15. スライム鉱石
来た時と同じ様にダンジョン内を一直線に走って出口へと向かっている雄太は、来た時と違って全くスライムと遭遇せずにダンジョンの入り口へと到着した。
やっぱり昨日と同じ様にリポップタイムは半日くらいかかるんかな?
雄太はスライムのリポップタイムを考えながら階段を上がる前に擬装を解除した。
階段を上がると昨日と同じ様に空は日が沈み始めており、ゲートを潜ってハロワのカウンターへと向かう。
館内へと入った雄太は冷水機へと向かって行き、キンキンに冷えた水をガブ飲みする。
やっぱここの水は旨いなぁ!
走って来た後だと更に美味しく感じるわ!
キンキンに冷えた水を飲んだ事でテンションが変な方向へと上がっている雄太は、陽気な足取りでおばちゃんが座っているカウンターへと向かう。
「おばちゃん、ただいま。 今日も沢山狩って来たぜ」
「あぁ。おかえり。 その顔を見ると昨日よりも多そうだね。それじゃ、他の目もあるから昨日と同じ部屋に行っておいておくれ。 この書類を片付けた後に鈴木君と一緒に向かうから」
おばちゃんはなにか忙しそうにしており、少し顔を上げてチラッと雄太を見上げると、再度下を向いて手を動かしながら昨日と同じ場所へ行くように伝える。
「分かった。 んじゃ先行って待ってるわ」
雄太はおばちゃんの雑な対応に対して気にする事も無く、おばちゃんに言われた通りに昨日と同じ第一応接室へと向かう。
おばちゃんを待っている間、雄太は収納から炭酸飲料を取り出して飲み始めた。
収納から取り出された炭酸飲料は、今も冷たさを保ったままであり、収納内の時間経過は未だ感じられなかった。
って言うか、この中ってマジで時間止まってんじゃねぇのか?
取り敢えず、明日も続けて確認してみるか?
あ!
それなら氷入れときゃ直ぐに分かるな!
帰りに氷買ってくか!
雄太が暇を持て余して収納の検証をしていると、不意に部屋のドアがノックされ、おばちゃんと鈴木が入って来た。
「待たせたね」
「色々と忙しいんだろ? 気にすんなって。 そんな待ってねぇよ。鈴木さん今晩は」
「今晩は。橘花さん。 ダンジョン探索お疲れ様です」
軽く挨拶を交わしながらおばちゃんと鈴木は雄太の対面へと腰を下ろす。
「そうさね。 昨日のあんたの素材買取でコッチは今日は大忙しだよ。 なんたって上質なスライムゼリーがあんだけ有れば、色々な企業が飛びつくってもんさね」
おばちゃんは疲れたかの様に肩に手を当ててポンポンしており、鈴木も同じく疲れからなのか少し窶れた様な感じに見えた。
「そんで、今日の釣果はどんな感じだい?」
「見て驚いて死ぬなよ?」
「あたしゃそこまで老いちゃいないよ。 御託は良いからさっさと出しな」
おばちゃんは本気で疲れているのか、腕を組みながらソファーへと深く背を凭れながら先を促す。
「そんじゃ、ほいっと」
雄太はソファーに座っている身体を後ろへと捻り、ソファーの後ろの開けたスペースへと大量のスライムゼリーを収納から取り出す。
そこには昨日よりも沢山あるゼリーの山が出来ており、それを見た鈴木は引きつった笑みを浮かべた。
「昨日より多いね。 助かるよ。 そんじゃ鈴木君、明日の朝一で査定をお願い」
「わ、分かりました。 他の職員へもこの後声をかけておきます」
そう言っておばちゃんと鈴木が立ち上がろうとしたところで雄太が待ったをかける。
「もう少しいいかな? もう一個素材があるんだけど。 ちょっとコレを見てくれ」
雄太はソファーの前のテーブルの上に壁スライムを倒して手に入れた、『スライム鉱石』を収納から出した。
スライム鉱石のサイズはスライムゼリーとほぼ同じサイズなのだが、見た目がスライムゼリーの様に透き通った青い色をしているのではなく、黒ずんだ銀色をしており、触感はスライムゼリーと同じ様にプルプルしていた。
「コレ何だか分かる? スライム鉱石って言うらしいんだけど・・・」
雄太が出したスライム鉱石を見たおばちゃんと鈴木は、テーブルの上にある未知なるものに対して胡乱な表情でスライム鉱石を凝視する。
「スライム鉱石だって? 長い間ここで仕事をしてるけど、そんな素材の名前は初めて聞いたし、コレも初めて目にしたよ。 一体なんなんだいコレは?」
おばちゃんは深くもたれかかっていたソファーから飛び上がるかの様に身体を起こし、雄太の質問へと質問を返して来た。
鈴木も同じく身体を少し硬直させ、メガネのブリッジを上げながら真剣な目でスライム鉱石を凝視し、手にしていたタブレットを使って何かを探す様にパタパタとタイピングし始めた。
「いや、質問に質問で返されてもな・・・ 俺が分かる訳無いだろこんなの。 そんで、どうするコレ?」
雄太は目の前のスライム鉱石を指差しながらおばちゃんへと視線を合わせた。
「どうするって言ってもねぇ。 見た事も聞いた事も無い素材にどう値段を付ければ良いのやら。 それにコレが本当にダンジョン素材なのかどうかも怪しいからねぇ」
