207. 雄太VSピュア 3
裏ギルドにある訓練場のある2箇所は、誰がどう見ても訳が分からない状態の光景が広がっていた。
連続して爆発する赤い炎。
縦横無尽に駆け抜ける黒い稲妻。
散弾を撒き散らす赤黒い弾。
そして、
カクカクと不規則に伸び縮みしながら生き物の様に動き回る鋭利な棘。
─あそこは地獄の1箇所だ。
と言われても、誰もがその言葉を信じるほど異質な空間。
そんな異質な空間を、涼しい顔をしながら満足げに平然と眺めている人物。
偶々そこを通りかかった者が、どう表して良いのか分からない様な異様な光景を口角を吊り上げながら眺めている人物を見たら、人々は確実にこう思うだろう。
あれは
異常者。
若しくは
─魔王─
と。
人間に対して明らかにオーバーキルな空間を作り出していた雄太の片眉が上がり、ふぅ〜っと鼻から軽く息が漏れる。
「まぁ、 使い魔をサプリメントか何かと勘違いしている様な奴らがコレくらいで殺られる訳がないよな・・・」
雄太は、腰を捻ったり屈伸をしたり、その場で膝を曲げて飛び上がったりと言った様に軽い準備運動を終えると、その身へと膨張を纏わりつかせ、赤兎を発現させた。
雄太が赤兎を発現させたタイミングで、カオスな空間の片方から青い火柱が上がり、もう片方の空間は、黄色くゆらゆらとした陽炎の様な状態になり、光が屈折されたかの様に風景が歪み始めた。
嫌がらせ的にこのまま続けても良いが、膨張を失われていくのがもったいないのでスキルの発現を止めた。
雄太がスキルの発現を止めた事で、そこは、まるで何もなかったかの様に元の訓練場へと戻ったが、そこには腕が4本となり、皮膚がまるで青い炎の様にゆらゆらとゆらめき、キンキラキンのド派手な衣装を纏っている姿が変わっている湯屋。
もう片方には、赤いモヒカンの様な飾りがある兜を冠り、金色の鎧を身に纏い、右手には、まるで槍の様な柄の長い大剣、左手には金色のラウンドシールドを持って結衣を脇に抱えている綾香が居た。
「ふぅ〜・・・ 始まったばかりなのに、笹川がもう【解放】しちゃってるよ・・・」
「・・・ソレは湯屋君も一緒でしょ・・・ こうでもしないと、あんな、ネチネチとしたしつこい攻撃を捌くなんて無理でしょ・・・」
「だよねぇ〜」
湯屋と綾香はやってしまったと言った様な顔をしながらも、明らかに先ほどとは違った余裕の表情が見られており、雄太は、姿が変わった湯屋達を視野から外さない様に少し後ろへと下がった。
「なんなんだソレは? お前今、解放って言ったよな?」
「ん? 言ったけどそれがどうした? ・・・って言うか、なんなの君のその姿・・・ モンスターじゃん・・・」
「怪物だお」
雄太の攻撃が晴れた事で、雄太が赤兎となった姿を見た湯屋と結衣は、思った事を胸の内には留めずにそのまま口に出した。
「怪物じゃない。 俺は歴とした人間だ。 お前達と一緒にするな」
「さっきの異常な攻撃と言い、その姿と言い、どう見ても人間ができる様な事じゃないよね? ピュアって一言では片付けられないよね? どっちかって言うと、私達と同じに感じるんだけど? ホント、なんなのかな、君は?」
綾香は雄太の攻撃や今の赤兎の姿を見て、真剣なのか、遊んでいるのか分からない、ノホホンとした表情の他の二人とは違って、眉間にシワを寄せた怪訝な表情を見せた。
「だから正真正銘の人間だって言ってんだろ。 異物を身体に飼っているお前らと一緒にすんな」
「それブーメラン。 あなたの見た目の方が異物」
「黙れ幼女。 そのブーメラン、お前にも刺さってんぞ」
「ぐぬっ!?」
雄太にブーメラン返し返しをされた結衣は、顔の前で拳を握りしめながら、悔しそうに眠そうな目で雄太を睨みつけた。
「なんか、お互い、見た目も変わっちゃった事だし、僕的にはこの格好だと疲れちゃうから、さっさと死んでくれないかな?」
湯屋は言い合いをしている結衣と雄太を遮る様に口を開くと、4本の手へと何かを発現させた。
湯屋の手の中には、チャクラム、メイス、法螺貝、ピンクの蓮の蕾を握っている。
そして、徐に手にしている蓮の蕾を床へと投げ捨ててスキルを呟いた。
「【アヴァターラ・ヌリシンハ】」
湯屋がスキルを発言すると、床に落ちた蕾が動き、花弁が開いて蓮の花が咲いた。
そして、花が完全に咲ききると、花弁が散ってフワリと宙に舞い、宙に舞った花弁がスッと形を変えた。
「!?」
