表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

第九話 ルージュ市 バーベキューのボブ

「オレはバーベキューのボブ。世界一バーベキューが好きだ。オレの大好物はマミーが作ったハンバーガーさっ。オレの愛車は『WB号』ってんだ。Wはダブル、Bはビーフ。オレのマミーが作る“世界一おいしいハンバーガー”が、マミーお手製『ダブルビーフのスペシャルハンバーガー』ってんだ。そこからダブルビーフの頭文字を取って、WB号なんだ。いいだろ?」

ボブは目の前の人に向かって、自信満々に言い放った。

カスタードクリームのような毛色の猫、カスタードキャットのボブは、声をかけると必ず同じく答える。

それが、彼なりの自己紹介である。




まだ、幼かったクリョーンキャットのアリッサは、父とルージュ市を歩いている時、ふと父の目を盗み、一人迷子になった。その時、道端でしゃがんでいる人を見つけ、声をかけた。

キャンピングカーが故障したらしく様子を見ていた男は、これは修理屋さんに持っていくべきだと思ったが、今は世界一周旅行の途中で、ここへは旅行目的で来ただけで、なにも知らず、途方に暮れていた。

ショックでうなだれ、しゃがんでいた時だった。

男はアリッサから話しかけられ、いつもの挨拶をしたが、アリッサは半分以上、理解せず、適当に話した為、会話は、かみ合わないまま終わった。

ボブはその後、アリッサの父と会い、同じように名乗ったが、会話して気付いたが、ボブは外国人だった。

アリッサは共通語もまだ分からない年で、今でこそ喋れるようになったが、その時はアーテル語でさえ、ちゃんと喋れる年ではなかった。

その為、迷子のアリッサをようやく見つけた父は、娘から「ひげじゃじゃの、しゃんたしゃんみたいな、おじいしゃんがいるの!ぱぱ!」と言われた。ボブを見て思わず笑いそうになってしまった、確かにクリーム色した毛色のもじゃもじゃは、サンタクロースのようだった。

カスタードキャットは、長毛種の猫の獣人であり毛が長いため、手入れをしないと男はサンタクロースに間違われるのはしょうがない事だった。

そして自己紹介の時の個性的な会話…。

最初はどうするか迷ったが、アリッサの父は、家に連れて帰る事にした。

そうしないと最愛の娘、アリッサがボブと名乗った男の手を離さなかったからだ。

「しゃんたしゃん、ちゅれてこ?こまってんの!」と言い出して、“仕方なく”連れて帰る羽目になっただけだが…。

それから年月が経ち、彼はアリッサの家の庭で居候生活をしている。

大きくなったアリッサに「どうしてそんなに大好きだったママの所から離れたの?」と聞かれて、「男にはロマンを追いかけなければならない時がある。オレはただ、ロマンを追いかけただけだ。今は無き愛車、WB号でな」と答えたら、「意味わかんない」と言われてしまった。

今は、お互い共通語もアーテル語も覚えて喋れるようになった為、あの時よりは会話できるようになったが、それでもボブ独自の個性的な世界観だけは、理解出来なかった。

それでもアリッサは、サンタクロースのような彼を気に入っていて、今でもこうして話しかけたりしている。

(たまに思春期特有のあしらいを受けるが…)




 ボブは大陸出身だが、アーテル国もある大陸ではなく、もう一つの大きな大陸出身で、大きな旅客船に愛車を積んでもらい、海を渡ってアーテル国もある方の大陸側を、キャンピングカーで旅をしている男だった。

キャンピングカーは元々ボブの愛車で、実家にいる時から乗り回していた。

趣味はもちろん「バーベキュー」である。

バーベキューをする為に、どこでも行けるよう、キャンピングカーにボブ専用バーベキューセットやら荷物をいつも乗せて乗っていたが、ついに世界一周できるような環境になった。

キャンピングカーで寝泊まりしてきた為、宿代はかからないが、駐車場など利用できる場所が制限されてしまう為、キャンプ施設を転々と渡り歩いてきた。

言葉は、元々共通語が母国語だった為、共通語と呼ばれる言葉は、新たに覚えなくて良いのだが、外国によっては、国の言葉はある程度分からないと困った時に最悪の状態が想定される為、車には外国語を勉強できるよう、本は積んでおいた。

それで、今までなんとかピンチはしのいできたのだが、ここでまさかの愛車が故障。

しかも修理しなければ乗れない状況となった。

荷物は全て車の中にあったが、それがないと生活できない為、ボブはアリッサに拾われて以来、中の荷物は庭に置いているか、倉庫の中へしまってもらっている。

アリッサの住む家は、二階建ての赤い屋根の家でカーポート付きで、カーポートの上が、庭のように使える為、玄関から入れる庭は、ボブ専用の庭となった。

家族はそれでも別に、文句は言わなかった。

ボブはバーベキューを趣味にしている為、家族でバーベキューをしたい時は、ボブを呼んで、カーポートまで専用の荷物を運び、ボブが率先してバーベキューで焼く係を引き受けてくれるため、皆、焼けるまでのんびりと過ごせるのが良いらしい。

特に母が「楽できるから良いわね。赤ちゃんの面倒もみなきゃならないから、ボブのおかげで、助かるわ」と言っている。

子沢山であるからこそ、バーベキューに関しては、ボブの存在は大きかった。

そんなボブだが、母国に最愛の母を一人置いて、旅に出てきた。

それはアリッサからも指摘されたが、ちゃんと理由がある。

ボブの母は、ボブと二人で暮らしていたのだが、母の姉、(ボブから見て伯母)が「夫に先立たれてしまったし…」と言い、母に「姉妹一緒に住まない?」と提案してきたからだ。

