196. ご褒美ください
何故かエゼルリエルに対してものすごく腰の低いヤリクを先頭に、雄太達は裏ギルドの広いロビーを見渡せる階段の前へとやって来た。
まるで異世界のギルド風の広いカウンターロビーは、相変わらず多くのダイバー達で賑わっており、その熱気を拡散するかの様に天井では大きなシーリングファンが静かに回っている。
明らかに地球とは変わった空気を含んでいる木造をベースとした空間を見ているエゼルリエルとケレランディアは、大きく目を見開きながら、この異様な光景へと何も言えずに凝視する。
「さぁ、此処が、我らが裏ギルドが顔、カウンターロビーでございます。 ようこそ ”裏ギルドへ”」
ヤリクはモサモサの頭を下げながら、左手をお腹に、そして右手を広げながら、まるでどこかの貴族か何かの様に仰々しくエゼルリエルへとお辞儀をしながら、広げた右手で眼下に映えるカウンターロビーを指し示す。
カウンターロビーでは、依頼を受ける為にカウンターで並んでいる者や、隣接されているレストランで食事をする者、集まって酒盛りをしている者と言った騒々しい光景があちらこちらで見られた。
「ささ。こちらです」
ヤリクはカウンターロビーへと続く壁に沿って設置されている階段へと手の先を向け、自身を先頭にロビーへと向かって階段を降りていく。
以前、雄太も芽衣に案内されてこの階段からロビーへと降りて行ったと言う事を思い出すが、案の定、雄太達が階段から降りてくる姿は、大勢のダイバー達の目に留まる。
ヤリク、芽衣、雄太、日向と言ったメンバーだけであれば、すでに周知の事実となっている為あまり注目を集めないのだが、階段から降りて来るエゼルリエルやケレランディア、エルフの姿を見たダイバー達は、必然と注目してしまう。
ある者は口を開けて目を見開き、ある者は口にしていたビールをドボドボとこぼし、ある者は料理を口へと運ぼうとしていた手が止まる。
誰もが凝視せざるを得ない程の美しさを持つ存在。
誰もが息を止めざるを得ない程の存在感。
誰もが引き込まれる様にエゼルリエルとケレランディアへと視線を固定し、ざわついていた喧騒がピタリと止む。
「あれは、エルフ、 なの、 か?」
急に静かになったロビーから聞こえた一言。
その一言を皮切りにざわめきが広まり、更にエゼルリエルとケレランディアへと視線が集中する。
全ての男性の目はエゼルリエルへと、全ての女性と、一部の男性の目はケレランディアへと注がれる。
「指輪しても良いですか・・・」
多くの視線に耐えきれなくなったケレランディアは、雄太へと怯える様な視線を向けながらボソリと呟く。
「鈴木さん。もう、今更って感じですよ。 諦めてください」
「うぅっ・・・ お家に帰りたい・・・」
ケレランディアは辛そうな表情でお腹を抑えながら涙ぐむ。
「ホレっ。退いた退いたっ。お客様のお通りだぞ。 オマエら道開けろっ!」
ヤリクはカウンターへとエゼルリエル達を連れて行こうとするが、エルフの姿を近くで見ようとする者達がワラワラと集まり出し、ヤリク達はものの数秒でダイバー達によって周囲を囲まれた。
そんなヤリク達の周囲からは、
「エルフだ。本物のエルフだ」
「ヤッベ。ものスッゲー美人なんだけど」
「ナニあのイケメン。鼻血出そうなんだけど」
「俺、脱いで良いかな?」
「おい!しっかりしろ!なに気絶してんだよ!?」
「私、今すぐ既成事実作ってくる!」
「ちょっとそこのゴリラ!私の視界に入ってこないでよ!エルフ様が見えないじゃない!」
「ご褒美を!この卑しい私めにささやかなご褒美をぉぉぉぉぉ!」
「俺、あの人に死ねって言われたら喜んで死ねるわ」
「どうか私のこの身体を、貴方様の肉便器にでも、靴箱にでも、メガネ拭きにでもご自由にお使いくださいませぇぇぇ!」
等と言った、それはもう、欲望や願望を隠そうともせずにダダ漏れな、生の、生々しい、狂気にまみれた声が周りから聞こえて来た。
「・・・橘花さん。私をハロワへと転移してください。どうか、今すぐ私を転移してください。一生のお願いです」
この狂気が篭る状況に対し、必死に何かを我慢している様子のケレランディアの目には、今にも決壊しそうなほどの涙が溜まっており、必死に雄太へと転移する様に訴えて来た。
「こんな状況で無茶言わないでくださいよ。ほら。綺麗な女性が手を振ってますよ。振り返してくださいよ」