おばちゃんは初めて目にしたスライム鉱石に対して懐疑的であり、更に胡乱な目つきで雄太を見る。
「まぁ、俺もいきなり、こんな見た事も聞いた事もない様な物を出されたら真っ先にそいつを疑うわな。 そんじゃコレ持ってみ?」
雄太はスライム鉱石を指差して、おばちゃんと鈴木に持ち上げる様に促す。
おばちゃんは雄太に促されるままスライム鉱石へと腕を伸ばし、見た目やサイズに合わせるかの様に軽い力を入れて持ち上げようとした。
「!? ウっソ!! ちょっと何よコレ!」
スライム鉱石を軽く持ち上げようとしたおばちゃんは、あまりの重さにスライム鉱石を持ち上げる事が出来ずに、いつもの冷静さが消えていた。
おばちゃんは必死な顔でスライム鉱石を持ち上げようとしているのだが全く持ち上がらない。
「ちょっと所長、なに巫山戯てるんですか? 二人して僕を嵌めようとしてるんじゃないでしょうね? いい歳して──」
あまりにも大袈裟なおばちゃんのリアクションに対し、鈴木がおばちゃんと変わってスライム鉱石を持ち上げようとしたところ、予想だにしなかった重さにより鈴木の指はスッポ抜けてしまい、持ち上げた勢いのまま後ろへと変な声を出しながらひっくり返ってしまった。
「フガっ!?」
「だろ? こんなのダンジョン素材以外にはあり得ないだろう? 柔らかくて小さいのにクソ重いって、マジでおかしいよな?」
雄太の言葉に、おばちゃんと居住いを正した鈴木は驚愕した表情でスライム鉱石を凝視する。
「そうだねぇ。 コレは確かにダンジョン素材として認めるしかないねぇ。 と言うかこんな不思議で見た事がない物、ウチでは到底買い取る事ができな──」
とおばちゃんが断りの言葉を言い切る前に鈴木がおばちゃんの言葉を遮った。
「所長! 絶対ウチで買い取りましょう! 今、ギルドの素材リストとの照合が終わったのですが、それらしいものはありませんでした! 未だ発見されてない未知の素材だとしたら凄い大発見になります! 多額を払ってでもウチで買い取るべきです!」
鈴木は鼻息を荒くしながらおばちゃんへと猛説得し始める。
「鈴木君がそう言うならそうなんだろうが、こんな見た事もない物なんて、幾らくらいで買い取れば良いかねぇ?」
おばちゃんは腕を組みながら深く考え込む様に鈴木を見た。
「それでは取り敢えず100万くらいでは如何でしょうか? この金額であれば、もしコレが有用な素材と言う事が判明すればその時にその価値の分の追加を払い、もし価値が無かったとしても今後の授業料になりますし、新素材を公表したと言う我々の今後への功績を残す事が出来ます」
「そうだねぇ。 そう考えれば悪くない値段だとは思うがねぇ」
おばちゃんは更に考え込むかの様に腕を組みながら再度ソファーへと背をもたれさせて部屋の中が重い静寂に包まれた。
「あのー。 俺、そんなに色々といらないんで、1つ欲しいものがあるんだけど、それと交換してくんない・・・」
そんな静寂を破るかの様に雄太から気の抜けた声が出てきた。
「・・・どう言う意味だい?」
おばちゃんはキっと睨む様な目つきで雄太へと視線を合わせる。
「そのですね、俺って今ではこんな見た目でド貧乏なんだけど、1ヶ月前までは金に困った事が無かったんだよ。 確かに高く売れて今の生活費の足しになるのは嬉しいけど、今、俺はダンジョンに行くのが楽しくてしょうがないんだよね。 そんで俺の家からここまで、クソ暑い中、毎日歩いて通っていて、そんでお金が貯まったら、原チャが欲しいなぁって言うちょっとした目標もできてさ。 それ以前に、部屋とか携帯とかの契約関係とか、登録関係って言うのが、何故か全く出来なくなってマジで困ってんだよ。 ダイバー登録は、何故かできてるみたいだけど・・・ 実際、今の部屋も高齢の大家さんに頼み込んで住まわせて貰っている感じだしさ・・・ って事で、その素材と原チャを交換してくれたら嬉しいかなぁ。 なんて」
おばちゃんと鈴木は雄太の欲しいモノを聞くと、え?何言ってんのコイツ?バカなの?みたいな表情で目を見開いて固まっていた。
「やっぱダメだよな・・・ そんなの・・・ 自分でなんとかして買うわ・・・」
・・・・・・
「鈴木君! 明日の夕方迄に彼の望むモノを準備して! 名義は・・・ と、取り敢えずわたしの名義で! いや! やっぱり今直ぐに誰でも良いから指示して買って来させなさい! まだ店は開いている筈よね! 彼の気が変わらない内に急ぐのよ! ちゃんとガソリンも満タンにしておくのよ!」
「ハイ!ただ今!」
いきなりフリーズから解けたおばちゃんは、人が変わったかの様に凄い勢いで、鈴木へと原チャを直ぐに買ってくる様に命令し、鈴木はおばちゃんの主旨が分かっているのか、コレまた凄い勢いで部屋を出て行った。
「商談成立ね!」
「・・・・・・」
俺はあまりに突然過ぎた目の前での出来事に言葉を失ってしまった。




