176. マジで勇者
『スライムスーツニ新タナ能力ガ追加サレマシタ』
ギルフォードを吸収した雄太へと、スキルを獲得した事を告げるアナウンスが聞こえて来たが、雄太は、目の前に現れたギルフォードへと集中し、獲得したスキルを後回しにした。
木下達の目の前へと現れたギルフォードの姿は、50年以上前に木下達がミディアで会った時と同じ、20代の若返っている姿であり、若干長めの前髪で目を覆い隠す様な形で目を瞑って俯いている。
「気分はどうだ?」
ギルフォードは雄太の言葉に反応し、ゆっくりと目を開ける。
「・・・・・・」
瞑っていた目を最大まで見開き、何がなんだか分からないと言った様な表情を作っているギルフォードは、ゆっくりと自身の両手を持ち上げて顔の前で両の掌を確認し、掌を開いたり閉じたりを繰り返す。
「小僧!?オマエ、一体何を!?」
「ユータ君!?どういう事なのよコレは!?」
「ここにギルフォードがいきなり現れたって事は──ソレじゃアレは一体誰なんだ!?」
ヤリクの言葉で木下、クレシア、そして、ギルフォードがフロアで倒れている近藤へと視線を移す。
「「「・・・・・・」」」
「・・・アレは、私なのか?」
ヤリク、木下、クレシアの沈黙を破るかの様に、ギルフォードが口を開く。
ギルフォードから発せられた声は、初老の低くダンディーな近藤の声ではなく、もっと若々しく生々とした声だった。
「いや、お前はギルフォードで、あそこで倒れている人はお前が転生した近藤さんだ。クレシアさん。近藤さんの治療を」
「え?へ?治療?」
クレシアは雄太の言葉に要領を得ていないのか、目をパチクリさせながら呆けた顔で雄太へと視線を向ける。
「はい。さっき、俺が刺した箇所の治療をお願いします。命には別状はないかと思いますので、治療してあげてください」
「う、うん」
クレシアは近藤の下へとかけていき、綺麗に穴が空いている胸の箇所へと治癒魔法を発動させた。
「橘花君。私が近藤ではなく、ギルフォードと呼ばれているのは一体どう意味だ? 何故、私は近藤と分離しているのだ?」
「そうだよユータ君!何故、ギルフォードが近藤と分離しているんだ!近藤はギルフォードに乗っ取られた筈じゃ!?」
「分離以前に、ギルフォードが当時のミディアにいた頃と同じ様に若返った姿で現れたのはどう言う事なんだ!?」
「いっぺんに質問するなよ。今から説明してやるから」
雄太は、3人からほぼ同時に出た質問に対し眉をしかめるが、「ふぅ〜」っとため息を吐きながら側にあったパイプ椅子へと腰かける。
「まず、ギルフォードと近藤さんに分かれた事な。これは、俺が近藤さんの中にあった種を吸収し、その種を元にギルフォードを俺のスキルで発現させた」
「んん?」
「え?」
「は?」
3人は要領を得ないのか、雄太の言葉に対し理解が追いついていない様子で間抜けな声を上げた。
「普通、魔族によって種を身体へと植え付けられ、憑依、もしくは転生された者は、魔族の種を媒介にして身も心も魔族に支配され融合される。ここまではいいか?」
3人はただコクコクと頷く。
「だが、その中でも例外がある。ジジイやギルフォードがその例だ。魔族に種を植え付けられたが、ジジイみたいに種の支配を拒み続けていた者、ギルフォードの様に、一度融合したが、魔族から支配権を取り戻した者。これは、オリジナルの体に意識が残っている状態となる為、種さえ取り除けば元の姿へと戻す事ができる」
「え?ソレだと、ギルフォードは転生して近藤に・・・あ、もしかして憑依?」
「そ。俺が感じた転生ってのは、魔族の様に宿主の身体を身も心も支配して融合する事だと思う。こうなっては俺でも本体ごと種を破壊するしか魔族を殺す方法がない。昨日の魔族はまさにコレ。しかし、ジジイは心を、ギルフォードは身体を魔族に支配されただけで、心身の融合までには至っていない。だから憑依状態って俺は呼ぶ事にする。ギルフォードは、支配権を取り戻した事で心身のバランスが狂って中途半端になった事で種が上手く馴染めずに、全てを支配できなかったと見る。どうだ?」