伯母の娘、パメラも、パメラの一人息子をつれ、旅に出ているという。

それで、母は伯母と一緒に住む事を決意した為、今は伯母に母を託している。

愛車については、アリッサに愛車はいつ直ってくるの?と頻繁に聞かれているが、実は直って来ないのである。

元々、中古車であった「WB号」は、旅の疲れが出てしまったらしい。

故障に気付いた時、心の奥底で「もうダメかも知れないな」とは思っていたが、やはり無理だった。

ショックが大きいのと、車で荷物を運んでいた為、直ぐに帰ります、サヨナラとはいかなかった。

荷物の運び出しやら手続き、母国へ帰る資金…用意できていれば、とっくに帰っている。

「働いて家を探せば?それか、うちのパパに頼んで住処見つけてもらうとか…なんでも出来るじゃん、なんでやらないの?」

というアリッサの言葉は、いつも心に刺さっている。

それが出来たら苦労はしないってやつである。

大人の世界では、そう上手く事が運ばない事もある。

簡単だと思っている事が、意外に簡単では無かったり、人それぞれ事情という物がある。

ましてボブは旅人である。

いずれ母国へ戻ろうと考えているが、今ではない。

今はまだ、ここで気楽に生きていたいと思っている。

それに、旅をしている真の理由は、心の奥底に眠っているからだ。




休日の午後、ボブはラジオを聴いていた。

流れてくる音楽に耳を傾け、ゆったりとした時間を過ごしていた。庭にいるボブに向かって、「ボブ、パメラさんって人から電話よ」という声が響いてきた。

ラジオを止めて、後ろを振り返ると、この家の奥さんである、マーガレットがリビングの窓の所からのぞき込んでいた。

「こちらから上がってきて、電話は廊下にあるわ、階段の所よ」

「今、行きます」

立ち上がり、庭を歩いて家へ上がらせてもらい、窓の所から、少し避けた所に立つマーガレットの横をすり抜けようとした時、ボブはマーガレットから「アリッサがたまに、あなたに向かって上から目線で物を言うようになってしまってるでしょ?なんだか申し訳ないわ」と言ってきた。

