188. エルフ
おばちゃんは苛立たしげに雄太を睨みながら口を開いた。
「イスフェルテは、エルフの里は、世界樹を中心としたダンジョンさね」
「え?」
雄太達のメンバーで、唯一、ミディアの事を知っているギルフォードが驚きの声を上げる。
「私達は、そこの馬鹿が言う様にダンジョン転移に巻き込まれてしまったのさ」
「マジかよ・・・」
「そんな!?エルフの里が世界樹を中心としたダンジョンという事であれば、何故、この世界には、その世界樹がないのですか!」
ギルフォードは興奮気味になり身体を前のめりにさせる。
「そんな事、私達も知らないわ。何故こうなったのかはね・・・まぁ、私達の推測だと、世界樹はミディアへと巨大な根を張り、ミディアという世界そのものに関与していると思われるわ。その為、世界樹は転移されず、中に居たエルフだけが転移に巻き込まれたと言うのが、今のところ有力かしら」
「そ、そんな事が・・・」
驚愕しているギルフォードを尻目に、おばちゃんは話を続ける。
「それで、いきなりこの世界へと転移された私達エルフは、身を隠す為にすぐに拠点を探した。それが──」
おばちゃんは天井を見上げた後に辺りを見回しながら言葉を続ける。
「──この建物さね」
!?
おばちゃんの言葉に雄太達は驚愕する。
「それで、私達は魔道具によってこの世界の住人へと姿を変え、ここでひっそりと過ごし始めた」
おばちゃんの横で、イケメン鈴木がカッコ良く静かに頷く。
ただ、静かに頷くだけで、世の中の腐女子共を鼻血の海へと沈め、即殺できるであろう鈴木の所作は、横にいる荒れているおばちゃんとは真逆であり、この会議室に居る誰もが、「コレがエルフか」と言う感嘆に襲われた。
そんな中、雄太が口を割る。
「エルフの里の人達が全員転移したって言っても、ここが拠点ってのはカナリ狭すぎなんじゃねぇのか?どれだけエルフがいるか知らんが」
雄太の言っている事はもっともであり、里の全員の数がどれほどいるのかは分からないが、流石にこの建物に里の全員が入り、生活できる様なスペースはなく、しかもハロワの館内は生活臭が一切漂っていなかった。
「フン。森の叡智と呼ばれるエルフを馬鹿にするんじゃないわよ。木を隠すなら森よ」
「え?どう言う事?」
「ハァ〜・・・やっぱりあんたは馬鹿なんだねぇ〜・・・お金もないのに大金と原チャを交換しろと言ったり、それだけの力を持ちながらこのハロワと契約すると言ったり・・・」
おばちゃんは、今までの雄太の馬鹿っぷりに対し、盛大に溜め息を吐いた。
「そのまんまの意味さね。 このハロワの周りの家に住んでいるのは、私と同じ様に姿を偽っているエルフしかいないって事さね」
「マ、ジ、かよ!?──」
「マジも大マジさ。こんな小さなところに、里の全員が、大勢が住めるとでも思っているのかい?ちなみに今は・・・どれくらいだい?」
おばちゃんは横にいる鈴木へと視線を向けた。
「はい。現在のイスフェルテの民の数は、200人と少しです」
イケメン鈴木はテーブルに置いていた眼鏡をかけ、手にしているタブレットを操作しておばちゃんへと報告した。
「そ、そんなに数がいるのかよ!?ってか、エルフがタブレットを弄ってるぞ!?」
「馬鹿のクセに私達エルフを馬鹿にするんじゃないよ。以前は閉鎖的な生活を送っていたけど、この世界に溶け込むには、それなりにこの世界のモノを扱える様にならなければ逆に怪しまれるってもんさ。それに、新しい技術なんてモノは、寿命が長いエルフ達にとっては大好物さね」
おばちゃんが言う、木を隠すには森という言葉は、この世界に来たエルフ達には理にかなっており、さらなる知識をどんどんと取り入れ、吸収している様に見えた。
「私達が転移された当時、運良くこの辺りに人が全く居なくて本当に助かったわよ・・・オマケに横のスライムダンジョンでは、小さいけど魔石は毎日簡単に取れるし、そのおかげで、この辺一帯はエルフの魔改造で凄い事になっているけどね」
おばちゃんは、悪そうな笑みを浮かべながら雄太へと視線を向けた。
「な、なんだよその魔改造って・・・人のことを散々規格外呼ばわりしていたクセに、おばちゃんの方がよっぽど規格外じゃねぇか!」
