159. 備え
雄太の火柱によって、アーススライムは完全に姿を消滅させ、日向を先頭に下層へと続く階段の前へと歩を進めた。
「まさか、アーススライムが自爆するとはな・・・」
「ってか、凄い自爆だったな」
「あぁ。もう少し近くに居たら、完全に巻き添えを食らっていたな」
「私が遠くから見ていた限りで、魔素が溜まる、濃厚になるなどの動きは見えませんでした」
「フム。もしかしたらスキルの一種なのかもしれんな」
近藤とランカーの3人は、雄太が発現させた火柱に対してアーススライム由来の物だと思っており、心当たりがあるミカと芽衣は、雄太の横へと来て小声で説明を求めた。
「マスター」
「橘花さんアレは一体・・・」
「【自爆】したんだろ?」
雄太は顔をニヤケさせながら短調に答え、クイっと顎をしゃくり上げた。
「予定より大幅に早くなったが、下層へと移動する事にする」
「畏まりました」
近藤は日向へと下へと向かう事を告げ、壁際へと寄せていた物資を取りに向かう。
「あ、俺も手伝いますよ。今回、俺の戦闘はないんですよね?だったら荷物持ちくらいやりますよ」
「すまない。橘花君。2層からは私も動くからそうしてくれると嬉しい」
「荷物持ちくらい全然問題ないですよ。どうせ俺、『動かない』ですし」
雄太は何かを含む様に日向へと返答し、大型のバックパックを背に担いだ。
ミカは荷物を持っている雄太を手伝おうと手を伸ばすも、雄太は顔を横に振って再度顎をしゃくって近藤達の方を指す。
「お前は木下さんだけを気にしてろ」
「・・・はい」
ミカは雄太の言葉の意図に気付いたのか、雄太へと伸ばした手を引っ込め、芽衣の下へと向かって行った。
(さぁ。2層目だ。ここからが本番だ)
雄太は荷物を持ちながら最後尾に位置しており、順に階段を降りていく近藤達の背中を睨んだ。
2層へと降りて行った近藤達は、太陽が頭上で輝く青い空、サワサワと緩く風に揺れる広大な草原、と言った光景に目を見開いて驚いており、最後尾で階段を降りて来た雄太は階段の中へと荷物を下ろした。
「日向さん。荷物は階段に置いておきます。階段にはモンスターは来ないので。必要最低限の荷物を分けて持ち運びますね」
「あぁ。すまない。助かるよ」
この2層の景色を1度見ている日向と雄太は、他のメンバー達とは違って淡々と準備を整えており、近藤やランカー達は足元の草や土を触り、弄り、匂いを嗅いだり、顔の前へと手をやって頭上に輝く太陽の様な光源を観察していた。
「素晴らしい。ここの環境は実に素晴らしい。ここであれば・・・」
近藤は、目をキラキラと輝かせブツブツと何かを呟きながら辺りを見回しており、ランカーの3人は、少し遠くに見えるスライムを警戒しながら近藤と一定の距離を保って位置取っていた。
「・・・・・・」
雄太は目を輝かせながら何かをブツブツ言っている近藤を目を細めながら睨みながらミカと芽衣の方へと近づいた。
「ミカ、木下さん。ちょっと良い?」
芽衣はいきなり声をかけてきた雄太に驚きながらも、どこか嬉しそうに目を輝かせていた。
「どうしたんですか?橘花さんから声をかけて来るだなんて・・・」
珍しく雄太の方から声をかけてきた事に対し、芽衣は腕を前に伸ばしてモジモジと体をクネらせ始め、横に居るミカを無視して自分の世界に入っていた。
「ま、まさか!?こんな所で私にあんな事やこんな事を!?」
「しねぇよっ!一体どこからそんな発想が湧いて来た!?このド変態が!」
「ハァうぁ!人前で辱め言葉で攻めて、しかもノータッチで放置して、更にはそんな恥じらう私を視姦するというヤツですか!アハァン」
「橘花君。芽衣ちゃん。みんなで集まって一体どうしたんだい?」
「黙れ日向。誰が口を開けと許した?」
「あ・・・はい・・・すみません・・・」
「私と橘花さんの至福な一時を邪魔をした事を、その身をもって後悔させてやる」