形が変わった花弁は、白い腰巻きで下半身をグルグルに巻いた格好の、浅黒い肌で獅子の顔をした男が現れた。
現れた男は、花弁の数の分だけ出現しており、その数を見た湯屋は不満そうな顔で呟く。
「う〜ん・・・ 今日は100体か・・・ かなり少ないなぁ〜」
湯屋の周りには獅子の顔をした男達が現れており、その異様な光景を見た雄太はバックステップで瞬時に距離を取った。
「湯屋君、彼の行動阻害は任せたよ」
「あぁ。 まぁ、僕はこうして立っているだけだから、笹川が決めちゃって良いよ。 ちみっ子は僕の後ろで笹川にバフって」
「仕方ない。 綾香ちゃんの為に働く」
結衣は綾香の腕から降り、湯屋の横へと向かって歩き出した。
「アハハハハハハハ。 って言うか一気に1対103になっちゃったよ。 ウケるウケる。 ホントウケるっ! クククククっ! さぁ! 数の暴力の時間だぁ!」
湯屋は腹を抱えて心底可笑しそうに笑いながら、空いている手で雄太へと向けて指を差した。
湯屋が雄太へと指を差すと同時に、湯屋の前に居た獅子頭達が一斉に雄太へと向かって駆け出した。
「数の暴力と来たか・・・ シス。 いけるか?」
『イエス。マスター』
雄太は、向かってくる獅子頭へと意識を向けながらシスへと声をかける。
そして、シスは雄太への了承の返事と同時に雄太の右後ろへと姿を表した。
「シス。 餓鬼共を連れて暴れてこい」
「ロジャー。 制限は?」
「全力でいけ。 本当の数の暴力ってのを見せてやれ」
「ロジャー」
シスは雄太の前へと一歩出ると、自身の身体へと膨張を纏い始めた。
膨張は、シスの足元から徐々に上へと上がっていき、シスは全身を膨張で包まれて、まるで人型のスライムの様な姿へと変わった。
「発現。 黒狼」
シスがスキルを発現させると、ブヨブヨしていたスライムの様な姿は、赤目で漆黒の異様に手足の長い人狼の姿へと変わった。
シスが姿を変えた漆黒の人狼は、薄く中が透けて見えてシスの姿が確認でき、まるで、中に居るシスの髪の色に合わせているかの様に、左の耳だけが真っ白くなっていた。
そして、長い手足の爪は毒々しい濃い紫色に染まっており、尻尾は尻尾としての形を整えてはいるが、黒い雷の塊の様に実態が無く、バチバチと音を立てながらジジジジっとノイズを走らせていた。
「俺の真似か?」
「イエス。マスター。 機動力と攻撃力を上げる為に使わせて頂きます」
「あぁ。全力でいけって言ったんだ。 気にするな」
「では、行って参ります」
シスが片膝立ちの様にして屈みながら地面へと左手を着くと、向かってくる獅子頭以上の数の餓鬼を発現させた。
地面から生えてくる様に現れた大量の餓鬼達は、姿を完全に表した瞬間に次々と獅子頭へと向かって走り出した。
そして、餓鬼が地面から現れて次々と走って行くのを尻目に、片膝で屈んでいる状態のシスは、前傾姿勢で走り出し、全身から黒い雷を迸らせながら、暴れる稲妻の様にカクカクと不規則に餓鬼達の間を縫う様に隠密で気配を消しながら湯屋を目指す。
「ちょっ! なによアレ!? 小鬼!? って言うかなんなのよあの数!?」
いきなり現れた餓鬼達に対し、動き出そうとしていた綾香の足が止まる。
「オイオイオイオイィっ!? なんなんだよこの数はっ!? 一体、何がどうなってこうなったんだよ!?」
「数の暴力」
「ナニその何かを含んでいる様な言い方はっ!?」
「ブーメラン」
「こんな時にブーメランとか言っている場合じゃないだろ!? こうなったら君も手伝ってよ! クソっ! なんでこんな時に限ってハズレを引くかなぁ! ホラ! 急いで急いで! 僕の化身の数を増やすの手伝って!」
「人使いが荒いチャラ男め。 コレが終わったら通報してやる。 ふぅ〜〜・・・ 実れよ。実れ。沢山実れ。【サープラス・ハーベスト】」
結衣は獅子頭達の前へと黄金の大きなリングを発現させた。
先頭を走っている1体の獅子頭が結衣が発現させたリングを潜ると、獅子頭の数が5体へと増えた。
そして、後続の獅子頭達も次々とリングを潜り抜けていき、シスが発現させた餓鬼と同等の数へと増えていった。
「さぁ! これで数は互角だ! 数取合戦といこうじゃないか!」
化身の数が増えた事で少し安心したのか、湯屋は満面の笑顔で化身へと向けて手をつき伸ばした。
結衣は、そんな現金な湯屋をジト目で見ながらボソっと呟く。
「あ・・・ 死亡フラグ立った」




