164. 赤翼
雄太が発現させた槍は、まるで不死鳥が大きな羽を広げる様に赤々とした槍先でもってザガンの脚を斬り離した。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
雄太によって脚を斬り離されたザガンは、低く腹に響く大きな呻き声をあげながらドシンと尻餅をついて倒れた。
「やはり斬撃は効くか・・・いや・・・この短刀の威力がヤバイのか?」
雄太は手にしている真紅の槍、朱雀へと一瞬だけ視線を向け、再度ザガンへと向けて槍を構える。
「ここからは俺のターン、 だっ!」
雄太はザガンの足元から移動し、手をついて座り込んでいるザガンの重心がかかった左手首へと脚と同じ様に朱雀で斬りつけた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ザガンは再度雄太の腹へと響く様な重低音の奇声をあげ、体重をかけていた左手首から先がなくなった事で自身の重心を支えきれなくなり、ズズンと土煙をあげながらその身を地面へと横たえた。
ザガンが勢いよく地面へと横たえたことで、雄太は一旦ザガンから距離をとって倒れた衝撃を回避し、土煙が晴れてきた頃合いを狙い、雄太は槍を右下で構えながらザガンへと向かって走り出す。
雄太は未だに舞い散っている土煙の中をザガンの首へと向けて走っており、土煙の向こうから黒い壁の様なザガンの巨体が見え始める。
「次はその首もらうぞ!」
雄太は槍を袈裟に構え、不死鳥の羽の様に巨大化した槍先をその首へと斬りつけようとしたところ、ギロっと土煙の中からザガンの巨大な赤い目が雄太を睨みつけた。
(ヤバイ!?)
雄太は背中へと走る冷たい何かを感じて即座にその場から離脱した。
雄太が離脱すると同時に、先ほどまで雄太が立って居た場所へと複数の黒い稲妻が落ちた。
けたたましく鳴り響く落雷の音は、まるで土煙の中から離脱した雄太の姿を探す様に無差別に広範囲で土煙の中から聞こえ、薄暗い土煙の中を黒い稲妻がバチバチと音を立てながら飛び交っていた。
(あの野郎。俺を近付けさせないつもりか!?)
今の雄太にはザガンへ致命傷を負わせられる様な遠距離攻撃の術がなく、雄太は悔しそうに手にしている朱雀の柄をギュウっと力強く握りしめた。
(こうなったらこの土煙が晴れるのを待つしかねぇか)
雄太はザガンから離れ、土煙が晴れるのを待っていたが、ザガンは自身の身を隠すかの様に次々と黒い稲妻を地面へと放って土煙を途切れさせる事なく舞い散らせていた。
(あのクソ野郎・・・どうやっても俺を近づけさせないつもりかよ)
雄太は思考を切り替えて、下がダメなら上からと言った様に思いっきり屈伸して空中へと飛び出した。
跳躍から最高到達点へと身体を持っていき、そのまま重力によって落ちていく雄太は、赤兎の足で空を蹴って空中を翔け、再度ザガンへと接近を試みるも、ザガンは完全にその身を土煙で覆って姿を眩ましていたが、雄太は赤兎の耳の先を筒状にしてザガンがいる土煙へと向けてスライム弾を連射した。
(そっちがその気ならこっちにだって考えはあるぞ)
赤兎の耳より射出された無数のスライム弾は、まるで意思があるかの様に方々へと散って滞空し、土煙を囲む様な形でスライム弾が行き渡ると、雄太が振り下ろした腕を合図に滞空していたスライム弾は一斉にザガンへと向かって襲いかかった。
テニスボール程の大きさのスライム弾は、ザガンへと当たると同時に自爆を始め、スライム弾の自爆による爆風によって土煙は綺麗さっぱりかき消された。
(これでオマエは丸見えだ)
雄太は、眼下に見える地面へと片腕を付いて上半身を上げているザガンの姿を見下ろしながらニィーっと口角を上げた。
ザガンは晴れた視界の中で雄太を探す様にキョロキョロと首を振って探しており、地面へと映る1つの影に気づいて上を見上げた。
「気付くのが遅ぇんだよ!」
雄太は朱雀を右肩に担ぐ形でザガンへと向けて降下している最中であり、ザガンの視界が捉えた雄太は、まるで燃え盛る巨大な片翼を羽ばたかせながら自身へと向かって来る、不格好な鳳凰の様に見えた。
斬!
「!?」
雄太の歪な姿を捉えたザガンは、一言も発する間もなく雄太によって巨大化している槍先を自身の首へと振り抜かれ、刹那、目の前が燃え盛る業火が広がって真っ赤に染まった後、ザガンの視界には槍を振り抜き終えた雄太の姿が逆さまになって映っていた。
ズドドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!
