21. 調査
エルダが目線で追った紐の先には雄太が居た。
しかも、自分と繋がっている事が分かったエルダは、口を両手で押さえ、恐怖を貼り付けた様な表情で叫び出した。
「うおっ!? どうしたんだ一体!? モンスターか!」
雄太はエルダの悲鳴を聞いて瞬時に立ち上がり、臨戦態勢を取りながら辺りを見回す。
「んだよ。 何もいねぇじゃねぇか。 スライム特有の発作か何かか?」
何もいない事が確認出来た雄太は、指に挟んでいたタバコを口へと戻し、胡乱な視線をエルダへと向けた。
「な!? 何なのよコレは! 何でわたしが貴方と繋がっているのよ!?」
エルダは、雄太と自身を繋いでいる膨張の紐を指差して、ガタガタと身震いさせる。
「そりゃぁそうだろ? だってお前は俺に喰われて、俺のスキルの一部になっているんだからな。 今のお前は俺のスキルで発現されている状態だ。 スキルを切って、お前に俺の頭の中でギャンギャン喚かれるのは嫌だから、俺の邪魔をしないなら膨張が伸びる範囲で自由にしてていいぞ」
雄太は現状をエルダへと伝えると、自身の背中から出ている膨張の紐を指差しながらタバコを口へと運んで吸い始める。
「やっぱり貴方に喰べられたのは事実なのね・・・ こうなったらこの現状をちゃんと受け止めるしかないわね・・・ それで、こうなっていると言う事は、貴方は本当にスライムグラトニーを倒してくれるって事でいいのよね?」
エルダは雄太のスキルによって発現していると言う事実を受け止め、雄太へとスライムグラトニー討伐についての確認をした。
「あぁ。 それはやってやるよ。 しかし今は色々と立て込んでいてな。 それが終わり次第本腰を入れてやってやるよ」
雄太はハロワからの依頼やクソ暑いボロアパートの事を思い出した。
「そう・・・ ありがとう・・・ それと、貴方を馬鹿にしたり罵ったりした事は、その・・・ 何て言うか・・・ ごめ、んなさい・・・ まさか貴方にこんなに凄いチカラがあるだなんて思っていなかったから・・・ まるで、貴方ってスライムの王様みたいね」
エルダは自身の腕を眺めながら雄太のスキルの異常さを感じた。
「まぁ、それなりに傷付いたが気にするな。 それと言っておくが、俺はスライムの王様なんかじゃねぇぞ。 俺はそれの逆だよ。 護る方じゃなく、捕食する方だ。 全てのスライムは例外無く俺の糧になるんだよ」
雄太は獰猛な目付きでエルダと視線を合わせる。
「それでも・・・ それでも、わたしは貴方に全てを捧げるわ! 貴方のチカラとなって、貴方の剣となり盾となって、貴方を守ると誓うわ!」
何かを決心したエルダは、雄太の前で片膝をつき、雄太へと忠誠を誓う様に首を垂れた。
「そうか。 そんじゃまぁ、適当にな。 それと、俺は雄太だ。 橘花 雄太。 宜しくな相棒」
雄太は自分の名前を告げながら、片膝をついているエルダへと向けて手を差し伸べた。
「橘花 雄太・・・ 雄太様。 いえマスター! これから宜しくお願いします!」
エルダは雄太が差し伸べた手を強く握り返す。
「そんじゃ早速で悪いが、所用の一つを片付けるぞ。 それと、マスターでも様付けでもなく、ただの雄太でいいから」
雄太はそう言うと最奥の広場をゴーグルで見回し、アーススライムを探す。
ゴーグルで調べた広い空洞はスライムの気配が無く、それと言った変化もなかった。
「なんもねぇしスライムの気配もしねぇな」
雄太がそう結論付け様とした時、エルダの言葉を思い出した。
「なぁ。 エルダ。 このダンジョンはまだまだ下層があるんだよな? って事は何処かに下に続く道や階段があるのか?」
エルダは雄太の後ろへと3歩程下がって着いており、雄太の質問へと答えた。
「2層へと続く階段はここにあるわ。 その階段はアーススライムが隠す様に守っている筈よ。 ここの奥に階段があるから、少しその辺りを調べてもらってもいいかしら?」