「橘花さん。無理です。 そんなの私には無理です。 と言うか、私、泣いても良いですか? 今すぐ指輪をはめても良いですか? 沢山の目が私を向いていて、気持ち悪くて吐きそうなんですけど。 ここで吐いても良いですか?」
「そんなのあいつらのご褒美にしかならないですよ。 見てくださいよあの女性。 自分の指を咥え始めてますよ・・・ ほら、あそこの角刈り筋肉なんて、何故か脱ぎ始めてますよ・・・ うわ・・・ 服を脱ぐのが伝染し始めましたよ・・・ 絶対おかしいですよコイツら・・・」
雄太が指摘した様に、雄太達を取り囲むダイバー達は、何故か男女関係なく服を脱ぎ始め、虚な狂った目で変なセックスアピールをし始めた。
「ヤリクさん・・・あんた達は一体どんな指導をしてるんだよ? ど変態の巣窟かよ此処は」
「知るか! こんなの俺も初めてだわ! オマエら!服を着ろ! なんで脱ぎ始めてんだよ! 巫山戯んなよっ! オイ!ソコぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 下着を脱ぎ始めるなぁぁぁぁぁぁぁ! 誰かあいつを外に捨ててこいっ!」
「「「・・・・・・」」」
日向、芽衣、エゼルリエルは口角をヒクつかせながらこのイカれた状況を見ており、ナニがあっても即時に対応できる様に、神経を研ぎ澄ませながら臨戦態勢を取った。
「どけぇぇぇぇぇ! ホント、お前らどっか行けぇぇぇぇぇぇ!! 見せもんじゃねぞ!! 見たけりゃ、まずは服を着ろぉぉぉぉぉ! なんで脱ぎ出してんだよ!」
ヤリクは進路を塞ぐ下着だけの姿となった集団へと蹴りを飛ばすが、下着だけの集団は、「ご褒美ぃぃぃ。ご褒美ぃぃぃ。ご褒美をくださいぃぃぃぃ」と口々に呟きながら、まるでゾンビの様に腕を伸ばし、ユラユラとした足取りでエゼルリエルとケレランディアへと向かっていく。
「ご褒美ってなんですかぁぁぁぁぁ!!ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!食べられるぅぅぅぅぅぅ!!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ちょっ! あんた達なんなのよ!? 離れなさいっ! ちょっ!? 私に触ろうとするな!」
「橘花さぁぁぁぁぁん!助けてぇぇぇぇぇぇぇ!! 降ろしてぇぇぇぇぇ!私を降ろしてぇぇぇぇぇぇ!!」
ケレランディアは、背後から忍び寄って来た複数の女性によって羽交い締めにされ、更に群がって来た女性達によってどこぞの生贄の様に頭上へと高々と掲げられてしまい、まるで蟻の集団に餌を運ばれるかの様に何処かへ連れ去られようとしていた。
「クソっ! 目を閉じて! ライトぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ヤリクは連れ去られそうになっているケレランディアを見た瞬間、右手を頭上へと突き上げてスキルを唱えた。
瞬間、眩い光の渦がカウンターロービ全体を包み込み、全員が目を抑えて地面へと蹲った。
「目がぁぁぁぁぁぁ!私の目がぁぁぁぁぁぁ!!」
仰向けで両手両足を拘束されていたケレランディアは、ヤリクが突然発現させた光量によって目をやられ、目を押さえながらフロアの上でのたうちまわっていた。
「鈴木さん!立って!走りますよ!」
雄太は左に芽衣を抱え、フロアでのたうちまわるケレランディアの腕を取ってカウンターの内側へと向かって走り出した。
ヤリクとエゼルリエルもフロアでのたうちまわる下着姿のダイバーを踏みつけながら、雄太と同じ様にカウンターの内側へと向かって走り始める。
「一体なんなのよ此処は!? 全員、頭おかしいんじゃないの!? 下着になってアンデットの様に襲いかかってくるなんて、本当におかしいでしょ!? 此処で酒池肉林のサバトかなんかやってんじゃないでしょうね!?」
エゼルリエルは、走りながらも前を走るヤリクへとすごい剣幕で文句を言い続けている。
「いや・・・ そんなイカれた儀式なんてやってませんからマジで・・・ 俺も、こんなの初めて見ました・・・ そして初めて知りました・・・コイツらがこんなにまで欲望を剥き出しにしてくる奴らだったなんて・・・」
ヤリクは額を手で覆い隠しながら、面目丸潰れと言った様な表情でエゼルリエルへと申し訳なさそうに返答した。




