を話してた。 所謂、スライムのトップ的存在だ。 それを喰ったおかげでこうして俺の眷属として発現させる事も出来る様になり、ここのダンジョンについての知識も手に入れた。 ここのダンジョンは5階層まで下が有り、全ての階層にはスライム種しかモンスターは居ない。 正にスライムダンジョンだ。 この事もあって俺はここと契約をする事にした。 エルダ、おばちゃん達に説明しろ」
『グラトニーの事は伏せろ。 それ以外は好きに伝えろ』
『分かったわ』
「初めまして。 私はエルダと申します。 先ずは──」
エルダは自己紹介から始まり、このダンジョンの事、このダンジョンが地球に現れる前の事を次々と話した。
エルダの話しを聞いたおばちゃんと鈴木は、思考がキャパシティーを超えたのか、粛粛とエルダの話しを聞いていた。
「話が大きすぎて何がなんだかもうついて行けないわ・・・ モンスターやスキルが喋るとか、知識があるとか、異世界だとか、全てがあんたの妄想であって欲しいわ・・・」
「無理だな。 俺にもそこまでの妄想癖は無いし、その妄想を他人へと伝える勇気も性癖も全く無いな」
エルダの話しを聞き終えたおばちゃんと鈴木は、思っていた以上のスケールの大きな話をイマイチ信じ込めず、胡乱な目付きで雄太を見つめる。
「それでだ。 俺は今日、ここと契約して専属になり、明日の朝イチで調査と言う名目でダンジョンに籠もって攻略を進め、俺が最前線から全ての情報を伝えてやる。 マッピングやモンスターの種類、罠があったらそれらも含めて情報を送ってやる。 って言うか、ダンジョンの中と外で連絡を取る手段ってある?」
「あんた本気で言っているのかい? エルダ、さん? の話しを聞く限りじゃ、2層以下は1層とは比べものにならない様に聞こえたんだが・・・ ダイバー用に販売している携帯やリストバンドを使えばダンジョン内と地上で連絡は取ることはできる。 それよりも、籠っている間の食料はどうするんだい? 寝るところは? そんな何日も籠れる程の物資を、あんた一人で運びながら先へ進める訳がないじゃない。 特に水は必要だし、食料が尽きたらどうなるんだい? 通常、ダンジョンの踏破や攻略には、1部隊程の役割を持った人数が必要なのよ。 それを一人で行くとか、無謀を通り越して自殺志願者にしか思えないわ・・・」
「俺は全く死ぬつもりはない。 地上と連絡が取れるなら、それの購入をするから今から準備をしてくれ。 物資については、俺のスキルでどうにでもなるから心配要らない。 寝床に関しても・・・ 多分、どうにでもなるだろう」
「あんたは本当に規格外ね・・・ こんなふざけた事を一人で実行するなんて、本当に馬鹿気ているわ。 確かにあんたみたいなのが先行して情報を送っていれば、ギルドから派遣されて来るであろう後続部隊はかなり楽になれるわね。 それだけでもギルドや上の連中の手綱は握れるわ。 それに、あんたみたいなこのダンジョンにピッタリなスキル持ちがここに居れば、今後更に下層が発見されても、未知なスライムが現れても、ダンジョンの運営や管理は楽になれるわね。 それこそ、他の誰にも真似出来ないくらいにね・・・ 確かに、あんたが言う様に、ウチがあんたと契約するメリットは多過ぎる程あるわ。 どう思う鈴木君?」
おばちゃんは今まで沈んでいた顔に喜色が戻りだし、ハロワの存続を残せる可能性を見出していた。
「そうですね・・・ 確かに橘花さんとの契約は魅力的です。 しかし、ギルドや上がウチの先行を良しとするかどうか・・・ それに、こんな凄いスキルを持っている橘花さんには未来がある。 しかも、ピュアでもユーザーでもない。 それだけでも価値がある人だ。 そんな未来がある橘花さんを、自分で言うのも何ですが、こんな所に囚われて欲しくない」
