16. 物々交換
鈴木が凄い勢いで部屋を出て行った後、部屋には再度沈黙が流れていたが、それを破るかの様におばちゃんが口を開く。
「それと、本当に原チャだけで良いの? 今なら色々と間に合うわよ」
おばちゃんは本当にそれだけで良いのかと雄太へと最終確認をしてきた。
「・・・そうだな ・・・そんじゃ、原チャ代を指し引いた分で何処かに良い感じの部屋を借りてもらうって言うのはできる? 今、俺が住んでいるアパートが最悪過ぎて、早いとこ引っ越さないと冬が凌げそうもねぇんだわ。 ホント、今の世の中、契約や登録ができないって言うのは死活問題になるってのを、身をもって体験したわ・・・」
おばちゃんは顎に手を当てて暫く考えた後に雄太へと応える。
「そうねぇ。 それくらいなら、大丈夫そうね。 それも、後で鈴木君に伝えておくわ。 家賃に関しては、残りの買い取り金額で先に払えるだけ払っておいて、端数に関してはあんたのカードに入れておく、と言う事で問題ないかしら?」
「・・・あぁ。 それで頼む。 マジで色々と助かる」
雄太は顔には出さなかったが内心驚き、言うだけ言ってみるもんだなと今後の生活がマシになる事に心を躍らせた。
「それじゃ、部屋が決まり次第、知らせると言う事で。 買い取り額以上の分は、ちゃんとあんたが払うのよ。 それと、今回は、あんたの生活の詳細を考えずにダイバーへと勧めてしまった、わたしからのせめてものアフターケアよ。 これ以上は物々交換はないから覚えておくのよ」
「あぁ。 問題ない」
おばちゃんは、一旦話を切った後に、続けて雄太へと質問する。
「ところで、この素材はどんなモンスターから取れたんだい? それについても詳しく聞かせて頂戴。 コレに関しては、あんたはハロワへと報告する義務があるわ」
おばちゃんは真剣な鋭い目つきで雄太を見る。
雄太はダンジョンの最奥で地面の広い場所があり、そこで擬態していたアーススライムと出会った事や戦った事を伝えた。
雄太の話を聞いたおばちゃんは「何ソレ?」や「ウソでしょ?」と連呼していた。
「ソレがマジなんだよなぁ。 俺もあんなデカくて重い攻撃をホイホイ繰り出してくるヤツを相手にした時は、マジで死ぬかと思ったわ。 一時逃げる事も考えたけど、運良く攻略法を見つけたからなんとかなった」
昨日、今日とおばちゃんと話している中で、俺は一つおばちゃんに隠し事をしている。
それは俺が昨日おばちゃんに見せた擬装だけでモンスターを倒していると言う事だけを伝えて、スライムを捕食して得られるスキルに関しては全く伝えてない。
この事が知られたら、俺のこのレアスキルは確実にギルドへと公開されて、その後色々とクソ面倒臭い事になるのは間違い無いだろう。
そうなれば俺はまたしても何かを失う事になってしまう。
今迄25年生きてきた中で、俺は、家族を失い、友達を失い、仕事を失い、時間を失い、金を失った。
ここで更に自由まで失ってしまったら、俺はただの抜け殻になってしまうのではないかと、この1ヶ月間で何かを失う事に対して少しトラウマ気味になっている。
それが怖くてスライムから得られるスキルについてはおばちゃんへも内緒にしている。
「──れで、ちょっと! ちゃんと聞いてるの?」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。 ちょっと原チャの事考えてたわ」
「ったく・・・ それで、そのアーススライムはリポップする可能性はあるの? どうなの?」
雄太は自分のスキルについて考えてた事を誤魔化す様に話しを茶化した。
「今のところ分からない、って言うか俺がダイバーになったは昨日だからな! 俺が知る訳ねぇだろ!? と、兎も角、昨日の合体スライムと似た感じだったし、今日一日中ダンジョンを走り回っても他のスライムはリポップしていたけど、合体スライムは見かけてない。 ただ単にアーススライムや合体スライムがレア種で1体だけなのか、それとも時間をかけてまたリポップするのか・・・ 俺にはマジで分からないしなんとも言えないな・・・」
「ふぅ〜。 昨日今日ダイバーになって、ダンジョンに潜ったばかりのあんたに聞いても詳しく分かる訳ないわよね。 とにかくそれが一番の問題なのよ。 もしアーススライムがリポップしなければ、あんたと交換するこの素材は超レア素材になるわ。 そうなれば原チャなんて100台以上は余裕で買えるわよ」
おばちゃんは俺の報告を聞いて何かを考えるかの様に頭を抱える。
「取り敢えず、あんたにはその場所の調査を依頼するわ。 レアケースや危険な依頼と言う事も考慮して依頼料も少なくない額を出すから期待はしていいわよ」
「まぁ、そう言うのも報告と同じくダイバーの義務的な仕事なんだろ? だったら俺には断れねぇし、次はもっと楽に倒せるだろうから全然いいぜ」
色々と新しいスキルの実験もしたいしな。
