153. 引き継ぎ
雄太がいきなり声を上げた事で、アホの様に呆けていた3人が一斉に雄太へと視線を移した。
「どうしたんだい、いきなり?」
「どうした?厨二的発作か何かか?」
「いきなり声をあげてどうしたのよ?」
それぞれが、突然大声をあげた雄太に対し、小首を傾げながら雄太の奇行に対して問い質して来た。
「・・・・・・」
雄太はシスからの報告を聞き、スキルを付与しようとしていたヤリクを軽く睨みながら無言で威圧した。
「な、なんだよ!?なんで俺を睨むんだよ!?」
ヤリクは雄太の無言の威圧にたじろぎ、無意識に後ろへと後ずさった。
「ヤリクさん・・・アンタ・・・ダンジョンなのか?」
「え”?」
ヤリクは喉の奥から出た様な濁音混じりの声をあげ、驚いて固まった。
「お前は何を言っているんだ?」
「そそそそそ、そうよ!?ユータ君は何を言っているのかしら?」
木下は平然とした顔で雄太を見ながら言葉を発しているが、クレシアは、明らかに挙動不審にソワソワし出し、目が右往左往と泳ぎまくっていた。
雄太は、そんな挙動不審なクレシアを冷たい視線を送っており、クレシアから視線を移した先のヤリクは、ため息を突きながら木下へと視線を向けていた。
「エージ・・・」
「はぁ〜・・・まぁ、コイツなら大丈夫だろ」
木下はクイッと顎をシャクってヤリクへと合図をした。
「ふぅ〜。君はホント、大概だねぇ。一体、何をどうやったのかは分からないけど、君の言っている事は正しいよ」
「って事は、やはりヤリクさんはダンジョン──いや、ダンジョンマスターなのか?」
「そうだよ。俺は、ここ、裏ギルド本部と言うダンジョンのダンジョンマスターだ。君が生まれる前に、君のお母さんに手伝ってもらってこの身体をダンジョンマスターへと変えた」
「マジかよ・・・なんでだよ・・・」
雄太は、自らダンジョンマスターへとなったヤリクにも驚いたが、それ以上に、ヤリクの身をダンジョンへと変えたのを手伝ったと言う母親の異常さに驚いた。
「まぁ、当時、色々とあってね・・・俺は、裏ギルドの皆んなを守る為に自らをダンジョンマスターへと変え、ここを絶対的な拠点とし、その守護者になったって訳さ」
あまり気にしてはいなかったが、実際、木下とクレシアは年老いているのだが、ヤリクはいまだに30代半ばの様な見た目であり、以前、木下が言っていたミディアから付き合いのあるパーティーメンバーの中にヤリクが入っていた事を思い出し、ヤリクの見た目に違和感があった。
「アンタはそれでよかったのかよ?」
「まぁ、ダンジョンマスターになった際に戦闘能力は失ったけど、色々とダンジョンを弄ったり、不審者や敵対者をいち早く見つけれる様になって皆んなを守れる様になったから、これで良かったと思っているよ」
「それでも、アンタは今後外に出れないんじゃないのか?」
「あぁ、そんな事は全然問題ないよ。ダンジョン内だったら、俺が好きな様に、気候も環境も風景も創れるからね」
ヤリクは楽しそうな顔で雄太へと答えた。
「この事を知っているのは?」
「俺、エージ、クレシアの3人だけだ。まぁ、次のギルドマスターには教える予定かな?」
ヤリクは、マリモの様な緑色のモジャモジャ頭を揺らしながら、雄太へと人差し指を向けた。
「いや、そんなの死んでも御免だ。俺は絶対にそんなのやらんぞ。木下さんにでもやらせればいい」
「まぁ、彼女は最有力候補の1人だよ」
「死んでもお前の様な奴に娘はやらんぞ」
「いらねぇよ」
「なんだとゴラァぁぁぁぁぁぁぁぁ!?ワシの娘を侮辱するなぁぁぁぁぁぁ!!あの、天使の様で完璧な娘をこうもバッサリ切り捨てるとは、お前は一体何が不満なんだっ!!」
即答で答えた雄太に対し、木下は怒り心頭であり、今にも雄太へと襲い掛かろうとしたところを、ヤリクとクレシアが木下を羽交い締めにして抑えた。
「娘をあげたいのかあげたくないのか、一体アンタはどっちなんだよ?」
「やらんっ!死んでもお前にはやらん!!」
「んじゃ、いらねぇわ」
「お前がいらん言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ワシこそお前に等やらんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
