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第三話 アーテル村 ハムスターファミリーと乳児院の子供達

アーテル国は現在四つの市町村と、二つの島がある。

アーテル国で一番大きく栄えているのが、ルージュ市、またはルージュシティ。

アーテル国、一番古い町が、ビィオラ町。

この二ヵ所は、話し合いの末、分離する事があると決定している。街が大きくなった事により、一部を分離し、新しい町を作る計画が出ている。

そして、アーテル村。

アーテル村は、国の一番古い村で、アーテル村があり、そこから土地が広がり、ビィオラ町が出来たらしい。

アーテル村とビィオラ町は、国で一番古い村と町というのは、つまりそういう事である。

次にルージュ市同様の古さの村、グリューン村。

グリューン村が出来たのは、この国が新しく国王政権になった時に出来た村で、ルージュ市はその後、出来上がった。

二つの場所に、人が移り住み、異国の人が移り住んで、この村や市は、大きくなった。

そして、現在、ビィオラ町とアーテル村の両方が管理している島が二つある。

 元々は、アーテル村の土地だったが、今は管理者がいない為、二つの場所が同時に管理している。それが、クジラ島とペンギン島である。

元々住んでいる者と、外国からの移住者がいるのが、アーテル国である。

この国は、大陸の端にあり、森と海がある国だ。

移住者は、森からでも、船を使い海からでも、もちろん飛行機を使ってでも来られる。

今現在は、ビィオラ町とルージュ市が、分離計画の街に指定されている。

この国は、これからもっと減ったり増えたり動きがあるだろう、と予測されている。

まだまだ、発展の余地がある国であるのは、確かだ。

国内の移動手段は、ルージュ市以外、バスで村と村、村と町をつないでいる。

アーテル国の地図を広げると、国の中央地にビィオラ町があり、右側にルージュ市。ビィオラ町の左側に、アーテル国がある。

 アーテル国の左側にグリューン村で、アーテル村とビィオラ町から、海を見ると、アーテル村の下に小さな無人島、ペンギン島。

ビィオラ町とルージュ市の下に大きな無人島、クジラ島がある。

船や飛行機などを、すべてルージュ市が管理している為、ルージュ市は、一部空港がある場所を、分離させ、街を新しく作ろうという計画、さらに、ビィオラ町は、大きな川があり、川を含めた土地を新しい町にしようとしている。

