174. いつもの朝と違う朝
時間は戻り
─現在─
シスに起こされ、着替えを終えた雄太は、エルダと鬼達と朝ご飯の準備をしていた。
ご飯と言っても、雄太が収納から出したコンビニ弁当やパン、おにぎり等であり、いざ実食、と言うところでプレハブのドアをノックする音が聞こえて来た。
コンコン
「ユータぁ〜。誰か来たわよ〜」
「あぁ。そうだな」
「主ぃ。客人かのぉ?」
「客人かもな」
「主。出なくて宜しいのでしょうか?」
「出なくて宜しいんじゃねぇか?」
雄太達は、だんだんと激しくなるドアのノックに反応する事なく、テーブルの上にあるご飯を選ぶことに必死だ。
ドンドン!
「ユータ。行きなさいよ」
「オマエが行けよ」
「主ぃ。出ないのか?」
「オマエが出ろよ」
「主。きっと主が出てくるのを待ってるのでは?」
「いや、オマエが出るのを待ってるんだよ」
ドンドンドン!!
「ユータ!呼んでるわよ!」
「オマエを呼んでるんだよ」
「主ぃ。ドアを叩く音が激しくなっておるぞ」
「オマエが行って注意して来い」
「主。煩いですね」
「オマエもな」
ドンドンドンドン!!
「ったく!煩さいわね!」
「そうだな」
「主ぃ。何とかしてくれ」
「オマエでも何とかできる」
「主。客人ですか?」
「きっとオマエの客人だ」
ガチャっ!
「オイ!コラァァァぁぁぁぁぁぁ!!お前らがいるって事は分かってんだよ!さっさと出ろよ!」
ノックをしていたのはヤリクであり、痺れを切らしたのか、無造作に激しくドアを開けて室内へと怒鳴り声を上げた。
「チっ」
「誰だ今舌打ちした奴っ!出て来いコラァァァぁぁ!!」
舌打ちしたのはエルダであったが、エルダ以外の者達は、ヤリクの怒鳴り声にも動じずに、視線をテーブルの上にあるご飯へと固定させていた。
痺れを切らしたヤリクは、そのままズカズカとプレハブの中へと入って来た。
「オイ!お前ぇぇぇ!ここの家主だろ!客が来たんだから真っ先に出て来いよぉぉぉ!」
「いえ、今から食事をとるところでして。我が家の家訓で食事時は席を立つなってのがありまして」
「んな訳あるかぁぁぁぁぁぁ!ルカも翔吾もそんな事一度もした事ねぇぞ!」
ヤリクはリビングの扉の前で両腕を下へと突っ張って仁王立ちしていた。
「いえ、食事時は第一級の戦場の最前線なので。生き死にがかかってますんで」
「オマエの食事はどんだけ命がけなんだよ!?どこの未開の地の部族なんだよ!?」
「はぁ〜」
雄太が諦めた様にテーブルの上にあるご飯からチラリとヤリクへと視線を移した瞬間、サササっと何かが動いた。
「テメェー!エルダぁぁぁぁ!今、おにぎり取っただろ!」
「取ってないし!」
「いいや、絶対取ったね!オマエの前にあったおにぎりは俺が狙っていたおにぎりなんだよ!それを俺が見逃すとでも思ってんのか!オマエちょっと席を立ってみろ!ってかおにぎり全部出せ!」
「取ってないし!わたしおにぎりとか取ってないしっ!そんなの知らないしって言うかコラぁぁぁぁぁぁぁ!このクソ鬼共ぉぉぉぉ!何便乗して弁当隠してんのよ!今すぐ取ったモノ全部だしなさいよ!」
「そんなん知らんわ。オマエの目の錯覚ではないのか?」
「頭だけでなく目もアホなのか貴様は?」
「目がアホって何なのよソレ!」
「ってか、ふっざけんなよオマエらっ!なんでほんの一瞬目を離した隙にアンパン一個しか残ってねぇんだよ!今そこに弁当が4つあったはずだよなぁ!どんな不思議現象が起こってんだよ!摩訶不思議かよ!」
「エルダが全部取ったのを我は見ました」
「オイコラぁぁぁぁぁ!ナニ人に罪を擦り付けてんのよクソ鬼ぃぃぃぃ!今すぐそのテーブルの下に隠した弁当を置いて表でろやコラぁぁぁぁ!」
