198. 強制ヘッドバンギング
芽衣はスキルで発現させた直刀を握り締めながら、執務机の向こう側に座っている木下の下へとツカツカと歩いていく。
「ちょ、 芽衣ちゃ──!?」
「それ以上口を開くな」
芽衣は椅子に座る木下の首元へと、スキルで発現させたボロボロの直刀の鋒を突きつける。
「──ヒィ!?」
「それでは、あちらはあちらで、こちらはこちらと言う事で、お話を進めさせていただきます」
「ちょっ!? エルフさ──!?
チャキっ
チクっ
「喋るな」
「──ヒィ!?」
木下はエゼルリエルの意味の分からない言葉に突っ込もうとしたが、言葉を言い切る前に芽衣に突きつけられている直刀の鋒が首へチクッと刺ささり、再度悲鳴を上げた。
「私たちが彼によって此処へと連れて来られた理由なんですが──」
一角が修羅と化している変な空気の中、エゼルリエルは、まるで何も気にしていないかの様に雄太によって裏ギルドに連れて来られた理由を淡々と話し始めた。
魔族がミディアの一部をダンジョン化させて地球へと転移してくる事、その為に裏ギルドでは戦力を揃えている事、雄太がシスを使って魔族へと対抗する武器や道具を開発しようとしている事、そして、その武器や道具をエルフが作るのを手伝い、裏ギルドのダイバー達へと手強する事、等々。
「──その様な訳で、我々エルフ、イスフェルテの民は、ハロワ周辺に構えていた居をスライムダンジョンへと移します。そうする事で、魔族の襲撃からも護られますし、安全を得られます」
「え?って事は、エルフさん達はスライムダンジョンに引き籠るって事?」
エゼルリエルの話に対し、クレシアが疑問をぶつける。
「いえ、居住地は移しますが、スライムダンジョンの中と外を行き来する予定です」
「え?って事は、エルフさん達はユータ君みたいな化け物なの? スライムダンジョンって最下層に到達するまでになかなかヘヴィって聞いたんだけど・・・」
「まさか・・・彼みたいな規格外な者なんてそうそういませんよ。 私たちは、彼から貰ったコレでダンジョンの中と外を行き来します」
そう言うと、エゼルリエルは自身の手首に嵌っている赤黒い半透明のブレスレットをクレシアへと見せた。
「え?ユータ君から貰った?」
「んん?どれどれ?」
エゼルリエルがクレシアへと突き出した腕に嵌るブレスレットを見ようと、ヤリクもクレシアの横へと移動してエゼルリエルの手首を眺めた。
「ブレスレット?」
「なんか、アレだな・・・雄太君のスキルのアレみたいだな・・・ って言うか、まさか・・・」
何コレと言った様な表情のクレシアとは違い、エゼルリエルの腕に嵌っているブレスレットが、まるで雄太のスキルの膨張の様に目に映ったヤリクは、怪訝な表情でエゼルリエルと雄太へ視線を向けた。
「はい。貴方の想像通りかと。 私も彼の力には、であった当初から大変驚かされています」
エゼルリエルは自身の手首に嵌るブレスレットへと視線を落としながら、雄太がスキルを提げてスライムダンジョンから帰ってきた時の事を思い出していた。
「今、コレは使えるのかしら?」
エゼルリエルは背後に居る雄太へと首を捻って顔を向ける。
「スライムダンジョンには繋がっているが、そうだな・・・ あの辺でいいか?」
雄太はエゼルリエルから離れている木下の執務机の方へと視線を向けながらスキルを発現させる。
スキルを発現させて服装がガラっと変わった雄太は、此処にいるみんなに気づかれない様に足元から膨張を発現させる。
「準備できた。これだったらみんな分かり易いだろう。 いつでもどうぞ、っと」
雄太の言葉を聞いたエゼルリエルは、雄太を見る為に背後へと捻っていた首を正面へと向けてコクリと無言で頷く。
「開門!」
エゼルリエルが言葉を発すると同時に、クレシアとヤリクに見せる為に伸ばしていた腕に嵌っていたブレスレットが薄く大きく広がり、まるでエゼルリエルを捕食するかの様にバクリといった様な感じでエゼルリエルの身を包んだ。
「え”!?」
「な”!?」
いきなりのいきなりな光景を見たクレシアとヤリクは、目を見開いて驚き、口をアングリと開けて固まった。
完全に膨張の膜に包まれたエゼルリエルは、クレシアとヤリクの前から広がった膨張も残さずに忽然と姿を消した。
「ここです」
