213. 帰ります
雄太は湯屋に女の子を紹介してもらう約束をさせ、ほくほく顔でソファーへと腰を下ろす。
その横で、クレシアと木下が、芽衣にバレても知らんぞといった様な事をヒソヒソと呟いていたが、雄太はなんで芽衣が関係あるんだ?と言った様な顔で木下とクレシアを無視した。
それとは別に、湯屋の横に居る綾香が、何故か湯屋を凄い形相で睨みつけていた。
それを感じた湯屋は、「できたら」や、「可能なら」と言う言葉を使って、雄太への女の子の紹介を濁す様に誘導した。
「まぁ、女の子達も用事があるからね。 一応、彼女達のスケジュールを聞いてみるね」
「俺はいつでも空いているから、いつでも声をかけてくれ!」
雄太のこの言葉に、綾香は目をキラキラさせていた。
「って言うか、今、お前らの身体には種はない状態だ。 これでギルドの柵から逃れた訳だが、それでも俺達と敵対するか?」
雄太の言葉に対し、3人は首を横に振る。
「冗談じゃない。 君がいる時点で僕はここと敵対したくないよ。 僕にはそんな自殺願望はないよ」
「同じく」
湯屋と結衣は敵対を否定した。
だが、綾香は
「敵対すればあなたとまた戦えるんだよね?」
「まぁ、敵対すればな。 そん時は、今回以上に容赦無く戦う前に潰すけどな」
「私はあなたと全力で戦いたい。 でも、あなたとは敵対したくない」
綾香は真っ直ぐに意思の籠った視線を雄太へと向ける。
「じゃぁ、こう言うのはどうかな? 君はここのギルドに入って、色々と頑張ってもらう。 その頑張りに応じて、報酬と言う形でユータ君と戦う権利をあげる。 ってどう?」
「なんなんだその報酬!? 巫山戯んなよ! 逆に俺にも報酬をよこせ! こちとらホームレスなんだぞ!」
「分かったわ。 それで良い」
「分かるな! そして納得するな!」
「契約成立ね」
「おい! 俺を無視して話を進めるな! そんな勝手な事すると、ここを抜けるぞ!」
雄太はクレシアの理不尽すぎる提案に対し、怒りを露にした。
「別に、抜けても良いわよ。 そうすると、この子と芽衣ちゃんが24時間、休む暇もなくユータ君を襲いに行くと思うけど、それで良いならどうぞ」
「ふざっ!? なんなんだよその嫌がらせは!?」
「芽衣ちゃんって誰ですか?」
綾香はクレシアの言葉に引っかかりを覚え、クレシアへと名指しの質問をする。
「君のライバル、 かな?」
「ふ〜ん・・・」
クレシアの一言を理解したのか、綾香は無表情になって悠太へと視線を向けた。
クレシアが綾香を煽っているのを見た木下は、無言で机へと肘を立てて両手を握り、この状況を知って荒れるであろう芽衣の事が脳裏を過り、恐怖にかられてダラダラとすごい量の汗が背中から溢れ出ていた。
「それで、君はウチへ改めて入るって事で良いんだよね?」
「はい。 是非!」
「是非じゃねぇだろ!?」
「他の2人は?」
「僕も入ります。 向こうよりこっちの方が性に合ってるんで」
「ん。 綾香ちゃんが入るなら私も入る」
「エージ。 戦力の確保成功よ!」
「あぁ」
クレシアへと渋く威厳がある様な表情で頷く木下ではあるが、これからの芽衣と綾香の対立を考えるだけで、胃がキリキリと痛み、冷や汗が止まらなくなっていた。
「それじゃ、早速、ユータ君のブレスレットをつけてあげて。 アレがあれば裏切りはなくなるだろうし、裏切った時の保険にもなるでしょ?」
クレシアの発言を聞いたエゼルリエルとケレランディアは、恐怖を覚えると共に自身の手首へと視線を向けた。
「そういえば、そうだったわね・・・」
「コレつけているのを思い出しただけで、胃が痛くなるんですが・・・」
そんな悲痛感たっぷりの表情をしている2人のエルフの姿を見た3人は、クレシアの言葉に恐怖を覚え、のそりと動き出す雄太から視線が外せなくなった。
「ほれ。 これ」
雄太は掌から3つのブレスレットを取り出すしてクレシアへと渡す。
雄太からブレスレットを受け取ったクレシアは、3人の手首へとブレスレットを順に嵌めていく。
3人の手首を通ったブレスレットは、それぞれの手首に合わせて縮小し、ピタリと手首へとハマった。
「これ、は?」
「コレはユータ君特製のブレスレットだよ。 色々と機能があるんだけど、それはおいおい話すね。 まぁ、新しい裏ギルドのIDって感じかな? コレは常にユータ君と繋がっているから、今後一切裏切りはできないと思ってね。 って事で、これでもう大丈夫と思うから、3人の拘束を解いちゃっても良いよ」
「あぁ」
クレシアは雄太へと視線を向け、雄太は一瞬にして3人の拘束を解いた。
身体の自由を取り戻した3人は、自身の身体の具合を確かめるより先に、自身の手首に嵌っているブレスレットを確認した。
「なにこれ。 生きてる見たい」
「なんか、スライムっぽいんだけど」
「あの人と繋がっている・・・」
結衣と湯屋がブレスレットの奇妙な見た目と着け心地に対して考えている中、綾香だけは全く違う事を考えていた。
「それで、エージ。 この3人どうしよっか?」
芽衣と綾香の対立と言う思考の渦へと陥って下をジ〜と向いていた木下は、クレシアの言葉によって「ハッ」となって思考が現実へと帰ってきた。
