105. 名前と言う名の個体識別コード
エルダによる辛辣な言葉で紡ぎ出された自分の印象を知ってしまった雄太は、生気が無く焦点の合ってない濁った眼で窓の下をジ〜っと眺めながらブツブツと何かを呟き始めた。
「ほら!コレ見て!アンタ達が濁りきって曇りまくった眼でユータを見ていたせいで、ユータをここまで追い詰めてしまったのよ!ほら!見てコレ!今にも下へと飛び降りそうでしょ!地上の堅い地面を恋しそうにジ〜っと見てしまっているじゃない!どうしてくれるのよっ!ほら!見てコレ!ユータはもうすぐ窓から飛びだすわよ!ソレはもう!手足を真っ直ぐに伸ばして、綺麗に頭から垂直に自由落下するわよ!一体全体この責任をどう取ってくれるのよ!」
エルダは、窓ガラスに頭をつけ、何かをブツブツと言いながら地上を見ている雄太へと指を差し、コピーと鬼達へと親の仇を取ったかの様に怒鳴り散らした。
「こうなったユータは本当に逝くわよ!ほら!見なさい!窓に手をかけ出したわよ!うわあぁぁぁぁ嘘っ!?遂に窓を開けてしまったわよ!次は足よ!足が窓へと、ホラっ!足がかかったわよ!逝くわよ!そろそろ逝くわよ!さ〜ん、にぃ〜、い〜ち・・・ってオォォォォォぉぉぉぉぉイっ!?ちょっとユータぁぁぁぁぁぁぁぁ!飛んじゃダメだから!そこから飛んじゃダメだからぁぁぁぁぁぁ!!お迎えが来る前に自分で行っちゃダメだからぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!! え?なに?・・・「地球が俺を呼んでいる?」・・・呼んでないからぁぁぁぁぁ!!ユータにそんなコミュニケーション能力はないでしょぉぉぉっぉ!? え?なに?・・・「ラピ○タはすぐそこにある?」・・・ないからぁぁぁぁぁぁぁ!!そんな所にはないからぁぁぁぁぁぁぁ!!逆ぅっ!真逆だからソレぇぇぇぇぇぇぇぇ!雲の中にあるからぁぁぁぁぁぁぁ!!」
エルダは窓から飛び降りそうになっている雄太の身体を押さえて必死になっており、雄太はまるで幽鬼の様に力なくフラフラとした足取りで何度も窓の淵へと足をかけてボソボソと何かを呟いていた。
「オイ!コラぁぁぁぁぁ!!鬼共ぉぉぉぉぉぉ!!後、そこのコピぃぃぃぃぃぃぃ!見てないで手伝いなさいよぉぉぉぉぉ!アンタ達の主の危機なのよっ!!このままじゃ!夜は墓場で運動会なのよっ!下手したら、太っちょ色眼鏡のオッサンのところでサル相手にイカれた修行する事になるわよっ!!それでもいいのぉぉぉぉ!?」
鬼達とコピーはやっとエルダの必死さが伝わったのか、雄太を窓際から引き離し、リビングのソファーへと座らせた。
「ハァハァハァハァハァハァ・・・どうにかこっちの世界へと戻って来た様ね・・・フゥ〜」
エルダは雄太の横で仰向けに大の字になってソファーへと身体を投げ出しており、雄太はエルダの足元のソファーの端っこの方でチョコンとコンパクトに内太ももへと両手を挟んで下を向いて座っていた。
「それで、コピーっ!アンタ何ができるの!」
エルダは偉そうにソファーの上でふんぞり返りながらカーペットの上に正座して座っているコピーへと指を差しながら視線を向けた。
「は、ハイっ!収納のスキルを扱えます!」
「なにぃいっ!?」
エルダは目を細めてコピーを睨みつけた。
「って事は、ユータの収納とリンクしてるって事なのかしら?」
「は、ハイ!今はまだマスターの収納とリンクが通っています!」
ニタァ〜
エルダは、口角を三日月に吊り上げて醜悪で下卑た笑みを浮かべた。
「よし!それじゃ、今から朝ご飯にする!今すぐオマエの収納の中にある食べ物を全て出せっ!コレは先輩であるわたしの命令だ!わたしの言葉はユータの言葉と思えっ!!」
「は、ハイ!ただいまっ!!」
コピーがリビングのローテーブルへと向けて手を翳し、収納内にある食べ物を出そうとしたところで、ソファーの上で寝ながらふんぞり返っていたエルダは雄太によって顔を踏まれた。
「ふがっ!?」
「オイ。誰の言葉が俺の言葉だって?」
エルダの顔を踏んでいる雄太の顔は、怒りや何かが1周どころではないくらいに振り切れているか、一切の感情を見せずに無表情でグリグリとエルダの顔を踏みつけていた。
「あれ〜っ。ユータさん復活したんですかぁ〜?嫌だなもぉ〜。ユータさんったらぁ〜。冗談ですよ。 じょ う だ ん〜」
エルダは雄太によってさらにグリグリと踏みつけられた。
「オイ。コイツの言う事は極力無視しろ。一切聞く耳は持たなくていいぞ」
「そんなぁ〜。酷いな、ユータさんは〜。わたしにも皆んなと楽しくコミュニケーションをとらせてくださいよぉ〜」
雄太は、足の裏で顔を踏みつけながら、ソファーの上でふんぞり返っているエルダの姿を見た。
「ほう。お前は皆んなとこんな体勢で楽しくコミュニケーションを取るのか?」
メキョっ!
