152. 委託
赤兎と隠密を発現させ、両手に3人の魔族をジャラジャラと引っ張りながら、帳が落ち始めている夕焼けの赤と、夜の紺が混ざり始めている空を颯爽と走っている雄太。
もし、隠密がない状態でこの姿を誰かに見られていたとしたら、確実に恐怖や畏怖な対象となる存在として目に映っていたことだろう。
その姿は、見た者達へと死神や死を司る何かを即座に連想させるに違いない。
一方の雄太はそんな事を微塵も思う事なく、明日に控えているスライムダンジョンの調査に来る、自分の生活を脅かす者達の対処をどうしようかと考えまくりながら、手にしている3つのお荷物と魔族が製造していた種、ダンジョンに丁重に封印されていた魔族らしき男についてをいち早く速やかに丸投げする為だけに裏ギルドがある街へと向かって行く。
上空にいる雄太は、地上にある線路や駅等と言った目印を頼りに裏ギルドへと向かって猛スピードで空を翔けており、裏ギルドがあるビルの近くまで到着すると、裏ギルドのビルの地下駐車場の入り口へと一直線に降下した。
この地下駐車場は一番最初に芽衣に連れられて来た場所で、表のバーから入るには人通りが多く目立ってしまう恐れがあった為、こうして敢えて地下駐車場へとやって来たのであった。
雄太は記憶を頼りに裏ギルドへと続くドアを探し、収納へとしまっていた裏ギルドカードを翳してドアのロックを解除し、青く光る壁の一本通路を抜け、赤兎を解除して鋼鉄のドアの前で立ち止まる。
ゴンゴンゴン!
ガシャっ!
雄太がドアを叩くとドアについている窓がスライドし、ソコから殺気を漂わせる目が雄太の顔を覗いた。
「あの〜、ちょっと色々と面倒臭い事情があってここから来たんですけど、ジジイかヤリクさんかクレシアさんに、橘花 雄太が今すぐ会いたいって伝えてもらえますか?」
「・・・・・・」
ガシャっ!
「うわぁ・・・」
雄太が用件を伝えると、無言で窓のドアが勢いよく閉まり、雄太はなんだか無視された様な気分になってしまい、少し嫌な顔をする。
雄太はドアの前で5分ほど待ち、もっと待たされる様だったら、手にしている鎖でグルグル巻きにされた魔族達を一旦ここに置いて外のバーから入ろうか、それとも、面倒臭いからこのドアを蹴破って入って行こうかと悩んでいた所で、ガチャンと言うドアが開錠された音が聞こえた。
「お?」
雄太は試しにドアノブのないドアを押し開くと、ソコには、厳ついガタイを隠そうともしない、筋肉でパンパンなスーツを着た男が、一切何も言わずに奥のエレベーターを指差していた。
「あ、ども〜。 お疲れ様です〜」
雄太はとりあえずペコペコと頭を下げて奥のエレベータの中へと立つと、いかつい男が鉄の格子をを下ろし、ボタンを操作する。
ガコンと言う音と共にやって来た揺れが雄太の身体へと振動を伝え、エレベーターはそのまま下へと降りていき、再度、ガコンと言う音と共に揺れたエレベーターが止まった。
エレベーターが止まると、雄太は内側から鉄格子を持ち上げて通路へと出ていき、青く弱い光が照らす薄暗い一本道の通路をまっすぐに進む。
通路を抜けると、ソコは、先日、雄太が自重なしで裏ギルドの若手達をフルでボコった修練場であり、ジャラジャラと3体の魔族を引きずって歩いている雄太の前へと、3つの人影が現れた。
雄太の前、修練場の中央には、木下を中心に、右にヤリク、左にクレシアが立っており、雄太の顔をみるや否や、ヤリクは面白いモノを見る様に笑い、クレシアは我が子が家へと帰って来た母親の様に小さく微笑み、木下は嬉しそうに白い歯を見せてニンマリと笑っていた。
「お前からここに来るとは珍しいな」
木下はスライムダンジョン調査の事を知っている筈なのに、あたかも知らない様な態度で雄太へと声をかけてきたので、それに気づいた雄太は、若干イラつきながら木下を睨みつける。
「あぁ?ってか、もう知ってるんだろ?明日の事」
「クックックックック。 あぁ。 小僧、お前も色々と大変だな。クックック」
