211. 努力 友情 勝利 は正義!
「あいつ、なんか、自分から縛鎖を切りに行ってねぇか? 俺の気のせいか?」
雄太は眉間に皺を寄せて、目を細く窄める様にして怪訝な顔で縛鎖を斬りまくっている綾香へと視線を向けた。
『イエス。マスター。 マスターの気のせいです。 と言いたいところですが、アレは、縛鎖に対し、まるで、受けから攻めに転じている様に見受けられます』
「一体、なんなんだよアイツ・・・」
雄太から呟かれた心底嫌そうな言葉とは裏腹に、何故か雄太は口角を吊り上げて薄らと笑みを浮かべていた。
「今まで俺は、偶々手に入れた、 このイカれたスキルを使ってコレと言った怪我もなく無双的な事をし続けていたけど、流石に今回は腹くくるしかねぇかもな。 アイツ、この前戦ったデカくなった牛の魔族とか話にならないくらい強いぞ。 多分」
『スキルズを呼び戻しますか?』
「いや、いい。 アレ相手にはどうにもできんだろ。 無駄に膨張を消費するだけだ。 って言うか、お前、アレと戦って勝てると思うか?」
『ノー。 この、私とマスターで発現させている縛鎖を容易に躱されている時点で、しがみ付いて自爆を考慮したとしても勝てるビジョンが見えません』
ふぅ〜───
雄太はシスの分析を聞き、前方で縛鎖を斬りまくっている綾香へと鋭い視線を向けながら何かを思い詰める様な重い溜息を吐く。
そして
何かを決心したかの様に
今まで縛鎖の発現で手が回っていなかったダイダラへと向けて指示を出す。
「ダイダラ──」
「──ボディープレスだ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
雄太に指示を出されたダイダラは、汽笛の様な低く腹の底へと響く咆哮を上げながら、縛鎖を嬉々として斬りまくっている綾香へと向けて両手を上げてそのまま倒れ込んだ。
「え”!?」
いきなり、今まで動かなかったちょっとした大型ビルの様なダイダラが倒れて来たのを見た綾香は、瞬時に笑っていた顔が驚愕のものへと入れ替わった。
「なによそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
しかも、ダイダラは、綾香を逃がすまいと、倒れると同時に身体を膨らませて体面積を増やした。
綾香は、必死になって縛鎖を斬り捨てながら、ダイダラの倒れる範囲から逃げようと移動する。
が、
ダイダラは倒れながらもどんどん面積を増やしていき、完全に綾香を覆う様な形となって、綾香の頭上から落下を始めた。
「最低! ホンっト最低! これだけ強いのに、なんでそう言う事するかなぁぁぁぁぁ!」
雄太の容赦ない物量攻撃により、せっかくの楽しみを奪われた綾香は、呆れと共に出た怒りを露わにしながら走るのを止めた。
「こうなったら、とことんやってやるわよ! 発現!【チャリオット】!」
綾香がスキルを発言すると、綾香の足元から真っ白な2頭の馬が繋がっている2輪の台車、所謂、ローマ戦車が発現され、綾香を台車の上へとのし上げた。
「全てを蹂躙せよ! 【キルクス・マクシムス】!」
綾香が台車に乗って大剣を前へと掲げると、綾香と同じ様なローマ戦車が20機現れた。
現れたローマ戦車は、まるで幽霊の様に透けており、ローマ戦車の上には、鎧を着て槍や弓、剣やモーニングスターを持った骸骨が騎乗し、綾香の命によって発現したそれらは、綾香のローマ戦車が走り出すと共に綾香の前方へと躍り出た。
「【プラシナ】!」
そして、綾香を最後方に隊列を組んでいるローマ戦車の部隊は、空を翔け、頭上から降ってくるダイダラへと突っ込んで行った。
「んなアホな!? なんなんだよアレ!? 骸骨!? 戦車!?」
雄太が目を見開いて驚愕しながら綾香が発現させたナニカを目で追っていると、空を翔けながらダイダラへと突っ込んでいったローマ戦車は、ダイダラへとぶつかると同時にダイダラの身体へと大穴を開けた。
「嘘だろ!? ダイダラには暴食、溶解、各種耐性マシマシで付与しまくってんだぞ!? それに穴開けるってどう言う事だよ!?」
綾香は空を翔けながらUターンして戻り、自分からダイダラへと突っ込む。
