23. 決意
「あんた・・・ 冗談でしょ?」
おばちゃんは雄太の報告に眉間にシワを寄せながら表情を険しくさせて雄太を見ており、鈴木は驚き過ぎて焦点が合わない目を見開き、口を開けて固まった。
「いや、マジだ。 正式な依頼の報告で嘘をつく意味が分からん」
雄太は眉一つ動かさずにおばちゃんを見る。
「なんなのよそれ・・・ 1階層のみで何もないと言われ、何十年も破棄されたも同然の様なダンジョンだったのよ!? それが、何故今頃になって下層へと続く階段が現れたのよ!? そんなのおかしいでしょ!?」
おばちゃんはいつもの様な冷静さが全く無くなっており、険しい表情で雄太へと食ってかかる。
「そんなの俺が知るかよ。 アーススライムが下へと続く階段に覆い被さっていて階段の存在をカモフラージュしていたんだよ。 って事は階段はダンジョンが出現した当初からあったんだよ。 実際、アーススライムは人間が攻撃しなければ近くにいても見動き一つしなかったし、今、ここで俺を責めるんじゃ無くて、今迄、それこそ何十年もアーススライムの存在に気付かなかった無能な奴等にそれを言えよ」
雄太は、自分が責められるのはお門違いだと言わんばかりに、少し感情を高めておばちゃんを睨みつける。
おばちゃんは行き場のない怒りや焦りと言ったもので顔を歪めており、ワナワナと身体を震わせる。
「・・・こ、この事実が世間へと伝われば、私達ギルド関係者やダイバー、延いてはピュアや国が無能だったと言うレッテルが貼られます・・・ こ、今回のスライムダンジョンにおける下層の発見は、政治的にも色々な意味合いを含めた重大な発見となるでしょう・・・」
鈴木は応接室のフロアを見つめているかの様に顔を下へと俯け、膝に手を乗せて両手を合わせて硬く握り締めながら暗く呟いた。
「そうなのよ。 鈴木君・・・ 無能と罵られるだけならまだ良いわ・・・ これには信頼や信用、威信や権威と言ったモノが大きく関わってくるわ・・・ 入ダンの制度や買い取りの改定、ダイバー学校での教育やダイバーの資質問題、更には内政問題や国外からの不当な干渉と言った様な国際的な動きが出てくるのは間違いないわ・・・ この事をギルドへと報告すれば、このハロワは間違いなくギルドや政府による調査介入を受けて、あんたの様な一般ダイバーは暫くはここのスライムダンジョンへは入れなくなるでしょうね・・・」
おばちゃんは雄太をみて頭痛抱えるかの様にこめかみを指で抑え、「ふぅ〜」っと深い溜息を吐きながらソファーへと背を預けた。
おばちゃんと鈴木の話を聞いた雄太は、自分の新しい生活が早くも崩壊していく様な感覚になり、露骨に険しい表情を作る。
「マジかよ・・・ ダンジョンに入れなくなるのはマジで困るぞ・・・ なぁ、おばちゃん。 今の話し聞かなかった事にしねぇか? 実は、俺の妄想だったって事で・・・」
「できるものなら私だってそれで片付けたいわよ・・・ 私達も上への報告の義務があるし、知っていて報告しなかった日には生活やここを存続させるどころじゃ無くなるからねぇ。 ふぅ〜・・・」
雄太の安易な提案はあっさりと蹴られ、おばちゃんは表情を曇らせながら再度深い溜息を吐いた。
「取り敢えず、あんたには明日も続けて調査を頼むわ。 私はこの事を明日の朝一でギルドへと伝えるから。 それと、報告は受けたから自己責任でなら下へ行こうがどうしようが勝手にしな。 もし、明日もダンジョンへと潜るなら今日より早くここへ来るといいわ。 あんたが来てからギルドへの報告をするから、明日が最後だと思って好きに狩りをするといいわ。 これは私からのせめてものお礼とあんたへの餞別よ」
おばちゃんは少し悲しそうな目で俺へと明日の事を伝え、席を立って部屋のドアへと向かった。
「鈴木君。 昨日の分の支払いを彼に渡しておいて。 それと、他のスタッフへとそこにあるゼリーと鉱石の鑑定についての周知もお願い」
「畏まりました」
おばちゃんは鈴木へと残りを引き継ぐと、フラフラとした足取りで部屋を出て行った。
「それでは橘花さん。 此方が先日の素材の買い取り額となります」
鈴木はタブレットを操作して昨日の査定結果と買い取り額を雄太へと見せた。
─────
・スライムゼリーゼリー:ランクS
個数:291