すると、今度は木下の横からエゼルリエルの声が聞こえ、2人はバっと木下の方へと顔を向けて再度固まった。
木下は、いきなり自身の横へと姿を現したエゼルリエルに対して椅子から身体をずらして驚いており、そのせいで芽衣に突きつけられていた鋒がプツリと軽く首に刺さった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
芽衣は、自分から刺さりに来た木下へとゴミを見る様な目で見下ろしており、木下は自分の首を押さえながらドタバタと椅子の上でもんどりを打った。
「コレは、彼からイスフェルテの民、エルフ全員へといただける予定の、ダンジョンの中と外を移動する為の転移装置の様なものです」
エゼルリエルは、椅子の上でドタバタしている木下の横から先程いた場所へと戻って行った。
「彼が言うには、コレは彼に認識された者しか起動する事ができず、危険が迫ればエルフの身も守ってくれるとのことです。 と言う事で、コレがあるのでエルフはスライムダンジョンの最奥へと移住することにし、そこで魔族を倒す道具を作ります」
「・・・ユータ君? 君、会う度にすごくなっているんだけど、 私の気のせいかな? 私が耄碌し始めてるのかな?」
クレシアは無表情で虚空を見つめながら首を傾げた。
「・・・オイ。 ・・・俺にもソレを寄越せ」
ヤリクはどこかの賊の様なギラついた表情で雄太へと睨みつける。
「は? 何でですか? 引篭のヤリクさんには必要ないでしょ?」
「このヤロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 俺だって好きで引き篭もってんじゃねぇんだぞっ!! 俺はみんなの為にって、チクショぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! オマエに俺の気持ちなんて分かってたまるかぁぁぁぁぁ! 大人しくソレを俺によこせぇぇぇぇぇぇぇ! 俺も外に出るんだ! 俺を外に出してくレェェェェェ!」
ヤリクは雄太へと向かって突っ込み、雄太の襟首を掴んで激しく雄太の身体を前後させて揺らした。
「ちょっ!? ヤリクさんっ! 首がっ! 俺の首がっ!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ! 今すぐアレを俺にも寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 分かった! 分かりましたよっ! 渡しますからっ! コレやめてぇぇぇぇぇ!」
ヤリクによって、首を激しくガクガクされて強制ヘッドバンギングをしている雄太は、自身の身を護る為に反射的にヤリクの両腕へと上からチョップを食らわせて掴まれている襟首から手を離させ、ついでに鳩尾へと抜き手を放った。
「おぶぅぅぅぅぅ・・・ オマ、オマエ・・・」
ヤリクは、不意に雄太から食らった鳩尾への抜き手によって、中腰で腹を抑えながら、まるで生まれたての小鹿の様に、ヨロヨロ、ヨチヨチと千鳥足で、地面へと倒れまいと必死に爪先立ちになりながらも2本の足で自身の身体を支えていた。
ヤリクの強制ヘッドバンギングから解放された雄太は、首を摩りながらコキコキと首を左右へと何度も傾げており、空いている左手の上へと膨張で作ったブレスレットを発現させた。
「って言うか、ダンマスって外に出れないでしょ? とりあえずコレあげますけど、どうなっても知らないですよ? 死んでも文句言わないでくださいよ?」
雄太はヤリクの腹を抑えている手へと、手にしているブレスレットを嵌めた。
「試しに、開門って呟いてみてください」
「か、か、か、開門──!?」
ヤリクが中腰の爪先立ちで腹を押さえながら言葉を呟くと、先程のエゼルリエルと同じ様に、手首のブレスレットが薄く広がり、ヤリクを捕食する様にバクリと身体を包み込んだ。
「──ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・ぇぇぇ・・・ぇぇ・・・え?」
ヤリクは悲鳴を上げながらも木下の横へと転移し、木下は再度驚いて飛び退き、今度は芽衣が向けている鋒へとこめかみを突き刺した。
「ふぐぅぅぅぅ!? うぐぅぅぅぅ! いだだだだだだだ!」