「気にしてませんよ」とにこやかに笑ってから、ボブは廊下の階段付近へ向かった。

電話に出ると、相手は甲高い声で話しかけてきた。

興奮しているようだ。

「パム、落ち着いて、耳が痛いよ」

電話の相手は、それでも興奮が冷めないようで、甲高い声のまま話し続ける為、ボブは少し受話器を耳から離して聞いていた。

「わかった、今度デパートへ行けばいいんだね、じゃあね」

ボブの返事から数分、相手が甲高い声で喋りまくり、ようやく電話が切れた。

「ふう、パメラ、相変わらずだなぁ」

受話器を戻し、ボブはマーガレットに電話が終わった事を告げ、庭に戻った。

再びラジオを付けて、椅子に座る。

ボブは携帯電話などは持っていなかった。

ただ単純に使わないから持っていないのだ。

キャンピングカーで移動する旅をしていると、色んな国へ行く為、最低限母に連絡を取れれば良いだけで、後は特に使うことも無い。

電波の状態や様々な事情により、携帯電話が使えない場合がある為、母親の元に連絡する時は、だいたい公衆電話などで連絡する事が多かった。

定期的に母へ連絡をしている為、何ヶ月も電話をかけないという時は、ほとんど無い。

公衆電話のない国とか特別な時は、連絡も出来ないままになってしまうが、今の所、母は元気に生きているらしい。

心配させない様にふるまっている場合もあるかも知れないが、伯母がなんでも話てくれている為、母は気を使い元気なフリをしても、伯母がばらしてしまう。

それでボブとしては母の現状は、伯母任せにしているという事だ。連絡先は場所が変わり次第、連絡が取りやすい場所の連絡先を相手に伝えてある。

そうしてボブは旅を続けてきたが、今はこの家の居候として生活している為、ここの電話番号を伝えてあったが、電話がかかってくるのは初めてだった。

外の公衆電話を使えば、海外にかける時も楽だった為、電話をかけたい時は、ルージュ市のデパート付近にある公衆電話を使っていた。

使いたい時は、言ってくれれば使っていいと言われていたが、気をつかって使っていなかった。

しかし今回、電話がかかって来てしまった。

電話の横に置いてあるメモ帳だけ使わせてもらった。

日時と時間と場所をメモした紙を見つめ、ボブはパメラの言葉を思い出していた。

「会わせたい人がいる」

パメラは確かにそう言っていた。

パメラとは親戚同士仲が良く、常に一緒だった。

父が家から居なくなってしまった時も、慰めてくれたのはパメラだった。

ボブはパメラの事を、実の姉のように思い、パメラもそう思っていた。

パメラまで旅行に出かけたと聞いた時は、また始まったか…ぐらいにしか思わなかったが、今回はなんだろう、会わせたい人と言うのはどんな人なんだろう。

ボブは頭をひねったが、答えにはたどり着かなかった。




 指定された日時の日、ボブは言われた通りデパートに来ていた。

一階のメインホールのベンチでパメラを待った。

パメラが指定した場所がここだったからだ。

平日も休日も、決まった時間にピアノの生演奏がある。

今はその時間ではない為、メインホールのベンチにはあまり人はいないが、いたしても“くたびれたお父さん”が転がっているくらいだった。

ずー、ずー、と聞こえてきそうな人々の姿を見ていると、静かだったメインホールにオペラ歌手のような声の持ち主であるパメラが襲来した。

「ボブ!久しぶりじゃない!」

その声に一部の“くたびれたお父さん”は目を覚ましたようだ。

ボブと同じカスタードキャットの種族であるパメラは、ボブ同様、長毛種の猫の獣人で顔いっぱいにカスタードクリーム色の毛をふわふわと生やしている。

長毛種特有のふわふわな毛は、手入れを怠るととんでもない事になってしまう。

しかしパメラは、ふわふわの毛並みを丁寧に手入れしている。

「やあ、パム、久しぶりだね」

そうボブが言うと、二人はハグをした。

パメラの後から二人の子供を連れた男がやってきた。

子供は二人共まだ赤ちゃんで、一人は見覚えのある顔だが、一人は知らない子だった。

「ボブ、紹介するわね、彼はとっても珍しい三毛猫の男性なの。それと、彼の子供よ」

「初めまして、私はジョルジェ。そして娘のダニエラです」

「ボブ、ダニエラはダニーって呼んであげて」とパメラは口を挟んだ。

挨拶してきた男は、三毛猫という珍しい種族だった。

さらに珍しく、男はほとんど生まれないらしい。

そのせいか、彼の毛色は三色…というより二色に近かった。

色素も薄そうに見え、一瞬何色の毛の色が混じっているのか分からなかった。

しかし、彼の子はそんな事無く、しっかりと三毛猫らしく三色の毛が混じっている。

パメラが自分の子を抱いて、ジョルジェは少し楽になったように見えた。

大人三人、赤ちゃん二人の計五人でデパート内の喫茶店に入り、席に案内されると、パメラは得意なお喋りを始めた。

興奮すると、必ず甲高い声で喋ってしまうのは、昔から変わらないようだ。

パメラは一人で歌うように喋っていた。

そのパメラの言葉から、二人はこの国で結婚したのだという、それで同じルージュ市に家を建てたから遊びに来て欲しいという話の内容だった。

紹介したかったのは、ジョルジェとダニエラだったらしい。

ボブから見て、ジョルジェは悪い人には見えなかった。

癖の強いパメラと結婚出来るような男だ。それなりに良い人なんだと思っていた。

しかし、ジョルジェは実は、ボブを良く思っていなかった。

パメラから、頻繁に話を聞いていたが、ボブの事は本来、話してほしくなく、距離を取って欲しかった。

しかし、親戚という間柄、そう上手くは引きはがせそうになく、ジョルジェは気分最悪といった感情でボブと会っていた。

ジョルジェは、、ボブたちの母国の隣の国出身らしく、パメラがその国を旅行している時に出会ったらしい。

訛りはあるものの共通語の会話がスムーズに行き、ボブは安心した。

ジョルジェは人当り良さそうに会話していたが、内心「我が家には遊びに来てほしくない」と思っていた。

“こんなやつを、我が城に招待しなきゃいけないなんて”という気持ちが、頭の中でバチバチと燃えていた。

そんな気持ちを隠しながらの会話で、ジョルジェは疲れていたが、敵に弱みは見せまいと必死にクールな自分を演じていた。




「じゃあまたね!」とパメラが言い、四人は去って行った

喫茶店で長々と喋った後、五人は喫茶店を出て、デパートの出入り口付近で別れた。

ボブは再び、一階メインホールのベンチに座った。

あれから時間が経っているはずなのだが、ベンチで座っているのは、相変わらず“くたびれたお父さん”だった。

変わった所といえば、お父さんと子供が一緒にくたびれているベンチがある所だろうか…。

よく見ると、ちらほらお父さんと子供がくたびれているベンチが増えていた。

そして、うなだれている買い物袋の数々…。

所々で「ちょっと!お父さん!ちゃんと見ててよ!よれてるじゃない!袋が!」という女性の声が響く。

メインホールはお父さんと子供の寝室でありながら、女性にとっては寝ている家族が憎い場所であるようだ…。

女性特有の甲高い声が響くたび、目を覚まし、現実を見つめなければならないお父さん(または子供達)がいるようだ。元気でシャキシャキしている女性と、その後ろを歩くお父さんと子供達は、立ち上がってもくたびれた背筋のままだった…。

