不変
私は知っている。
人は結束し合うことを。
裏切りを起こすことを。
表と裏の顔を持つことを。
自分の利益を最優先に考え行動することを。
無益なものには興味を示さないことを。
誰かが怪訝な表情で私に言った。
「なぜ、そんな事しか言えないの」
苛立ちを見せたその誰かは、不機嫌なまま立ち去って行った。
なぜ、こんな考え方になってしまったのか。
理由は単純であり嘆巡。
明快であり、迷解である。
私がそういう人間なのだから仕方がない。
嫌でも動物の醜い部分が見え隠れしてしまう。
上手に隠そうとしても、それは隠しきれないものである。
それらは良い意味で素直と言われ、悪い意味では冷酷なものとなる。
人は綺麗ごとを述べる。
人は大事なことを言わない。
人は忘れやすい。
人は怒りやすい。
人は流されやすい。
人は壊れやすい。
人は愚かに過ごす。
人は醜い生き物である。
数え上げればキリがない。
表面上の綺麗な部分だけを真上から見下ろせば、
それは美しく見えるだろう。
「地球は青かった」
地球を顕微鏡で覗けば、微生物となんら変わらない私たち。
物理的に物を破壊し作り出し、精神的にも破壊を繰り返す。
安定、安寧した世界を生み出せずに四苦八苦。
競争、争い、格差――――――
綺麗な地球の中は深淵の如く暗い。
先の見えない不安を助長され、富裕層は弱者を見下ろす塔に居る。
それは党でもあり、棟でもあり、塔でもある。
選ばれた人間は党に住み、安定した生活を欲しいままにした。
一攫千金を得た人間は棟を作り、さらに大きな富を得た。
塔に居る人間は血筋によって楽な生活を過ごした。
貧困に苦しんでいたホームレスが言っていた。
「運が悪かったんだ」と。
そのホームレスは微笑みながら死んでいった。
それは、貧しい人間の死とは思えないほど、穏やかな表情だった。
人は生まれながらに有利な立場に立つ者が居る。
地位、財産、血筋など、形の違うモノによってそれは決められる。
世間がいう「勝ち組」。
けれど、私は思うのだ。
貧しくとも、先が見えなくとも、彼らに勝てることがある。
立場、状況、考え方。
今、この時、この場所で。
見ている視点が違うこと。
優勢では無いからこそ見えるものがある。
自分を第三者として置き換えることができるのだ。
当事者ではない私は、彼らの立場を想像することが出来る。
しかし、彼らに私の立場は想像できない。
強者に弱者の考えは理解できないからだ。
小さな幸せを大きな幸せに捉えられる力。
夢や希望、不透明な未来を創造する力。
何もない、何も持っていない者が持つ価値観とは、
強者には一生届くことのない領域である。
私は、私が愚かなことを知っている。
私は、私が弱者であることを知っている。
私は、私が客観的な視点を持つことを知っている。
合理的に、情熱的に、感情的に、けれど冷静に。
現状を把握し整理する。
一歩、後ろに引くことが出来る。
ちぎれたページに何が書かれていたのかなんて、知らなくていい。
それを想像すればいい。
決められた文字列を探すのではない。
決定事項を繰り返すのではない。
新しい活路を見出すのだ。
嘲笑う強者の顔なんて、知らなくていい。
誰かが誰かを貶める世界なんて、知らなくていい。
聖者である必要はない。同時に愚者である必要もない。
全ては流れている。
時間も人も、動物も物、物質でさえも……。
ただ、流されないものがここにある。
思考の奥、経験、蓄積された感情、心の機微。
自身の世界に沈み込み、己を知る。
そうすれば、何が必要で何が大切か。
世界の基準ではなく、自分の基準ができるだろう。
全ては流れている。
けれど、流されないものを大切にしなさい。
確かなものを信じなさい。