鈴木は暗に今のハロワより雄太自身の未来を考えて欲しいと雄太へと告げる。
「鈴木さん。 鈴木さんが俺の将来を考えてくれているのは本当に嬉しいです。 けど、俺のスキルはここで使うから有用なんです。 まぁ、他で試した事は無いですけど。 それに、さっきも言った様に、これは俺の意地でもある。 誰よりも先に俺がスライムダンジョンを踏破してみせる。 俺はスライムの捕食者であり、ここは俺が最頂点に立っている餌場であり、ホームグランドだ」
雄太は鈴木へと威圧をかけながら口角を吊り上げた。
「そうね。 今のわたし達がどう足掻いたところで、ここを良くする事はできないわ。 どうせ、このまま、あんたがスライムダンジョンで好き勝手に新しい発見をする毎に状況はどんどん悪化するだけなんだし、上手くいくかどうかは分からないけど、あんたと契約するのは今のところ理にかなっているわ。 指揮権を奪われて、何もせずにギルドや上の言う事を聞いてるよりはマシだわ」
おばちゃんはスッキリした様な悪戯を企んでいる子供の様な顔で雄太へと手を差し出した。
「そうだな。 どうせ腐ってここを終わらせるよりは、好き勝手やってギルドと上に一泡吹かせてやろうぜ」
雄太も雄太で悪そうな笑みを浮かべながらおばちゃんの手を握り返す。
その後、雄太はハロワの専属ダイバー契約の為の契約書へとサインをした。
専属契約をした証しと言う事で、カードへとここのハロワのロゴの様な刻印を追加し、さらにはギルドからダンジョンの内外で連絡が取れるスマホを渡された。
「これを使ってわたし達への報告をお願い。 それと、この端末は、通常販売している端末とは違ってホルダーのライセンスとしては使えないわ。 けど、マッピングや連絡を取る事は問題無くできるから、わたし達はこれであんたから得られた情報を使って、ギルドや上へと売り込んだり交渉したりするわ。 それと、本当に良いのかい? あんた一人でダンジョンに潜っても?」
おばちゃんは、柄にも無く雄太が一人でダンジョンへと潜る事を心配するかの様に、眉間にシワを寄せながら少し難しそうな顔をする。
「問題ない。 スライムなんて俺にとっては食事の様なものだからな。 まぁ、実際に食べてる訳じゃないが。 それよりも、俺がギルドや上の連中よりも先に行ってもそっちは大丈夫なのか?」
「その事についてはこっちで上手くやっておくわ。 元々はあんた無くしてこうした色々な発展も無かった訳だし、あんたは、自由に、自分の好きな様にやっていきな。 けど、報告だけは忘れるんじゃないよ」
「あぁ。 分かった。 そんじゃ明日」
契約を済ませた雄太は帰路へとついた。
部屋へと戻る途中、コンビニやスーパーへと立ち寄って水や食料を大量に買い込み、閉店間際のホームセンターで色々と必要そうな物を購入した。
因みに、ハロワからの帰りに雄太からの視覚を通して色々とダンジョンの外の景色を見たエルダは、初めてのダンジョンからの遠出に興奮を抑えきれずに雄太の脳内ではしゃぎまくり、そこへ意識が行ってしまった雄太は危うく事故りそうになった。
夜も遅くなり銭湯に行けなかった雄太は、なんとなく水龍を使って身体や服が洗えるかどうかを試したところ、風呂に入ったり洗濯したりする以上に身体や服の汚れを落とす事ができ、サッパリする事ができた。
また、水龍を変形させてベッドを作ってみたところ、ヒンヤリとしたウォーターベッドができ、雄太は暑苦しい部屋の中でもぐっすりと眠る事ができた。
クソ。
寝袋とテント、買わなきゃよかった・・・