雄太とエルダは奥へと歩いて行き、やがて奥の壁に届くと言う所で地面に小さくスライムの反応があった。
「コレか? 随分と反応が薄いな・・・ エルダ、ちょっとそこの地面を触ってみ?」
エルダは雄太に言われるままに屈んでそっと地面を触ると、エルダが触った事によって少し体表を削られたアーススライムが、エルダを敵として認識しながら勢いよく身体を持ち上げた。
「ぬぅぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
エルダは突然地面から身体を起こして現れたアーススライムに驚き、奇声上げながら地面へと尻餅を着く。
地面から起き上がったアーススライムは、昨日雄太が戦った巨大なアーススライムとは違い、縦、横、約3m程の大きさしかなかった。
エルダは腰が抜けたかの様に地面を後ろへと後ずさり、既に4本の赤腕を出現させている雄太の元へと必死で逃げた。
「ちょっと、ユータぁぁぁぁ! 何でわたしに触らせたのよぉぉぉ!? わたしはあまり戦闘は得意じゃないのよぉぉぉ! しかも理性を失っている本能剥き出しのスライムなんて、わたしが敵うわけないじゃない!!」
エルダは突然の出来事に狼狽えており、必死に雄太へと自分は戦力にならないと言う事を訴えた。
「オイオイ・・・ オマエさっき俺の剣と盾になって俺を守るとかって言ってなかったか・・・ そんでもって戦闘が得意じゃないとか、何処でオマエが役に立つんだよ? 肉壁か? って言うか、オマエが今まで生きていたとんでもなく長い時間は、一体、どんだけ無駄な時間だったんだよ? 食って寝てただけなのか?」
「ちょっと言い方ぁぁぁ!? 戦闘以外でも他にもあるでしょぉぉがぁぁ! 知識とか情報とか身体を張らないヤツがさぁぁ!?」
「まぁ、今まで食って寝てただけのオマエでも、今のオマエならあれくらいのスライムは余裕だって。 なんなら試しに思いっきり抱きついてみ? あのアーススライム、速攻で倒せるぜ」
雄太はアーススライムへと視線を外さずに、獰猛な笑みを浮かべながらエルダへと話しかける。
「戦闘は前向きに善処しますんで! どうか! 何卒! なにとぞぉぉぉぉぉ! アレに抱きつく以外でわたしが役にたてる方法はないでしょうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太達が話している間にも、アーススライムは無数の触手をウネウネと発現させて、エルダへと攻撃を仕掛けて来た。
エルダは必死で避けているのだが、戦闘が得意じゃないと言うだけの事もあり、無残にも少なくない数の触手に襲われているのだが、触手がエルダの身体へと触れると尽くその全てを消滅させていた。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!? 一体どうなっているのよわたしの身体ぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 触手が当たっても痛くもないし怪我もないんですけどぉぉぉぉ!? むしろ触手がわたしに当たって消える度に、逆に力が湧く感じなんですけどぉぉぉぉぉぉ!? ナニコレェェェェェ!! ヒャッハーーー!」
次々と触手に襲われているエルダであるが、エルダにはアーススライムの攻撃は全く微塵も効いていない。
そんなエルダは、どこかのヒゲの配管工が星を食った時を思わせる様な強気な言葉を吐いてはいるが、実際は頭を抱えて逃げ回ったり、転んだ隙に触手に群がられたりしており、見事な肉壁っぷりを演じていた。
「そりゃ、俺のスキルの一つだ。 同族捕食って言って、スライムの身体に触るだけで捕食する事ができる。 俺の膨張変形と言うスキルを基にして発現しているオマエにもそれが当てはまるから、どんどん気にせずに突っ込んで行け! オマエの身一つで、オマエが望んだ剣にも盾にもなれるぞ! 良かったな! 正にWin Winだな!」