「ボブ」との声に、ボブは顔を上げた。

「お母さんに言われてここまで来たのよ、感謝して」

「ありがとう、アリッサ」

「今日の夕飯はバーベキューだから仕方なく、買い物に付き合ったげる」

「君はいつも優しいね、アリッサ」

「べーつーにー!ボブの為じゃないわよ」

「今日の仕事は終わったのかい?」

「うん、アイリーンが気を利かせてくれてね。感謝しなさいよ!」

「そうだね、アイリーンにも後で感謝しとくよ」

そう二人で会話しながら、地下のスーパーへ向かった。

アリッサはやけに楽しそうにしていた。

ボブはそんなアリッサの顔を見て、安堵している。

今はまだ、尖がってしまった所が出っ張って来てるが、いつか大人になれば、アリッサも少しは丸くなるだろう。

親戚のおじさんポジションで、見守っていたいと、ボブは思っていた。




パメラの家へ行くと約束した日、ボブは寝袋で寝ていたが、やけに重たく感じて目が覚めた。

目が覚めると、どうってことない感じで、安心したが、やけに変な夢を見ていた気がする。

人の良さそうなジョルジェが黒いローブを身にまとい、良く分からない呪文を発しているような夢だった気がするが、気のせいだろうと思い、起き上がった。

ラジオを付けて、朝ご飯の支度にとりかかった。

食材はマーガレットに頼んで買ってきてもらっている。

その代わり、赤ちゃんの面倒を見たり、マーガレットの手伝いをしている。

幼稚園に通う子のお迎えなども、ボブの担当だった。

買い物についていき、荷物持ちの役割を担う時もあったり、家で居候させてもらっている以上、家族の役に立つよう、積極的に動いている。

母の事を手伝ってきたボブは、家事を手伝うのは当たり前だと思っている。

ボブ自身も大好きな母の為、喜んで手伝ってきたのだ。

その相手が、母からマーガレットに変わっただけである。

お互い、助け合うのは特に何も思わなかった。

それで、ここへ居候させてもらっても、文句が出ない理由の一つなのだが…。

そんなマーガレットが買ってきてくれた食材は、パンとチーズとケチャップと、もちろんビーフ肉だ。

これで簡単ではあるが、外でもハンバーガーが食べれる。

母が作ってくれたダブルビーフハンバーガーを思い出しながら作っていく。

この間は、久しぶりにパメラに会い、とても楽しかった。

やはり旅も良いのだが、久しぶりに故郷も恋しくなった。

“母にも会いたい。”

ボブは、母親の顔を思い出したが、これ以上思い出してしまうと、もっと恋しくなってしまう為、心の中にある『思い出ボックス』という所にしまい込んで、料理に集中した。

風がやけに冷たく感じるが、これは心に吹く風が冷たいせいだろうと、ボブは思う事にした。




食事を終えて、出かける準備をしてボブは庭を出た。

今日も、デパートで待ち合わせだが、今日はデパート前で会う事になっている。

ボブはデパートまでの道を歩き、パメラは今どんな家に住んでいるのだろうと想像した。

ビックリ箱のような家だろうか、それとも遊園地のような家だろうか…。

昔からパメラは、「普通」をあまり好まなかった。

何かと刺激を求めた。

旅だってそうだ。パメラが旅へ行くのは「非日常」を感じる為である。

「なにか刺激がなきゃ、生きてて意味が無いわ」というのが、パメラの口癖である。

パメラの元旦那とは、最初こそ上手く行っていたが、そのうち「君にはついていけない!」と別れを切り出された。

そして離婚したのだ。

それからは一人息子を連れて、なんだかんだとボブと一緒にいたが、ボブが旅に出て以来、会っていなかった。

まさかこちらで再婚しているとは思わなかったが…。

この間の話では、「ボブがこの国にいるから、どんな所だろうと思って調べたのよ!自由なところって書いてあって、どれだけ自由なのかしら?って思って来たのよ。そしたら本当にここは自由の国で驚いたわ、私達がいた国も、自由をテーマにした国だったけど、ここまでではないもの!差別だってあるし。それなのにここは差別もない。どんな人も受け入れてくれるし、ホント、すごい国ね!気に入ったわ。まぁ、天気が毎日どんよりしてるのだけが、マイナスな部分だけど…」と言っていた。

パメラは、晴れた天気がお気に入りだった。

何かあると直ぐにお祭り騒ぎになる母国は、パメラに合っていると思ったが、まさか旅行で来るのではなく、住み着くとは…。

ボブにはそれだけが意外だった。

そうこうしているうちに、ボブはデパート前まで着いた。

辺りを見渡したが、パメラの姿は無かった。

それからしばらく待ったが、パメラはなかなか姿を現さない。

仕方なくボブは、デパート前から少し移動する事にした。

赤ちゃんがいるから大変なのだろうと思い直し、デパートからトラムも走る大きな道路を渡って、ボブはデパートの向かい側まで来た。

デパートの向かい側は、大きな公園となっている。

デパートが見渡せる場所で、少し休む事にした。

こうして一人でいると、この国でアリッサと出会った時の事を思い出す。

あれからもう何年もたったが、今でも鮮明に思い出せる。

アリッサは最初、天使かと思えるほどの子だった。

頭に茶色い縞模様のついた天使は初めて見たと、その時は思ったが、それは天使ではなく、ただの子供だった…。

しかしそれからずっと、彼女の成長を見守ってきた。

アリッサの存在は、ボブにとって支えとなっていた。




公園のベンチで待っていると、「ボブ、ここにいたのね、遅くなってごめんなさい」というパメラの声が聞こえ、ボブは声が聞こえた方へ顔を向けた。

ちょっといつもより声のトーンが低かったのが気になったが、パメラを見つけハグすれば、あまり気にならなくなったが、顔色はそこまで悪くないがどこか元気が無いようにも感じた。

「パム、ジョルジェはどうしてるんだい?」

「あぁ、家で待っているわ。行きましょう、ボブ。こっちよ」

そう言われ、パメラの横に並んだ。

いつもパメラとは横並びで歩く癖があり、この間はそれをジョルジェにやんわりと指摘された。

その時はパメラがなだめてくれたが、今日はジョルジェは家で待っている。

ボブは気にせず、パメラと横並びで歩いて行った。

横にいるパメラは、相変わらずお喋りではあるが、どこか声が弾んでいない。

遅れたのと何か関係があるのだろうか…。

パメラはそこまで遅刻するような事は無かった。

今までは、ある程度遅れる事はあっても、三十分以内には来てくれる。

旅行は時間が関係してくる為、パメラは乗り物に遅れないよう動く癖がある。

子供が出来てもあまり変わらなかった。

今日もそこまで遅かった訳ではないのだが、パメラはなんだか落ち込んでいるようだった。

でもそれは、遅れて来た事に対して、申し訳なく思うような感じではなかった。

それは確かに、“遅れてすまない”という気持ちは持ち合わせていたが、それだけではない気がしたのだ。

そうすると、ジョルジェ、子供二人の事…または、それ以外に何かあったのだろうか?