もしも、もう少し海側からの移住者が来れば、また、現在のビィオラ町の一部と、ルージュ市の一部を、新しい町にしても良いだろう。という計画が出ている。

そうして、今、国は新しく生まれ変わろうとしている。

 アーテル村は、特に影響なく、いつも通りの朝だった。

隣の町や、市街地の情報は入ってきても、影響がないなら関係ない、と考えている人が、多いからだ。


アーテル村に住む、ハムスターの獣人のお父さんは、村で一本しかないバスの運転手兼アーテル村乳児院の理事長である。

人手不足の所が多い、この国はたまにお父さんのように、二つの職業を持っている事がある。

技術職は尚更、人手が足らず、出来る範囲でやっていくしかない。

それでも上手く仕事をしていく事が大事である。

バスは、村と村、村と町のつなぐ為のバスである為、朝夕の利用者は、多くなる分、本数も多くしている。

バス会社は、この国に一つしかなく、すべてのバスとルージュ市のトラムの運営をすべて任されている。

町が増えても、バスを増やすかどうするか、ぐらいの事しか、今は話し合っていない。

 村や町を巡回する、決められたルートで走っている為、場合によっては、今のルートで、充分である。と考えているからだ。

平日、休日共に、午前は、七時、九時、十一時の三本。午後は、十五時、十七時、十九時の三本。休日のみ、十三時が増える。という時間でバスが出ている。

バス停もあるが、決まった所が一番、利用者が多くなる為、二ヵ所くらいしか機能していないように見える。

後はほとんど、歩き、自転車、自家用車での移動で、住人達は生きている。

国がそこまで大きくも小さくもない分、村の面積もそこまで広くない。ので、バスのみの運営で、生活している。

ハムスターの獣人のお父さんはバスを運転しながら、所々街並みも見ていた。

この国に人が増えるのはかまわないが、結構な自由の国で、その分トラブルもある事を気にしていた。

乳児院を経営していると、とくに親の居ない子が結構沢山、居る事に驚かされている。

どこの市町村も一杯だと聞いている。しかし、別の日にはグリューン村の乳児院の経営が困難でつぶれそうだ、という話も舞い込んできたりして、乳児院の経営は、いつどうなってもおかしくないような状態だ。

さらに人が増え、町が増えれば、ある程度人数やら、軽減できるのか?と考えるが、上手く行くなら、苦労しないだろう。と考えていた。




ある日、お父さんは七時台のバスを走らせていた。グリューン村との境界にあるバス停と、ビィオラ町との境界にあるバス停の行き来で、アーテル村の中をグルグルとめぐる最中、ビィオラ町の境界線の所のバス停から、一人の若い女性が、ベビーカーと一緒に乗り込んできた。

乗り込む際、お父さんが手助けをすると、女性はペコッと頭を下げた。

バスの前の方が優先席になっており、そちら側に向かうと、女性は優先席前にベビーカーを止めて、自分はその席へ座った。

朝早い時間帯だったからか、子供は寝ているようだ。

朝一のバスだったが、グリューン村からの乗客とアーテル村からの乗客は、降りていた為、このバス停からの客は、女性一人だった。

仕事か学校へ向かう人が利用するのがほとんどで、皆、町や市街地へ向かうのだろう。町と村の境界線であるこのバス停からは、普段はほとんど利用しない。町から村へは、乗用車での移動が多いからだ。