「無理無理無理無理ぃぃぃぃぃ!! あんな触手だらけの壁みたいなのに平常心で突っ込んで行ったり、あの数の触手を笑顔で受け止めたりできる訳ないでしょうぉぉぉぉがぁぁぁぁぁ!! お願いだからコレをなんとかしてぇぇぇぇぇぇ! 何でわたしだけが襲われているのよぉぉぉぉぉぉぉ!」
アーススライムの触手を全く避ける事ができず、意図せずに肉壁に徹してしまっているエルダは、アーススライムから迫って来る多くの触手を涙目になりながら一身に引き付けており、もう勘弁してくれと言わんばかりに雄太へと助けを求めて来た。
「ったく、使えねぇ奴だな・・・ マジで喰うんじゃなかったわ・・・ そんじゃ俺の言う通りにお前の身体に伝えてみ? 【土龍】ってな」
「身体に伝えるってどう言う事ぉぉ!? どどどどど【土龍】ぅぅぅぅぅ!!」
エルダが雄太が伝えた技の名前を右腕を伸ばして構えながら復唱すると、エルダの右腕は土龍となって伸びて行き、エルダの動きに合わせてアーススライムの触手へとぶつかりながら喰い散らかした。
「で、出たぁぁぁぁぁ!? なんか出てきたぁぁぁぁぁぁぁ!! 何コレ!?」
「そんじゃ次は、左手に【炎龍】って言ってみ?」
雄太は自分の右手が土龍へと変わったエルダに向けて、次の技の指示をした。
「【炎龍】!? ぎぁぁぁぁぁぁぁ!! 熱っ! ってアレ? 熱くない? って言うか何コレぇぇぇぇ!? アーススライムが接触を嫌がる様に避け出してるんですけどぉぉぉぉ!!」
今日、雄太の実験によって超越と共に手に入れた炎龍は、やはり、スライム種にとっての弱点らしく、アーススライムの触手は、まるで、接触するのを嫌がる様にエルダが操る炎龍を避け出した。
「やっぱりスライムって火が苦手なのか。 コレはマジで使えるな。 そろそろ飽きたし、速攻で終わらせるとするか。 【炎龍】!」
雄太は左右の腕を眼前でクロスさせた後、横へと広げながら両腕へと炎龍を発現させ、同時に背中からは4体の炎龍を発現、合計6体の炎龍を発現させた。
雄太が出現させた6体の炎龍は、造形変形によってエルダが出現させた炎龍とは違って禍々しい炎を宿した本物の生きている炎の龍の様な姿をしており、統率と並列思考が合わさった事によって、まるで自分の手足の様に動かしたり、周囲の空気が触れる感覚までもが感じられる様になっていた。
「スゲーな・・・ まるで本当に生きている龍みたいだ。 しかも俺にも炎龍の感覚が伝わってくる感じだ」
炎龍はまるで空中を舞う様にアーススライムへと四方から近付き、大きな顎を広げてアーススライムを捕食した。
「威力上がってねぇかコレ? エルダを喰ってスライムスーツのレベルが上がったからか?」
一瞬でアーススライムを捕食した美しく舞う6体の炎龍を見ていたエルダは、目を見開き、口を開け、驚愕の表情を顔に張り付けながら棒立ちしていた。
「お!? 下に行く階段発見! そうか! 階段はアーススライムが地面に覆いかぶさって隠していたのか!」
雄太の足元には縦横2m程の正方形の穴が開いており、穴の中には下へと続く階段が見えていた。
「エルダぁ。 下に続く階段あったぞぉ。 コレがオマエが言っていた下層に続く階段なのか?」
エルダはコクコクと無言で首を縦に振る。
「アーススライムが階段を隠しているって事はリポップし続けるのか?」
エルダは再度無言で首を縦に振る。
「って事は他のスライムみたいに一晩経てばまた階段を覆う様にリポップするのか? それともリポップ時間は他のスライムと違って早かったり遅かったりするのか?」
