222. オリジナルなんて
雄太を睨みつけているオセは、両手にあるナイフを右手、左手の順に雄太へと向かって投げつける。
「っフッ!!」
しかし、雄太はその場から一歩も動かずに、サッと右手を前に突き出して掌を広げる。
すると、雄太の前の虚空へと赤黒い粒子の様なモノが集まって幕の様に広がりながら滞空し、まるで、オセによって投擲されたナイフを捕食するかの様にバクリと丸呑みにした後に霧散して消えた。
「なっ!?」
雄太の膨張が霧散して消えたと同時に、オセの左右へはいつの間にかナイフを飲み込んだのと同じ様な幕が現れており、そこからオセが投擲したナイフが現れて飛んできた。
「っク!?」
オセは瞬時にカエルの様に両手を地面へとつけて身体を屈め、左右から現れたナイフを必死に躱し、地面に着けている両手両足を使って背後へと跳躍して雄太からさらに距離を取る。
雄太から距離を取ったオセは、アスファルトの地面へと両手両足をつけながら眉間に皺を寄せて険しい表情で雄太を睨みつけており、今までの落ち着いた話し方から一転して、狼狽える様に大声をあげた。
「一体なんなんだお前はっ!? 何故、人間如きがその様な狂ったチカラを持ているんだ!?」
狼狽えるオセとは対象に、雄太は平然として落ち着いており、しかも、赤兎の姿になってからの攻防によって、オセの攻略の緒が見え始めていた。
「ノーコメントだ。カビ頭。 オマエの問いにキャッチボールをしただけでもありがたいと思え。 俺はオマエと違ってコミュ障じゃないんでな」
「クソがっ! いい気になるなよっ!」
雄太の煽る様な受け答えに対し、オセは両手両足を地面へとつけている状態で力を込め始めた。
「終わったぞお前っ! 生きたままお前の四肢を引き裂いてやる!」
「お? 珍しくコミュニケーションが取れたな? じゃぁ、俺は、 お前を派手に喰い散らかしてやる」
「吠えてろ人間風情がぁっ! 【解放】!」
オセが解放と唱えると、地面についている手足がミチミチと肉が詰まる様な音を立てながら膨れ上がり、シャツの袖やパンツの裾が弾けて破けた。
同時に、皮膚の内側から黒い何かが滲み出て来る様にして表れ、オセの全身が瞬く間に黒一色の姿となった。
そして、膨れ上がっていく身体が段々と大きくなり、骨格がボコボコ、ゴキゴキと音を立てながら変わり始め、オセの見た目は、3mはありそうな漆黒のワージャガーの姿へと変貌した。
「グフゥゥ〜 ──グフゥゥ〜 ──フシュゥ〜 ──フュゥ〜 ──フゥゥゥ〜」
骨格や肉体が激変したためか、オセは焦燥しているかの様に下を向きながら、ゆっくりと荒く乱れた息を整え始める。
「ぶっちゃけ、今、攻撃してもよかったんだが、使えそうなアイディアを思いついたからお前に見せてやる。 って事で、このまま俺の実験に付き合ってもらうぞ」
息を整えているオセは、雄太の言葉がちゃんと聞こえているかどうかも分からないくらいに焦燥しており、雄太は腰から右の人差し指と中指の間で柄を挟んで短刀を引き抜いた。
そして、眼前で腕をクロスさせて、短刀の柄を指で挟んでいる右の拳へと膨張を込める。
「【黒雷】付与!【寄生】付与!【浸食】付与!【隠密】付与!【身体強化】付与!【転移】付与!【錯乱の歌】付与!【毒爪】付与!【浮遊】付与!【暴食】付与!【超越】付与!【造形変形】!発現!千疋狼!」
雄太がスキルを付与した膨張を短刀へと込めると、半透明で赤黒い赤兎の色が、半透明の黒へと変わり、腕と耳の長い兎人間の姿から、シュッと身が引き締まった様な狼人間の姿へと変わった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!──」
赤兎から変わった千疋狼の姿は、全身漆黒の狼男の様な姿であり、両目と手足の爪を毒々しいケミカルグリーンに輝かせながらバチバチと帯電させており、姿が変わった雄太は、闇に飲み込まれそうな程の漆黒の顎を大きく開けてオセへと向けて咆哮をあげた。
これだけでも十分に異様な姿ではあるが、更に雄太の臀部からは、まるでバグ画像の様に現れたり消えたりを繰り返している、存在があるのかないのか認識できない様な、希薄で、トイレットペーパーの様に薄く細長い漆黒の尻尾を6本発現させていた。
