17. 依頼受領
翌朝、雄太は相変わらずの茹だる様な夏の暑さによって全身汗だくになって目を覚ました。
もっと稼げる様になったらエアコンを、いや、早いとこマシなところに引越したいな・・・
マジで頼むぞ、おばちゃん・・・
夏日もだんだんとキツくなり、家の中に居るとは言え、このままでは脱水症状か熱中症でやられそうだ。
って言うか、原チャと交換するんじゃなかったかな・・・
先に部屋の事を優先させておけば良かった・・・
雄太はスライム鉱石について今更ながらに考え込んだ。
まぁ、今更後悔しても仕方ないか。
って言うか、完璧に目が覚めてしまったな・・・
ハロワが開くまでまだ時間があるし、取り敢えず軽く何か食べるか・・・
雄太は収納から牛乳とアンパンを取り出して軽い朝食を取る。
朝ご飯を食べている途中、収納に入れておいた氷の事を思い出し、収納から取り出す。
取り出した氷は、未だに水滴が付く事もなくキンキンと白い冷気を漂わせ、全く溶けた様子がなかった。
「全く溶けてねぇな・・・」
コレはもう時間が止まっているって事でいいよな?
まぁ、止っていなくても時間が進むのがめっちゃ遅そうだから止っている感覚で使うか。
氷による検証の結果、雄太はこれ以上考えるのが面倒になった為、収納の中は時間が止まっていると言う事にした。
「うしっ!」
我が愛車でドライブしながらハロワへと向かうか!
今迄、着の身着のままで外出していた雄太の手には、新たに原チャの鍵が握られており、慣れないちょっとした荷物に新鮮さを感じながらも、アパートの階段を降りて下の駐輪場に停めてある真っ白な原チャへと真っ直ぐに向かう。
原チャへと鍵を刺し、シート下の収納から真っ白なヘルメットを取り出してシートへと座りながらかぶると、エンジンを始動させて軽快に走りだしてアパートを後にする。
照りつける日差しは強いが、夜とは違って見える流れ行く景色に雄太は心地良さ覚え、歩いて向かうのとは違って息も荒れず、汗もかかずに直ぐにハロワへと辿り着いた。
駐輪場へと原チャを停めた雄太は、未だに舘の前に堂々と放置されている『橘花様 専用駐車場』を無視して自動ドアを潜る。
いつもの様に、自動ドアから溢れる出て来る冷たい空気が雄太の後ろへと駆け抜け、汗だくではないとは言え日差しに照り付けられて火照った肌をヒンヤリと包み込んだ。
続いて冷水機へと向かい、いつもの様に満足するまで水をガブ飲みする。
「プハ〜!」
やっぱりここの水は旨いな!
水を飲んだ後にカウンターへと向かい、座っているおばちゃんに挨拶しながらカードを出した。
「おばちゃん、おはよう」
「あぁ、おはようさん」
おばちゃんは忙しそうにカチャカチャとタイピングしており、出されたカードをサッと取ってサッと登録してサッと雄太へと返した。
「ハロワの前のイカれた駐車場どうにかなんねぇか? そんで、今から潜りに行くけど、依頼の内容は昨日の話しの通りで良いのか?」
おばちゃんは雄太の依頼と言う言葉によってタイプする手を止め、下から覗き込む様に雄太へと顔を向ける。
「あぁ。 あの巫山戯たアレね。 鈴木君にキツく言っておくわ。 依頼は昨日話した通り、ダンジョンの奥を確認しながらアーススライムのリポップとドロップの確認についての調査を2日間お願い。 依頼料は前金で100万出すわ。 残りは、明日の確認が終わった時に100万出すわ」
「ひゃっ、100万!?」
おばちゃんの口から出てきた依頼料の金額に雄太は驚いてしまい、思わず大声を出してしまった。
おばちゃんは、人差し指を口に当てて静かにする様にとジェスチャーをし、雄太は慌てながら首を振って周りを確認する。
「たった2日間のアーススライムのリポップ調査だけで、そんなに貰えるのかよ!?」
「そうね。 あんたにとってはたった2日間の調査だけど、此処にダンジョンが出現してから、数えきれない数のダイバーがダンジョンの奥へは行ったわ。 そして、その数えきれないダイバーの誰一人としてそのアーススライムは見つけられてないのよ。 依頼の中にはそのアーススライムを発見する方法も含まれているけど、それについてはあまり気にしなくていいわ。 肝心なポイントはリポップするかどうかよ。 こっち側としても、あんたの報告を聞く中で、それ程までに巨大で危険なモンスターについての詳細を把握しておかないと、最弱と呼ばれているスライムダンジョンに対しての今後のダイバーへの入ダン対応や警備体勢も変わってくるし、スライムダンジョンの立ち位置が大きく変わるかも知れないわ」
おばちゃんは真剣な顔を雄太へと向ける。