雄太とおばちゃんは新素材のスライム鉱石や、ソレを落とすアーススライムに関する明日の調査について話し合い、アーススライムの素材の価値が今後どうなるかと言った事でおばちゃんが雄太へと説明していた。
そんなこんなで1時間が過ぎた頃──
ドアへとノックをする音が聞こえ、汗だくな鈴木がドアを開けて入ってきた。
「ハァハァハァハァ─── 所長! 原チャ、購入してきました!」
「「・・・・・・」」
雄太とおばちゃんは、汗だくで七三分けがバサバサになり、メガネがズリ落ちかかっている鈴木の姿を見て思考が止まった。
「え? 部屋を出て行って帰ってくるのが遅いと思ったら、鈴木君が行ってきたの? 何故?」
おばちゃんは雄太と全く同じことを考えており、『何故アンタが行ったんだ!?』と言う疑問が二人を襲った。
「ゼェゼェゼェゼェ、ンぐっ。 そ、そりゃぁ、こんな重大な仕事は私が責任を持って行くでしょうがぁ! 他の職員へと頼んで、て、適当なものを買ってこられて、た、橘花さんの逆鱗に触れでもしたらどうするんですかっ! 橘花さん! 安心してください! 橘花さんは館の前に停めてある、僕が自信をもって選んできた原チャを持って帰って頂くだけですので! 納車登録や保険、書類等と言った色々な手続きは僕が全て店員にさせましたので! 何をするにも無理無理とばかり言いやがって! あの忌々しい能無し店員が! そのせいで橘花さんをこんな時間まで待たせる様な事をしおって!」
「「・・・・・・」」
雄太とおばちゃんは鈴木のイカレっぷりにどう声をかけて良いか分からず、あまり深く突っ込まない様、慎重に言葉を選んで口を開いた。
「・・・鈴木さん・・・ お手数をお掛けしました・・・ 有難うございます・・・ 一生、大事に乗ります・・・」
「・・・鈴木君・・・ 有難う・・・ スライムゼリーとスライム鉱石の鑑定と買い取りについての明日のスケジュールを他の職員へと伝えてきてくれるかしら・・・」
「橘花さん! ありがたきお言葉を頂き有難うございます! 所長! 畏まりました! あ、コレ!原チャの鍵です! では私はコレで!」
色々と取り乱しまくっている鈴木は、ズボンのポケットから取り出した鍵をおばちゃんへと渡し、何故か充実感に溢れている様なキラキラとした表情で嬉しそうに部屋を飛び出して行った。
「・・・あんな鈴木君、私も初めて見たわ・・・ なんか、気を遣わせた様で悪いわね」
「い、いや、大丈夫だ・・・ 気にすんなって」
鈴木のせいで部屋の中は異様な空気になって沈黙が続いた為、また、明日の朝と言う事でおばちゃんは雄太へと原チャの鍵を渡し、応接室を後にした。
帰り際、カウンターの向こう側から鈴木が他の職員達へと何やら大声で指示を出している姿が見えた為、雄太はなにも見なかった事にしてそのまま素通りし、自動ドアを潜って外へと出て、鈴木が言っていた館の前に停めてあるという原チャを探す。
雄太の手の中にある鍵は、ボタンを押すとリモートに反応して原チャから音を鳴らして位置を知らせるという機能が付いているタイプだったので、少しボタンを押すのを楽しみにしながらチャリや原チャが駐車している場所へと足を向けようとしたのだが、原チャは自動ドアを出て直ぐの所に四方を赤いカラーコーンに囲まれて仰々しく停めてあり、ご丁寧にも『橘花様 専用駐車場』と言うイカレた看板が立ててあった。
「・・・・・・」
雄太はその仰々しい光景に顔を引きつらせ、ハロワから出てくる他の一般人からは「うわ!?邪魔くせー!なんだよこれ?誰だよ橘花って?」とか、「橘花っていう人どんだけイキってんだよ?」とか、「自前の駐車場を持ち歩くとか橘花ってスゲーな!?」とか、「なにコレ?原チャでここまでするとか橘花ってヤツ頭ワイてんじゃねぇの?」等と言った、なかなか辛辣な橘花批評が飛び交っており、鈴木の所業のせいで雄太は多くの名も知らない人にディスられていた。
「鈴木の野郎ぉぉ!? 俺にはあんな状態の原チャに乗って帰る勇気なんてないぞ!! まるで何かを試されるエクスカリバーみてぇじゃねぇか!? クソっ! とりあえずタバコを吸って人がいなくなるまで時間を潰すか・・・」
多くの人が帰宅する時間帯だった為、結局雄太が帰ったのはそれから1時間後だった。
新車の、シートもサスペンションもまだ固い原チャに乗って帰った雄太は、帰り道にコンビニで弁当と飲料水、収納の検証用の氷を買って帰った。
日が落ちて、心地良い夜風が頬を撫でながら原チャに揺られ、汗も出ず、息切れもせずに速い速度で見慣れた景色の中を走り抜けて行く家路は、とても新鮮な感じがして雄太の気分を落ち着かせる。
因みに、鈴木が選んできた原チャは、真っ白で新車ながらもクラシック感が漂うなかなかセンスが良いデザインの物であり、ヘルメットも原チャに合わせて白で統一されたブコタイプと言う、鈴木が自ら買いに行って厳選して来ただけはあるナイスなチョイスだった。
マジで一生大事にするか・・・