ボブはパメラの言葉に、何かヒントが無いかを探したが、特には見つけられなかった。

しかし、パメラの家の中に、パメラがあまり元気ない様に見える原因が待っていた。

「やぁ、おかえりパメラ、ボブも!いらっしゃい」

ジョルジェはやはり、人の良さそうな顔をしていた。

パメラの家は、玄関に入るとすぐ、下へ下がる階段があった。

段数は少ないが、何段か階段を下がらないと、部屋の中へは入れなかった。

階段を下がるとそこはリビングで、壁には壁面収納や黄色いソファーセットなど。

黄色はパメラの趣味だと直ぐに分かった。

「パムらしい、良い部屋だね」

「ボブ、この間も言ったが、パメラの事、気を付けてくれ、君の親戚だという事は知っているが、あまり親し気にされると、その、君の彼女みたいに見えてしまう時があるから」

「あぁ、すまない、そんな気は無いんだが、気を付けるよ」

そこに、パメラが口を挟んだ。

「ボブ、座って話しましょう」

「そうだな」

そこへまたもジョルジェは「パメラも気を付けて、君の夫は誰なのか、ちゃんと頭に入れといてくれ」

「ジョルジェ、分かっているけど、そこまで言わなくても…この間も説明したじゃない、ボブとは姉弟みたいに育ったって」

「あぁ、分かってはいるよ。分かってるさ。でも、その…」

「ボブ、気にしないで座って」

「あぁ、じゃあ、あの、失礼して」

そう言ってボブは、玄関前の階段付近から移動し、ソファーへ座らせてもらった。

随分気まずい雰囲気であるが、ボブは会話を探そうと部屋を見渡した。

二人はやけに怪訝そうに、相手と喋っている。

この二人の間で、何かあったのだろうか?

子供達は二人共、ベビーサークルの中で、大人しく遊んでいる。

大人だけがなんだか、ぎくしゃくしていた。




話はパメラがやはり中心である。

パメラは二人の中をなんとか良くしようと思い、ボブの方も歩み寄ろうとジョルジェに話しかけるが、どうも会話が弾まなかった。

その後、パメラ、ボブ、ジョルジェの三人は、家の中を案内しながら歩いた。

二階はキッチンとダイニングで、スキップフロアという短い階段や段差が部屋の中にあり、ワンフロアではなく細々と階段や段差を上がると部屋があるような仕組みになっていた。三階も同じようにワンフロアではなく、短い階段を上がるとまた新たな部屋が現れた。

三階は主に夫婦の寝室と子供部屋らしい。

全ての階を見終わり、三人が一階へ降りてきた。

ジョルジェは終始不機嫌そうについてきた。

ボブは気にしない様にパメラの後について歩いた。

何かあれば直ぐに後ろのジョルジェから指摘される為、気が気じゃなかったが、とりあえず無事に部屋案内が済んだ。

水回りは今回プライベート区間と言い、ジョルジェは見せなかった。

「本当は寝室だって見て欲しくなかったんだが」とジョルジェは言い、早く帰ってくれと言いたそうな顔をしていた。

「ご飯くらい食べてったら?今日はピザを頼むの」とパメラに言われたが、ジョルジェは「ボブは居候のお宅にお世話になってるんだろう。いい年して家庭も持たずにフラフフラと。そんな奴にあの美味しいピザ屋のピザを食べさせるのか?」と言った。

