231. 黙れ小僧!
「何が何だか知らんが、とりあえずコレをおばちゃんのところに持っていくぞ」
雄太はそう言うと、冷水機を収納へと仕舞う為に冷水機の上部へと向けて手を当てる。
だが──
──冷水機の姿は消えなかった。
「・・・・・・」
「どうしたんですかボーッとして? 早く行きましょうよ?」
「あ、あぁ・・・」
雄太は冷水機に触れていた手を離し、ジッと自身の掌を見つめる。
今度は膨張で冷水機を包んで収納へと入れようとするが、冷水機は微動だにせずにその場へと止まっている。
「どう言う事だ一体・・・」
「え? なんですか?」
冷水機が収納へと入らないことに驚いている雄太は、驚きのあまり思わず疑問が口から呟かれた。
なんとも言えない微妙な違和感を感じた雄太は、待合の長椅子の横へと無言で移動し、そこに置いてあった新聞を掴んで収納へと入れる。
すると雄太に掴まれた新聞は雄太の手の中から消え失せ、問題なく雄太の収納へと入って行った。
「なんで急に新聞を持ち帰るんですか? 情報収集ですか?」
芽衣は、急に歩き出し、新聞を収納へと仕舞った雄太の行動に対して軽く首を傾げる。
「今、俺、新聞を仕舞ったよな?」
「えぇ。 橘花さんは新聞を仕舞いましたね。 情報収集の為ですか?」
「いや・・・ 新聞を仕舞ったよな・・・」
雄太は新聞を触れた手を見つめ、スタスタと冷水機の横へと戻った。
「それで、コレを俺が仕舞うんだよな?」
「エゼルリエルさんに頼まれてますし、スライムダンジョンへと持って帰るんですから、必然的にそうなりますよね?」
「俺がコレをこう触って、収納に仕舞って持って帰るんだよな?」
「だから、そう言ってるじゃないですか? なんでさっさと仕舞わないんですか? 早く帰りましょうよ?」
芽衣は、まるで焦らす様に冷水機に手を触れながらも収納へと仕舞わない雄太を見て、少し苛立つ様に腰へと手を当てた。
「いや・・・ 仕舞おうとしてるんだよ。 さっきから。 何度も・・・」
「なんなんですかソレ? 早いとこ冷水機を仕舞ってください。 橘花さんは何をしたいんですか? もしかして・・・ ──私と此処で──」
「──ない。 お前とは何もない。 此処でなくても何もない」
雄太は芽衣の言葉を即座に遮って全否定した。
「そこまで全否定しなくても良いじゃないですか・・・ 流石にそれは傷つきますよ・・・」
「お前は、一回、ボロクソに思いっきり傷ついてくれ」
「なんですかソレ? どんなご褒美ですか?」
「・・・いや ・・・もういいや ・・・それよりも──」
雄太はゴミを見る様な目で芽衣を見た後に、怪訝な表情で冷水機へと視線を移す。
「──コレ、収納に入んねぇんだわ。 ・・・マジで」
「何言ってるんですか? こんなの、どう見ても橘花さんの収納に入れてくださいって言っている様なモノじゃないですか?」
「入れてくださいってどこのビッチだよ。 逆に、誰がそんな事を言っているのか教えて欲しいわ。 って言うか、俺の収納をなんだと思ってるんだ」
「四次げ──」
「──黙れ小僧! お前に俺の不幸が癒せるのか!」
「え? 何故、此処でソレを?」
暴言を吐こうとした芽衣の言葉を思いっきり遮った雄太は、逆のアプローチで防げてなかった。
「とりあえず、 何故かコレは収納に仕舞えねぇんだよ。 こうなったら担いで持って帰るしかねぇな・・・」
「え? 橘花さんのスキルに仕舞えないってどう言うことですか? って言うか、何で橘花さんが担ぐ必要があるんですか?」
芽衣は、今まで見ていた雄太の便利すぎるスキルを利用しても何で冷水機を仕舞えず、しかも仕舞えないと分かった途端に雄太が担いで持って帰るのかに疑問を持った。
「さっきから何度もコレを転送させようとしてるんだが、1ミリたりともピクリとも動かねぇ・・・ 俺がコレを担ぐ、もしくは抱えて転移すれば、なんとかなるんじゃねぇかなって思って・・・」
「ちょっとおかしいですけど、ただの冷水機ですよね? 確かに魔道具っポクも少し感じますけど、どう見てもただの便利な冷水機ですよね?」
芽衣は雄太の大袈裟な物言いに対して、頭上に沢山のハテナをつける勢いで首を傾げた。
「俺も知らん。 無理なモノは無理なんだよ。 面倒臭いがとりあえず持ち上げるか・・・」
雄太は軽くため息を吐いた後、屈んで冷水機へと腕を回し、立ち上がる勢いで持ち上げようとした。
「・・・・・・」
「どうしたんですか?」
芽衣は、屈んで冷水機に腕を回し微動だにしない雄太を見下ろしながら声をかけた。
「動かない・・・ って言うか、どんだけ重いんだよコレ・・・」
「そんな訳ないじゃないですか・・・ やっぱり、私と二人っきりになりたくてこんな事をしているんですよね? バレバレですよ。 素直に心を開き合いましょうよ」
「いや、 それは、 マジでっ! フンぬ! ないっ! ん”ん”ん”ん”ん”!!──」
雄太は芽衣の妄想を無視するかの様に思いっきり力を入れて冷水機を持ち上げるが、冷水機は軽くグラっと動いただけで全く持ち上がる様子がなかった。