「ハうわっ!?」
エルダは頭から鳴ってはいけない音が聞こえたと同時にソファーの上で手足を激しくバタバタさせた。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!もうしませんんん!調子に乗ったわたしが馬鹿でしたぁぁぁぁぁぁ!!何卒ご容赦くださいませユータ様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!頭がぁぁぁぁぁっぁぁぁ!わたしの頭がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ヒギィいいイィぃぃぃぃぃ!!ギャァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「「「・・・・・・」」」
エルダは雄太の容赦のない踏みつけによって身体をピクピクと痙攣させながらソファーへと頭を埋めていた。
「すまんなコピー。あまりにも俺とオマエが違いすぎて、つい、取り乱してしまった」
「そ、そんなぁ!?マスターが謝る事じゃないです!!寧ろ、マスターを完璧に模倣しきれなかった無能な僕が全て悪いです!マスターは全然悪くないです!」
「グハっ!!」
雄太はコピーの優しい言葉を聞くと、浄化されこの世から消えそうになってしまい、汗だくで苦しそうに胸を押さえながら俯いた。
「オマエじゃ・・・オマエじゃダメだ・・・オマエは俺にはなれない・・・オマエの様な清い心の持ち主では俺を完璧に模倣する事なんてできやしない!オマエはオマエとしてオマエらしく生きろ!シス!こんな清い心を持ったコピーの顔と髪型を今すぐ変えてやってくれ!こんなヤツに俺と同じ姿形をさせるのは可哀想だっ!」
雄太は、まるで神聖なモノに怯える不浄で穢れた存在の様に、右手で自分の顔を覆い隠して指の隙間からコピーへと視線を向けた。
『イエス。マスター』
雄太の意思を汲み取ったシスは、コピーの顔と髪型を変え始めた。
コピーの髪型は金髪の長めのモコモコとしたカーリーヘア、目は碧眼となり、顔立ちは誰がどう見ても美男子、イケメン、草食系といった、女性の母性を限界までくすぐる様な姿となったのだが、そこから更に急激に変化しだし、小さくも大きくも無い胸の膨らみ、白い肌を桃色に薄く染めた幼さの残る可愛らしい顔、線が細くスラリとした長い四肢に申し訳程度の肉付きをした女性の姿へと変化した
「・・・そこまでするんですかシスさん・・・誰がパーフェクトな天使を作れと言った・・・しかも女になってんぞ・・・」
『コピーの性格ではこの容姿、性別がぴったりそうなので、そうさせていただきました』
「え?って事は、最初の俺の姿の時は?え?どう言う事?」
雄太はシスの言葉に頭が混乱してきた。
『当初、マスターのコピーを完璧に作成したのですが、偽核作成によって、コピーは短時間で自我が芽生えていった様です。もう、マスターのコピーはパッシブの偽核作成を抑える為に縛鎖で自我を打ち消して、マスター自身が操った方がよさそうです』
「オォォォォォォイ!?だったら初めっからそうしてろよっ!俺が心に深い傷を負った意味はどこにいったぁぁぁぁぁぁぁ!!俺がここまで傷付く意味はなんだったんだよっ!?そして、コレを見てみろよ!?コレが一番の無駄死にじゃねぇかっ!?」
雄太は、ソファーの上で仰向けになって白目を剥いてピクピクと痙攣しているエルダを指差した。
『ご安心ください。次はもっと上手くやります』
「怖っ!?なんか怖いぞ!その言い方っ!?」
結果、雄太のスキルにはシスを含めロクなヤツらがいなかった。
朝から色々と騒動があったが、雄太達は今も尚、ソファーでピクピクと痙攣しているエルダを無視して朝ご飯を食べ始めた。
ご飯を食べながら、雄太はコピーをコピーと呼ぼうとするが、もう、全くと言っていい程雄太のコピーではなくなってしまったので、結局、コピーには天使の様な姿から連想した「ミカ」と言う名前をつけた。
コピーに名前をつけた事に対し、鬼人と大鬼もご飯を食べる箸が止まり、名前が欲しそうな目で雄太をジ〜っと見ていたので、大鬼には「ラセツ」、鬼人には「ヤシャ」と名付けた。
雄太に名前を貰った鬼達は、箸を置いて静かに嬉しそうに泣き出した。
(お、鬼が泣いてるぞ・・・って言うか、スキルに名前を付けるって、どう言う事なんだよ・・・こんなの、技に名前を付ける痛いヤツらと同じじゃねぇか・・・)
雄太はご飯を食べながら頭痛を抑える様に頭を抱えた。




