173. 撤収!
雄太の部屋へと侵入した部隊からの連絡が途絶えてから10分後。
「遅い。遅すぎる。何の連絡も寄越さぬまま、既に10分が経っておるぞ!一体、貴様の部隊は何をチンタラやっておるのだ!」
カイムは何の連絡も寄越さないオセの部隊に対し怒り狂っており、オセは近くにいた部下へと侵入した部隊へと連絡を取る様に指示をだしているが、オセの部下は侵入した誰1人として連絡が取れないと言う事をオセへと伝える。
「カイム様。侵入した部隊の者達との連絡が途絶えました。確率としまして、部隊が殲滅された模様です」
「アハハハハ。多勢に無勢とか言っていたくせに、もしかして失敗したの?」
オセがカイムへと伝えた内容に対し、ヴィネは面白そうに腹を抱えて笑いだす。
「ヴィネ様。これは笑い事ではないかと。突入した者は9人。9人全て、使い魔とは言え種を植えられた者達。その誰からも連絡を取る事ができずに消息が途絶えております。しかも、魔族化した様な反応も一切ないです。誰1人として魔族化する余裕もなく、室内に居た何者かによって一気に殲滅されたと思われます」
「そんなのありえないでしょ?いくら使い魔クラスとは言え、種を植えられた者は、魔族化しなくても大幅に身体能力が上がり、元々あったスキルも強化されている筈だよね?それが不意打ちして、しかもここまで静かに返り討ちに遭うっておかしいよね?」
ヴィネは右手の指で髪の毛を捻って整えながら横にいるオセへと冷ややかな目を向けた。
「はい。この状況はかなりおかしいです。ですので今、新たに3人、目標の部屋へと偵察へと行かせましたので少々お待ちください」
「ここまで長引くのであれば、私が行った方が早かったのでは?」
カイムは好戦的な目をオセへと向ける。
「確かに、今となってはそうですが、カイム様は弱者でお遊びになられる癖があります故・・・」
「アハハハハ。遊ぶって言うより、アレはもう拷問でしょ?ホント、カイムは酷いよね」
「あら?弱者は私に遊ばれる為に生まれ、生きているのよ?そんな事も知らなかったの?」
オセはそんな訳ないだろと言った様な目をカイムへと向け、ヴィネは「うゲェ〜」といいながらドン引きしていた。
「お二方、只今、偵察へと向かった者達が標的のドアの前へと到着しました。今から無線をオープンにしながら突入します」
オセの横に居た黒尽くめの1人が、ヴィネとカイムへと耳にかけるタイプの片耳タイプのインカムを渡す。
ヴィネとカイムはインカムを受け取って耳へとかけ、侵入する様子へと聞き耳を立て始める。
『ザザッ──只今、部屋へと侵入しました』
イヤホンから、声を潜めた様に小声で喋る緊張した声が聞こえて来た。
『ザザッ──内部は特段におかしな点はないです。 玄関から室内へと続く短い廊下があります』
「良し。警戒しながら進め」
『ザザッ──了解。 今、リビングへと侵入しました。 ザザッ──リビングにはテレビやソファー、ローテーブルがあります。 破壊された様な形跡も、戦闘が行われた形跡も無いです』
「おかしいわよね?アレだけの人数が入ったにしては戦闘が行われた形跡が無いだなんて」
カイムはインカムから聞こえて来た報告に対して小首を傾げる。
『ザザッ──この部屋、 何か様子がおかしいです。 全てに何か違和感を感じます』
「違和感?」
オセは何か嫌な予感がした。
『ザザッ──はい。 ある筈の何かがゴッソリ抜け落ちている様な、普段は気にもしない様な何かがないです』
「内部が見えない我々では応えようがないな・・・気を付けて最初に侵入した者達を探せ」
『ザザッ──了解。 リビングから奥へと続く廊下があります。 廊下の右には寝室らしきドアが2つ、その向かいには、トイレとバスルームと思われるドアが2つあります。 どうしますか?』
「よし、先ずは寝室を避けてトイレとバスルームを確認しろ」
『ザザッ──了解』
侵入した3人は、足音や物音を立てずにトイレを開けてドアを開けっぱなしにし、次にバスルームの中へと入る。
『ザザッ──トイレは異常なし。 バスルームは・・・脱衣所にも風呂場にも人影も何もないです』
風呂の中を確認した侵入者は、そっとバスルームのドアを閉じた。
侵入者がバスルームのドアを閉じた瞬間、暗がりの中で何かがモゾモゾと蠢いた。
『ザザッ──これより、寝室へと、突入します』
インカムから聞こえて来た声は、緊張している様に少し上ずっており、聞いている方へも緊張が伝わって来た。
「気をつけろ」
寝室のドアの左右へと、黒いナイフを持った者が1人ずつ立ち、1人はドアノブを静かに少しずつ回し、ドアをゆっくりと押し開く。
ドアが開くと、ドアの横に立っていた1人が室内へと侵入し、続けて2人も静かに入って行く。
3人の目の前では、毛布を被った人がドア側へと背を向ける様な形で寝ており、好都合と言わんばかりに、1人がナイフを振り上げながらベッドへと接近した。
ナイフを振り上げながら接近した者は、布団に包まって寝ている者の寝顔を確かめようとするも、何故かはっきりと顔が見えない。
