238. トラブルメーカー
テレビ画面から、太平洋上空に現れた巨大な魔法陣を形作る様なオーローラの姿を観た雄太達は、その異様な光景に誰もが言葉を失った。
『え? 急に静かになった? ウソ? 通信が途切れた? 橘花さん! どうしたんですか!? 聞こえてますか!? 橘花さん!?』
芽衣は、急に静まり返った雄太を心配するかの様に矢継ぎ早に声をかける。
「あぁ。 わりぃ。 聞こえてる」
『良かったぁ~。 急に静かになったので、何か起こったのかと思って心配しましたよ~』
雄太のブレスレットからは、芽衣の安心した様な声とため息が聞こえてきた。
『それで、 アレについてどう思いますか?』
芽衣の質問に対し、雄太は怪訝な顔でテレビ画面を睨みつける。
「アレ、どう見ても何かの魔法陣だろ? 俺も詳しくは知らんけど」
芽衣へと返答した雄太は、同じくテレビの画面へと釘付けになっている木下とエゼルリエルへと顔を向けた。
「おばちゃん。 異世界出身の年長者の眼から見て、アレをどう思う?」
「あんたねぇ・・・ 種族的に長寿なだけであって、年長者と言うのは一言余計じゃないかい?」
雄太と同じ年にしか見えない姿のエゼルリエルは、目に殺気を籠らせながらテレビから雄太へと視線を移す。
「確かに、私はこの中では年長者となるけれども、それ以外にも、もっとこう、他に言い方ってものがあるだろ? エルフとか、エルフの女王とかと言った具合に・・・ あんた、私が言いたい事の意味、解ってるわよね?」
エゼルリエルは酷く冷たい目で、キっと雄太を睨みつける。
「事実だろ? 年の功って良く言うじゃねぇか? って言うか、エルフでもやっぱ年齢は気にするものなのか?」
「ハァ~ ──ホント、無神経だねあんたは・・・」
『橘花さん・・・ 流石に失礼ですよそれ・・・』
エゼルリエルはため息を吐きながら、諦めた様な、呆れた様な顔で首を左右へと振り、芽衣も呆れたように小さく呟く。
「えぇ。 あの上空にあるのは、確かに巨大な魔法陣ね」
「らしいぞ、 木下さん」
『やっぱりそうなんですね・・・』
「異世界に行った事がある貴方はどう思いますか?」
エゼルリエルは、まるで自分の答えへと同意を求める様に木下へと顔を向ける。
「うむ。 形としては不完全ではあるが、わしの眼にもあれは魔法陣の様に見える」
木下はエゼルリエルからテレビへと視線を移し、テレビ画面に映し出されているオーロラを指さす。
「仰るように、線もあちこち途切れている部分がありますが、アレは間違いなく魔法陣ですね。 ──それも大規模な」
「あぁ。 あんな規模の魔法陣はわしも初めて見るが、不完全な形ではあるが、あれは、魔法陣と考えて間違いないだろう。 ワシも、昔のパーティーメンバーが良く使っていた魔法を発現させる時に何度も魔法陣を見ていたからな」
木下は雄太の母親であるルカを思い出し、そっと雄太へと視線を向ける。
「となると、アレは、現在の状況から考えるに、異世界転移の魔法陣で間違いなさそうね。 それにしてもあの規模の魔法を発現させる為の魔力は一体どうしているのかしら?」
「ワシもそれが気になっておった。 ワシらがこの世界へと来た時の異世界転移の魔法は、今は不完全となっている為使えない筈なんだが・・・」
木下は雄太の指に嵌っている白い指輪へと視線を移す。
木下とエゼルリエルが魔法陣について話している中、テレビを見ていた雄太がオーロラの動きに指摘した。
「って言うか、なんかあのオーロラ、段々と広がっていってねぇか?」
『え?』
「はぁ?」
「なにぃ!?」
雄太の言葉に反応したエゼルリエルと木下は、バっと勢いよくテレビへと顔を向け、ブレスレット越しに芽衣の驚く声が聞こえてきた。
テレビに映っているオーロラは、まるで空に浮かぶ雲の様な速さで広がって行き、しかも、広がりながら、ハッキリとした魔法陣の形へと整い始めていた。
「オイオイオイオイ!?」
「形が!?」
『なんなんですかアレ!?』
広がって飛行機雲の様な線状へと形を変えていったオーロラの全貌は、段々とカメラではとらえきれなくなっており、広がり始めたオーロラを映す為なのか、船上から撮られている映像から、パっと衛星からの映像へと切り替わった。
映像が切り替わった瞬間、はっきりと魔法陣の様な姿へと変貌していくオーロラの姿を見たスタジオに居るテレビのアナウンサーは、驚きの声を上げながら両手で口を押えて驚愕する。
衛星からの映像に映ったオーロラは、日本の小笠原がスッポリと入っており、オーロラの端が日本へと掛かっていた。
「なんでこっち寄りに移動して来てんだよ!? 寄ってくんじゃねぇよ!」
衛星画像を見た雄太は、日本側へと移動してきたオーロラに対して心底面倒臭そうな顔をしながら声を荒げた。
『日本にかかっちゃってますねコレ・・・』
「最初にダンジョンが現れた事と言い、今回の魔法陣と言い、この国、何かに呪われているんじゃないかしら?」
「ワシもそう思う・・・ ワシなんて、強制的に異世界に拉致られて、ダンジョンに捕らわれた状態で日本へと強制送還させられたからな・・・」
