183. 共に生きる為に
雄太の玄武に捕まっているアリアは、肩から上だけを出し、縛鎖によって感情が見えない無表情で遠くを見つめている。
雄太は、アリアがダンジョンに縛られていた時の事を思い出し、バツが悪そうな顔でアリアの顔をみる。
「なんでこんな事になってんだよ・・・怒りで自我が吹っ飛んだ上に、自分の生命線のダンジョンを平気で破壊するまで暴走するとか明らかにおかしいだろ?・・・」
自分から切り出した話とは言え、ここまで酷く怒り狂って暴走するとは思わなかった雄太は、これは何かがおかしいと思い考えながら、アリアを捕縛している手を空中に浮かせ、芽衣達がいる階段へと歩いていった。
ダンジョンの崩壊は止まってはいるが、雄太が歩く地面は、爆発や衝撃波によってできた浅いクレーターによってボコボコであり、草原も綺麗さっぱり消え失せ、ダンジョンの壁と同じ色の地面が剥き出しとなっていた。
戦闘が止んだ為なのか、芽衣達は階段から降りて2層へと出て来ており、そこには到着したギルフォードと鬼達の姿も見れた。
鬼達は、見たことのない格好で、背後へと岩の塊を浮遊させながらこちらへと近付いてくる雄太の姿を捉えた鬼達は、真っ先に雄太の下へと駆け寄って行った。
「主ぃ!遅くなりましたっ!と言うか、なんなんですかその格好は?」
「申し訳ございません主。ギルフォードの奴が走るのが遅く・・・これはこれは。新たなスキルを手に入れたのですか?」
「色々とあったから、お前らが来るのが遅くなった事はどうでもいいや」
「「申し訳ございません」」
「いいって。気にするな。そんで、ちゃんとゲートにカードを翳して入って来たんだろ?」
「はっ!抜かりなく」
「勿論です」
雄太は、伊達に長い事地球で生活してないなと思いながら、遅れてやって来たギルフォードへと視線を移した。
「橘花君。遅れてしまい申し訳ない。まだ上手くこの身体に慣れてなくて・・・以前の身体と違い、溢れ出る力を未だに制御できていないよ・・・」
ギルフォードは自身の腕へと視線を移し、掌をギュッと握ったり閉じたりする。
「それと、ゲートを警備していた者達の対処にも少し戸惑っていたもので・・・ヤシャとラセツがダンジョンの侵入を止める警備の者を殴り飛ばそうとしたり、ゲートを破壊しようとしたもので、仕方なく近藤の使いと言ってごまかしながら、なんとか警備の者を宥めて入ダンの許可を貰っていたんだよ・・・」
ギルフォードの報告を聞いた雄太は、サッと首を鬼達へと振って睨みつけたが、鬼達もサッと首を振って明後日の方へと視線を向けた。
「・・・お前ら・・・」
それを見たギルフォードもやれやれと言った表情で鬼達へと視線を向けるが、雄太の変わっている姿と空中に浮いている巨大な岩の塊へと視線を移した。
「エラく格好が変わっているが、何かあったのかい?今日ここに来たのは、捉えた魔族の回収って事であってるんだろ?」
ギルフォードは小首を傾げながら雄太へと質問した。
「目的はそれであってるが・・・まぁ、色々とあってだな・・・」
雄太はギルフォードへと答えた後に、チラリと背後で浮かぶ岩へと視線をみる。
「・・・え?」
ギルフォードは雄太の視線につられる様に雄太の背後の岩の塊へと顔を向け、ある箇所で視線が固定された。
「ア・・・アリア?」
ギルフォードが視線を移した先には、肩から上だけを覗かせている焦点の定まらない目で明後日の方向をジーっと見つめ続けているアリアの姿があった。
「橘花君・・・これは一体、どう言う事、なんだ・・・」
ギルフォードは、アリアはダンジョンの最奥に閉じ込められているものだと思っており、それがこんな形でアリアと再会した事に驚いた。