普通であれば、容易に顔の表情や輪郭、目鼻立ちが確認できる距離にも関わらず、何故かベッドの上で寝ている者の顔が陰って全く見えず、ナイフを振り上げている者は不思議に思いながらも、そのまま寝ている者の口を左手で抑える様にしながら同時にナイフを首へと突き立てた。
「!?」
ナイフを突き刺した感触もそうだが、左手で抑えた口の感触がなぜかツルっとしており、ナイフを手放して瞬時にその場から飛び退いた。
「「!?」」
いきなりベッドの側から飛び退いた者を見た2人は、一体どうしたんだ?と言わんばかりに驚いており、飛び退いた者は、今まで音を立てずに行動していた事を無にするかの様に大声を上げた。
『ザザッ──罠だ!そこで寝ているのは人なんかじゃないぞ!』
「「「!?」」」
いきなりインカムから聞こえた耳がキーンとなる様な大声に対し、オセ、ヴィネ、カイムは目を見開いて驚いた。
「どうしたんだ!一体何があった!」
『ザザッ──オセ様!ここで寝ているのは人じゃないです!人の形をした何か──うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!ザザザッ──』
インカムから悲鳴が聞こえた瞬間、今話していた者の回線が途切れた。
「オイ!どうした!一体何があるんだそこには!」
『ザザッ──化け物が!──ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!──ガガガッ──』
『ザザッ──ひぃぃぃぃぃぃぃ!──ジジッ──』
「オイ!何なんだ一体!分かる様に報告しろ!」
・・・・・・
1人が大声を出したかと思った瞬間、3人が悲鳴を上げた後にはオセの呼びかけへと答える事なく静かになった。
「オイ!どうしたんだ!聞こえるか!オイ!返事をしろっ!」
・・・・・・
3人の悲鳴が聞こえたのを最後に、オセ、ヴィネ、カイムのインカムは静寂に包まれる。
「化け物とか、人の形をした何かって言っていたわよね・・・」
カイムは険しい表情をしながらオセへと視線を向ける。
「一体あの中で何が──」
「──シっ!今、何か聞こえた」
オセが口を開いた瞬間、ヴィネが口元へと指を立てながら耳にしているインカムを強く耳へと押し当てた。
「「「・・・・・・」」」
ヴィネに言われるまま、オセとカイムもヴィネと同じ様にインカムを強く耳へと押し当てて聞き耳を立てる。
『ザザッ──レ──』
「「「!?」」」
聞き耳を立てていた3人は確かに聞こえた。
『ザザッ──ココ──レ──』
「「「!?」」」
次に聞こえた何かは、声としてはっきりと聞こえた。
『ザザッ──ココ─ラ─チ─レ──』
聞こえて来た声は、まるで少女の様な声にも聞こえるが、まるで複数の声が合わさっている様な、割れたスピーカーから聞こえてくる様な壊れた様な奇怪な声が聞こえた。
「・・・オマエは、一体何者なん、だ・・・」
オセは、聞こえて来た声へと恐る恐ると言った様に目を見開き、額にうっすらと汗をにじませながら質問した。
『ザザッ──・・・・・・』
「何か言えよ!なんなんだよ一体!」
ヴィネは、この奇妙な声に対して何かを恐れるかの様に声を荒げた。
『ザザッ──・・・・・・』
3人は、インカムから聞こえなくなった声に対して恐怖を抱きながら互いに顔を見合わせており、静かになったインカムを外そうと、何かを確認するかの様に雄太の部屋へと視線を移した瞬間、3人へと得も言えぬ恐怖が走った。
3人が見上げていた雄太の部屋のベランダから、いつの間にか現れていた黒い人影の様なモノが3人へと向かってジーっと見つめる様に立っていた。
「うおっ!?」
「ぬはぁぁぁ!?」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
ベランダに現れたモノの姿を見てしまった瞬間、3人はそれぞれが心臓が飛び出したのでないかと言うくらい驚いており、カイムに関しては、泣きそうな顔になっていた。
黒い何かに驚いた3人が不意にその黒い影と目が合ったと感じた瞬間、インカムから声が聞こえて来た。
『ザザッ──ココカラタチサレェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”ェ”』
「ぬおぉぉぉぉぉぉ!?」
「な”ぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
まるで黒い影が見ている3人へと直接声をかけてきた様に、インカムからくぐもりながら割れた少女の様な声と、腹に響く様な太く低い声が重なる様な、表現し難い得も言えぬ大声が聞こえて来た。
恐怖で驚いた3人は、腰を抜かしてアスファルトへと無様に臀部をつけて後退りし、それを見ているベランダに居る黒い影は、まるで、ニぃ〜っと笑う様に、長く伸びた大きな三日月を口元へと作り、背後から多くの触手の様なものがグニャグニャと蠢きながら現れた。
「てててっ、 撤収ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
あまりの恐怖に思考が働くなったオセは、無意識の内に撤収と言う言葉を口にしていた。