雄太は合ってるか?と言わんばかりにギルフォードへと視線を向ける。
「あ、あぁ。確かに・・・近藤の身体へと移ってからは、偶に近藤の声が聞こえていた」
「って事は、まだ近藤さんの心は残っている筈だ。よかったな。とりあえずお前は色々な意味で少しだけセーフだ。って事で、コレからは、その、お前の鋼の精神を、揺るぎない思いを、もっと違うベクトルに向ければいい。そうすればアリアさんもお前を笑顔で迎えられるだろうさ」
「私は・・・私は、 まだやり直す事ができるの、か?」
「あぁ。どうやらそうらしいな。魔族の支配に打ち勝った、その聖騎士って言う自身の体質に感謝するこったな」
ギルフォードは腰が抜け落ちたようにガクっと崩れ落ちてフロアへと膝をつき、ソレを尻目に雄太は説明を続ける。
「そんで、最後の今のギルフォードの姿についてだが、これは俺も何故だか分からん。エルダの時もそうだったが、ギルフォード自身が望んだからこの姿になったのか、それとも、魂や意思の元々の形なのか、コレばかりは俺も全く分からん。鬼達も最初はこんなんじゃなかったし、ミカも何故かこうなってるし、それぞれの意思や性格に反応しているのは間違いないとは思うが・・・」
「え?って事は、今のギルフォードはユータ君のスキルって事?」
「あぁ。最初にも言ったが、俺がギルフォードを、いや、種となったギルフォードを喰った。種はスライムって事は話したよな?俺のスキルはスライムを捕食し、スライムのスキルを己のスキルへと吸収する事ができる。エルダや、ギルフォードの様に確固とした意思や精神の様なものがあるスライムは、こうして、俺のスキルで発現させた仮初の肉体へとその意思を移す事ができる」
「それで、小僧はギルフォードを喰ったという事か?」
「あぁ。その方がジジイ達にウダウダ言われずにアリアさんのとこへ行けるだろ?」
雄太は崩れ落ちているギルフォードへと視線を向け、その視線を受け取ったギルフォードは、自然と目から大量の涙が溢れ出て来た。
「私は、私は、やっと・・・ありがとう・・・アリアに・・・橘花君、本当にありがとう・・・」
「ってか忘れるなよ。お前は俺と契約したよな?一緒に魔族を潰しに行くって?これはまだ、始まりにすぎん。とりあえず、今夜、スライムダンジョンに戻って、お前をアリアさんに合わせてやる。その後はお前には色々と働いてもらうから覚悟しとけよ」
「あぁ、あぁ。魔族に乗っ取られた時に、一度は諦め、捨てたこの身、アリアと共に居る事が叶うのであれば、私は橘花君に全てを捧げる」
ギルフォードは、まるでどこぞの王様にでも忠誠を誓うかの様に、片膝を着き、頭を下げて雄太の前で畏った。
「何コレ?・・・なんの儀式?」
「小僧・・・お前、どこの魔王だよ」
「喰って支配下に入れるとか、魔王以上の魔王よね・・・」
いきなり雄太へと忠誠を誓い始めたギルフォードの行動に対し、ヤリク、木下、クレシアはそれぞれの思った事が自然と口を割って出て来た。
「ユータ君。ちなみになんだが、ギルフォードはどれくらいの間、発現できるんだい?」
「さぁ、俺が死ぬまでずっとイケるんじゃないかな?死んだ事ないから、死んだ後はどうなるか分からないけど」
「それってもう、人と同じ寿命じゃないか・・・っていうか、ユータ君が死んだ後も発現できてそうな絵しか思い浮かべられなんだが・・・俺の気のせいかな・・・」
「ヤリク。ワシもお前と同じ絵しか思い浮かばないんだが・・・」
木下とヤリクは、後ろにいるエルダと鬼達、横にいるミカ、前にいるシスとギルフォードを見て雄太のスキルの凄さにドン引きしていた。