学校が始まる時間でも無いため、本当に珍しかった。

しかし、場合によっては、利用する人もいるので、そこまでおかしい話ではないのだが。

 その人は、ずいぶん綺麗な恰好をしていた。

ルージュ市辺りから来たのだろうか?それとも別の国からの移住者だろうか?まぁ、どちらも特にこれといって、気にすることではない。

お父さんはバスを走らせている間、支障が出ない程度に、チラチラと見てしまったが、気にしない事にした。




先ほどの女性は、とあるバス停で降りた。

なんとなく嫌な予感がしたが、女性以外、そのバス停の利用者はいなかった為、降りた後は、すぐにバスを走らせるしか、出来なかった。

一言声をかけたかったが、違ったら申し訳ない。お父さんは多少モヤモヤしたが、業務に支障が出るのは困る。バスを運転するのに、集中することにした。




女性は、バスを降りると、目の前の建物を見た。

アーテル語で「アーテル村 乳児院保育園」と書いてある。

その他にも、別の看板も見つけた。

【一階 アーテル村 乳児院】

【二階 アーテル村 保育園】

 さらに別の看板には、【乳幼児&保育児 保護施設&保育園 応相談。】と書いてある。

この施設は、親のいない子の施設であり、一時預かり所でもある。

普通の保育園というより、児童相談所や、施設という意味合いの保育所兼一時預かり所、といった総合施設らしい。

一時預かりは、一日だけとか、急用時に数日、数時間など、面倒を見てくれるらしい。

しかし、女性のこの施設への訪問理由は、一時的に利用したい、という事ではない。

それなら、ルージュ市やビィオラ町など、自分が住んでいる場所の近い場所に預けられる場所を探すだろう。

しかし、女性はそうはしなかった。とりあえずの場所を探していたのではない。自分となるべく離れた場所の施設を探していたのだ。

今、ベビーカーの中で、すやすやと眠っている子供を、自分の手から離すために来たのだ。

女性は、しゃがみ込み、ベビーカーの中を覗き込んだ。

「ごめんね、伽芽莉愛きゃめりあ、ママを許して」

女性は、ベビーカーを押す体制に戻ると、施設内へ入って行った。




ハムスターの獣人のお父さんは、バスの運転が終わり、次のバスの時間まで、停留所にバスを止め、歩いて別の仕事場へと向かった。

「アーテル村 乳児院」の所まで来ると、門をくぐり、建物内へ入って行った。

職員出入口と書いてあるドアを開け、中で靴を脱ぎ、サンダルに履き替えた。

「せんせいのおへや」と書いてある所に入って行くと、中には誰もいなかった。

ここは、一階と二階の施設で働く人のいわゆる職員室である。

一階は、「ハムスターさんの乳児院」で、二階は、「ラッテラパンさんの保育園」という通称で、この村では通っている。

ハムスターさんの乳児院の理事長、または経営者でもあるお父さんは、乳児院の仕事をする為、ここまで来た。

資料を手に取り、確認すると、やはり新しい子が入園していた。

母親か誰か、女性の字で書かれた書類を確認すると、隣の町、ビィオラ町の住所が書かれていた。

ココアウサギの赤ちゃん 二歳、名は…。

「小島、小島、きゃ、め、り、あい、あっ、小島きゃめりあちゃん?」

随分な名前だと思ったが、土地柄ハーフか?とも思ったが、母親らしい名前はあったのだが、父親の部分に空白しかなかった。

“誰だかわからん男の子供を産んだのか、そして育てられなくなった、あぁ、そんな感じか、理由は経済力って書いてあるか”

諸事情と書くか、ちゃんとした理由を書かれるか、理由については、任意にしている。

親の名前すら分からない子もいる中、彼女は正直に書いてくれたらしい。結構色々と書き込んであった。

保護者氏名から「小島 紗智子」これが彼女の名前だろうか?

年齢欄にも書き込みがあるのだが、25と書き込んだ後に、その数字を消して、再び書き込んである。年齢以外にも、よく見ると、微妙に書き間違いがあった。

お父さんは、その書類に書かれた内容を、パソコンで保管する為、書き込まれた物を見ながら、文字を打ち込むが、なんとも読みづらい物となっていた。




 その日の午後、ハムスター一家の長女 林 和美は、学校から帰ってきた後、一旦図書館へ行ってから、親が経営している乳児院まで、手伝いに行くことにした。

乳児院と図書館は近い所に位置している。いつも乳児院に来た時は、図書館へ行くこともある。

和美はいつも、双子の弟、春樹と一緒に行動している事が多い。

春樹は、軽度の障害があり、足が悪いからだ。

春樹は、乳児院に来ると、いつも近くのバス停に居ることが多い。

お父さんが運転しているバスを見るためだ。

バスが見たいだけで、特になにもしない。大人しくしている。

乳児院に入ってきても、特に手伝いをするわけではなく、のんびりと過ごしている。

 今回は、和美と春樹で、乳児院に行く前に、返却する本を返しに行くため、図書館へ向かった。




二人が図書館へ入ると、返却カウンターへ向かった。その時、和美が司書さんと返却のやり取りをしていると、春樹が和美に何かを知らせてきた。

和美は辺りを見渡すと、その場から去ろうとしている女の子を見つけた。

カンガルーの獣人の女の子であることは分かった。

ただし、名前が外国の名前で、良く分からなかった。

同じ学校で、同じく一年生の女の子で、最近転校してきた子だ。

皆とあまり仲良くできず、いつも一人ぼっちの子で、和美は気になっていたのだが、外国語も共通語も分からず、また普段から、和美もクラスの子に避けられている為、話しかけるのが怖かった。