「──ぁぁぁぁぁぁあ”あ”あ”あ”! がぁっ! クソっ! あ”ぁぁぁぁぁぁぁっ! ──これはなかなかヤバい組み合わせだな! あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“! 気を抜いたら一瞬にして意識を持っていかれそうだ! 錯乱の歌なんて付与するんじゃなかった!」
千疋狼の姿へと変わった雄太は、”バーサク”一歩手前の状態であり、酷く興奮し、高揚感に襲われており、目をギラつかせながらテンションが一気にMAXとなっていた。
「クソっ! 赤兎に短刀の膨張付与で身体強化させるのは無理矢理感がありすぎるな! 短刀は武器として発現させるのが無難だな!」
雄太はグルグルと喉を唸らせながら新たな膨張の変形状態について分析をする。
「ってことで! 早めに終わらせるぞ!」
言葉を言い切ると同時に、雄太はオセへと向かって身体を動かす。
「っク!」
しかし、身体能力が赤兎以上に上がった雄太は、一瞬にしてオセを超えて鬼と魔族が戦っている中へと突っ込んでしまい、自身の勢いと速度をコントロールできずに、両手両足で地面を踏ん張り、アスファルトをガリガリと激しく削りながら滑って行く。
「グゥゥぅぅぅぅぅぅぅううう!!」
魔族や鬼達は、突如として突っ込んで来た雄太によって、高速で通過する新幹線に撥ねられたかの様にその身を爆散させた。
「アハハハハハハハハ! こいつはヤベーぞ! クククククククク! ピーキー過ぎんだろ!!」
軽くバーサク状態の雄太は、自身が爆散させた、鬼や魔族の事は微塵も気にせずに、新たな形態のピーキーさを楽しむかの様に込み上げてくる高揚感に身を任せて笑い声を上げだした。
「軽く動いただけでコレだ! この速さに慣れたらどんだけ楽しめるんだろう、なっ!」
地面に両手両足を着いている雄太は、見た目と同じ、獣の様に四肢を使って飛びかかる。
だが、またしても勢いが余ってオセを捉えきれずに超えてしまい、地面を四肢で蹴り上げて、オセを中心にして跳ね回る。
「段々とコツが掴めてきたぞ!」
赤兎と同じ様に、浮遊も一緒に付与した事により、雄太は空中でさえも足場にし、四肢を使って不規則に飛び跳ねる。
雄太が自身の動きに感覚を慣れさせている中、息を整えていたオセがゆっくりと顔を上げる。
「なんなんだよ、その姿は・・・ 俺が解放した姿と丸かぶりじゃねぇか」
オセはギリっと奥歯を噛み締め、怒りや憎しみを込めた目を雄太へと向ける。
そして、大声を上げて笑いながら重力を無視して自身の周りをチョロチョロと飛び跳ねている雄太へと向かって、タイミングを合わせて跳躍する。
「この姿は ──俺がオリジナルなんだよっ!!」
空中に居る雄太を捕捉し、オセは右手の漆黒の爪で雄太の身体を背後から切り裂く様にして振り下ろすが、捕らえたと思った雄太の姿が残像を残してその場から消えた。
「遅ぇ!」
雄太の残像の背中へとオセの爪が振り下ろされた瞬間、自身の背後から雄太の声が聞こえ、しかも、何故か頭上から衝撃を受けて、オセは地面へと叩きつけられた。
「グハぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?」
切り裂いたと思ったら残像であり、声が背後から聞こえて来たと思ったら頭上から衝撃を受けたオセは、アスファルトを砕いて身をめり込ませながら、この不可視な現象の訳が分からないと言う思考が頭の中でループして埋め尽くされた。
しかし、そんな事をゆっくりと考えている暇もなく、仰向けになって身体を広げて倒れているオセの腹へと向けて、急に降って来た雄太の膝がモロに入り、
「ゴハぁぁぁっ!?」
瞬きをする間に、今度は左から思いっきり脇腹を蹴られ、オセはアスファルトを捲れさせながら地面を盛大に転がって、ビルの中へと突っ込んで行った。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
雄太は、オセを蹴り上げた後に動きを止めて立ち止まり、オセが派手に突っ込んで行ったビルへと顔を向けて大声で吠えた。
「だったらさっさと商標登録してメディアに晒しとけや!」