「我は取ってないと言っているであろう。この雌豚が」
「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「何でもいいから取ったモノを一旦出せよオマエら!その後、表でも裏でも何処でも好きなところに行けよ!人数分の弁当とおにぎりが綺麗に消えてるってマジでおかしいだろ!?ってかこのアンパン一体どこから出て来たんだよ!?アンパンなんて出してねぇぞ俺!?」
「ユータ!こんな意地汚い奴らは発現を解除するのよ!こんな奴らはご飯抜きよ!」
「うるせぇ!いいからオマエも取ったモノさっさと出せよ!ってかオマエら!今すぐ取ったモノ全部出さないと発現を解除するぞ!」
「「「すみませんでした」」」
「・・・どんだけ取ってんだよオマエら!?アンパン以外全部取ってんじゃねぇか!?ってかアンパン置いた奴誰だよ・・・」
雄太の質問へと答えるかの様に、ラセツがそっと手を上げた。
「「「「・・・・・・」」」」
本当に第一級戦場の最前線なみの雄太達の食事情を傍観していたヤリクは、あまりの酷さに対し、先ほどまでの怒りが消失し、無言で真顔となっていた。
「よし!オマエら!おにぎりと弁当は1人一個ずつだかんな!そんじゃ!いただきます!」
「「「いただきます!」」」
「え?ウソ?ナニ平然と食べ始めてんの君たち?」
雄太達は未だに立ち尽くしているヤリクを無視しし、ガツガツと凄い勢いで朝食を取り始めた。
「「「「ごちそうさま!」」」」
朝食は一瞬で終わり、橘花家の食卓に平和が訪れた。
「ングングング──ふぅ〜。そんで、どうしたんですかヤリクさん?こんな朝っぱらから」
「オイ──ミカ君を使って俺達を呼んだのはオマエだろ?」
目の前で急にご飯を食べ始め、食べ終えた後にのんびりとお茶を飲みながら平然と質問して来た雄太に対し、ヤリクの額には、ビキっと言う音がなりそうな程血管が浮き出ていた。
雄太はヤリクの言葉を聞いてシスに言われていた事を思い出した。
「あ〜。あれね」
「「あ〜。あれね」じゃねぇだろ?他に何か言う事あんだろ?俺に?」
「ん〜?・・・あっ! おはようございます!」
「・・・もういいや・・・もう、どうでもいいや・・・」
ヤリクの怒りのパラメーターは振り切れて一周し、逆に冷静になった。
「ギルフォードが目を覚ましたんだろ?」
「おぉ!?そうだった!近藤が目を覚ましました。隣にいるんで今から行きましょう」
「はぁ〜・・・」
朝から盛大に疲れ果てたヤリクは、深いため息と共に回れ右をし、トボトボと隣のプレハブへと向かって歩いて行った。
ご飯を食べて落ち着いたのか、雄太達もヤリクの後を追う様に隣のプレハブへと向かって行った。
雄太がプレハブを出ると、そこには木下とクレシア、ミカが待っており、精気の抜けた幽鬼の様な顔をして出て来たヤリクの疲れ切った顔を見て何かを悟った。
「隣だってさ・・・」
ヤリクは腰を曲げ、力なく隣にあるプレハブへと指を指す。
そして、トボトボと力なく歩くヤリクを先頭に、みんなで隣のプレハブへと入って行った。
「シス。来たぞぉ〜」
「マスター。こっちです」
雄太がヤリクがノックをしながら開けたドアへと声をかけると、奥にあるリビングからシスの声が聞こえて来た。
雄太達は、シスの声のするリビングへと向かい、リビングのドアを押し開いた。
そこでは、簡素な小さなテーブルを挟み、パイプ椅子に座っているシスと近藤がいた。
「・・・ってか誰?この子?」
ヤリクは初めて見た黒い和服に身を包んだ黒髪の少女を指差し、背後にいる雄太へと首を捻って本気で質問した。