「あ、アーススライムは他のスライムと同じリポップタイムです・・・ 5、6時間経てば、また階段を覆う様にリポップします・・・ って言うか、なんなんのよ!? さっきのヤバそうな龍はっ!? わ、わたしが出したものと全く違う感じだったし、まるで生きている感じだったんだけど!? ユータは一体何者なのよ!?」
エルダは未だに出現している炎龍と雄太へと視線を行ったり来たりさせながら、狼狽える様に雄太へと駆け寄って来た。
「一応、あの炎龍は俺のスキル?技?なんだけど、お前を発現させているのとほぼ同じ感じだぞ?」
雄太は炎龍の発現を消し、6体の炎龍はまるで火の粉が散る様に姿を消した。
「俺は至って普通の人間だ。 それにさっきも言った様に俺はスライムを捕食するスライムの天敵だ。 俺はスキルによってスライムを捕食出来る様になった。 ただそれだけだ」
雄太はそう言うと唖然としているエルダを無視して収納からタバコを取り出して吸い始めた。
「そういや、今日の釣果はどんなもんだ?」
雄太はゴーグルへと今日手に入れた素材を表示させた。
・スライムゼリー x 295
・エルダー水晶 x1
・スライム鉱石 x 1
「お? エルダー水晶ってのがあるが、これってエルダを喰ったからだよな・・・ スライム鉱石もちゃんとあるし、って言うかアーススライムが小さくなっていたけど素材も小さくなるのか?」
雄太は昨日のアーススライムと今日のアーススライムとの大きさがあまりにも違っていた為、素材の大きさが気になって収納から取り出した。
「うぉ!?」
雄太の掌へと洗い現れたスライム鉱石は、昨日のルービックキューブ程の大きさではなく、ちょっと大きいサイコロくらいの大きさだった。
それでもなかなかの質量を伴っていたので手の中でズシリとした重さが感じられた。
「なぁエルダ。 何で昨日のアーススライムはあそこまでデカかったんだ? 今日のアーススライムは昨日程の大きさがなかったし、多分、今日のが標準なんだろ?」
雄太はスライム鉱石を指先でコロコロさせながらエルダへと質問した。
「昨日、ユータが戦ったアーススライムは、スライムグラトニーに喰べられたわたしの眷属が初めてリポップした個体で、かれこれ60年は人に気付かれずに生きてたわね。 その間、ダンジョンの地面を食べ続けてたからあの大きさになったわ。 だから取れた素材もそれなりに大きかったんじゃないの? 因みに、わたしの眷属だったアーススライムはあれの3倍は大きかったわ」
「60年も見つからなかったとか、どんだけ存在が薄かったんだよ・・・」
雄太は昨日の60年も誰にも見向きもされなかった影が薄いアーススライムへと同情し、そのまま放っておけば良かったのか、見つけて良かったのかと言う何とも言えない感情に包まれた。
「エルダー水晶は売らずに残しておくか・・・ 言葉を喋って人間の形をしたスライムの素材なんて世界中に1個しか無いだろうから、いざって時にでも売るか。 って言うか、エルダースライムってオマエの他にももっといるのか?」
「エルダーと名の付くモンスターはどの世界にも1体のみよ。 所謂、種族の長みたいな感じで各モンスターの種類につき1体しか居ないわ。 エルダー種で有名なのはエルダードラゴンなんだけど知ってる? って言うか、わたしがユータに喰べられてしまったから、その内新しいエルダースライムが確実に出現するわね。 俗に言う世代交代ってやつ?」
雄太が思った通り、エルダースライムの素材は激レアらしかった。
「そうなのか。 そんじゃ、コレは売らずに取っておくか。 今日の依頼も終わったし、ぼちぼち帰るか。 オイ、今日はもう帰るぞ。 明日は下に行くから、オマエも少しは役にたてよ」
雄太とエルダはダンジョンの入り口へと向かって歩いて行った。
って言うか擬装を解除したらこいつが俺の頭の中に戻って来るんだよな?
ずっと頭の中にアイツが居るってはまじで俺が死んでしまうな・・・
とりあえず、ダンジョンの中では常に発現させておくか・・・