このままでは、一向に話に終わりが見えそうもなかったので、雄太は木下を無視してヤリクへと視線を向けて口を開いた。
「ってか、ヤリクさんがダンジョンマスターなんで、俺のスキルを付与できないんだが・・・そんじゃ、どうすればいいんだよこの魔族」
「尋問が終わるまで雄太君が監視するってのはダメかい?雄太君がいれば、何かあってもチョチョいのチョイって対処できるしさ」
「俺は、俺で忙しいからコイツらをここに預ける為に来たんだが・・・ってか、ジジイ。アンタ暇だろ?コイツらを見張ってろよ?」
「ふ、巫山戯るなよ小僧!ワシとて色々と忙しいわ!ワシを暇人扱いするでない!」
「じゃあ、クレシアさ──」
「無理!絶対無理!私にも家庭があるのよ!」
クレシアは雄太の言葉を遮る様に速攻で拒否した。
「ヤリクさん。せめてこの部屋を隔離させないって事はできる?そうすれば俺のスキルで遠隔できるんだが」
「いや、それはダメでしょ?こんなのを隔離した空間に入れておかないと、絶対まずい状況になるって」
「やっぱ、そうだよなぁ・・・」
雄太は面倒臭そうに地面に転がっている3体の魔族へと視線を落とした。
「小僧。お前のスキルで従魔を出して、コイツらを管理すれば良いだろ?お前の従魔であれば、お前のスキルが使えるのだろ?」
「あ・・・そういやそうだな。ジジイも偶には役に立つんだな?流石は年中厨二を患ってるだけはあるな」
「おい。本当にお前を殴らせろ」
木下は拳を振り上げているが、動こうとした瞬間にクレシアとヤリクによってガッシリとその身をホールドされ、動くに動けない状態になった。
「そんじゃ、出てこい餓鬼!」
雄太が足元から膨張を広げると、足元の膨張がムクムクと突き上がり、赤黒いプルプルとした餓鬼が発現された。
「タマタマ!」
発現された餓鬼は、元気よく雄太へと向かって右手を上げて挨拶し、チョコチョコと雄太の側へと歩き出した。
雄太は側に来た餓鬼の頭にポンポンと手を乗せ、餓鬼は嬉しそうに目を細めた。
「そんじゃ、コイツ置いていくわ。何かあったら、色々とコイツに聞いてくれ」
「タマタマ!」
「「「・・・・・・」」」
発現された元気の良い餓鬼を見下ろしている3人は、無言、無表情となっていた。
「おい、俺が思うに、ソイツ、喋れんだろ」
「タマぁ!」
餓鬼は、心外と言わんばかりに木下へと人差し指を差し向けた。
「ほれ」
「タマぁ!」
「そう言えば、そうだったわ・・・」
餓鬼を発現させた雄太は、餓鬼が喋れない事をすっかり忘れており、これでは、どうやって木下達とコミュニケーションをとったものかと、腕を組んで悩み始めた。
「あ、アイツなら・・・餓鬼、解除だ」
「タマぁぁぁぁぁぁぁ!?」
餓鬼は、どうしてぇぇぇぇぇぇ!?と言わんばかりに目を大きく広げ、両手を上げながら霧散した。
「コピー。来い!」
雄太は、現在、マンションの自分の部屋にいるコピーを発現させた。
「な”!?」
「「「えぇぇ!?」」」
いきなり裏ギルドへと発現されたコピーは驚いており、雄太と全く同じ顔と背格好のコピーを見た木下達はコピー以上に驚いていた。
「な、なんでお前がもう1人いるんだっ!?」
「終わった・・・この世はもう終わったのよ・・・」
「ゆ、雄太君が2人・・・」
「コイツは俺のコピーだ。俺がいろいろなダンジョンに行っている間に、コイツにアリバイをつくってもらっていたんだ」
「ども。コピーです」
コピーは頭を押さえてヘコヘコと木下達へと会釈をしており、どこか、少し腰が低そうな感じを漂わせていた。
「って言うか、いきなり俺を呼ぶなんてどうしたんですか?」
「お前に大事な使命を与える!」
「いや、結構です」
雄太は雄太に即答で拒否られた。
「巫山戯んなよオマエ!?」
「どうせ、ろくでもない内容なんでしょ?そんなの、餓鬼にでもやらせればいいじゃないですか」
「最悪な性格してんなオマエ」
「盛大にブーメランっすよそれ」
「ぐぎぎぎぎぎ!」
今日のコピーは、なんだか偉く擦れており、死んだ魚の様な目をして雄太へと食ってかかっていた。
「どうせ、俺は明日、盛大に爆死するんだから、このまま放って置いてください」
「いや、明日は、オマエじゃなくて俺が行く」
「え!?マジで!?ほんとに!?」
「あぁ」
「よっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
コピーは、歓喜のあまりに、顔を上げ、両腕を天へと突き上げながら大声で喜びの咆哮をあげた。
「って事で、俺がスライムダンジョンの調査に行く間、オマエにはここで仕事をやる」
「ヤルヤル!爆死以外ならなんでもヤル!」
雄太はコピーへと、隔離された部屋の中に居続け、縛鎖を使って3人の魔族を捕縛しながら、木下達の尋問を手伝うと言う内容を伝えた。
「え?」
「因みのこれが隔離された部屋だ」
雄太は目の前にあるドアを押し開き、部屋の中をコピーへと見せた。
「え?」
コピーが見ている部屋の中は、窓も何もない、ただ、ドア以外を茶色けた壁で囲まれているだけの4畳くらいの狭さの部屋であり、コピーは部屋の中をみてフリーズした。
「って事で、この隔離された部屋の中で、お前は縛鎖でその3人の魔族を縛り続け、ジジイ達の尋問の補助をするんだ」
「え?」
コピーは、雄太を見ながら、自分と部屋の中を交互に指をさして確認をし、雄太は無言でコクコクと何度もうなずいていた。
「え?マジ?」
「マジ」
「ここにずっと魔族と一緒?」
「あぁ」
「イヤイヤイヤイヤ!?無理でしょこんなの!?こんなとこにずっといたら、流石に気が狂うでしょ!?ってか、絶対発狂するでしょコレぇぇぇ!?」
「オマエならやれる!」
「じゃぁ、マスターがやれよぉぉぉぉぉ!絶対無理だってこんなのぉぉぉぉぉぉぉ!!1時間も待たないってコレぇぇぇぇぇぇぇ!」
「じゃぁ、どっちか選べ。明日スライムダンジョンで絶対に勝って帰ってくるか、ここでお留守番するか。さぁ!どっちっ!」
雄太は両手を広げてコピーへと向けた。
「どっちっ!じゃねぇよ!?どっちも無理だよ!ってか、どっち選んでも死ぬって!」
雄太としてはコピーにここで留守番をしてほしいのだが、コピーは地面へと両手両膝をつけて項垂れていた。
「もう、俺を今すぐ殺してくれ!こんな2つの地獄のどちらかへと送られるくらいなら、いっそ、このまま俺を楽にしてくれぇぇぇぇ!うぅっ」
コピーが泣き出した。
「「「・・・・・・・」」」
雄太とコピーのやりとりを見ていた3人は、何がなんだか訳が分からず、ただポカーンと口を開けて目の前で繰り広げられている奇妙な光景を眺めていた。
「ふぅ〜・・・しかたねぇな・・・どんだけ我儘なんだよオマエは・・・」
「俺はアンタだよ!ブーメランに気付けよ!うぅっ!」
雄太はため息を吐きながら首を窄め、肩をすくめながら手を広げた。
「ヤリクさん。この部屋の構造や景色ってなんとかならないですか?すみませんが、コイツの我儘を聞いてやってもらえませんか?」
「だから、全部ブーメランでアンタに行っているからっ!」
「・・・あ、あぁ・・・それじゃ、どんな感じのが良いんだい?」
「ほれ。オマエの希望する構造や景色を言ってみろ」
「うぅっ。ありがとうございます。本当にありがとうございます──この御恩は一生忘れません。うぅっ」
コピーは、ヤリクの脚へとすがる様に頬をスリスリと擦り付けた。
「ヒデぇ〜絵面だな・・・」
「なんか・・・ユータ君を知っていて目の前のアレを見ていると・・・色々と、恐ろしく感じるわね・・・」
当事者意識が抜けまくっている木下とクレシアは、雄太の顔をしたコピーがヤリクの脚へと泣きながら頬をすりつけ、それを雄太が無表情で眺めていると言う摩訶不思議な光景を見ながら眉間にシワを寄せ、複雑そうな表情をしていた。
「では、常夏のビーチでお願いします!もちろん!パラソルとビーチチェアも!」
「てめぇっ!?巫山戯んなよ!?人がコレからの生活について真剣に頭を痛めているって言うのに!オマエみたいなクズなんて、この四方を壁に囲まれた薄暗くて狭い部屋で十分だ!」
「だから!その言葉、全部アンタに返っていってるからぁぁぁぁぁぁ!」
ヤリクは雄太とコピーのやりとりに対して頭痛がし始めており、このままで埒が明かないと思って隔離部屋を白い砂浜と波打ち際のビーチへと変えた。
「ありがとございます!ありがとうございます!」
部屋がビーチへと変わったのを見たコピーは、どこぞの大昔の村民が高位の者を尊ぶ様に、両膝をついて涙を流しながらヤリクを拝み始めた。