体が華奢で、力も弱く気弱な性格の和美は、人と付き合うのが苦手である。

そんな和美が外国から来た子に話しかけるには、同じクラスの子に話しかける事以上に、難易度が高い。だから見守るだけにしている。

今、見かけた子がその子であることは、間違いなさそうだ。

学校でも会っている為、服装や特徴がその子と一致している事も分かっている。

「はるき、おしえてくれてありがとう」

そう言われた春樹は、「うん」とうなずいた。

司書さんに「はい、オッケーよ」と言われると、和美は春樹の手を掴んで、「それじゃ、はるき、いこっか」と言って、歩き始めた。




乳児院の近くまで来ると、春樹は大好きなお父さんのバス停に一直線に向かっていった。

和美は春樹の後ろ姿を見つめ、一応見守ってから、乳児院の門をくぐると、建物内に入って行った。

職員出入り口で、自分の靴を脱ぎ子供用の黄色いスリッパに履き替えて、母親がいるであろう場所へ向かう。

『おひさまくみ』と書いてある看板があるドアを開けると、聞きなれない声が耳に響いてきた。

「きゃめりあは、いけめんがすきなの!いけめんがいなきゃ、やなの!」

随分めかしこんだ服を着て、いかにも都会にいました、といった感じの赤ちゃんがいた。

ここは0歳から三歳児の世話をしている教室である。教室といっても子供達は一日中、ここで過ごす。

その為、ベビーベッドが置いてあったり、日用品がそこらへんにゴロゴロしている。

その部屋で、ココアウサギの赤ちゃんは、叫んでいる。他の子はいつも通りだ。

お母さん、といってもここでは乳児院の先生は、その赤ちゃんと向き合っている。

「せんせいも、いけめんがすきなんじゃないの?せんせいのだんなは?しごとは?ねんしゅうは?」

「きゃめりあちゃん、とにかくココは、そういう場所じゃないの、ここに来たなら、先生のいう事聞いてね」

子供の名前が外国から来た子のような名前だった為、外国人なのかと和美は思った。

このクラスは、ごく普通の赤ちゃん、という感じの子が多かった為、良く喋り活発な二歳の女の子、というようなイメージの伽芽莉愛は、和美にとって、衝撃的だった。

そんな伽芽莉愛と母は困り果てた表情で、接していた。

和美はそんな母を見て、他の子の様子を見られていないだろうと思いその場を離れた。

赤ちゃんたちは、普通におもちゃで遊んだりして過ごしていた。

和美はそんな赤ちゃん達の輪に入り、出来る限りのお世話や遊び相手になって楽しく過ごした。

あっという間に時間は過ぎ、お母さんは疲れた表情で、和美に「そろそろお家に帰ろうか」と言ってきた。

お母さんに言われ、和美はある程度、部屋の中を片付けて、赤ちゃん達に「またね」と声をかけて、教室を出た。




夜勤の人に、後の事は頼み、お母さんと春樹と和美は、乳児院の門をくぐった。

三人で帰宅途中、和美は今日あった事を、お母さんに話した。

その後、今日新しく入った子の事を聞くと、お母さんは、まず、外国の子ではない、若い女性が連れてきた子で、その若い女性が母親だと、教えてくれた。

ビィオラ町や、ルージュ市方面から来た子で、その子のお母さんだという若い女性も、とても綺麗で、オシャレな服を着ていたよ。と教えてくれた。

それで、あんなに活発で、おしゃまなんだと、お母さんは言っていた。