「【ルッサータ】!」
綾香が何かを発言すると同時に、20機いた内の5機ずつがダイダラへと突っ込んで自爆の様な形で穴を開けていく。
そして再度Uターン。
「【ウェネタ】!」
更に5機が突っ込んで弾けて大穴を開ける。
「ラスト! 【アルバータ】!」
綾香の前を走っていた最後の5機がダイダラへと突っ込んで穴を開け、ダイダラは見るも無惨な姿へと変わった。
「な── なんて事してくれてんだよアイツっ! どんだけダイダラに膨張使ったと思ってんだよ! シス! 至急アリアさんに、スライムダンジョンにいる餓鬼になんでもいいからスライムを捕食させてもらう様に伝えてくれ!」
『ロジャー』
「それと、外に出ているスキルズに、集める素材以外はなんでもいいから捕食して膨張を増やす様に伝えてくれ!」
『ロジャー』
「あんなんあるんだったら、ダイダラをさっさと片付けとけばよかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太は、両手で顔を隠しながら頷いて後悔の大声を上げ、膨張の節約のためにボロボロのダイダラをさっさと解除して片付ける。
そして、そんな中、雄太の前へとローマ戦車に乗った綾香が降り立った。
「さぁ! 私の全て(攻撃)を受け止めて!」
綾香は、ローマ戦車の上からビシっと大剣の先を雄太へと突きつける。
「重っもっ!?」
雄太はいきなり綾香に言われた壮絶ヘビーな言葉に対し、全力でドン引きした。
「私には分かるの! あなたになら、私はなんだって(攻撃)できるわ!」
「んなの知るかっ! 何、平然と誤解を招く様な事言ってんだよ! アッタマおかしいんじゃねぇかっ!」
「私も、あなたを思う存分楽しませられる様に、例え私のこの手足が無くなったとしても、口を使ってでもあなたの全て(の攻撃)を受けきってみせるから!」
「オマエ一体どんな妄想してんだよ!? って言うか、何やったら手足がなくなるんだよ!? ホームレスの俺にお前が望む様な大層なモンなんてこれっぽっちもねぇよ! こっちは最初っからスッカラカンなんだよ! こんチクショー!」
明らかに、雄太と綾香の考えは食い違って全く噛み合っておらず、雄太の全ての攻撃を掻い潜って来た綾香は、ハァハァと息を荒くしながら顔を少し上気させ、更に悠太への誤解に拍車をかけていた。
クッソ!
なんなんだこいつ!?
色々とおかし過ぎるぞ!?
雄太は行動も考えもおかしい綾香に対してオロオロし始める。
「さぁ! 最高のあなた(の攻撃)を見せて! 私も見せるから!」
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ────!?
雄太は両腕を交差させて自身の肩を抱いて半歩下がるが、綾香はそんな雄太を気にもせず、破顔しながらローマ戦車から飛び降り、地面へと大剣を突き刺して満面の笑顔で右腕を突き伸ばした。
「──ん?」
「握手しよっ! お互い、最高の思い出になる様に握手から始めよう!」
綾香はどこぞの戦う前の高校球児の様に、爽やかに握手を求めて来た。
「あ・・・ 握手ぅ?」
「うん!」
綾香の手から離れ、地面へと突き刺さっている大剣。
無防備すぎる行動。
何かに盲信する様な思考。
それらを見た雄太は、ニィ〜っと口角を吊り上げてゲスい笑みを浮かべる。
「そ、そうだな。 お互い、全力で納得がいくまでやるぞ」
雄太は恐る恐るといった様子で右手を差し出す。
「うん!そうこなくっちゃ!」
ガシィっ!
雄太の返しに納得がいったのか、綾香は嬉々としてガシっと力強く雄太の手を握った。
昨日の敵は今日の友。
宿敵と書いて友と読む。
お前のものは俺のもの。
俺のものも俺のもの。
努力、友情、勝利。
さぁ、存分に胸躍る熱い戦いを楽しもうじゃないか!
と言った、胸が熱くなる様な展開が訓練場内へと広がり、ここに永遠のライバル誕生!
と誰もがそう思った。
が、しかし─
雄太の手から一気に膨張が溢れ出た。
そして、瞬時に無防備な綾香の身体を包み込む。
「え!?」
唐突の出来事に驚く綾香。
これからの熱いバトルはどうなったの!?