芽衣は雄太との話に割り込んできた日向に対し、野良犬を見る様な冷たい視線を向け、腰の刀へと手をかけた。
「オイ。ド変態。そこまでにしとけ」
「はっ。ご主人様の仰せのままに!」
「「・・・・・・」」
芽衣は左手の親指で鯉口から持ち上げていた鍔を、右掌で柄をグッと鞘へと押し込んだ。
日向は、今まで見たことがない芽衣の情緒不安定気味の態度に対して驚き、雄太へと何かを疑う様な視線を向けるが、雄太は俺は何もしていない、そんな目で俺を見るな、と言わんばかりに首を振った。
「ちょうど良い・・・日向さんも来たんで、これからの事を軽く話す」
雄太は全員へと視線を順に移して確認し、小声でこれからの事を話し始めた。
「アイツらはここで仕掛けて来る筈だ。根拠として、1層に戻る為には階段を塞いでいるアーススライムをなんとかしなければ帰る事ができない。しかも、更に下に行くにはここの階層ボスを倒さなければ下へと降りることもできない。ここは今、確実に外の世界から隔離された状態だ。って事は、アイツらはここで事を起こすだろう」
「橘花君の言う事には一理あるが、もし、動かない場合は?」
「あぁ。そん時は、俺が先に動いて奴らを捕縛、若しくは殺る」
「「「・・・・・・」」」
雄太は日向へと殺気が篭った鋭い視線を向け、それを見たミカと芽衣は、一瞬で雄太の意図を把握した。
「そこでだ。俺は日向さんと木下さんの身体に、ここを生きて出る為の、ある、仕掛けを施した」
「「!?」」
日向と芽衣は雄太の言葉に驚き、雄太の顔へと視線を固定させた。
「力が欲しくなったら【擬装】と称えろ。そうすれば、それなりの力が得られる筈だ」
「【擬装】」
「ばっ!?」
芽衣は、雄太の説明を聞くと直ぐに【擬装】と口にした。
「きゃっ!?」
すると、芽衣の身体から滲み出る様に現れた赤黒いスライムの様な液体が身体を包み込み、黒い胸当てや肩当てと言った、まるで雄太と同じ様な防具が現れた。
「こ、これは!?」
日向は芽衣へと発現された防具に目が釘付けになっており、芽衣は自身に現れた真っ黒な防具をマジマジと見ながら口を開いた。
「なんなのこれ・・・力が溢れて来る・・・」
「俺の力の一角を付与した。身体能力が大幅に向上している筈だ。って言うか、今直ぐそれを解除しろ!アイツらにバレるだろうが!」
「どうやって解除するんですか?」
「【解除】って言えばそれは消える!」
「・・・【解除】?」
芽衣が解除と口にすると、芽衣の体を覆っていた真っ黒な防具は、まるで皮膚の中へと染み込む様に消えていった。
「わ、私の中へと橘花さんが出たり入ったりしてる!?」
「おい。ド変態。誤解を招く様な事を口にするな。あくまでも、これは最悪の時になったら自身の身を守る為に使え。それまでは絶対に隠しておけよ。奴らに気づかれたら意味がなくなる」
「分かりました」
「分かった」
芽衣と日向は雄太の言葉へと肯き、近藤達へと視線を向けた。
芽衣と日向が近藤達へと視線を向けたタイミングで、近藤達がこちらへとやって来た。
「集まってどうしたんだ?」
「橘花君からこの階層の細かな内容と地形について確認していました」
「ホウ。それで?」
「日向さん。俺が説明します」
雄太は、突然の日向の言葉に対してフォローを入れる。
「ここは、草原エリアと湿地エリアの2つのエリアがあります。下へと続く階段は、湿地地帯に居るエリアボスの下にあります」
雄太は、近藤へと2層についての大まかな概要を伝えた。
「あぁ。それは報告で読んだ。では、その湿地エリアへと向かうとしよう」
「はい。荷物は最低限のものを持っていきます。階段はセーフエリアですので、大きなモノはそこに置いていきます」
雄太は、大きなバックパックがある階段を指差して、近藤へと仕分けた荷物について教えた。
「さぁ。急ぐぞ」
近藤は湿地帯へと向かうべく、ランカーの3人を先頭に先を歩き始めた。