「そして、アーススライムのリポップがあったとして、あの見た事のない素材が取れる様になったら、国やギルド、大手の企業が大々的に動き出して来るのは間違い無いわね。 その証拠に、今朝、うちの職員がスライム鉱石の実物を素材検証の為にギルドの研究所へと持って行ったところ、鬼の様な追加の催促が私のところへと来たわ。 って言うか、あの素材、本当に重くて、あんな小さなものを運ぶのに大人3人も必要だったんだから」
雄太によるアーススライムとその素材の発見は、雄太が思っていた以上に大変な事になりそうだった。
「それらを踏まえると、依頼料で200万を払ってコレからのスライムダンジョンの安全や有用性が買えるなら、こちらにとっては安いものよ」
と言っておばちゃんは一枚の紙を雄太へと差し出した。
「何これ?」
「依頼についての契約書よ。 それ読んで、下にサインと拇印して頂戴。 それと、ダイバーカードとダンジョン外スキル使用許可証も貸して」
依頼書にはおばちゃんが今言った内容が書かれており、内容を確認してサインと拇印を押した雄太は、カードと共に依頼書をおばちゃんへと渡した。
何かの登録をし終えたおばちゃんは、雄太へとカードを返す。
「ちょっとカードを起動して裏を確認して」
雄太カードを受け取ってカードを起動させて裏を見た。
そこにはスキルの欄とは別に【ダンジョン外スキル使用許可】と言う文字と【依頼:B】と言う文字が現れていた。
「なんか項目増えてるな・・・」
「あんたのダンジョン外スキル使用許可証をダイバーカードへとリンクさせたから、今度からダイバーカードで証明できるわ。 ダンジョン外スキル使用許可証とダイバーカードを同時に取得している場合は、ダイバーカードへ纏めると言う規則があるのよ。 と言う事でこのダンジョン外スキル使用許可証はこちらで破棄しておくから」
そう言うと、おばちゃんは雄太のダンジョン外スキル使用許可証をひらひらと摘んで振りながら見せる。
「それと、【依頼】は依頼された内容によってランクの記載が横に出るわ。 依頼のランクは、下はDから始まって、上はSが最高となる5段階よ。 今回はなかなか重要な依頼だからBとなっているわ。 カードには依頼とランクの記載があっても、依頼の内容は例えランクがDだとしても全てが機密扱いとされるから記載はなく、依頼の内容はギルドやハロワ以外では確認できない様になってるわ。 それと既に100万はそのカードの中に入れてあるわ。 あんた、一気にお金持ちね」
「そうだな・・・ まだ何もしていないのに急にお金が舞い込んできたな・・・ って言うか、まだまだ、色々と俺が知らない事があるんだな・・・」
「そりゃぁそうだろぉさ。 あんた、ダイバーの講習を受けてないじゃない? 色々とダイバーやギルドについての事が分かるから、暇ができたら講習を受けてみな」
おばちゃんはそう言うと雄太から目離し、言外にもう用はないと言うかの様に再度カチャカチャとタイピングをし始める。
「あぁ、暇ができたらな。 そんじゃ、今日も行ってくるわ」
雄太はカウンターを後にし、ダンジョンへと向かった。
今日のゲートの見張りは最初に会った見張りの人だった。
「おはようございます」
確か佐藤さんっておばちゃんが言ってたっけ?
「おぉ。君か! また来たんだね! こんな最弱で人気の無いダンジョンに来るダイバーなんて君くらいなもんだよ。 と言うか、この前もそうだけど、その格好はどうにかならないのかい? 他人事とは言え見ててハラハラするよ」
佐藤は雄太の姿をみて少し顔をしかめ、顎に手を当てて困った様な顔をしている。
「仕方ないですよ。 俺、あまり金が無いんで・・・ それに詳しくは言えないですけど、スキルがあるんでなんとかなりますし」
雄太は頭をかきながら苦笑を浮かべる。
「そうかい・・・ まぁ、見るだけでも良いからギルドのWebサイトに装備のリストとかもあるから参考程度に覗いてみるといい。 ダンジョン素材で出来た普通の服の様な見た目の装備もあるからなかなか面白いと思うよ。 それじゃ気をつけてね」
このままの服装でダンジョンに入り続けていれば流石に色々と怪しまれると思った雄太は、今日の帰りにでもおばちゃんに相談してみようと思い、佐藤へと再度挨拶をしてダンジョンのゲートを潜った。
階段を降りてダンジョンの境目に着いた雄太は、偽装を発現させ、昨日の様に赤腕を2本発現させて奥へと向かって走って行く。
一晩経ったダンジョン内は多くのスライムがリポップしており、スーツのレベルが上がった為か、昨日よりも走る速さと吸収する早さが上がっている雄太の赤腕によって次々と吸収されていく。
昨日は昼頃に到達したジェネラルスライムと対峙した場所も、今日は昼前に到達し、このまま急いで行けばアーススライムが居た広い場所で昼食を取る事ができそうだ。
雄太は背中の赤腕を4本に増やし、更に走る速度を上げ、掃除機でゴミを吸うかの様に楽々とスライムを吸収しながらダンジョンの奥へと向かって走って行った。