118. 第3のダンジョン
翌朝、雄太が自室から起きてキッチンへと向かっていくと、エルダは昨晩と同じ無様な姿でフロアに転がっていた。
「ホント、ヒデーなこりゃ・・・」
雄太は朝から最悪のモノを見たと言う顔をしており、フロアで転がっているエルダを跨いでキッチンへと向かって行った。
リビングでは相変わらず鬼達が格闘ゲームをしており、このところ毎晩、ずっと徹夜でゲームをし続けている鬼達は、夜は一切寝る気はない様だった。
雄太はゲームに熱中している鬼達を横目に、冷蔵庫から牛乳とコーヒーを取り出してカフェオレを作ってベランダへと出て行き、タバコを吸いながら飲み始めた。
雄太がカフェオレを飲んでいると、フロアで無様に横になっているエルダの鼻がヒクヒクと動き出し、まるでスプラッター映画の死霊の様にガバっと予備動作なしで立ち上がった。
エルダが予備動作なしで起き上がった動きは、まるで、ゼロ・グラビティーの逆再生の様であり、不意にもソレを見てしまった雄太は、口から盛大にカフェオレを吹き出した。
「ブフゥゥゥゥゥゥゥ!?」
直立に起き上がったエルダは、ユラユラと幽鬼の様に冷蔵庫まで移動し、食べられるモノを手当たり次第貪り始めた。
「・・・アイツ、絶対にスライムじゃないぞ・・・絶対にゴースト系の何かだ・・・」
そんなこんなで朝食と朝の支度を終えた雄太は、コピーをハロワへと出動させ、スキルズの発現を解除して第3のダンジョン、サキュバスダンジョンへと向かって行った。
サキュバスダンジョンは、駅から降りてすぐの駅近ダンジョンと言うより、そのまんま駅の中がダンジョンとなっており、地下鉄の入り口がそのままダンジョンの入り口となっていた。
この地下鉄だった場所は、地下4階まである構造だったのだが、それがまるまる、丸ごとダンジョンになってしまっており、駅の地下1階がダンジョンの第1層となっている。
地下鉄の入り口前にはいつもの様にゲートが設置されており、厳重に入ダン者を規制していた。
「・・・資料にはまんま駅って書いてあるけど、これって、中も駅のまんまなのかよ?」
雄太は、これから自身が入るダンジョンについて想像を膨らませながら、手にしている資料を読んでいるが、その資料の中には簡潔にこう書かれていた。
ー駅ダンジョンー
ー通称、サキュバスダンジョンー
「全く意味が分からねぇ説明だな・・・まぁ、とりあえず、中に入って調べてみるか・・・」
雄太がダンジョンになっている地下鉄の入り口へと向かうと、そこには早朝にも関わらず、長蛇の列ができていた。
「・・・ナニコレ?・・・」
並んでいる人達は、男性と女性の比率が 9 : 1 くらいで男性が多く、並んでいる多くの男性達は、雄太が一生懸命どう頑張って言い繕っても、見た目がよろしくない人ばかりであった。
しかも、全員がニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべており、列が前に進むに連れて興奮してソワソワしている者が大半であった。
「・・・色々な意味でヤバい絵面だろ・・・」
側から見ているのも時間の無駄なので、雄太は渋々、長蛇の列の最後尾へと並んだ。
『この人の量だ。もしかしたら、今回は俺だけで討伐って事になるかもだ。隙をみて発現させる様にするが、エルダはこの男が多い中では目立つから今回は発現なしだ』
『『はっ!』』
『りょうか〜い』
雄太が今回のダンジョンいついてスキルズと話していると、雄太の前にならんでいる、メガネで長髪、二重顎のM67手榴弾の様な体型の男が、頻繁にチラチラと後ろにいる雄太を見だした。
チラっ
「?」
チラっ
「・・・」
チラっ
「・・・」
チラっ
「・・・」
チラっ
「・・・」
チラっ
「・・・」
チラっ
イラっ
チラっ
「オイ!太っちょぉぉぉ!落ち着いて前見て並んでいろよっ!俺に何か言いたい事でもあんのかよ!?」
雄太はあからさまに何度も何度もチラチラと見てくる前の太っちょの落ち着きのない行動にイラッときてしまい、太っちょのスーパー連続チラ見に対して自然と反応して声が出てしまった。
「・・・・・・」
太っちょは、雄太の言葉に反応したのか、無言で首を右に捻って背後にいる雄太を横目で見続けた。
「怖ぇぇヨっ!?その見方やめろよっ!もう堂々と見てんだから身体ごとこっち向けばいいだろっ!?首疲れんだろソレっ!?」
「・・・・・・」
「無言ヤメろっ!マジで怖ぇぇから無言はヤメろっ!頼むからなんか言えって!」
列が前へと進んでも、太っちょは首を捻って雄太を無言で見続けており、更に雄太の恐怖を煽りだしていた。
「なんでその体勢で今、列が進んだのが分かったんだよオマエ!?ソレはオマエのスキルかなんかなのかよっ!?」
太っちょは雄太の声を耳にして、煩いなぁと言わんばかりに鼻から大きく息を吹き出した。
フンス
「な!?オマエ今、俺を小馬鹿にしただろ!?」
フンス!