「しょうがないのよ、急にこんな所に連れてこられて、混乱してるんでしょ、お母さんも居ないし。寂しいのよ、怖いし、訳わからないしで、それを素直に表現出来ないのよ」

和美は、なるほど。と思った。

子供らしくないのも、あんなことを言っていたのも、全てに理由があるのか。と納得した。

和美はこの家の長女で、双子の弟と、他にもまだ兄弟がいる。

和美は下の子達の事を思い出していた。

弟の下にまだ、三人兄弟がいて、まだ小さい。

わがままを言ったり、泣いたりして、和美やお母さんを困らせたりしている時がある、和美だってまだ小さく、上手く表現出来ないことが沢山ある。

和美は、「あの子は、大人びた子だけど、まだ、二歳だもんね」と、お母さんに話しかける。

お母さんからは、「そうだね、まだまだ小さいからね。和美にも、なにかあるかも知れないけど、優しくしてあげてね」と言われ、「分かった」と返事をした。




家の近くに着くと、赤い屋根の三階建ての家が見えてきた。その家が林家の家だ。

家に着き、部屋に入ると、お母さんはまた出かけてしまった。

保育園に三人の兄弟を預けている為、その子たちを迎えに行くのだ。

双子の弟、春樹と二人で留守番している時間である。

春樹にうがい手洗いさせたら、自分もうがいと手洗いをし、二人でリビングに向かう。

テレビをつけると、二人でソファーに座り、お母さんの帰りを待つ事にした。




 しばらくして、保育園から、下の子達が帰ってくると、家の中は一気に賑やかになった。

次女の美枝はテレビがついている事に、「ずるい」と言い出し、自分も見始めた。

お母さんに「うがいと手洗いが先よ」と言われ、文句を言いながらも、お母さんに連れていかれた。

一番下は、和美と春樹と同じように、男女の双子である。その子たちは、お母さんがすべて、面倒みていた。その為、お母さんは常に忙しそうにしている。

和美は、そんなお母さんの事が心配で、いつもお手伝いをしようと頑張っている。

少しずつ、少しずつ、家事を習い、出来るようになると、とても嬉しかった。

洗濯ものを畳む、お皿を片付ける、弟の面倒を率先してやる。それだけでもお母さんの負担は減る。

和美は、学校では上手く周りと溶け込む事が出来ないが、それをお母さんに言う事は無かった。

色々と、嫌み悪口も言われたり、無視されるが、

それは、なるべく気にしないように、と自分に言い聞かせていた。

寂しさ、悲しさはあるが、お母さんが困るような事は、避けたかった。

いつからか、そう思うようになり、どことなくそれが普通になっていった。

和美はどこか、自分の気持ちを人に話すのが苦手だ。

だからこそ、自分さえ良ければ、それで問題は無かった。




お父さんは仕事で遅くなる為、夕飯はお母さんと子供達のみになる。

お父さんも一緒にいて欲しいが、バスの運転手と乳児院の仕事の二つを掛け持ちしていると、それはどうしても無理な話だ。

和美は、お父さんがいなくて、寂しさはあるものの、下の子達が、騒いでいる為、賑やかさはあった。

お母さんは、いつだって赤ちゃんや子供の面倒を見るのが上手かった。

和美の中で、お母さんは憧れの存在で、いつかはお母さんみたいになりたいと思っている。

