19. エルダースライム
雄太は、突然現れた女性へと胡乱な視線を向け、女性の動きを一挙手一投足も見逃さない様に警戒を強めて挨拶を返す。
「・・・こんにちは」
「あなたもダンジョン探索ですか?」
「ええ、そうですね。 あなたもと言う事は?」
「私も探索中なんですよ」
「そうなんですね・・・」
女性は笑顔で気さくに喋りかけながら、段々と雄太へと近付いて来る。
「って言うか、お前が何の探索をしているかは知らないが、それ以上、俺に近寄って来るな」
「え?」
「一体、お前はなんなんだ?」
「はぇ?」
女性は雄太の不躾で無礼極まる言葉に対し、酷く驚いたかの様な表情をしながら、ピタリと雄太へと向かって行く足を止めた。
現れた女性は、誰がどう見ても見目麗しい女性にしか見えないのだが、雄太のゴーグルを通して見られているソレの頭上には──
──スライムを表すアイコンが付いてた。
そして、ソレを裏付けるかの様に、女性が少しでも動く度に、女性の頭上のアイコンはピッタリとソレに追随して動いている。
「どう見ても人間にしか見えないが・・・ お前、 スライムだろ?」
「え?」
「他ではそれが通じたとしても、俺には通じないぞ。 って言うかダンジョンに潜り始めてまだ3日しか経ってないって言うのに、何故こうも毎日の様にレア種にしか会わないんだよ、ったく・・・」
「なななななな!? 何を言っているんですか貴方は!? わわわわ、わたしがスライムな訳ないでしょ!? 現にこうして言葉を話して貴方と意思の疎通もできていますし!」
雄太はソレへと声をかけながらも短刀を持つ腕の構えを解かず、逆に短刀の柄を更に強く握りしめ、背中から4本の赤腕を出現させた。
「って言うか何なんですかっ!? 貴方のその背中から出てる奇妙な腕は!? 貴方こそスライム、いえ、モンスターなんじゃないですか!?」
目の前にいるソレは、雄太の背中から現れている赤腕を指差しながら驚いて、酷く怯える様に狼狽える。
「言葉を話すだけじゃなく知能まであるのか? スライムってのは益々訳が分からないな・・・ どんなスキルが獲得できるか予想が全くつかないから取り敢えず喰っとくか」
雄太は狼狽えだしているソレを捕食する為に、そして、ソレをここから逃さぬ様に、赤腕でソレを囲む様にして四方へと伸ばす。
「ちょちょちょちょぉぉぉ!? ちょっと待って下さぁぁぁい!! ソレはマジでヤバいですってぇぇぇ!! 気分を害したなら先に謝りますぅぅぅ! わたしが悪かったです! ごめんなさぁぁぁい!! だからそれを止めてぇぇぇ!! 少しで良いのでわたしの話を聞いてくださぁぁぁい!! お願いしますぅぅぅぅ!」
ソレは自身へと迫り来る雄太の赤腕を見て本能的に悟ったのか、恐怖で顔を痙攣らせながら頭を抱えてしゃがみ込み、雄太へと謝りながら自分の話を聞く様に嘆願してきた。
余りにも必死なソレの嘆願と命乞いを見た雄太は、知能を持ったスライムと少し話してみたいと言う気持ちが芽生え、ソレへと向けて伸ばした赤腕を止めた。
「よし。 話してみろ。 お前は何で喋れてそんな格好をしているんだ? それに何故、どうやって奥から現れた? 向こうには何も無い筈だが?」
ソレは、雄太が赤腕を止めた事に少し安堵しながらも、未だに恐怖で涙目になっている眼差しを雄太へと向ける。
「先ずは何から話して良いものか・・・」
「ほう。 ここで言い渋るか」
雄太は言い渋るソレへと向けて背中の赤腕を動かした。
「待って!待って!待ってぇぇぇ!! 言うからぁぁぁ! 全部言いますから ちょっと待ってぇぇぇ!!」
ソレは動き出した赤腕に恐怖し、再度頭を抱えてしゃがみ込みながら話し始めた。
「先ずは、わたしはエルダースライムのエルダって言います。 ここのダンジョンに300年程住んで居ます」
このエルダと名乗るエルダースライムが言うには、エルダはこのダンジョンが地球に現れる前からこのダンジョンに住みついていると言う。
「嘘をつくな」
俺がエルダの歳と地球にダンジョンが発生した年が合わないと言う事を指摘すると、エルダは涙目になりながら嘘じゃ無いと言って、更にとてつもない話をし始めた。
約50年前に地球に発生したダンジョンは、元々はミディアと言う世界に大昔からあったらしい。
それが何故、地球へと現れたのかはエルダにも分からず、このダンジョンへと訪れる人間から情報を得ようとしても全く人が来ない為、偶にこうして人へと姿を変えてダンジョンの外に出て情報を収集していると言う。
ダンジョンから出る際は、夜を見計らって、ダンジョンゲートの下にある隙間をスライムになって潜り抜けているらしい。
「それで、何故、まだ夜じゃなく、昼になったばかりだと言うのに俺の前に姿を現したんだ?」
エルダは、俺がスライムグラトニーを擬装した事や膨張でスライムを吸収しているところ、ジェネラルスライムとの戦い、更には昨日のアーススライムとの戦いと言った、俺がここに来てからの俺の行動を最初からずっと見ていたらしい。
「マジかよ・・・ ずっとお前に見られてたのかよ・・・ しかも俺のスキルに反応しなかったとかどんだけストーカー体質なんだよお前・・・」
俺がエルダにドン引きしていると、エルダは気にする様子も無く話を続けた。