さすがに「止めて!あなたのそういう所、良くないわよ!」とパメラが怒鳴った。

ボブは「パム、事実だしあまり…」と言ってしまった。

それが引き金となりジョルジェは「君は!もう帰ってくれ!」と怒鳴った。

ボブは「ジョルジェ、パメラ、オレはもう帰るよ、色々ありがとう。じゃあまた」と早口で言い、足早に玄関前の階段を駆け上がった。

息が切れていたが、急いでその場を離れる為、ボブは少し速足で家まで帰った。




いつもの庭で、ボブは一人、ラジオを付けて、椅子に座った。

そうすると、少しずつ心が落ち着いてきた。

走るのは苦手である。

それに今は庭で生活している為、ほとんど動かない。

運動不足がボブの体を襲っていた。

全身疲れ、息が上がったまま戻らない。

大きく「ふうーっ」と息をつき、ラジオからの音に耳を傾けた。

ボブは、あれだけジョルジェが、自分の事を嫌っているとは…何かしたのか?と思ったが、心当たりは無かった。

あるとしたら、パメラとの距離感が近くて怒っているように見える。

今まで、距離感が近いと言われたことは無かった。

パメラが最初の彼氏を作った時も、最初の結婚をした時も。

パメラはボブに彼氏を紹介してくれて、彼氏を含めた人数で、頻繁に会う事もあったが、そこでいつも通りパムと呼んだりしても、隣に立っていても、何も言われなかった。

なんでも話してくれるパメラでさえ、特にこう言われたとは言わなかった。

ボブの中で何もおかしくなく、ごく普通の事で、パメラも同じく考えている。

男女の関係ではなく、親戚のしかも姉弟のように暮らしてきた二人に、「男女関係がありそうだ」と言ってきたのは、二人の記憶を探っても誰も出てこない。

そうなるとジョルジェ個人の問題となってくる。

パメラはそれでジョルジェと口論になっていた。

となると、今回の待ち合わせで、遅れてきたのは、ジョルジェと口論していたのかも知れないと、ボブは思い始めた。

声のトーンが落ちる時はだいたい彼氏や夫と口論になった時が多かった事を、ボブは思い出した。

「今回は、上手く行くと良いんだが」

もう、パメラの悲しそうな顔は見たくないと思っていた。




一方、ボブが急いで帰った後のパメラとジョルジェは、リビングのソファーに座り、何やら話し合っていた。

すぐさま離婚などはしないようだが、ジョルジェの怒りは収まってないようだった。

「パメラ、君の言いたい事は分かってる。でも、やっぱりボブと君は、距離が近すぎる、散々気を付けてくれと言ってるのに、全く…どうして分かってくれないんだ」

「あなたのその嫉妬深さは、嫌っていうほど分かっているし、理解しているつもりなんだけれど、まだダメなのかしら」

「ダメだから言ってるんだ、パメラ…やはり」

「はいはい、分かったわよ。ジョルジェの言う通りにするわ」

「それで、改善出来なきゃ、また対策を考えなければ…。」

パメラは“無理ね、ボブにそれは逆効果だわ”と思ったが、口には出さなかった。

それで、ジョルジェが納得するとも思えなかったが…。

今はとりあえずジョルジェの言う事を聞くしかなかった。




その日の夜。

ジョルジェとパメラは、ジョルジェがお気に入りのピザ屋にピザを頼む予定だったが、ボブがいれば食べ損ねてしまう所だった。ボブも気に入ってしまえば、ジョルジェは気分が悪い。

しかし、今、敵はいないし、美味しいピザを大好きなパメラと食べる事が出来る。

ジョルジェはウキウキでピザ屋に電話した。

メニューなどを伝えると、ピザ屋は配達時間を告げた。

いつも通りの配達時間である。

ジョルジェはさらにご機嫌だったが、切れたはずの電話が再び鳴り、ジョルジェは置いたばかりの受話器を取った。

「hello」と陽気なオバサンの声が耳に届いた。ジョルジェの体に緊張が走った。

相手はまぎれもなくパメラの母親だった。

ジョルジェは返事をして、要件を聞くと、パメラに変わっってくれと頼まれた。

その時、ふと、良いアイデアが浮かび、パメラの母親に「ちょっと待ってください、呼びますけど、私の話を少し聞いて欲しい」と言い、ジョルジェは頭に浮かんだ事を、パメラの母親へ伝えると「あら!それは良い考えね!分かった、お手伝いさせてもらうわ」という返事を貰えた。

そこからパメラに変わり、親子はピザが来るまで、ずっと話していたが、ピザが食べ終わっても、再び電話がかかって来て、結局、数時間も電話は切れなかった。

電話が長いのは正直どうでも良かった。

母と娘の会話というのは、どうしても長電話になりやすい。

その辺は配慮するが、ボブと聞こえるたびに、ジョルジェはそわそわした。

電話が終わった後のパメラに、「ボブの事を話してたようだが…」と聞くと、状況説明やボブの母親についての事を聞いていただけと聞き、少し安心した。

家族だからしょうがないが、やっぱりボブみたいな男とパメラが親戚なのは、どうしても嫌だった。

でもこれで、ボブも一人前の男になれると思うと、ジョルジェは良い事をした気分になった。




ボブは、あれからパメラに会わないでいる。

折角、再会出来て嬉しかったし、パメラが新しく再婚していたのも、良かったと思った。

しかし、最初は相手の事を良い人だと思っていたが、所々ボブが気に入らないらしく、嫌みを言われるのが嫌だった。

パメラは何も変わらないのが、嬉しかったが、また会って話をしたいが、ジョルジェがいれば無理だろう。

パメラが自分に会いたいというのも気に食わないだろうし、どうしたら良いのかと、ボブは悩んだ。

そんな時、花屋の仕事が休みで家にいたアリッサが、窓を開けて、ボブの名前を呼び、「ボブのオバサンって人から電話だよ」と声をかけられた。

「あぁ、今行くよ」と返事をして、ボブは家の中に入った。

この間、パメラと再会出来た事を、報告したばかりだったが、まさかこんな短期間で、電話がかかってくるとは思わず、ボブは内心「母に何かあったのでは?」と思った。

ドキドキしながら、受話器を手に取り、耳に当て、「hello」と言うと、パメラみたいな甲高い声が、ボブの耳に届き、爆弾が爆発するから急いでいるの!と言いたそうな早口で要件をまくしたてた。

要するに、伯母は「あなた、まだ結婚しないの?いつ結婚するの?今の子は誰?あなた若い子に手を出したの?ねぇ、ボブ、いつになったら私達を安心させてくれるの?そういえばこの間、ジョルジェに言われたわよ?あなたお見合いしたいの?もうー、早く言ってよ、やっとその気になってくれたのね!伯母さん、良い子紹介してあげるからね、直ぐに会わせるわ。あっ、パメラとジョルジェと仲良くしなさいよ。身内同士なんだから、じゃあね、また連絡するわ。あっ、あなたのお母さんは今、ダンス教室に通いだしたの!ハンサムな先生がいらっしゃるんですって!だから私も通う事にしたのよー。ますます綺麗になっちゃうわー。あらいけない。お鍋焦げちゃう!じゃ、ボブ、元気で暮らすのよー。あっ」という事だった。

それ以上に何か言われた気がするが、気にしない事にした。

ほんの数分の気がしたが、時計の針は思っていたより進んでいた。

ボブは庭に帰る途中、アリッサにお菓子を買ってきてくれと頼まれた為、庭に出てすぐ、玄関へ向かった。

近くのスーパーまで行き、アリッサに頼まれたお菓子を買い、家まで戻る。

それまでに頭は整理させるつもりだったが、思いのほか時間がかかった。

“ジョルジェか…”

伯母の話では、ジョルジェが伯母に「ボブはお見合い相手を探している」と言ったらしい。

もちろんそれは、ジョルジェの嘘だ。

ボブはなんだかショックを受けた。

そこまでして、パメラに近付いて欲しくないのだろうか?