「簡単に説明すると、アリアさんは、このスライムダンジョンのダンジョンマスターだ」
「アリアがダンジョンマスター!?」
ギルフォードは更に驚く。
「あぁ。魔族によってこのダンジョンに縛られて囚われていたのをついこの前、俺が解放した」
雄太の説明を聞いているギルフォードの顔が一瞬険しくなったが、雄太がが発した”解放”という言葉によって安堵する様な表情へと変わった。
「アリアを助けてくれて、本当にありがとう・・・こうしてまた、アリアの顔が見られた事が本当に嬉しいよ・・・」
ギルフォードは、一切アリアから視線を離す事なく雄太へとお礼を言った。
そのギルフォードの目には、今にも決壊しそうな程、涙が溜まっており、とても優しい顔でアリアを見つめ続けていた。
「それで、今日はお前にアリアさんを会わそうと思ってアリアさんへと声をかけたんだが、ミディアにいた頃のお前との幸せだった思い出や、魔族に捕まって人生を滅茶苦茶にされた事を思い出して、お前達が来る前に怒りで我を失ったかの様に暴走しやがった」
「アリアが暴走!?」
ギルフォードは感情を一切表さないアリアの無表情な顔を見て眉を顰めた。
「それで、この様な、姿に?・・・」
ギルフォードは自身の婚約者の変わり果てた姿から雄太へと視線を移して睨みつけた。
「勘違いするなよ。アリアさんは無傷で捕獲したから、今のところ何も問題はない」
「今のところとは?」
ギルフォードは怒気を含みながら雄太へと質問する。
「先ずは周りを見てみろ」
雄太が首をクイっと傾げ、ギルフォードへと周りを見る様に促すと、ギルフォードはゆっくりと当たりを確認した。
「これは!?・・・ダンジョン内がボロボロじゃないか!?」
更に天井へと首を上げたギルフォードは、青い空が崩れている事に驚いて絶句した。
「これをやったのはアリアさんだ。ダンジョンマスターであるにも関わらず、自身の生命線とも言えるダンジョンを全力で攻撃し出しやがったんだよ。俺の知っているダンジョンマスターは、ダンジョンをボロボロにされるのを酷く嫌う傾向がある・・・だが、暴走したアリアはさんは、まるでダンジョンを崩壊させる勢いで狂った様に破壊し始め、ダンジョン全ての力を破壊へと注ぎ始めたんだよ。そんなのどう考えてもおかしいだろ?」
雄太はギルフォードへと説明しながらアリアへと視線を向けた。
「ダンジョンマスターがダンジョンを破壊する!?一体なんの冗談だそれは?そんなの、自分で自分の体を傷付けている様なモノじゃないか!?」
「そうなんだよ。ダンジョンマスターは、ダンジョンの維持を第一としている。そして、ダンジョンの維持には沢山の魔素というリソースが必要になる。地球には魔素が酷く少ないって聞いたが、そんな中、こんなに派手にダンジョンを傷付けたらどうなる?そんな事すれば、ダンジョンは崩壊するんじゃないか?」
雄太の言葉にギルフォードにある考えが思い浮かんだ。
「ま、まさか・・・ダンジョンが自害をしようとしたのか?・・・」
「あぁ。俺もそれを感じた。こんなのは絶対に普通じゃない」
「そんな・・・アリアが・・・」
ギルフフォードはガクッと地面へと膝をついた。
「それに、俺はこれに似た暴走を一度見た事がある。それは──」
雄太が続ける話を聞きながら、ギルフォードは更に絶望的な表情へと変わった。
「──魔族に支配された者が取る行動に似ている」
雄太は、以前、木下が負の感情に包まれた際、魔族に植え付けられた種によって暴走した事をギルフォードへと話した。
「まさか、アリアにも種が!?」
