1. プロローグ
60年前、宇宙で大規模な磁気嵐が発生した。
その日、誰もが見入ってしまう程に美しい、神秘的で色とりどりに彩どられたオーロラが現れ、地球をシャボン玉の様に包み込んだ。
オーロラが発生したと同時に、世界中の空からは全ての雲が消え去り、吹雪や雨、台風や嵐といった、地球上での自然現象がピタりと一斉に止み、世界は静寂に支配された。
上空をユラユラと色を変えながら停滞しているオーロラは、まるで触れればすぐに弾けて消えてしまそうな程に脆く見え、薄い膜の様にユラユラと神秘的に揺らめきながら、世界中の人々を魅了した。
そんな、世界中の人々を魅了していたオーロラは、突如、キラキラと輝きながら弾けて霧散し、優しく暖かな風を巻き起こしながら地球上の隅から隅までの全てへと吹き抜けた。
フワァァァ・・・
キラキラと輝く優しい風は、地上、地下、屋外、屋内に関わらず、老若男女、人種を問わず、世界中の人々を暖かく、柔らかく、優しく、等しく全てを包み込む。
優しい風が吹き抜けた後、スマホやPCと言った通信機器をはじめ、車、電車、テレビ等の電子機器は全てが機能を停止し、人類は今まで築き上げてきた全てのテクノロジーを失った。
─そして──
─世界は静寂に包まれて──
─地球の文明は崩壊した──
─55年前──
世界が静寂に包まれた旧文明の崩壊を境に、人類は不思議な力を手に入れた。
それはスキルと呼ばれ、多種多様な現象を引き起こす事ができる不思議な力であった。
スキルを獲得した人々は、多種多様なスキルを駆使し、以前の文明を超える新たな文明を築き上げる為の礎となった。
—50年前──
世界各地で未知なる『現象』が現れた。
『現象』は、不特定多数な場所へと縦にも横にも異質な空間を発生させた。
現象は場所を選らぶ事なく、洞窟を発生させたり、街やデパ地下、地下鉄を変貌させたり、住宅街の中心部へと天にも届きそうな塔や遺跡が現れたりと、様々な形で出現した。
そしてこの異質な空間が現れる現象は、総称して “ダンジョン” と呼ばれる様になった。
このダンジョン内には地球上には存在しない未知なる生物が生息しており、侵入して来る者達を誰彼構わず容赦なく襲い葬った。
ダンジョン内に存在する未知なる生物達は、総してモンスターと呼ばれる様になった。
モンスターには現代兵器や銃火器では火力が足りず、兵器を利用したモンスター討伐は限界を迎えた。
その為、政府はダンジョンへ入る事を危険とみなし、自衛隊と警察の連携の元、興味本位でダンジョンへと無作為に入って来る者の監視や一般市民へとモンスターからの被害を出さない為に、ダンジョンの入り口から近辺までを壁で覆い、徹底的に管理する事になった。
多大な危険を伴う未知なる空間であるダンジョンの探索により、自衛隊は多数の犠牲者を出し、隊員の数が徐々に減っていき、隊の存続が危機的状況となった。
しかし、隊員の中でスキルを保持している者達がモンスター討伐にて多くの活躍を見せており、スキルはモンスターへの攻撃へと有効である事が実験、実証、判明され、一般でスキルを保持している者からも、ダンジョン探索への募集をかける事になった。
募集をするに当たり、世界政府はスキルを保持している一般人のダンジョンへの立ち入りを可能にする為に、新たにダンジョン法という新法案を立案した。
ダンジョン法では、何かしらのスキルを持つ18歳以上の者は政府の機関でダンジョンについての講習を受け、政府公認の機関で登録をすれば、ダンジョンへと入る事ができる資格を得られる様になった。
これにより、老若男女問わず、スキルを保持している一般人もダンジョンへと立ち入る事が出来る様になった。
資格を得た者達はダンジョンへと潜っていく事からダイバーと呼ばれる様になり、ダイバーは、ダンジョン内で倒したモンスターからドロップされるアイテムや素材を政府に買い取ってもらい、政府はダイバーから買い取ったアイテムや素材を元にダンジョンについての研究を進めていった。