買い取り額: 72,750円 (250円/1個)
手数料:10% (7,275円)
トータル:65,475円
・スライム鉱石:ランク不明
個数:1
買い取り額:1,000万円
手数料:10% (100万円)
トータル:900万円
総額:906万5,475円
─────
雄太は改めて確認した金額に笑みを隠す事ができず、「おぉ〜!!」と雄叫びをあげながら、鈴木のタブレットに記載されている内容を見た。
「コチラの内容でお支払いさせて頂きます。 宜しい様でしたらコチラへとサインを下さい」
鈴木はタブレットを下へとスクロールし、サイン欄を指で示す。
「あ、ちょっといいですか? 6万程おばちゃんに借金があるんで、この金額から6万引いておばちゃんに渡して下さい」
「畏まりました。 では、早速入金致しますのでカードをお貸し下さい」
雄太はタブレットへとサインをした後にカードを解除して鈴木へと渡す。
鈴木は「少々此方でお待ち下さい」と言って雄太のカードを持って部屋を出て行った。
「今朝の依頼料と合わせるとなかなか良い額になったな。 あのボロアパートからも早い内に引越せそうだな。 そうなると、マジでスライムダンジョンでの狩りを続けたいよなぁ・・・」
雄太はおばちゃんの言葉を思い出し、残念そうな表情でにソファーへと背を預ける。
雄太がソファーへともたれかかったタイミングで唐突にエルダが頭の中で話しかけてきた。
『ユータ。 わたし達ダンジョンに入れなくなっちゃうの?』
『うぉっ!? どうしたんだ急に?』
『だってさぁ、今の話し聞いてて、もし、ユータがダンジョンに入れないってなったらスライムグラトニーはどうするの?』
エルダの声はどこか悲しげであり、不安げにも聞こえた。
『まぁ、俺より強い奴は沢山いるし、そいつらが倒してくれるんじゃね? って言うか、それよりも、今迄誰も気付きもしなかったアーススライムを見つけて倒せるのかどうかってのが1番の心配だな。 1階層を考えると、多分、2階層以降も同じ様にカモフラージュされてんだろ?』
『されてるねぇ。 各階層のガーディアンを見つけるには、モンスターの感知も勿論必要だけど、それ以上にスライム種の感知に突出していないと、多分、1階層以上に見つけられないと思うよ。 しかも、各階層の階段を封印、隠蔽しているスライムは、鈍感って言うかなんて言うか、ちょっとやそっとの攻撃や接触じゃ全く反応しないし、見た目も風景に溶け込んじゃってるからねぇ。 まぁ、ユータの感知や攻撃はスライムにとっては驚異だからガーディアンも無視はできない筈だよ』
エルダは雄太のスキルと効果を思い出し、ウンウンと一人で納得していた。
『って言うか、俺のは攻撃でも接触でもなくて、【捕食】だからな。 そりゃぁ、幾らダンジョンのスライムがグラトニーのせいで思考ができない状態って言っても、身の危険を感じれば本能的に警戒するわな』
『そうねぇ・・・ わたしも初めてユータに声をかけて正体がバレた時は死ぬかと思ったわ・・・ って言うか・・・ なんであの人達にスライムグラトニーのコト話さなかったの?』
エルダは少し声を低めて雄太へと質問する。
『馬鹿なのかオマエは? ただでさえもスライムダンジョンに下層へと続く階段が現れただけってのにこの騒ぎ様だぜ? このタイミングでグラトニーについて話してみろよ? スライムダンジョンは確実に長期に渡って全面封鎖されるぜ? そんな中、ダイバーになりたてで、ランクも低く経験もないに等しい俺が、いつもみたいに普通にダンジョンに入れると思うか?』
『さっきの話しを聞く限りじゃ無理かしら?』
『だろ? 俺も最初は下層発見と一緒にグラトニーの事も伝えようとしたんだけど、おばちゃん達の対応をみたら敢えて今は言わない事にした。 それに、オマエから直接話しを聞いた俺なら兎も角、そんな異世界だとか、人工モンスターだとか御伽噺みたいな話しを誰が信じるんだ? この事については、折を見てオマエをおばちゃん達の前に出現させるから、そん時にオマエ自身で話して説明しろ。 今の俺が言ったところで誰も信じねぇわ』
エルダは納得したかの様に雄太の中で沈黙した。
『・・・それと、明日からダンジョンから出ずに中に籠るぞ』
『え? 何それ!? どう言う事!?』
