とある会話 32
C「Zさん、検証に入ると勝手に言われても
わたしは困ります。わたしは参加したく
ありません」
E「Zさん、わたしもお断りします。さっきの
仮説ですが、意味が分からないんです。
わたしたちがアキレスで、消えた仲間たちが
亀ですか?いなくなった原因と見つけられない
理由にはなっていないのではありませんか?」
F「そう思います。真実からほど遠いですよ。
アキレスと亀が競走すれば、必ずこの
宇宙ステーションの中なら亀に
簡単に追いつけるはずです」
Z「冬眠カプセルで数えきれぬほど、われわれは
自分の細胞を全て凍結し停止させて来た。
そして300日が経過した時点で解凍プロセスに
入り、われわれは自分の全細胞を活動させる。
全ての細胞の解凍処理が終了した時点で、
冬眠カプセルの扉が開く仕組みになっている」
G「知っていますよ。そのくらいは」
Z「そこでだ。まずカプセルに横たわるとフタが
自動で閉まる。その後、冬眠用の入眠剤が
噴霧されて、カプセル内で全細胞の凍結停止
プログラムが実行される。これがまず1つめ。
次に全細胞の活動停止が確認されたと冬眠
カプセルの人工知能が判断すると、300日間の
冬眠状態として、われわれは地球でのいわゆる
睡眠と同じ休止状態になり眠り続ける」
K「眠りとは違いますが、その通りですね」
Z「ああ。そして地球時間で300日が経過すると
冬眠カプセルの人工知能がわれわれの細胞を
再活動させる為に解凍処理を開始する。これが
2つめ」
L「それで?消えた仲間たちはどこへ?」
Z「いいか、聞いてくれ。それが全て終了した
時点で、冬眠カプセルの扉が開くんだ。
そして諸君、われわれはある単純な事実に
気がつくべきだったんだ。人の細胞の、数と
細胞の大きさなどは、それぞれ微妙に異なる
ということに」
M「う〜ん。分からないなあ。説明を聞いても
理解に苦しみますね。細胞の数や体積に
個人差があるとしても、仲間たちが消えた
理由にはならないんじゃないですかね?」
Z「そうなんだ。だが、もし、もう1つある条件が
加わったとしたらどうだろうか?」
N「ある条件とは何ですか?」
Z「われわれは、数えきれないくらい300日
間隔での冬眠を繰り返して滞在している。
あくまでもこれは仮説だが、頻繁に
凍結、解凍処理を300日間隔で繰り返して
いるうちに、細胞にとっての時間の感覚を
強力な力によって変えてしまった。つまり
アキレスと亀の間にある無限の時間、また、
飛ぶ矢が停止しているように見える無限の
感覚、あるいは見つめている鍋やヤカンは
どれだけ待っても沸騰しないと思えるあの
感覚。細胞を停止したり活動させたり300日
間隔で繰り返すうちに、われわれの個人差で
ある微妙な細胞数と大きさの違いが、凍結や
解凍にかかるプロセスに時間差を生じさせ、
徐々に、われわれの脳内が300日間休み、
数時間打ち合わせをするだけの生活をすること
と相まって、不思議な時間の流れ、つまり、
われわれの脳内がアキレスと亀状態を生きる
ようになってしまったのではないかと
思うようになったのだ」
O「ア、ア、アキレスと亀状態になった???」