「う、うむ。 此処にいても他のダイバー達に恐れられるだけだろうし、小僧のとこにでも付いて行かせれば良い。 戦力増強というところは叶った訳だし、コレからの重要拠点はあっちにもなるしな。 それで良いか?」
木下はエゼルリエルへと視線を向ける。
「えぇ。 私たちはそれで良いわよ。 あなたが言う様に、ここにこのまま居させるのでは、ここの士気にも関わってくるでしょうし、私たちに取っては拠点の守り手が増えてありがたいわ。 それに、彼が面倒を見てくれるでしょうし」
エゼルリエルは3人から悠太へと視線を移す。
「私は彼女のスキルが必要ですね。 アレがあれば拠点作りが捗りそうですし」
ケレランディアは結衣へと視線を向けた後に雄太を見る。
「分かった。 それでは、その3人は向こうの拠点で使ってくれ」
木下はエルフの言葉を聞いて決定を下す。
「それと、もう一つ向こうでやって欲しいことがある」
木下は、そのままエゼルリエルとケレランディアへと視線を固定させながら言葉を続ける。
「小僧が捕縛してきた魔族を向こうで預かってくれ。 ここはギルドの連中に知られてしまっている。 アレを取り返しにいつ魔族達が攻めて来てもおかしくない。 しかし、こう言うのもアレだが、ここには普通の連中しかおらん。 向こうなら小僧もおるし、コレから拠点として魔改造するんだろ?」
「魔改造かどうかは彼次第だけど・・・ 確かに、ここに置いておくよりは向こうの方が管理はしやすいわね。 最悪、魔族を誘き寄せる餌にしてしまえば良い訳だし、向こうにも既に1体保管している訳だし。 今更増えても同じことね」
エゼルリエルは木下の提案へと頷く。
「助かる。 小僧。 その3人と魔族の保管を頼んだぞ」
「あぁ。 まぁ、どうせ面倒見るのは、俺のスキルズかアリアさんなんだけどな」
今回の事件の話がまとまり、雄太とエルフ、綾香達3人は捕縛した魔族を引き取ってスライムダンジョンへと戻る事にした。
「そんじゃ、顔合わせだけのつもりが色々あったが、俺たちは一旦向こうに帰るわ。 っと、その前に、シス。 入ってこい」
『ロジャー』
雄太は扉の外で立っているシスを中へと入れた。
「シス。 フロアにいるダイバーの人数は数え終えたか?」
「イエス。マスター」
「そんじゃ、ブレスレットを頼む」
「ロジャー」
シスは雄太の指示通りにフロアにいるダイバーの人数分のブレスレットを発現させた。
「クレシアさん。 コレをみんなに配ってくれ。 足りなくなったら言ってくれ」
「うん。 分かったわ」
シスがブレスレットを発現させ終えて雄太の後ろへと下がると、湯屋はずっとシスを見続けていた。
「え〜っと、彼女は?」
湯屋の質問にクレシアが答える。
「彼女はユータ君のスキルで発現された存在よ。 彼女、すっごい有能なのよ!」
「ス、スキルぅぅぅ!?」
湯屋はシスの身体を下から上へと何度もジロジロと見つめる。
それは、湯屋だけでなく、結衣と綾香も同じであり、驚愕の表情を顔へと貼り付けていた。
そんな中、湯屋が唐突に雄太へと口を開く。
「僕は一生あなたに付いていきます! シスさんをどうか僕にください! お義父様!」
湯屋のこの発言に全員がドン引きし、そしてシスが口を開く。
「立場を弁えよ。 ゴミが」
「はうぅぅぅぅぅぅぅ〜!!」
湯屋は無表情なシスの罵倒を受けるも、幸福に包まれたかの様に破顔して身を悶えさせた。
「ご褒美なのか?」
「ご褒美ね」
「そこも許容範囲なのね・・・」
雄太の疑問へと結衣が答え、綾香は顔を引き攣らせ、クネクネとしている湯屋から気持ち悪そうに視線を外した。
「シス。 こいつを好きにして良いぞ。 使えなかったら肉壁にでも使え」
「ロジャー。 先ずはマスターへと軽口が聞けない様に調教いたします」
そんなこんなで雄太、エルフ、湯屋の足をつかんで引きずっているシスと残りの2人は、ブレスレットの転移を使ってスライムダンジョンへと戻ってきた。
雄太がスライムダンジョンへと取ってくると、アリアが雄太の元へと駆け寄ってきた。
「タチバナ様! 大丈夫でしたか!? シスさんからタチバナ様が危ないから、スライムを餓鬼ちゃんにできるだけたくさん吸収させて欲しいって言われたのですが!」
アリアは心配する様な顔を悠太へと向けるが、雄太は何かを思い出したかの様に気まずそうにアリアへと言葉を返した。
「あ〜。 そう言えばそうでしたね・・・ 心配をかけました。 俺なら大丈夫です」
「それは良かったです〜。 それで・・・ この子どうしましょうか?」
アリアが顔を自身の後ろへと向けると、雄太が訓練場で発現させたデイダラの様な大きさに育った鬼が立ち聳えていた。
・・・・・・
その巨大な鬼を見た全員は、驚きで言葉を出せずに下から巨大な鬼を眺めていた。
「マスター。 アリアさんの側近に着けた餓鬼は、主に連絡用だった為、他のスキルズと違って膨張の自動共有が付いていませんでした・・・」
「そうか・・・ それにしても、一体何匹のスライムを食わせたらここまでデカくなるんだ?」
雄太は横でオロオロとしているアリアへと胡乱な視線を向けながら頬を引き攣らせた。