「笑い話や洒落じゃ済まねぇんだよコッチは。こちとら平穏な生活が破壊されるかどうかって言う瀬戸際なんだよ。クソジジイが!」
「クックックックック。そうカリカリすんな。事情は色々と芽衣や日向から聞いておる。まぁ、こんだけお前が悪目立ちしていれば、流石に向こうも我慢の限界なんだろうよ。クックックックック」
木下は眉間に皺を寄せてイラついている雄太を見て楽しそうにしており、ヤリクとクレシアは、一応、ポーカーフェイスで感情を隠してはいるが、内心では、雄太が木下の物言いに対してここで暴れてしまうのではないかと額に冷や汗を垂らしながらハラハラしている。
「そんなに目立った動きはしたつもりはないが、やっぱ、俺の行動ってバレてんのかよ?」
「クックックックック。モロにバレバレだろ? なんせ、ワシのとこにも芽衣以外から情報が入ってくるくらいだからのぉ」
「マジかよ・・・一体、誰がどこで俺を見てんだよ・・・」
雄太は顔に手を当てて俯き、コレから動く時はどうしたものかと考え始めた。
「それで、ワシらに会いたいとは、一体どう言う事だ?」
雄太は、顔を覆っていた掌の中指と薬指を広げて木下を覗き見る。
「あぁ、色々とクソ重たい話を持って来たぞ。アンタに丸投げするつもりだから逃げるんじゃねぇぞ」
「・・・お前が重たいって言うくらいの話とか、この地位を今すぐ捨てて、本気で無視して逃げ出したい所だ、なっと!」
雄太の言葉を聞いたヤリクとクレシアがこっそりと逃げ出そうとしたところ、
「うゲェ〜」
「私、用事思い出し──ギャぁ!?」
ヤリクは木下によって後ろ襟を捕まれ、クレシアは頭をガシッとホールドされた。
「お前らも小僧に指名されていただろうが」
「いや、マジで勘弁してよ・・・雄太君の重い話なんて、絶対碌な事がないから・・・」
「わ、私、今日限りで退職するから! 子供が私の無事な帰りを待っているから!」
往生際の悪い2人は木下によってガッツリと肩を組まれて逃げられない状態になっており、木下はそんな2人を無視して雄太へと視線を向ける。
「そんで。その重い話ってのには、お前の手にしている物も関係があるのか?」
木下は、雄太の顔から雄太が手にしている鎖と、その先に繋がっている3つの鎖の塊へと視線を移す。
「そうだな。 コレは3つある重い話の内の真ん中くらいだな」
「いやだもう・・・3つも重い話があるのかよ・・・雄太君、君、なんで此処に来たんだよ・・・」
「エージ!今すぐ私を離して!セクハラで訴えるわよ!」
ヤリクとクレシアは雄太の話を心底聞きたくなさそうな態度であり、木下は目つきを鋭くさせて雄太を睨む。
「それじゃ、ちょうど3つの間にある、その真ん中の重い話と言うのから聞かせてもらおうか?」
「そうだな。 丁度、お誂え向きにここは広い場所だし、コレから話しておくか」
すると、グルグル巻きにされたいた物体の鎖が解けだして解けた鎖が雄太の手の中へと戻って行き、ゆっくりとその中身を曝け出した。
「オマっ!?」
「えぁ!?」
「嘘でしょ!?」
鎖の中から現れた2人の人の見た目をした魔族と、全身が黒く、閉じた目の様なものが身体中についている魔族が姿を現し、それを見た3人は驚愕を表情へと貼り付けた。
「お前、一体こいつらに何をしたんだ!?」
「んん? こいつらは魔族だ。 しかも、階位持ちの魔族だ。色々と情報を吐かせる為に、こうして此処に連れて来た」
「本当、何してんだよ・・・雄太君・・・」
「ユータ君・・・連れて来たって、君ねぇ・・・」
「1人は姿からして分かるが、もう2人はどう見ても普通の人間だろうが」
「オイオイオイ。 ついにボケたのかよジジイ。 コイツらは人の身体に巣食ってんだぜ。 それについては3つの重い話の一番軽い方になるかな?」
「いや! それは一番重い方に当たるだろうが! お前、一体、何を知ったんだ!?」
「もういやダァ〜! お家帰りたぁ〜い!」
「ちょっ!? それはずるいぞクレシア!? お前も連帯責任だからな!」
木下と同じく、初老に足を突っ込んでいるいい歳したクレシアは、歳柄にもなく遂に泣き言を言い出し、ヤリクは全力で逃さないとばかりにクレシアにも責任を押し付けた。