自分達が姉弟のように育った間柄だと、何回説明すれば良いのやらと思っていたが、そうではない事に気付いた。

説明は必要ないのだ。分かっててジョルジェはパメラに自分をくっつけさせたくないのだ。

とんだ『やきもち焼き』だと、ボブは思った。

独占欲が強いのか…なるほど。

そう考えだしたら、なんだかスッキリした。

アリッサにお菓子を渡して、ボブは庭に戻った。

ラジオは心を静めてくれる最高のパートナーだ。

考え事するにも最適だし、寂しい夜も、そばにいてくれるありがたい奴だった。

ボブは椅子に座り、事を整理した。

お見合い相手が来る前に、対策を練れるなら練っておこうと考え、ラジオに耳を傾け考える事に没頭した。




ボブが再びパメラとあった時は、ジョルジェは外出中だという為、ボブと会うとはちゃんと伝えて外へ出てきたらしい。

デパートの喫茶店で会った二人は、飲み物を飲みながら、主にパメラが話していた。

「お見合いの事、母から聞いたわ。相手の話も聞いたわよ。近所のオバサンの知り合いの、そのまた知り合いの…だったかしら?とにかく知り合いの、知り合いの娘とかで、こっちには仕事で来てるみたいよ。ボブ…嫌ならちゃんと、私が…」

「パメラ、君はジョルジェのやきもち焼きについて知ってるよな?大変じゃないか?大丈夫か?」

「ボブは気付いていたのね。大丈夫よ、その、それ以外はとても良い人なのよ。でもね、前もそうだったみたいなんだけど、その、パートナーの異性関係には神経質になっちゃう人なのよ。それで離婚されたらしいわ。本当は、ボブとも仲良くして欲しいんだけど…、ボブも無理してジョルジェと仲良くしなくて良いわよ」

「うん、パム、気遣ってくれてありがとう」

「実は、今回もジョルジェが母と話したらしいの、ジョルジェは、その、知らないから、ごめんなさいね?」

「伯母さんからの電話で聞いたよ」

「ボブ…」

「気にしないで、パム。それよりお見合いの事だけど…ジョルジェと君と子供達も参加してくれないか?実は、バーベキューで、もてなしたいと思ったんだ。パムとも久しぶりに会えて嬉しいし、お見合い相手にも“おもてなし”が必要だ。」

「それは良いわね!ボブ、最高よ!」

「場所は、これから考えるけど、全て決まったら電話するよ」

「分かった!あぁ、楽しみだわ!」

パメラの笑顔が、久しぶりに見れて、ボブはとても嬉しくなった。

やっぱりバーベキューは人を幸せにする力があるのかも知れない。

ボブは後は場所さえ確保できれば…と思っていたが、場所の検討はそれなりについているが、それが許可されるかが気になった。

ダメならまた考えなければいけないからだ。




ボブは家に帰り、家主の帰りを待った。

夫婦二人そろっていなければダメだ、後は子供達に関しては、どうするのが最善だろうと考えた。

庭で考え事をしていると、待ち人が現れた。

「ただいま、ボブ」

「おかえりなさい、そうだ、丁度良かった、チャールズさんにお願いがあるのですが…」

チャールズと呼ばれた男は、アリッサの父親だ。

チャールズはトラムの運転手だが、今日は早番だったらしい。あまり遅くならずに帰ってきた。

ボブの提案を聞くと、快く引き受けてくれた。

しかし、それならうちの家族も参加させてくれ。

カーポートの上を使うのはどうだろう?荷物は私も運ぶのを手伝うから、それでどうだ?」

「それならそれで、ありがたいです。おもてなしに呼ぶ人にあなた方にも会ってもらいたい人がいるから、助かります」

「じゃあ、決まりだな。で、見合いはいつなんだ?」

ボブは日程を伝えると、「分かった、妻にも話しておくよ」とチャールズは言ってくれた。

チャールズは一旦玄関の方に戻り、玄関から中に入って、妻に「ただいま」と言ってから、今、ボブと話した内容を伝えた。

妻のマーガレットは、とても喜んでくれた。

この家族はバーベキューと人助けが大好きだった。

それで今回はオッケーしてくれたらしい。

ボブはオッケーだと聞くと、どれだけここの家の人は親切なんだと思ったが、それで自分も助けられたんだと思うと、この家族に拾われた自分は、とてもツイてるんだと改めて思った。