「あ、俺のスキルズの1人です」
「・・・あぁ・・・そうなのね・・・」
ヤリクには驚いたり突っ込んだりする余力が残っていないのか、それとも雄太の能力に慣れたのか、然も当たり前の様に納得した。
木下とクレシアはシスを見た瞬間驚いていたが、それ以上に静かなヤリクに驚いていた。
そして、木下達はパイプ椅子に座っている近藤へと向けて口を開く。
「お前はギルフォードで間違いないな?」
「あぁ。その名前で呼ばれたのは何十年かぶりだな。そう言うあなたは、勇者、エージで間違いないか?」
「あぁ。そうだ」
「貴方はだいぶ老けたな・・・勇者エージ」
「そう言うお前は、全くの別人だ、な・・・」
「その顔は、私に対して何か言いたそうだな。まぁ、言いたい事も粗方想像はつくが」
再会した木下と近藤は、そこまで険悪なムードにはならなかったのだが、お互いに何かを言いたそうな顔をして互いの目から視線を外すことがなかった。
「そこにいる小僧から触り程度にお前の話を聞いたが、改めてお前の口から話を聞かせてくれないか?」
「あぁ。構わん。命を助けてもらい、しかも一宿一飯の恩もあるしな」
近藤は騎士の様な受け答えをし、木下へと雄太に話した事を再度話し始めた。
・・・・・・
・・・・
・・
・
「お前はそこまでして・・・」
「貴方に、結婚寸前に婚約者を奪われた者の気持ちが分かるか?」
「いや、分からん・・・だが、これでも今は結婚し、妻子がいる身だ。想像くらいはできる」
「フン。やられた者にしか理解はできんだろうさ」
今まで婚約者を探す為だけに魔族側へと付いていた近藤は、加害者を見る被害者の様に鋭い目つきで木下を睨み付ける。
「貴方がミディアへと召喚されたせいで、私の人生の全てが狂った・・・」
「それはワシのせいじゃないだろ・・・」
「貴方の気持ちは痛いほど分かるわ・・・けど、貴方のそれは、エージへの逆恨みでしかないわよね?」
木下と近藤の話へとクレシアが割り込んできた。
「私はアリアと同じ孤児院で姉妹の様に過ごし、一緒に育ったわ。そして、アリアからは貴方についても色々と聞かされていたわ。私もアリアの幸せを望んでいた内の1人なのよ。ダンジョンに囚われた全ての者をルカが解放する筈だった・・・なのに、なのに貴方達はっ!」
「すまないが、ルカ様の件に関しては私は全く関与していない。私はアリアを探すことに必死であり、この地へと転移をした後は、世界中のダンジョンを渡り歩き、アリアを探し続けながら世界中でギルドを創設していた。ルカ様が殺害されたと言う事を知ったのは大分後になってからだ。しかも、ルカ様がダンジョンに囚われた者達を解放しようとしていた事は今初めて聞いた・・・」
近藤は絶望するかの様に悔しそうに下を向く。
「もっと早くに貴女達と接触ができていれば・・・」
「アンタは、ずっと魔族の奴らに良い様に利用されてんだろうさ。魔族はアンタになんて言ってアンタを駒にしていたんだ?」
ヤリクは壁に凭れかかり、腕を組みながら近藤とクレシアの会話へと入って来た。
「ダンジョンコアと鍵を利用してミディアとの門を開き、ミディアにいる魔王が鍵を使うことによってアリアの解放をできると・・・」
「アンタはとんだ甘ちゃんだな・・・魔族はアンタにも種を植え付けたんだろ?そんな奴らがダンジョン転移のために使い古された道具の様な者達をいちいち解放すると思うか?」
近藤はヤリクのもっともな答えを聞いて、今更ながらに己の馬鹿さ加減に気がついたのか、左手で右の拳を包みながらギュウっと力強く握りしめた。