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇ!オマエ今、鼻息で答えただろっ!?」
長く待たされている長蛇の列と言い、目の前に並んでいる奇天烈な太っちょと言い、雄太のイライラはピークに達しようとしていた。
「・・・君・・・見ない顔なんだな・・・」
「しゃっ!?喋ったぁぁぁぁぁぁぁ!?」
雄太は急に口を開いて喋り出した太っちょに対して盛大に驚いた。
「しかも声、高っケェェェェェ!!」
太っちょの男は、M76手榴弾の様な体型からは想像もできないくらいの、まるで、裏声の様な声の高さで雄太へと口を開いた。
「君・・・いちいち失礼な奴なんだな」
「オマエのチラ見具合に失礼とか言われたくねぇわっ!!」
「フン・・・まぁいいんだな」
「何がいいんだよ!?オマエの中でなに早々に完結させてんだよっ!!俺にもちゃんと分かる様に伝えろよ!」
「君・・・このダンジョン初めてなんだろ?」
「オイ!?せっかく声出したんだから言葉のキャッチボールくらいしろよ!話が全く噛み合ってねぇぞっ!?」
雄太は目の前の太っちょのコミュニケーションの取れなさ具合に対し、頭がおかしくなりそうになっていた。
「なんなんだよその一方通行はっ!?」
「ここは・・・ボク達の聖地なんだな」
「知らんわっ!?って言うかオマエらの聖地とか初めて知ったわっ!!」
太っちょは、首を捻って背中越しに雄太と話しているにも関わらず、列が前へと進むと同時に、進んだ分だけ太っちょも動いた。
「だから前みろってっ!ってか、なんで進んだのが分かんだよっ!?」
「君みたいなリアルで充実していそうな奴には、ボク達のカミラちゃんは渡さないんだな」
「誰だよカミラちゃんってっ!?俺に何か言う前に、まずは前情報よこせよっ!!」
「フン・・・君みたいな奴に渡す様な情報は微塵もないんだな」
「こんのぉぉぉぉ!クソデブがぁぁぁぁぁぁ!!」
雄太は太っちょの意味の分からない会話に対してブチ切れ寸前となっており、暴行や傷害という法律がなければ、今直ぐにでも殴り飛ばしてやりたいと言う気持ちに駆られていた。
雄太が殺意に芽生え始めていると、徐に雄太の後ろから嗄れた声が聞こえて来た。
「え?君、カミラちゃん知らないの?」
急に背後から聞こえて来た声に対し、雄太は鬼の様な形相で自身の後ろを振り返った。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
雄太の後ろにいたハゲ散らかした小太りのおっさんは、バっと振り返った雄太の鬼の様な形相を見て恐怖し、弱々しい悲鳴をあげた。
「すみません・・・カミラちゃんってなんですか・・・それと、このダンジョンって一体なんなんですか・・・」
雄太は前に並んでいる太っちょに負けた様な屈辱感を心に秘めながらも、雄太の後ろに並んでいる落武者の様にハゲ散らかしたおっさんへと、太っちょが言うカミラなる者の事やこのダンジョンについて教えてもらおうと質問した。
「あ・・・あぁ・・・君は、このダンジョンがなんて呼ばれているか分かるかい?」
雄太はおっさんの質問に対し、裏ギルドからもらった資料に書いてあった事を思い出した。
「ここは、駅ダンジョンですよね・・・」
「そうだね。エキダンジョンだね」
(んん?)
「因みに、このエキダンジョンは通称なんて呼ばれているか分かるかい?」
「えぇっと・・・サキュバスダンジョンですよね?」
「そそ!サキュバスダンジョン。なんだよモゥ。知ってるって事は、君もやっぱりソレ目当てでここに来てるんだろ?」
「え?」
雄太はおっさんが言っている事がいまいち分からず、何か根本的に会話の歯車があっていない様な感じがした。
「このサキュバスダンジョンは、ソレ目当ての人が多く来ているんだよ。何せ、全てがタダだからね!グフフフフ!」
おっさんはハゲ散らかした頭を隠そうともせずに、歯茎を剥き出しにして下品で嫌らしい笑みを浮かべた。
「タダ?」
「そそ!タダなんだよ!あんなに可愛い子達が全部タダなんだよ!」
「はぁ?」
雄太はおっさんの話に全くついていけず、ますます意味が分からなくなってしまった。
「その中でも、カミラちゃんはここのナンバーワンなんだよ!」
「なんばーわん?」
「そそ!ここに並んでいる人達は、いつかはカミラちゃんに選ばれると期待に胸を膨らませながら、くる日もくる日も毎日の様にここに通っているんだよ」
「選ばれる?」
「そそ!カミラちゃんに選ばれるの!」
「チっ・・・」
おっさんがカミラなる者に選ばれると言う事を言った瞬間、雄太の前に並んでいた太っちょが隠そうともせずに大きく舌打ちをして前を向いた。
雄太は太っちょの舌打ちに意味がわからず、再度おっさんへと質問をした。
「・・・それで、そのカミラってのに選ばれたらどうなるんだ?」
「ソレはもうっ!この世の天国って言うモノを見ることになるだろうねぇ〜。グフっグフっグフっグフっ」
良い歳をしているハゲ散らかしたおっさんは、包み隠すことなく下品な笑みを浮かべながら、歯茎を剥き出しにしてウマ科の動物の様にキモく笑いだした。
「・・・・・・」
(一体何なんだよここは・・・)
雄太は、おっさんと話した事によって更に訳が分からなくなってしまい、この未知すぎる行列と、ダンジョンや中にいるモンスターに対して得も言われぬ恐怖に襲われ始めた。