自分ももう少し大きくなれば、もっとお手伝いが出来るようになるのに。はやくもっとお姉さんになりたい。と考えていた。

今でもお手伝いに関しては、クラスで一番なのだが、和美の理想は、年上のお姉さん達のようになることだ。




翌朝

学校へ行くと、まず初めに弟、春樹を特別養護クラスへ連れていく。

その後自分のクラスへ行き、教室へ入って行った。

自分の席に座り、ランドセルから中身を取り出し、お道具箱にしまった。

ランドセルは後ろの棚へしまいに行き、再び席に戻って、お道具箱の中から、自由帳を取りだした。

自由帳には、沢山の絵が描かれている。

皆、仲良く笑っている絵だ。

図書館に通っている和美は、絵や物語が好きで、いつも司書さんの「おはなし」の時間を楽しみにしている。

弟の春樹も大人しく聞いてくれるため、一緒に行くことが多い。

子供向けの絵本や、物語の書かれている本を読んでいる時間は、とても楽しく、学校での事で嫌な事とかあったりすると、大好きな本を読む。

そうすると、寂しさや嫌な事が忘れられるのが、和美にとっては嬉しかった。

それで和美は、図書館に通ったりこうして自由帳に絵を描いている。

そんな時、ふと声をかけてきた子がいた。

「おはよう」

顔を見るとカンガルーの獣人の女の子、カーラ ブラウンだった。

彼女は昨日、図書館で会った最近この国に越してきた転校生で、まだこのクラスに馴染んでいない。

しかし、今日は和美へ話しかけてきてくれた。

「おはよう」と、あまり大きな声が出なかったが、とりあえずそれしか言えなかった。

ビックリしたのと、学校ではほとんど話しかけられない為、すぐには反応できなかった。

その後、案の定カーラの元に、今のやり取りをみていた子がカーラに話しかけていた。

静かなクラス内で、その声はとても大きく聞こえる気がした。

本当はそこまで大きくないのだろうが、和美には大きな声で喋っているように聞こえたのだ。

「病気」ではないしうつらない。弟の事を言いたいんだろうが、弟も弟で障害があっても元気に生きている。

和美は同じ障害を持っているわけでもない。

だからこのクラスにいるのに、わかってもらえない、と考えていた。

とても悲しいことだが和美には言い返す力がない。結局黙って見過ごすしかなかった。




とある日

お母さんと乳児院へ行くと窓の所に伽芽莉愛がいた。

中に入って、声をかけると「ままだろうとおんなはてきなのあたしのてきなのきやすくしゃべりかけないで」と言われてしまった。

「ママですら敵で、気安く話しかけるな」という意味らしい。

さらに、「あたしはあかちゃんもでるなのしゃちょうさんにきみはとっぷくらすのもでるっていわれてるくらいすごいんだから!あんたたちみたいなぶすがちかづいてくんな!」と言われてしまった。

どうやら、赤ちゃんモデルをやっていて、そこのモデル事務所の社長さんから、「トップクラスのモデル」と言われて優遇されているようだ。

それで服やら喋り方が都会っぽく、大人びた喋り方しているのかと、和美は思った。

伽芽莉愛から少し離れると、伽芽莉愛は、「なんであたし、こんなところにいるの?ままは?あたしはとっぷもでるで、せかいいちい、かわいいきゃめりあって、いわれてるのに!いけめんもいないし、もう!さいあく!」と叫んでいた。