「ユータ君。近藤さんの傷はとりあえず治ったわよ。でも、2、3日は安静にしていた方が良いと思う。エージの時もそうだったし」
「クレシアさん。ありがとうございます。ってか、近藤さんがいないと、スライムダンジョンを出た時どうすりゃいんだよ?」
「もういっそ、いなくなった者にしてしまえば?どうせ、魔族にバレていたんでしょ?」
「でも、なんか、スライムダンジョンから帰って来たのが、俺、日向さん、木下さん、ミカだけじゃ、流石にヤバイよな?捉えた魔族も晒す訳だし。日向さん辺りを、ギルドを支配している魔族を倒した英雄的な位置に祀りあげてしまうか?」
「流石に酷くないかそれは・・・」
「日向、ストレスで吐くぞ・・・」
「ユータ君に目を付けられた日向が不便だわ・・・」
今、この場に日向がいない事を良い事に、雄太は日向へと勝手に世界の運命を託そうとしていたのだが、木下、ヤリク、クレシアは、鬼を見る様な怯えた目つきで雄太へと視線を向けた。
「んだよ。じゃぁ、どうすりゃいいんだよ。俺は絶対にそんなヒーロー的な役なんて嫌だからな!って事は、木下さんが第2候補ってことになるが──」
「──させるかぁぁぁぁぁぁ!ウチの芽衣をそんな危険な目に晒させるかぁぁぁぁぁ!!」
元、”勇者”、今、”親バカ”が、雄太に皆まで言わせない様に雄太の言葉を即座に遮った。
「んだよ。じゃぁ、日向さんで決定な」
ヤリクとクレシアは冷たい視線を木下へと向ける。
そんな中、雄太の前で綺麗に正座していたギルフォードが手を上げた。
「わ、私に良い考えがあるのだが」
見た目は雄太程の若さへと若返っても、中身はミディアと地球を合わせて1世紀程活躍したおっさんで、一応はギルドの最高責任者だったという事もあり、みんなの期待が込められた眼差しが集まった。
「い、いや・・・そんな期待を込めた目で私を見なくても・・・」
「よし!発言を許可する!とりあえず言ってみろ!」
「なんで貴様は偉そうにしとるんだ?」
「っていうか、元はと言えば、ユータ君のせいでしょコレ?」
「ユータ君。君は本当にゲスだな」
やっと雄太の性格を理解しだした木下達は、腐ったゴミを見る様な目で雄太を見た。
「アンタら。なんだよその目は・・・人を見る様な目じゃねぇだろそれ」
「それで、ギルフォードよ。お前の考えはどう言うものなんだ?」
「あぁ・・・」
「無視かよ・・・」
ギルフォードは、恩を感じている、いじけている雄太の機嫌を伺うかの様にチラチラと見ながら考えを述べた。
「まず、近藤は死んだという事にする。魔族との一騎打ちで敗れたとでも、相討ちとなったとでも言えばいい。そして、私が橘花君の後からギルフォードとして単独でダンジョンへと潜り、橘花君達を助けたという事にし、魔族のヘイトを私へと集めてくれ」
「お前、ソレで良いのか?そうなればお前は──」
「──あぁ。勇者エージよ。私はこれで良い。私にも何かを償わせてくれ。橘花君、どうだい?」
今のギルフォードは、雄太の横に居る、アロハシャツを着たヨボヨボのジジイ以上に勇者の様であった。
「そこのジジイ以上に勇者だなお前は!」
「エージよりギルフォードの方が勇者だな!」
「ギルフォードはこの世界の勇者ね!」
雄太、ヤリク、クレシアはギルフォードへと向かって同時にサムズアップをした。
「・・・・・・」
全員にボロクソに言われた親バカの木下は、無言で目尻に涙を溜めて天井を見上げていた。
「それじゃ、ダンジョンを出る時はその作戦で行くか。ヤリクさん。って事で、ギルフォードにダイバーライセンス作ってもらえる?」
「あぁ。直ぐに作らせる。君達がここを発つまでにはできるだろう」
「そんで、その後はどうするんだ?」
「あぁ。その後、私は魔族を連れて大手メディアへと行く。そこでギルドの事実を全世界へと打ち明ける」
「お前。マジで勇者だな」
木下以外が全員雄太の言葉に同意するかの様にウンウンと頷いた。