雄太の一撃によりザガンは首を落とされ、持ち上げていた上半身と首が盛大な音を立てて地面へと崩れ落ちた。
『マスター。まだです』
シスは、ザガンの首を斬り離し、空中で残心をしていた雄太へと向けて畳み掛ける様に声をかける。
シスの言葉と同時に雄太のディスプレイには、スライムを指すアイコンがザガンの胸部へと現れた。
「そういや、そうだった、 なっ!」
雄太は残心して滞空していた空中から空を蹴り、アイコンが指し示すザガンの胸へと向かって一直線に頭から下降した。
下降している雄太は、途中でくるりと身を翻し、朱雀を下へと向けてザガンの胸部へと突き刺した。
「スライムごと纏めて喰らい尽くせ!」
雄太が朱雀をザガンへと突き刺すと、突き刺した槍を軸にして、まるで真っ赤な罅の様なものがザガンの身体へと放射状に広がって行き、ザガンの身体は、赤く蠢く罅に飲み込まれる様に罅の内側へと向かって潜り込み始めた。
罅に飲み込まれていくザガンの身体は、だんだんと体積を縮小して行き、縮小が治り、全てを罅へと飲み込まれたザガンの上にいた雄太は、槍を下に向けて荒れ果てた地面へと立っていた。
『スライムスーツニ新タナ能力ガ追加サレマシタ』
久しぶりに流れた能力追加のアナウンスを聞いた雄太は、下に向いていた槍先を足の爪先で蹴ってクルリと回して肩へと担ぐ。
「ふぅ〜。なんとかなったな・・・って言うか、何故かスキルを獲得したんだが・・・」
久しぶりにギリギリかつ大規模な戦闘を行った為か、雄太の顔にも結構な疲労が見え隠れしており、雄太は朱雀を肩に担ぎ、赤兎の姿のままでその場へと崩れる様に腰を下ろした。
地面へと腰を降した雄太が周りを見てみると、そこには草原や湿原と言った緑鮮やかな光景は微塵も残っておらず、盛大にデコボコと荒れ果てた黒い土や岩が剥き出しとなっていた。
「・・・これって治るのか?」
雄太が荒れ果てたスライムダンジョンの2層を心配そうに見回していると、シスから声をかけられた。
『マスター。お疲れ様です。脅威は排除されましたので、ミカ達をここへと連れて来ますか?』
「そういや俺1人じゃなかったな・・・ミカ達は今何処だ?」
雄太は生死をかけたギリギリの戦いに没頭していた為か、すっかりミカ達の事を忘れていた。
『1層へと続く階段で退避しております。近藤もそこへと退避させております』
「あ、そ。んじゃ、俺がそこに行くわ。どうせ、今日はもう疲れたから帰るしな」
『ロジャー』
雄太はヨイショっと言った様な感じで朱雀を杖にして身体を持ち上げ、起き上がると同時に朱雀を肩へと担ぎ、赤兎の姿のままで階段へと向けて歩き出した。
雄太が階段へと向かってゆっくりと歩いている頃、芽衣、ミカ、日向は雄太の寄生を発現させた、全身真っ黒な装備の状態で、静かになった2層の様子を見に階段の中程から降りて来た。
「な、なによコレ・・・」
「一体あの後何が起こったと言うんだ・・・」
「マスター・・・」
階段を降りて来た3人は、目の前の荒れ果てた地獄の様な光景を見て口を開けて驚いており、しかも、荒れ果てた景色を見ている最中に目に止まった、遠目に見える箇所に発現している渓谷の様な深い溝から視線が外せなくなっていた。
「た、橘花さんは!?」
芽衣は目の前の深い溝を見ながら雄太の事をハッと思い出し、視線を固定させていた溝から、雄太を探す様に顔を忙しなくキョロキョロと動かし始めた。
「あの階段の上へも大きく伝わっていた振動やこの酷い光景だぞ・・・流石に橘花君でも・・・これじゃ・・・」
「いや、僕がまだいるって事はマスターはまだ生きてるって事だとは思うけど・・・」
ミカが日向の呟きに対して状況把握をしていると、3人の視線の先へと赤く歪な体型をしたモンスターの様な何かがこちらへと歩いて向かって来るのが見えた。
「「「!?」」」
3人は即座にそれぞれの武器を手にして臨戦態勢をとり、向かって来る何かに対して警戒を強めたが、
「あ・・・」
ミカは本能的にいち早くその存在の正体に気付いて階段から飛び出して荒れ果てた大地へと降り立ち、向かって来る赤い何かへと向けて両手を振った。
「マスター!」
「「!?」」
遠目から見て、2足歩行で此方へと向かって来る、赤く歪なモンスターの様に見えるソレは、ミカがマスターと呼ぶ存在、雄太の姿とはどう見てもかけ離れた姿をしていた。
「あ、アレは橘花さんなの!?どう見てもモンスターじゃ──!?」
「ミカ君!どう見てもアレは橘花君には見えないぞ!全く人の姿をしていないではなか!?」
「いえ、アレは絶対にマスターです!」
迫りくる未知なる何かに対して恐怖で顔を痙攣らせている芽衣や日向とは違い、ミカは満面の笑顔で嬉しそうに赤い何かへと向けて両手を振る。