和美は悲しい思いで見ていた。

どんな子だろうと、お母さんと離れ離れというのは、かわいそうと思っている。

どんな事情があるのか知らないが、一人で寂しそうに、今十代に人気の歌を歌っている姿は、教室で寂しそうにしているカーラとも姿が被る。

カーラはまぁ、そんな大人っぽい言葉使いとか、していないと思うが…。




乳児院では、伽芽莉愛以外、いつも通りの時間が過ぎている。

お母さんから、図書館へ行ってても良いわよ。と言われ、和美は図書館へ向かった。

一人で図書館へ行き、子供向けコーナーで、色々と本を見ていた。

将来、お母さんみたいな職業になりたいが、物語を書いたり、司書さんみたいな事も気になる。

子供たちに本を読んであげるのも楽しい。

和美は図書館の中にいると、夢が膨らんだ。

今日は特になにも借りたりせず、図書館で本を読むだけにした。

図書館の子供コーナーが終わる音楽が流れ始めると和美は、本棚の前から移動しようと思った所、カーラに出会った。

カーラに思わず話しかけてしまったが、今回は上手く話せたと和美は思った。

カーラも片言ながら、アーテル語で答えてくれた。

その後、別れを告げ図書館を出ると、乳児院に戻った。




 乳児院の庭で子供の面倒を見ていると、何処から話し声が聞こえてきた。

声の感じから、カーラの声に聞こえる。

和美はいつか、カーラと仲良く出来たらいいな、と考えていた。

図書館で会うという事は、カーラも来ているはずだ。

今度は、もう少し図書館で話したい、と思い始めた。

学校だと、誰かからまた、嫌な事を言われるのは避けたい。

カーラも同じとは限らない。カーラは自分の事をどう思っているのか分からない。

一応、挨拶してくれたり、話しかけても嫌な顔とかはしなかった。それだけで和美にとっては嬉しいことだ。和美は、この関係が進展することを願った。




 その日の夜

伽芽莉愛は夢を見ていた。

目の前には、自分の母親の姿が見える。

綺麗な服を着て、綺麗にお化粧して、誰だか知らない人と一緒にいる。

「まま」と呼んでも、答えてはもらえず、伽芽莉愛は混乱した。

「あいか」と呼ばれ、ママは微笑んでいた。

伽芽莉愛のママは、美人でオシャレで、伽芽莉愛の憧れであり、ライバルだった。

お互いイケメンが好きで、テレビに出ている男性で、同じ獣人が好きになったりしていた。

そんな親子だったからこそ、二人は仲が良かった。それなのになぜ、こうなったのか。伽芽莉愛には、理解できなかった。




伽芽莉愛の母、日吉ひよし 藍華あいかは、実家があるビィオラ町にいた。

本来彼女は、ルージュ市にいるが、今は帰れそうになかった。

乳児院では自分の名前は書かず、母の名前を書いた。

年齢は一回間違えたが、その後すぐに母の年齢を書き込んだ。

自分の人生は、母に振り回される人生だった。

母はアーテル村の出身で、藍華もアーテル村生まれである。

産まれてから、小学二年生まで、アーテル村にいて、「隅田 藍華」という名前で過ごしていた。しかし両親は離婚し、藍華は母と一緒にビィオラ町へ来た。

「小島 藍華」という名前で小学校三年生から十九歳までその名前だった。

その後、母親は再婚、現在藍華は「日吉 藍華」という名前で生きている。

娘を二十三歳で産んだ、娘の本名は「日吉 伽芽莉愛」

しかし、乳児院では、「小島」という名前の方を名乗らせている。

実母には、孫がいることは教えてない。

藍華にとって、「新しいお父さん」は、お父さんと思えていない。

母に「新しいお父さん」と紹介されても、「ふーん」と返した。

十代最後の方で、いきなりお父さんが出来ても、気持ち悪いだけだったからだ。

藍華は華やかな街に憧れて、「日吉 藍華」になったタイミングで市街地と表現されることもある「ルージュ市」へ行く事にした。

それからは、ほとんどビィオラ町には近づいていない。

それが今、バカみたいにここを動けず、この場所にいる。

母の匂いが充満している布団に寝転がって、時が過ぎるのを待っている。

母は今不在で、しばらく帰って来ないのは分かっている。

新しいお父さんって人も居ないのは分かっている。だから、“ここに居るのだ。”

藍華は、伽芽莉愛を乳児院に連れていく日の夕方から、この家で寝泊まりしている。

小学校三年生から、十九歳まで、母とこの家で暮らしていた。

母の事は、好きなのか嫌いなのか分からない。

嫌いという気持ちが大きいかもしれない。

本当は、家に帰らないといけないのも分かっている。

「だけど、今はここに居たい。」

その気持ちが大きくて、動くことが出来ない。

「この布団、おばさん臭がすごい、いずれ自分にまで、この匂いくっついちゃいそう、ヤダこんな匂いヤダ、だけどこの家、私の荷物、ほとんど無いし、布団もお客様用のとか置いとけよ、クソババア」

独り言は、部屋にむなしく響いた。

娘の事や、娘の名前などを口にしようと思うと、涙がこみあげてくる、ブスになるから、泣きたくはなかった。

ただ、藍華はたった一言だけつぶやくと、目をつぶり、浅い眠りについた。

「ママ、おやすみ」

言葉に意味はない。

眠くなったから、つい癖で出てしまった言葉だ。

実家という場所はダメだ。

とくに母親の存在や、母親の匂いというのは、いろんな意味でダメにするらしい。

藍華も藍華で、母親の夢を見た。

母親は「藍華ちゃん、今日もかわいいね」と言っていた。

母を見上げている。という事は、藍華はまだ小さいのだろうか。

「ママ、見て!ママのえらんでくれた服、みんなにかわいいってほめられたよ」

「良かったわね、藍華」

「ママはすごいね、あいかのオシャレの先生だね、あいか、ママみたいになりたいな!オシャレの先生になって、いろんな人をオシャレにしたいな!あっ、お姉さんになったら、あいかはデパートではたらく!そうする!」