と、いった様な驚きの表情を雄太へと見せる綾香へと、
雄太は酷いゲス顔で、綾香へと向かってスキルの名前を平然と告げる。
「【縛鎖】」
瞬間─
赤黒い膨張は漆黒の鎖へと姿が代わり、綾香は必死になって縛鎖から逃れようともがくが、縛鎖は握手をしている雄太の手からだけでなく、地面へと展開させている足元からも綾香へと執拗に纏わり付き、綾香はゲス極まりない雄太によってあっけなく捕縛された。
「ふぅ〜」
綾香を捕縛した雄太は、縛鎖から右腕を引き抜き、仕事を終えた職人の様にため息を吐きながら額の汗を拭う。
そして鎖の塊へと向かって一言呟いた。
「馬鹿め」
少年、少女達の胸に秘めた熱い思いを踏み躙るかの様に──
──鬼畜の王は降臨した。
一方、この光景を見ていたシスは、驚きのあまりに両脇に抱えていた結衣と湯屋を落としてしまい、表情のない真顔で自身の主へとドン引きしていた。
そんなシスがドン引きしている中、雄太から声がかけられる。
『シス。 終わったぞ。 もう、こっち来て大丈夫だぞ』
『イ、イエス・・・ マスター・・・』
この微妙なタイミングで雄太に声をかけられたシスは、固まっていた思考を起動させ、落とした結衣と湯屋を拾い上げると、急いで雄太の下へと向かって歩いて行く。
「お〜い。 ヤリクさん。 終わったから通路開けていいぞぉ〜」
雄太は3人を捕縛した事で、訓練場の密室を解除する様にヤリクへと伝えた。
『・・・・・・あ、あぁ・・・』
しかし、どこか歯切れが悪そうな返事がヤリクから帰って来たと同時に、訓練場の密室が解除された。
「さぁ、みんなのトコにもどるぞ」
訓練場へと通路が現れ、密室が解除されたのを確認した雄太は、捕縛した綾香を引きずりながら、カウンターがある裏ギルドのメインフロアへと向かって歩き出した。
雄太がフロアへと続く通路を歩き、フロアが一望できる踊り場へと姿を表した瞬間、フロア中に居る全員の視線が飛んで来た。
ん?
どうしたんだ一体?
なんでこんなに静かなんだ?
何故か裏ギルドの広いフロアはシ〜ンと静まりかえっており、ヤリクやエゼルリエル、木下やケレランディアを含め、フロアにいる者達は全員が口を閉じていた。
壁際の階段を伝って下へと降りているの雄太の姿を、全員が一言も喋らずに只々見つめており、雄太がフロアへと降り立つと、フロア中にいるダイバー達が後ろへと下がり、まるでモーゼの如く道が開かれた。
??
雄太は首を傾げて頭にハテナをつけながら開かれた道を真っ直ぐにヤリク達が居るカウンターへと向かって進む。
雄太を囲む者達は、何故か顔を引き攣らせて雄太を怯えている様であり、雄太は少し顔を顰めて怪訝な表情のままヤリク達の側へと到着した。
「ほれ。 捕まえて来たぞ」
「あ、あぁ・・・」
雄太は引きずっていた綾香をヤリクの前へと差し出すが、ヤリクは頬を引き攣らせながら相槌をうつ。
フロアの異様な静けさもさることながら、何故かバツが悪そうな顔をしているみんなを見て雄太が口を開く。
「一体どうしたんだよそんな顔して? なんか問題でもあったのか? もしかして・・・ 誰か死んだのか・・・」
雄太は何故か自分と視線を合わそうとしない木下へと向かってこの状況について質問を投げる。
一瞬目が合った木下は、何か辛い者を見る様な目で雄太を見ており、木下の後ろにいるケレランディアは、チラチラと雄太と雄太の後ろへと交互に視線を往復させていた。
「ん? 俺の後ろに何かあるのか?」
雄太がケレランディアの視線を追うように自身の後ろを振り向くと、雄太がついさっき降りて来た訓練場へと続く踊り場の上にある巨大な壁へと、まるで大型スクリーンの様な何かによって訓練場の様子が映し出されていた。
「え?」
巨大スクリーンを見た後に雄太がケレランディアへと振り返ると、不意にエゼルリエルと視線が合った。
そして、
エゼルリエルは重く閉じていた口を開き、
その声が静寂を破ってフロア中へと響き渡る。
「あんた──」
「──鬼畜すぎるわよ・・・」
瞬間、
フロア中の全員が同時に思いっきり頷いた。




