地底の妖精
暗い地下道を松明を持って歩く人影が一つ。
人が二人横に並ぶには狭く、頭上は大の大人だと屈まなければいけないこの地下道。
僧侶姿の年老いた男が奥へとゆっくりと進んで行く。
「さてさて、困りましたね……」
老人は微笑みながら呟いた。
松明に照らされた顔には、困惑した表情は窺えない。
前も後ろも見えない静かで暗い地下道を、老人は微笑んで楽しそうに歩いていく。
背面、天井、視線の先、至る所から水の滴る音が響く。
先の見えない地下道の道中には、無数の白骨が壁に寄り添って眠っている。
「ふふっ、なんだか久しぶりにあの人に会えそうな気がしますね」
恐怖に支配されそうな、虚無にも似たこの空間で老人は笑い続けていた。
「ふふっ……さて、そろそろ見えてきそうな気がしますね」
この暗くじめじめとした空間で何故彼が微笑み続けるのか、答えは本人にしか分からない。だが、老人が言葉を発してから進んだ先には地下道の終わりが見えた。
開けた空間だが、光も何もない。光量となるのは松明のみ。
老人は松明を地面に置いて目を瞑った。湿った地面によって松明の火が少しずつ弱まっていく。
――お前はなぜ此処に来た
広い地下空間に響き渡る重低音の声に老人はただ微笑む。
「成り行き……いえ、散歩とでも言いましょうかね」
老人は姿の見えない何かと会話を始めた。
――誰も来ることの出来ない此処にどうやって来た
「ふふっ、気付いたら此処に」
――何が可笑しい
「いえ、楽しいのですよ」
――何が楽しい
「誰かと話せることが、ですかね」
――お前は独りなのか
「いえ、とても優しい友人や仲間がおりますよ」
――その者達の元へ帰れ
「帰りたかった……というのは貴方だけに伝えておきましょう」
――帰りたかったとはどういうことだ
「もう戻ることは許されませんから」
――なぜだ
「ふふっ、さて何故でしょうね」
――なぜなのか答えよ
「ふふっ、ならば先にお名前を教えて頂いても良いですか」
松明の火が消えて暗闇に包まれる。
老人の表情も窺えない。
――名前を聞いてどうする
「いえ、なんとなく興味が湧いてしまったのですよ」
――ふむ
「知り合いに似ている気がしましてね」
――ありえんな
「なぜですか?」
――見覚えが無い
「視界の無い世界で見覚えとは面白いですね」
――ふむ
「さて、そろそろ話してくれませんか」
――話すことはない
「ふふっ」
――何が可笑しい
「いえいえ、貴方は相変わらずですね」
――分かっているなら聞く必要もあるまい
「それもそうですね」
――ここの暮らしは長くなるぞ
「まぁ、二人居ますから退屈はしませんよ」
――ふふっ……
「貴方の話を聞かせてください」
――どこから話そうか
「貴方の好きな所から」
そして、老人と地下道の先に居た何者かは、名前も名乗らずにいつものように会話をし始めた――
二人が誰かは言いますまい……。
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