141. ジャングル
雄太がガサガサと動く草むらへと視線を向けていると、音のなる方から草を掻き分けながら1人の男性が現れた。
「・・・・・・」
草むらから現れた男性は、ダンジョンの中だと言うのに優雅に水の塊の様な何かに座って寛いでいる雄太を見て吃驚し、まるで未知なる何かと遭遇したかの様に目を見開いて驚いていた。
「ユータ!人よ!人間が現れたわよ!どうするの!殺すの!?」
「・・・・・・」
エルダは、ソファーの後ろからコソコソと小さな声で雄太の耳元で呟いており、雄太はエルダの物騒な物言いに呆れて無言となっていた。
しかし、この現状に似つかわしくない雄太の格好を見ていた男は、雄太へと向かって口を開いた。
「あ、あのぉ〜。あなたはダイバーの方でしょうか?」
「はい。そうですが。何か?」
「いえ・・・あまりにも我が家の様にダンジョン内で寛いでいたもので、少し吃驚してしまいまして・・・」
草むらから出て来た男性の出立は、黒髪の裾刈りでメガネをかけて、ヒョロリとした体型で白衣を着ており、しかも手ぶらと言う、雄太以上にダンジョンに似つかわしくない格好をしていた。
「驚かせて申し訳ないです。と言いますか、あなたこそダンジョンに似つかわしくない格好なんですが、しかも手ぶらで・・・」
雄太は、いきなり草むらから出て来た男を警戒する様に、鋭い視線を白衣の男へと向けた。
「そ、それはですねぇ〜・・・少し、込み入った事情がありまして・・・」
白衣の男は、雄太に見られた事に対してマズいと言った様な表情を一瞬見せ、すぐ様顔を下に向けて表情を隠した。
「そうですか。まぁ、人それぞれ色々なスキルがありますので、そんな格好で1人でダンジョンに入っていたとしてもあまり詮索はしませんが」
雄太は、胡乱な目つきで白衣の男を観察するような視線を向けた。
すると、白衣の男は、雄太が何かに勘違いしてくれて良かったと言ったように、鼻から安堵の溜息をはいており、雄太は男の行動を見逃さずに更に警戒を強めた。
「ま、まぁ・・・僕も色々とスキルを持っていますので、このダンジョンにいるモンスターくらいなら問題ないですね」
男はメガネを右手の平で上へと押し上げ、何かを誤魔化すかの様に雄太の言葉へと乗っかって来た。
「そうなんですね。因みに、その着られている白衣はあなたの装備なのでしょうか?今の時代、色々な素材で作られた装備があり、なかなかその様な白衣の装備は見たことがなくて・・・」
「そ、そうなんですよ!コ、コレは、オーダーメイドで作ってもらった装備なんですよ!僕、元々研究職をやっていましたもので!」
男は、またしても雄太の言葉に乗っかる様に眼鏡をクイクイっと上げながら勢いよく話だした。
「そうなんですねぇ。いや〜珍しいものが見れました。それじゃ、俺達はこれから先へと進みますので」
「そ、そうですか。では、ぼ、僕はもう帰りますので・・・お気をつけてください」
「はい。そちらこそ」
「で、でわ──」
男が雄太達の前を通り抜けようとしたところで、雄太はシスへと指示を出した。
『シス。この男に虫をつけて動向を追え』
『ロジャー』
シスは雄太の指示の通りに、男が着ている白衣の襟の中へとこっそりと虫を飛ばした。
男はシスが飛ばした虫に全く気付かず、そのまま急ぐ様に早歩きでダンジョンの入り口へと向かって歩いて行った。
「ユータ。あの眼鏡の男、なんか怪しいよ。こんな朝にわたし達より前にダンジョンに来ていて、まだお昼にもなっていないのに帰るだなんて・・・それに、武器も何も持っていないし、あの白衣だって装備でもなんでもない、ただの服だと思うし」
エルダは声を潜めて雄太の耳元で呟いた。
「そうだな。 あの男、ここに泊まりがけで何かをやっていたか、それともやり終えたか、もしくは両方か・・・」
雄太は男が歩いて行った方へと視線を向け、虚空を睨みつけた。
『マスター。もしかしたら、あの男はここのダンジョンと何か関係があるかも知れません』
「ん?どう言う事だ?」
シスは何に気付いたかの様に雄太へと声をかけて来た。
