ミツバチとスズメバチ
雨の中、スラっとした紳士が玄関を叩く。
黄色いスーツに黒のラインが入った見慣れない姿。
ハット帽が良く似合う素敵な立ち居振る舞い。
玄関の扉が開く。
「はいはい、どなたですか?」
玄関の隙間から顔を覗かせたのはとても優しい顔をしたご老人。
「いやはや、お昼時に申し訳ありません」
見慣れない姿の紳士に老人は優しく微笑んだ。
「構いませんよ」
「すみませんが、宿をお借りしたい。この雨ではどうにも足元が……」
「背中もずぶ濡れではありませんか。どうそ中に」
「かたじけない」
中は蝋燭の灯りで照らされとても暖かい空間が広がっていた。
丸い机に六人分の丸椅子。部屋の中も全体的に丸みを帯びている。
「冷えたでしょう。丁度温かいスープがありますから飲んでください」
老人は玄関からも見える奥のキッチンでコンロに火を点けた。
「いえ、お構いなく、どうにも温かいものは苦手なのです」
「いやいや、客人が来なければ腐らせてしまいますから」
紳士は玄関に立ったまましばらく考えた。
「では、頂いてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。座って待っていてくださいな」
「ありがとうございます」
紳士は手前に座る。
老人は丸いスープ皿に自分用と紳士用にスープを注いだ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「はちみつを入れたシチューなのですがお口に合うか……」
「はちみつは好きですよ」
「なら良かった」
老人は座りながら優しく微笑んだ。
「頂きますね」
「どうぞ」
老人と紳士はスープを飲んだ。
紳士の瞼が重たくなる。老人は慌てた。
「どうしましたか?」
「いえ、少し眠くなってしまったようで……」
「それはいけない。布団で寝てくださいな」
「……」
紳士は返事を返さない。老人は肩をゆすった。
「起きてください。ここで寝ては風邪を――」
バタン。
椅子が倒れて紳士が床に伏せた。
老人は急いで倒れた紳士の身体を起こそうとする。
「そんな……」
紳士は息をしていない。
息の絶えた紳士の横で老人は静かに涙を流したのだった。
ミツバチの方が体温上昇が耐えられるらしいですね。そんな話をテレビで聞きました。
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