「まぁ、こんな助けた身体にはなってはいるが、ダンジョンに縛られる前に植え付けられたって可能性もなくはない。種は、肉体もそうだが、宿主の精神にまで支配を及ぼす。もしかしたら、精神体の姿になっているアリアさんにも、その作用が起こってんじゃねぇかな?これはあくまでも俺の予測だが」
ギルフォードは、手をついている地面を引っ掻く様にギュうっと力強く握りしめながら深く俯く。
「そんな訳で、一旦俺がアリアさんを捕縛したって訳だ。って事で出番だぞシス」
雄太はシスの発現を解除し、身体の中へと戻した。
『ロジャー。マスター。では、解析を始めます』
そして、シスは捕縛されている精神体のアリアを吸収するために、アリアの精神構造を解析し始めた。
「今、シスがアリアさんを解析している。もしかしたら、アリアさんへも、お前と同じ様に俺のスキルで発言した身体を与えてやれるかも知れん」
「ほ、本当か!橘花君!!」
ギロフォードは、俯いていた顔をガバッと勢いよく上げて雄太を見た。
「さっきもシスとこの事について話したんだが、シスが言うには、成功率は8割だそうだ」
「100%では、ない、 のか?・・・」
ギルフォードが縋る様な目で雄太を見つめる。
「これからやる事は、魔族の精神を閉じ込めている種を作るのと同じ事だ。アリアさんの精神を壊さない様に俺のスキルで捕食し、同じく俺のスキルで偽核、いわゆる、偽物のコアを作る。基本、俺のスキルで便利に色々とできるのは、スライム種だけであり、スライムでもなんでもない、しかも精神体のアリアさんを捕食して、そのまま自我や意思を引き継ぐ事ができるのかなんて、これまでに試した事もないし、どれだけやれるのか全く予想も想像もつかない。って事で、俺は暴走したアリアさんを捕縛して、お前を待っていたって訳だ」
「・・・・・・」
ギルフォードは雄太が言わんとしている事が理解でき、何かを思い考える様に沈黙した。
「100%ではないが、俺はお前に力を貸してやれる。アリアさんをどうするかについてはお前が決めてくれ」
雄太は、地面へと両手両膝ををついて俯いているギルフォードを見下ろす形で見つめ、決断の指示を任せる。
「・・・もし、アリアをこのままにした場合どうなる?・・・」
「さぁな。捕縛を解除した瞬間から、また暴走する可能性もあるし、しない可能性もある。だが、再度このスライムダンジョンで暴走されてダンジョンを破壊されるのは、俺のスキルに多大な影響がでるから、俺はアリアさんを捕縛し続けるだろう」
雄太は意思のこもった視線でギルフォードを見つめ返す。
「橘花君のスキルに影響が出ると言う事は、私にも影響が出ると言う事だな・・・」
ギルフォードはゆっくりと立ち上がり、何かを決意した顔で雄太を見つめ口を開く。
「・・・アリアを、アリアを捕食してくれ・・・」
「・・・いいのか?」
「あぁ・・・・・・だが、もし、失敗した場合は、私の意思を奪い去り、私のこの姿を使って魔族を1体残らず滅ぼしてくれ・・・アリアを失った私は、この魂を橘花君へと捧げ、魔族を殲滅させるだけの剣となる」
「え?・・・お前の意思を奪うとかマジで無理なんだが・・・魔族を滅ぼしたいんなら自分でやれよ。自分の考えで、自分の意思で、自分の思いで、自分の戦いをしろよ。なんで俺がそんな面倒臭い事しなきゃいけねぇんだよ?8割もんあんだから、成功するに決まってんだろ?しかもやるのは俺じゃなくてシスだからな?俺にはそんなゴチャゴチャした事をやるなんて無理だからな」
「た・・・・・・」
『マ・・・・・・』
雄太に自分でやれと言われたギルフォードと、雄太に重い仕事を丸投げされたシスは、酷く抗議したそうに雄太の名前を口にしかけたが、何故か言葉が出ずに無言となった。