「そう考えると・・・ もしかして、ジジイが全ての元凶なんじゃねぇか? アレだろ? 確か、ジジイのせいで異世界の連中がこの世界に侵略しようって言う考えが出たんだろ? って事は、異世界のヤツら、マジでジジイをストーキングしてんじゃねぇか? ってか、向こうの世界に居たこの世界の人間って、ジジイだけだったんじゃねぇのか?」
「なっ!? ばばばばばば、馬鹿な事を言うな!? なんでワシのせいになるんだ!? ふざけるな!! んな訳あるかぁ!」
「そうなの?」
『呪われた血ですか・・・』
雄太が言った突拍子もない言葉に対し、木下は盛大に驚いて挙動がおかしくなり、エゼルリエルは真剣な顔でそのことを問い詰めようと聞き返し、芽衣は酷く落ち込んだような掻き消えそうな声でボソッと呟いた。
「もし、この魔法陣の通りに異世界が転移して来たら、一番影響を受けるの日本じゃねぇか・・・ って言うか、どうすんだよコレ」
『転移して来た瞬間、海へと沈んでくれたら手っ取り早いんですけど』
「陸地ごと転移してくる可能性が大きいわね」
「マジかよ・・・ あんな巨大なのが海に現れたら、世界的に水位が上がるじゃねぇか? そうなったら、日本とかほとんど沈むじゃねぇか」
「その可能性も考えられるけど、多分、その部分だけ異世界と入れ替わる可能性の方が大きいわね」
「どっちにしろ大迷惑じゃねぇか。 って言うか、そんなんなったら、地球の地殻が変わりまくるじゃねぇか」
『日本が大陸になってしまいますね・・・』
「ヒデーな・・・」
「ワシのせいじゃないからな!」
「なんでその話を蒸し返すんだよ。 自覚してるって事なのか?」
「そんな自覚など微塵もないわぁ!」
「勇者ってヤツは、アニメや漫画と同じ様に、本当にトラブル体質なんだな・・・ 年老いて尚もイベントを発生させるとか、勇者ってどんだけ疫病神なんだよ。 もう厄災、いや、生きてる大災害じゃねぇか。 少しは火消ししている周りの事も考えろっつうの」
・・・・・・
雄太の一言で一同が沈黙し、エゼルリエルと雄太は木下へと冷たい視線を向けた。
「ちょっ!? ナニその視線!? 何故そんな目でワシを見る!?」
「だって、 なぁ?」
「・・・えぇ」
「巫山戯るなよ!? 冗談じゃないぞ!? 元はと言えばルカ、お前の母親が元凶だろうが! ワシは被害者なんだぞ!?」
「ハイハイ。 俺のお袋がジジイを召喚したとしても、勇者はジジイだろうが。 転移しても帰って来たり、封印されても蘇ったり、闇堕ちしても復活したりって、ジジイの人生、どんだけ波乱なんだよ。 マジで生きる自然災害じゃねえか。 魔族の方が可愛く見えるぞ」
「ワシは人間だっ! 勝手に災害扱いするでないわっ!」
『橘花さん。 これ以上厄災が降りかからない様に、この男を即刻殺した方が良いのでは?』
「ちょっと芽衣ちゃん!? ワシ、芽衣ちゃんのお父さんなんだけど!?」
『黙れ厄災。 お前のせいで私まで厄災扱いされるだろうが。 娘が可愛いと思うなら、私の事を娘と呼ぶな。 分かったら、この場で早々に自害しろ』
「え? 嘘でしょ、芽衣ちゃん?」
『私は黙れと言った筈だぞ。 貴様が口を開き、動く度に厄が余計に濃くなる。 大人しくさっさと自害しろ。 ですよね? 橘花さん?』
「今、自害しても、もう遅いだろ・・・ それに、今、ジジイに死なれたら、誰が勇者やんだよ? 俺は絶対やらんぞ。 フリでもなんでもなく、マジで勇者とか言う人柱には絶対にならんぞ」
「人柱!? お前、ワシにナニする気だ!?」
『黙れ勇者! いや、この厄災が! 今、此処で自害せずに済んだことを橘花さんに感謝しろ! そして貴様は橘花さんに言われた通りに死ぬまで勇者を全うしろ! 分かったな!』
「ぐぅ」
実の娘に辛辣な事を言われ続けている木下は、うっすらと目に涙を浮かべながら沈痛な表情で俯いて口を閉じた。
「と、とりあえず、ジジイはあの魔法陣が見える場所で経過観察してくれ。 そして、何かあれば直ぐに連絡をくれ」
「わかった・・・」
すっかりと元気がなくなった木下は、俯きながらコクリと首を縦に振る。
「そんじゃ、ジジイを元いた場所に送るぞ?」
「あぁ・・・」
「「・・・・・・」」
意気消沈している木下の姿を見ている雄太とエゼルリエルは、膨張に包まれて静かに消えていった木下を、本当に可哀想な者を見る目で見送った。
「次は、木下さん」
『はい!』
「準備が出来次第、急いでお母さんと此処に来てください。 早いとこ準備しないとマジでヤバそうなんで」
『分かりました! お母様に伝えて来ます!』
「んじゃ、また後で」
木下を送り返し、芽衣との通信を切った雄太は、「ふぅ〜」っとため息を吐きながらテレビの画面へと視線をやる。
「おばちゃん。 鈴木さんにも、木下さんのお母さんが来たらすぐに動ける様に伝えて来てくれ」
「分かったわ。 それで、あんたはどうするの?」
「とりあえず、 ──人員を増やすわ」
雄太は周りにいるスキルズへと視線を向ける。
「約束もあるしな」
そして、雄太が言葉と共にミカへと視線を向けると、ミカは胸の前で両手を握り締め、嬉しそうに表情を輝かせた。