「いやいやいや!? スルーするなよそこ! ストーカーのお前はたいして気にしてないだろうが、見られ続けてた俺は気にするから!」
エルダは取り敢えず謝りながらも話を続ける。
何故、エルダがこうして俺の前に姿を表したのかと言うと、俺に、このダンジョンに居る、とあるモンスターを倒して欲しいと言う事らしい。
エルダが俺に倒して欲しいモンスターと言うのは ──
──スライムグラトニー
だ。
「え?ここに来て一番最初に倒したじゃん?」
雄太が倒した個体は、本当に、偶々、スライムが偶然進化した天然のスライムグラトニーであり、エルダが倒して欲しいのは、このダンジョンの最下層にいるスライムグラトニーと言う事だ。
「え?最下層って何?ここ一層だけなんじゃないの?」
エルダが言うには、ここのダンジョンは全部で5層あり、全ての各階層は、スライムグラトニーを外へと出さない為に1層ずつ封印していると言う。
「って言うか同じスライム種族なんだからスライム同士で話し合えよ?」
「封印されているスライムグラトニーはスライムであってスライムじゃないです・・・」
このダンジョンが地球へと現れる1ヵ月前、異世界の何者かによって、人工的に造られたスライムグラトニーがこのダンジョンの中へと放された。
エルダはこのダンジョンと同じ様に、他のダンジョンも異世界人によって何かしらされている可能性があると言っている。
そして、このダンジョンへと放された、人によって造られたスライムグラトニーは、このダンジョンの中でエルダを残した全てのスライムを喰べ続けた。
スライムグラトニーに喰べられたスライムは、意識や知能までもが一緒に奪われ、リポップしても意識や知能は戻る事ができず、本能のままダンジョンを彷徨うだけとなり、エルダは同じ種族である筈のスライムとの意思疎通が全くできなくなってしまったらしい。
「何だよ人工のスライムグラトニーって? あんなのがダンジョンの外に出たらこの世界はマジで終わるぞ?」
俺の考えにはエルダも同意見らしい。
エルダも流石にアレを外へと出すのを恐れ、エルダースライムの眷属であった4種のスライムと一緒にこのダンジョンの各階層を封印したらしい。
「お前らが人工のスライムグラトニーを封印したんだろ? そんじゃ大丈夫じゃねぇか」
ところが、俺が昨日アーススライムを倒したせいで封印が綻び、スライムグラトニーが目覚めてしまっているらしい。
「いや、アーススライムを倒したのは絶対に俺じゃない。 俺に似ている誰かだ!」
俺は必死に言い逃れをしようとしたのだが、久しぶりに人間がダンジョンに入って来たと言う事で、俺に興味を持ったエルダは、俺がダンジョンに入った瞬間から俺をストーキングしていたらしい。
そんな、全ての行動をエルダに見られていた俺は、全く言い逃れできなくなった。
と言う事で、俺のスライムを捕食すると言う能力を知ったエルダは、一か八かで俺の前へと現れ、封印から目覚めたスライムグラトニーを倒して欲しいと願い出て来た訳である。
「どうか、お願いします! このダンジョンを、いや、この世界を救う為に、スライムグラトニーを止める為に、貴方の力を貸して下さい!」
「無茶言うなよ! 俺がダイバーになったのはほんの3日前なんだぞ!? しかもそんな人工のスライムを俺が捕食できるかどうかなんて分かんねぇし!」
「そこをなんとかお願いします! 報酬と言ったものは何もあげられませんが、わたしにできる事なら何でもします! なんならわたしを捕食して貴方のお役に立てて下さい! どうか、スライムグラトニーを倒してみんなの仇を取って下さい! お願いします!」
エルダは蹲って悔しそうに泣きながら雄太へと頭を下げた。
「ハァ〜。 お前となんか話すんじゃなかったわ・・・ 異世界とか封印とか仇とか、マジで面倒な事のオンパレードじゃねぇか・・・」
雄太が面倒事に頭を悩ませている間にも、エルダは泣きながら頭を下げ続けている。
「あぁ〜!! クソっ! 分かったよ! やりゃあいいんだろやりゃぁよ!! そん代わり俺はお前を喰うからな! お前を喰ってスキルを得るくらいの報酬が無いとマジでやってられねぇからな!」
雄太がエルダの依頼に了承すると、エルダはガバっと頭を上げて泣きながらも喜色を露わにし、再度深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「って言うか、俺がお前を喰った後に逃げるって言う可能性は考えてねぇのか?」
雄太がエルダを捕食した後に逃げると言う可能性を伝えると、エルダは気に止めないと言った様子で言葉を返した。
「わたしは貴方を信じます! 例え貴方が逃げたとしても、スライムグラトニーに喰われるくらいなら貴方に喰べられた方がマシです! それに、ヤツが封印を解いてここから出てしまえば、いずれ貴方はヤツと対峙する事になるでしょう・・・ そうなった時も含めて、わたしは貴方に全てを託します!」
エルダは涙で濡れながらも力の籠もった眼差しを雄太へと向けた。
「なんなんだよ一体・・・ クソ! どうなっても知らねぇからな! そんじゃ俺の糧になりやがれ!」
「はい! 後はお願いします!」
エルダは、目を伏せて、雄太の前で祈る様に手を胸の前で組みながら跪き、雄太の赤腕によってその身を捕食された。