「ジャンルが違うんだよジャンルが。 私達は、種族特性の長寿によって溜め込んだ知識と技術を使っているだけで、あんたとは全く畑が違うんだよ!」
おばちゃんと雄太は互いに睨みあいながら会議机の上へと身を乗り出した。
「所長・・・落ち着いてください・・・」
「橘花君、少し落ち着こうか・・・」
互いに鈴木と日向に止められ、ブスッとした表情で2人は席に着いた。
「って言うか、この姿を晒した今、所長って呼ばれるのもアレだねぇ・・・」
「畏まりました。我らが女王、エゼルリエル様。コレからは以前の様に呼ばせて頂きますが宜しいでしょうか?」
「う〜ん・・・今となっちゃ、それもそれで、なんだかムズ痒いねぇ」
「一体、どっちなんですか・・・」
「それがおばちゃんの本当の名前、なのかそれ・・・」
雄太は、鈴木が呟いた名前に対して気になったのか、思わず呟きながら渋い顔をした。
「なんだい。なんで私の名前を聞いてそんな顔をしているんだい!って言うか、もう、おばちゃんって呼ぶんじゃないよ!確かに、私はあんたの何倍も歳を重ねちゃいるが、見た目はあんたと然程変わらないじゃないか!あんたは、コレから私をエゼルリエル様って呼びな!」
「うわぁ〜・・・人に自分を様呼びさせるとか、流石は女王様だな・・・って言うか、俺よりおばちゃんの方が見た目と歳のギャップがマジで酷ぇぞ・・・」
「橘花さん・・・私も何度もエゼルリエル様にその事をお伝え致しましたが、何度も「つまらん」と一蹴されています・・・」
「フン!お前らはいちいち爺臭いんだよ!見た目をもっと楽しめ!見た目を!お前は鈴木なんて普通すぎる名前を名乗りおって!こいつの真名はな──」
「ちょ!?勝手に言わないでください!私は「鈴木」という名をとても気に入っているんですから!」
おばちゃんが鈴木の名前を言おうとすると、鈴木は慌てふためいて席を立った。
「──ケレランディアって!?むぐぅ!?うぅぅぅぅうう!?」
鈴木、改め、ケレランディアは、必死にエゼルリエルの口を抑えたが、時すでに遅しと言った具合で、みんなに鈴木のエルフ名が知れ渡ってしまった。
今までおばちゃんの格好をしていた、おばちゃん改め、エゼルリエルは、今まで姿を偽っていた鬱憤がたまっていたかの様に、見た目通りの素行となり、どちらかと言えば、見た目や話し方からして、誰がどう見ても鈴木がエルフの頂点にいる様に思えた。
「変わり様がマジで酷ぇな・・・サキュバスと言い、エルフと言い、あっちの世界から来た女王には碌なヤツがいねぇな・・・」
雄太は、サキュバスダンジョンの現女王、カミラの事を思い出し、エゼルリエルと何処かが似ている様な何かを感じた。
へっクチぃ!!
「ん?あんた・・・サキュバスと会ったのかい?」
「あ・・・」
雄太は思わず口から出た言葉に対し、気まずそうな顔をした。
「あんた、毎日ここに来ていたわよね?」
「・・・・・・」
「なんで急に黙る?」
「・・・実は・・・」
雄太はコピーを使ってハロワへと行かせ、その間、本体の雄太は他のダンジョンに囚われている者達の解放をしていたことを伝えた。
「・・・すっかり騙されていたわ・・・ケレランディア、あんた気付いていたかい?」
「・・・いえ・・・ずっと橘花さんご本人だと思っていました・・・ですが、それ以上に、本人かどうか気付く暇もないくらい忙しかったもので・・・」
ケレランディアは、雄太の素材買取に忙殺されていた毎日を思い出したのか、ゲンナリとした表情で肩を落とした。
「まぁ、今更どうこう言っても遅いし、あんたにはそれができる力があるんだから、私は気にしちゃいないよ。だから私達はあんたに確認したじゃないかい。本当にこのハロワと契約を結んでも良いのかとね」
「俺だって、そんな先の事まで考えきれなかったんだよ・・・俺がおばちゃん達を騙していた事は、本当に悪かったと思っている。ごめん・・・」
「まぁ、あんたみたいな馬鹿は、何も考えずに正しく力を振るえばいいさ・・・って言うか、もう、おばちゃんって呼ぶのはヤメロって言ったわよね?」
エゼルリエルは、雄太におばちゃんと言われた事で雄太をキツく睨みつけた。
「わりぃ・・・つい、癖で・・・って言うか、そんなに睨むなよ・・・」
エゼルリエルは、誰がどう見てもコンビニ前で屯ろしていそうなヤンキーの様に雄太へとガンをつけていた。