「──ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!! クソっ! ダメだ! なんなんだよこの重さは!?」
「下手なパントマイムは止めてください。 こんな時にそんな演技してどうするんですか?」
「演技じゃねぇよ! パントマイムでもねぇよ! んじゃ、お前が持ってみろよ! お前が一人でコレ持てたら、 マジでなんでも言う事聞いてやる!」
「なんでもですか?」
「あぁ! なんでもだ!」
雄太が腰を押さえながらゆっくりと立ち上がると、入れ替わる様に芽衣が冷水機の前に屈んで両腕を冷水機へと回した。
「その言葉忘れないでください! さぁ、どんな願いを頼もうかしら!」
芽衣はスキルを発現させて両腕と全身へと力を入れる。
「タッカラプト! ポッポルンガ! プピリット! パロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」
そして、何かを召喚するが如く、狂った呪文を叫びながら冷水機を持ち上げようとする。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁああああ! ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 出でよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!! クソっ!? 出でよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」
芽衣は何度も何度も冷水機を持ち上げようとするが、雄太と同じ様に軽くグラっと動かせただけで冷水機を持ち上げることは叶わなかった。
「──ハァハァハァハァハァハァハァ。 なっ!? なんなんですかコレっ!? どんだけ重いんですか!? 身体強化のスキルを使ってもビクともしないんですけど!?」
「・・・・・・」
雄太は、身体強化のスキルを発現させた芽衣の本気具合にドン引きし、言葉を失って無表情となってしまっていた。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 私の願いをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ハァハァハァハァハァハァハァ──」
芽衣は力尽きて燃え尽きたかの様に、ひどく悲しそうな顔をしながら背中を丸め、その場にペタリと座り込んだ。
「何がお前をそこまでさせたんだよ・・・ って言うか、俺が言った事を何故に信じなかった・・・ パントマイムに謝れ」
無表情の雄太は、フロアへと腰をつけている芽衣を見下ろしながら淡々と言葉を告げた。
「こんなのどうやって持っていけば良いんだよ・・・ ふぅ〜 ・・・とりあえず、俺もできることはやっておくか・・・」
雄太はため息を吐きながら赤兎を発現させ、芽衣の襟首をつまんでヒョイっと冷水機の横へと退けた。
「そんじゃやるぞ! ふんぬっ!!」
雄太は、赤兎の太い両手で冷水機を力一杯持ち上げると、数センチ程ではあるが、やっと冷水機が少しだけ持ち上がった。
「スゴイっ!? 橘花さん凄いです!」
横で様子を見ていた芽衣は、雄太が冷水機を持ち上げた事に驚き、両手を胸の前で握って目をキラキラとさせながら見つめていた。
「だはぁぁぁぁぁぁぁ!」
ズズン・・・
「ダメだっ! マジで重すぎる!! なんなの一体、コレ!?」
雄太は、数センチ、数秒だけ持ち上げる事ができた冷水機の重さに耐えきれず、力なく冷水機をその場へと落とした。
雄太の手から落ちた冷水機は、見た目からは考えられない様な重い音を出して床へと落ちた。
「木下さん。 俺に良い考えがあります」
「なんですか? 急に?」
芽衣は雄太の急な物言いに対し、怪しそうに怪訝な顔で雄太へと視線を向けた。
「俺がコレを持ち上げた瞬間、木下さんがその隙間へと身体を滑り込ませてください。 その隙に転移でスライムダンジョンへと飛びます」
「却下です。 橘花さん? 今の音聞きましたよね? ソレ以外の良い考えを希望します」
芽衣は射殺す様な真剣な目つきで雄太へと顔を向ける。
「クソ・・・ 一石二鳥と思ったのに」
雄太は心底悔しそうな顔を横へと向ける。
「じゃぁ、プランBです。 俺が持ち上げた瞬間、ブレスレットを使って俺ごと転移させてください。 こんなクソ重いの持ってたら、転移する余裕がないです」
「分かりました。 ではプランBでいきましょう」
芽衣は、ガラスが光る眼鏡のブリッジを中指で持ち上げて、コクリと頷いた。
「それじゃ、3、2、1の1の時に持ち上げますんで、その瞬間ブレスレットの転移を発動させてください」
「分かりました」
雄太は再度赤兎の両手で冷水機を抱え、持ち上げる態勢を取った。
「んじゃ、いきますよ! 3、2、1!」
「転移!!」
雄太が冷水機を持ち上げた瞬間、芽衣はタイミングよくブレスレットの転移を発動させ、現れた膨張によって雄太の身体ごとバクリと包み込まれた。
そして雄太と芽衣、そして冷水機の姿は、ハロワのフロアから綺麗さっぱり消え失せた。