沈黙していたエルダは、雄太の言葉に吃驚して沈黙を破った。
『そのまんまの意味だよ。 明日からアパートには帰らずに、ダンジョンに籠もって目指せるとこまで目指す。 最悪、スライムグラトニーのとこまでいってソレも倒す』
『どうしたのよ急に!?』
エルダは雄太の無謀で急な考えに再度驚いて声を上げる。
『おばちゃんが言っていた様に、明日はダンジョンに潜れるだろうけど、その次の日以降、俺が潜れる確証がねぇ。 それよりは、明日ダンジョンに潜ったら、俺の気の済むまで何日も籠ってやる。 スーツのレベルも上げたいし、やっぱ、他の奴に任せるのはなんか嫌だ。 未知への冒険、新しい何かを俺が先陣を切って発見していくってのも楽しそうだしな。 それに、オマエからの依頼ってのもあるし、依頼を受けてオマエを喰っちまった手前、俺の知らない誰かがグラトニーを倒すくらいなら俺自身で倒したい』
『ユータ・・・』
エルダは雄太の言葉に思ったところがあったのか、声が少し震えていた。
『まぁ、本音は、グラトニーや、他のスライムのスキルが目当てなんだけどな。 クックックックック』
雄太は自分が思ったままの本心を隠さずにエルダへと伝えた。
雄太がエルダの話に区切りがついたタイミングで鈴木が部屋へと帰って来た。
「お待たせしました」
鈴木はソファーへと座ると雄太へとカードを返す。
「入金は完了しました。 ちゃんと所長への振り込みも済ませてありますのでご心配なく」
「ありがとうございます。 お手数をお掛けしました。 それじゃ、俺はこれで失礼します。 明日は朝一で伺いますのでおばちゃんにも伝えておいて下さい」
カードを受け取った雄太がソファーから立ち上がろうとしたタイミングで鈴木から声をかけられた。
「橘花さん・・・ 本当に色々とありがとうございました。 たった数日でしたがこのハロワを盛り返す事ができました。 状況的にこれからここはどうなるか分からないですが、状況が落ち着き次第、引き続きまたここを利用して頂ければと思います」
鈴木は寂しそうな悲しそうな申し訳なさそうな表情を浮かべて雄太へと手を差し出した。
少し涙目になった鈴木から手を差し出され、雄太は目をギラつかせ、何かを決心した様な顔で鈴木の手を強く握りしめる。
「鈴木さん。 やっぱ、俺、決めました」
「?? どうされたんですか?」
「俺、ここの専属ダイバーになります。 俺を救ってくれたおばちゃんを、ハロワを、今度は俺が救います」
鈴木は雄太の手を握ったまま驚いた表情で雄太を凝視しながら感情を込めて雄太へと言葉を発した。
「何故です!? 何故なんですか!? 橘花さんは今のウチの状況を知っているでしょう!? この先の見えない状況の中で何故ウチと契約しようなんて言えるんですか!? その決意は大変嬉しいですが、正直、橘花さんの様な将来性のあるダイバーにはこんな形で勢いを止めて欲しくないです! ここ以外にもダンジョンや大手のギルドは沢山あります! 何故そこまでここに拘るんですか!?」
鈴木は雄太の急で現実を見てない馬鹿げた決断に段々と感情を抑える事ができず、大声を上げて雄太の手を離した。
「ここの状況くらい俺がここに通いだしてからフロアや客層、職員を見ていれば分かるし、ここ数日のおばちゃんや鈴木さんの話しを聞いていても運営がヤバいと言う事も分かっています。 鈴木さんは俺がここに居続けるのはなんのメリットも無いと言う様に考えているでしょうけど、俺にはおばちゃんや鈴木さんと知り合って、鈴木さん達がここで働いているってのだけでもメリットなります。 それに、俺が見つけたダンジョンの情報や功績をこのまま他人に奪われるのは嫌です。 何も無い俺ですけど、それくらいの意地は俺にだってあります。 なのでここと契約してスライムダンジョンを俺の手で制覇します。 そしてここのハロワだけでもやれるって事を世間に見せつけてやりますよ」
雄太の言葉を聞いた鈴木の目からは静かに涙が溢れていた。
「橘花さんにそこまでの覚悟を聞かされちゃ、僕からは何も言えないじゃないですか・・・ グスっ・・・ もう橘花さんの好きな様にして下さい。 所長を呼んで来ますので、すいませんが少しお待ち下さい」
鈴木は眼鏡を持ち上げて涙を拭いた後、静かに急いで外へと出て行った。