「それで、コイツらは何故ピクリとも動いていないんだ? 情報を吐かせるって言っていたが、其れ等は一体どうなってるんだ?」
「あぁ、コレ? コイツらは俺のスキルで意識を奪った。 そんで、身体の自由も思考も奪った」
「エゲツないね、君のスキル・・・」
「そんなスキル、この前見た覚えはないんだけど・・・」
雄太の答えにクレシアは頬を引きつらせてドン引きし、ヤリクはこの前の事を思い出そうとするかの様に、顎に手を当てて小首を傾げる。
「あぁ、あの時は使うのを忘れていただけだ」
「「あ、そう・・・」」
クレシアとヤリクの声がハモった。
「そんで、ワシらはお前のスキルによって、意識とか色々奪われているコイツらから情報を聞き出せば良いのか?」
「おぉ! 話が分かるじゃねぇか! 流石はギルドマスター様様だな!」
「ホント、最悪・・・」
「何てこった・・・」
ヤリクとクレシアは盛大に肩を落として俯いた。
「って事で、コレをどこか安全で、バレない様な場所に移したいんだが・・・」
「ヤリク」
「ヘイヘイ、分かりましたよ・・・ それじゃ、コッチついて来て」
ヤリクは木下に言われ、渋々と言った感じで修練場の壁際へと歩いて行く。
そして、ヤリクが壁に手を当てた瞬間、何も無かった壁へと重厚な扉が現れた。
「なっ!?」
雄太が見たヤリクの取った行動は、まるでサキュバスダンジョンに居たサキュバスのスキルの様であるが、現れたドアから感じた雰囲気は、ダンジョンのソレに似た様な感じだった。
「雄太君。 ここに入れてくれるかな? ここは、他と完璧に隔離されていて、何かしらの追跡装置や魔道具が付いていても全て遮断されるから隠すにはもってこいかな」
「え? って事は、俺がここにいなければ俺のスキルも遠隔操作できないって事?」
「まぁ、そうなるかな? でも、仕方ないよね? そうしないと、ここもヤバくなるしね」
「マジかよ・・・ そんなんじゃ、俺がコイツらの身体の自由や意識を奪った意味がねぇじゃねぇか・・・」
雄太は重厚な扉を見つめながらどうすれば良いか考え始める。
「まぁ。お前がさっさと、そいつらから情報を吐かせれば良い事だろ?」
「巫山戯んなよ! 俺は明日、行きたくないけどスライムダンジョンに行かなければならないって言う最悪な用事があんだよ! ずっとここで引きこもっている暇人のアンタの一緒にするな──!?」
雄太は後ろから声をかけて来た木下へと顔を向けた瞬間、一つのアイディアが浮かんだ。
「ヤリクさん? ちょっと、お願いがあるんだけどいいですか?」
「いや、マジで勘弁して。 俺を名指しするとかマジで勘弁して」
ヤリクは心底嫌そうな顔をしながら、少しずつ雄太から後ずさって距離を取る。
「俺のこのスキルをヤリクさんに付与するから、ヤリクさんでコイツらを管理してくれませんか?」
「え?」
「「え?」」
雄太の言葉を聞き、後ずさっていたヤリクは身体を硬直させて動きを止め、木下とクレシアも驚きの表情で雄太へと視線を向ける。
「だから、今から、俺がヤリクさんに、この鎖が使える様になるスキルを、付与するから」
「「「は?」」」
3人は雄太の言っている意味が分からず思考をフリーズさせる。
「って事で、付与しますね。 赤腕」
「オイぃい!? ちょっと──!?」
雄太はヤリクの返答を待たずに右腕へと赤腕を発現させ、自身の掌から煙の様にモクモクと寄生を発現させる。
「──何してんのコレぇ!?」
雄太が発現させた寄生は、驚き、呆けているヤリクの開いた口の中へと入って行く。
しかし、そこでシスが急ぐ様に声をかけて来た。
『マスター。 このヤリクという者、人間ではないです』
「え?」
『このヤリクと言う者は──ダンジョンです』
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
雄太は、シスの報告に対して訳がわからず、呆けている3人に構う事なく思わず声をあげてしまった。