「そうね、藍華はデパートで働くのが良いかもね、頑張ってオシャレの先生になってね!」

「うん!ママ、おうえんしてて!あいかぜったいになるよ!」

母が微笑んでいる所で夢が覚めた。

「あっ、そうか、バカみたい、私、ママにそう言ったんだ、だから、デパートで、あぁ、明日は帰らなきゃ」

小さい声で呟くと、藍華は再び眠りについた。

今回は深い眠りにつけたようで、藍華はそのまま朝を迎える事となりそうだ。




 翌日

藍華はバスに乗って、ルージュ市を目指した。

行きは伽芽莉愛も一緒だった為、ふとした瞬間、娘が一緒のような気がしたが、我にかえると、“あぁ、いなんんだ。”と冷静になる。

ルージュ市付近でバスを降りて、町から市に向かって歩き、トラムに乗り換えた。

トラムからの景色は見慣れた景色で、結局心は落ち着いてくる。

『帰って来たんだ』と、心の中で呟き、辺りを見回す。

自分の家がある近くの駅でトラムを降りて、家に向かうと見慣れたアパートが姿を現した。

そこに随分な風貌の男が立っていた。

「やっと帰ってきたか、今日の夜でも迎えに行くかと考えてたんだが」

「私がいなくて寂しかった?」

「女はアイカだけじゃないからな」

「全く、ごめん、今日は私だけ見ていて」

「バカな女だ」

そうして藍華は、その男の胸に顔をうずめた。

男は愛華の背中に手をやり、藍華をなだめるよう、背中をさすった。

その後、二人はアパート内に消えてった。

まるで恋人同士のように。




アーテル国の朝は、いつも通りどんよりした空だった。それでも、この国に住む者達は、憂鬱な顔をしながらも、支度をして、学校や会社に向かう。

しかし、そんな中新たな一歩を歩む決意をした者の顔は晴れやかだ。

ハムスターの獣人の女の子は、いつもより朝早く目覚めてしまい、なんだかソワソワしていた。

今日はなんだか、学校へ行くのが楽しみだった。

確か名前は「カーラ ブラウン」さん。

お父さんに頼んで、カーラ ブラウンという名前を調べてもらった、カーラの出身国についても調べてもらった。

カーラの事をもっと知りたかった。

カーラと話しをしたいと思っていた。

しかし、カーラの気持ちも気になる所だ。

お父さんやお母さんからは、「お友達になりたい子が出来たら、お友達の気持ちも、考えてあげなさい」と言われていた。

初めてお友達になりたい子が現れた。

和美にとって、初めてが多すぎて、戸惑うばかりだ。

それでも「一歩ずつ」というお母さんの言葉を胸に、和美はまずは挨拶から、と進む方向を決めた。

「おはよう」という言葉を、自分から相手に言う。

和美が一番苦手なのは、自分から声をかける事だ。

しかしそれではいつまでたっても前には進めない。

昨日のように、すんなり話しかけられれば良いのだが、一回出来るようになったからって次からまたすんなり出来るとは限らない。

勇気が必要なのだ。

その勇気が和美は人より少ないのである。

だからすごく難しいのだ。

それでもこの気持ちが抑えられるわけではなかった。

「一歩ずつ、一歩ずつ」

和美は独り言をつぶやく。

家の中はまだ静かだが、お父さんとお母さんは起きているらしい。

和美は二階にある自室を出て一階へ降りて行った。




「おはよう」といつも通りに挨拶して、リビングに入る。

お父さんとお母さんは「おはよう」と返してくれた。

お母さんに「今日は随分と早いわね」と言われ、お父さんからは「朝から和美の顔を見れて、幸せな朝だ」と言われた。

和美は「えへへ」と笑い、両親の顔を見た。

「今日も一日、和美たちの為に頑張れそうだ」とお父さんが言うと、立ち上がり、和美の頭をなでてくれた。

天気は、どんよりと雲の多い空模様でも、家の中は暖かな空気が流れ込んでいた。

第三話 終わり



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