ダイバーの起用により、政府の調査・開発機構はより多くのアイテムや素材を集める事ができ、政府からダンジョン素材の委託研究を任された民間企業によって、ダンジョン素材の開発が進んだ。
─40年前──
地球へと活気が戻って来た。
ダンジョン素材の開発により、以前の文明を超える、新たなテクノロジーや技術が確立した。
また、ダンジョンのモンスターは、ダンジョンの素材でできた装備を用いれば効果的に対処できると言う事が判明し、コレにより、スキルを保持していない一般市民もダンジョンへと潜る事が可能になった。
ダンジョン素材の開発が進んだ事によって、車の免許を取るかの様にダイバーライセンスの取得が簡易的になった。
一般へのダイバーライセンス取得の簡易化により、一般企業による専属ダイバーの雇用が激化し始めた。
多くの企業によるダイバー雇用によって、職を失う者がほぼゼロとなり、貧困から来る暴動や犯罪は激減し、世界の治安と経済は旧文明では考えられない程に何もかもが大きく発展した。
人類は、
スキルとダンジョンによって、
新たな高度な文明を手に入れた。
─現在──
「あ〜腹減った・・・」
俺、橘花 雄太(25歳) は、早朝にも関わらず、うだる様な暑さから来る大量に吹き出した汗と激しい空腹によって悩まされている。
俺は1ヶ月前までダンジョンで獲れる素材関連の会社で営業として働いていた。
一人暮らしだが、給料は割と貰っていた方なので、何不自由無く生活を送れていた。
順調満帆な生活を送り、自身の明るい未来をチラチラと見ながら過ごしていた俺は、ある日突然、上司の脱税に加担したと言う、「身に覚えのない濡れ衣」を「押し付けられて」会社をクビにさせられた。
しかも、その身に覚えの無い濡れ衣のせいで、クレカはもちろん、銀行の預金口座は全て凍結させられ、ダンジョン探索中に、モンスターに襲われて他界した、両親がかけていた二人分の生命保険で得た多額の保険金や家と言った資産も、丸ごとゴッソリ差し押さえられた。
俺が上司の脱税に加担したと言う証拠が不十分な為か、観察状態と言う事で逮捕には至ってないが、捜査や検証の為に俺の銀行口座は疑いが晴れるまで凍結、財産は差し押さえられた状態になっている。
──まるで何者かに操られているかの様に、俺の人生はイキナリどん底へと転落させられた──
現在、俺の手元には僅かな金額が残っただけとなってしまい、それを元手に、今はボロボロの安いアパートで一人暮らしをしている。
ぶっちゃけ、雨風を凌げてホームレスにならなかっただけましなのだが、このままでは今日の飯代はおろか、アパートの家賃すら払えない。
エアコンは勿論、扇風機さえもない俺の部屋は、何も盗まれる物が無いのを良い事に、空が明るい間は少しでも風通しを良くする為にと窓と玄関のドアが全開で開けっぱなしになっている。
窓やドアが全開で開いている為、室内に居ると言うのに、外で激しく鳴いているセミが五月蝿くて堪らない。
腹も減ったが、この状況はどうしたものか・・・
クソみたいな濡れ衣のせいで、再就職すらままならねぇ・・・
とりあえず、いつものハロワにでも行って冷水器の水でも飲むか・・・
殆ど外にいるのと変わらない状態の部屋の中、ボロボロの畳の上で力なく横になっていた雄太は、空腹な身体をゆっくりと起こし、フラフラとした足取りで小さく申し訳程度に備え付けられているシンクへと向かう。
雄太は、徐に水道の蛇口をひねり、出てくる水をコップを使わずに顔を横にして直接水へと口を近づけてガブ飲みし、そのままの勢いで顔を洗い終えると、着の身着のままの格好で、ハロワへと向かう為に部屋を後にする。
ハロワは、雄太の住んで居るアパートから一駅隣の所にあり、電車賃を出す余裕がない雄太は、水道水を入れているペットボトルを片手に、この真夏日のクソ熱い中を、ノロノロとまるでゾンビの様に歩いて向かった。