『このダンジョン、何やら様子がおかしいです』
「・・・どう言う事だ?」
『寄生と虫を使い、このダンジョン全てのフロアをマッピングをしていたのですが、このダンジョンの2層には、まるで牧場の様に飼育されている様なスライムが大量にいました』
「はぁ?」
シスの報告を聞いた雄太は、いきなり言われた牧場とか飼育とかの意味が分からず、思わず疑問の声を上げてしまった。
「なんだそれ?スライムの牧場とか飼育って一体どう言う事なんだよ?」
『そのままの通りです。多くのスライムが1箇所に集められ、何者かの手によって飼育されている様な状態です』
「そんな事できるのかよ?」
雄太はシスの報告を聞きながら、何かを確認する様にエルダへと視線を向けた。
「まぁ、ミディアでも、スライムを使って街を掃除させる為にそんなこともやっていたし、スライムの飼育なんて簡単にできちゃうんだけど・・・それを、なんで『ダンジョン内』でやっているのかは分からないないわね・・・」
『マスター。それと、このダンジョンの3層と4層はまるで何かの実験室の様な状態になっており、モンスターがいるのは、最下層、5層にいるボス。2層のスライム。それと、ここ、1層の虫型のモンスターのみです。これは明らかにダンジョンが操作されていると思われます』
「マジかよ?・・・って事は、さっきの白衣の男って・・・」
「怪しいってもんじゃないわね・・・2層から上がって来たにしても、モンスターがいるこの1層の中を装備も着けずに手ぶらでいたって事は、あの男、絶対ここの下で何かしていたに違いないわ」
先ほどの白衣の男の行動や服装と、シスから聞いた下層の様子は、これでもかと言うくらいに合致しており、雄太は先を急ぐことにした。
「シス。マッピングは?」
『今し方完成致しました』
「それじゃ、鬼達を呼んでくれ。この先を確かめに行くぞ」
『ロジャー』
雄太がシスへと指示を出して数分後、雄太達の目の前の草むらが再度ガサガサと音を立ててこちらへと近付いてきた。
「ヒィィィィィぃい!?」
エルダは、再度、ガサガサと音を立て始めた草むらにおどろいており、雄太の背後へと身を縮めるようにして隠れた。
「主。お待たせしました」
雄太の眼前のガサガサと音を立てている草むらから、ヤシャが鬱陶しそうに草をかき分けながら現れ、ヤシャの後ろをラセツがのっしのっしと何かを小脇に担ぎながら歩いていた。
「主ぃ。こんなの見つけやしたぜぇ」
ラセツは雄太の目の前まで歩いていくと、小脇に担いでいた何かを「ドサっ」と地面へと投げ下ろした。
「んん?なんだこりゃ?」
「主。コレは何かの罠の様です。我とラセツで、何か珍しいものがないかと探しておりましたところ、この様なものがこのフロアの至る所に設置されておりました」
ラセツが投げ降ろした何かは、ギザギザが噛み合った金属質な何かであり、ラセツはそのギザギザの何かを拾い上げると、力任せに噛み合っていたギザギザの歯を広げた。
「ふんぬっ!」
カキンっ!
ラセツが、綺麗に噛み合っているギザギザ同士を力任せに最大まで広げると、何かが嵌った様な音が鳴り、ギザギザは、ギザギザの歯を立てながら、円を広げた様な状態になった。
「お、おい・・・コレって・・・トラバサミじゃねぇか!?」
ラセツがどこからともなく拾って来て、雄太の目の前で広げて見せた金属のギザギザは、猟師が獣等と言った獲物を獲る為の罠であり、雄太が見るからに明らかにモンスター用ではなく、対人用の罠だった。
「なんでこんなのがあるんだよ・・・ダンジョンには罠があるダンジョンもあるって聞いた事あるが、これは、確実に人の手で設置されたヤツだよな・・・」
雄太は、口を広げている鋭いギザギザを見ながら、このダンジョンに対して疑問を持ち始めた。
(研究室、スライムの牧場、トラバサミの罠、そしてさっきの白衣の男・・・このダンジョン怪しすぎるぞ・・・)
雄太は、このダンジョン内での色々ある不可解な事を思いながら、ジャングルの中へと視線を向けた。