全ては「アリッサ」という天使のおかげだ。

名前から連想できそうなのは、天使というより、花の妖精の方が合っている気もするが…。

これでボブは、「バーベキューのボブ」という名前で、お見合いに挑んでも恥ずかしくない。

むしろ、やる気が出てきた。

前に進むことも必要だろう、いつまでも立ち止まってはいられないらしい。

ボブは予想外に、お見合いの日が待ち遠しくなった。

これで、ジョルジェに、少しでも安心してもらえれば良いのだが…と、ボブは思った。

ボブは結婚願望が無い。

だからってパメラとの関係が変わる事は無い。親戚であって“姉弟”と一緒である。

たとえ、分かっていても、ボブを良く思わないのは、変わらないかもしれないが…。

ボブは小さな希望の光を信じた。




その日の夜、ボブが寝ようとすると、誰かがやってきた。

「ボブ、起きてる?」

「ん?」

「私だけど」

「あぁ、もしかしてアリッサか?」

「そう」

「どうした、こんな時間に」

「寝れなくて…、ねぇ、パパから聞いたよ、お見合いするんだって?」

「あぁ、気が乗らないけどね。ちょっと色々あって」

「ボブも結婚したいと思ったりするんだ?」

「いや、結婚は考えてないよ」

「じゃあ、どうして?」

「パム…従姉妹がね、結婚したんだけど、その旦那さんが、オレの事はあまり良く思ってないみたいで、それでお見合いが決まったんだ」

「ふーん」

そこでアリッサは、ボブの寝袋の近くに、荷物が置いてある事に気付いた。

「いつも大事そうにその荷物抱えてるよね?なにが入ってるの?」

「もちろん、宝物さ」

「ふーん」

「それは、オレの父親がくれた物なんだ」

「えっ、ボブの父親ってどんな人?」

「もう、ほとんど覚えてないんだ」

「そうなの?」

「あぁ、もうずっと会ってない」

「ふーん。あっでも、ボブのママの事は忘れないでしょ?」

「当り前さ、マミーは世界一愛してるよ」

「好きな人とかいないの?」

「…いないよ。オレは恋には生きないって決めてるんだ」

「なにそれ、変なの」

「アリッサ、君はそういう年頃じゃないのか?」

「やめてよ、パパみたいな事言わないでよ!」

「ハハッ、君のパパは、君に恋人が出来たら倒れてしまいそうだなっ」

「あー、そうかも。昔好きな子がいるんだって喋ったら、ウザいくらいどういう奴だって聞かれたから…まだ小さい時だつたけど、その時は、あの優しいパパが、怖い顔で攻めてきたから、なんだか嫌だったな」

「父親ってそういうものだって、聞いた事があるな」

「なんか、父親ってめんどくさい」

「まぁまぁ、それだけ可愛がっている証拠じゃないか?」

「よくわかんない」

「アリッサ…いつか君が恋をしたら、チャールズさんを悲しませないような恋をすると良い、幸せになれる」

「なにそれ、変なの。ボブらしくないよ」

ボブは微笑むだけで、何も答えなかった。

ボブの宝物箱は、アリッサがくれた物や、マミー特製のハンバーガーのレシピや母親と自分の写真、そして色あせた写真が入っている。

その色あせた写真には、若い女性が映り込んでいる。

旅に出る前、ボブが宝箱ごと積んできた物で、ずっと大事にしまっている。

宝箱を見つめると、ボブは決まって昔を思い出す。

まだ、父と一緒に暮らしていた時、父はクリスマスでも、誕生日でもない、何でもない日にこれを買ってきた。

どこから買って来たかも分からないが、父がふらっと立ち寄った店で買って来た物、というのは分かった。

それを受け取った時から、ボブはずっと大切に持っている。

「男には、大事な物をしまう宝箱が必要なんだ。おまえも大事に持っていなさい」

と言った父の言葉だけは、消えずにボブの心に残っている。

父がボブの元を去り、ショックと悲しみがボブを襲った時、父から貰った数少ない物は、壊したり捨ててしまったが、これだけは壊すことも捨てる事も出来ずに今も持っている。

その日、ようやくアリッサは部屋に戻った後、ボブも眠りについた。

夢の中で真っ暗な世界にいるボブは、誰かが目の前にいる事に気が付いた。

ボブが話しかけると、聞きなれた声で「ロバート」と呼んだ。

一瞬、ジョルジェかと思ったが、ジョルジェは「ボブ」と呼んでくれている。

母もパメラも、ボブの事を呼ぶときは、「ボブ」と呼ぶ。

声は大人の男性の声だった。

『ロバート、男は旅に出てこそ、一層輝く時が訪れる。悲しむな、君には守るべきものがいる。』

『ロバート、君はどんな音楽が好きなんだ?良い曲と男は、パートナーであるべきだ』

『ロバート、オレの事はあまり好きじゃなさそうだな。君はマミーが一番好きだからな。君は君の守りたいものをちゃんと守るんだぞ。良いか?よく聞け。オレは君のマミーと別れる事になった。これからは君がマミーを守るんだ。オレの代わりにな。大事に守ってくれ、分かったか?ロバート』

父の言葉だけが、ボブの耳に届き、ボブは一言も喋れなかった。

なぜ、自分だけロバートと呼ばれるのか、なぜパメラは「パム」と呼んで、自分だけ「ロバート」なのか、教えて欲しかったが教えてもらう前に、父は母と離婚した。

なんだかんだと言っていたが、父はボブに「オレのようになるな、女を泣かせる男はダメな男だ」という言葉や、「離れていても、いつでも君を息子として愛している」といった言葉をボブに向かって言ってから去って行った。

「ロバート」という名前は、父が付けたと母からは聞いていたが、理由までは知らずに生きている。

いつか父に由来を聞こうと思っていたのに、父は自分の目の前から居なくなってしまった。

今は顔も思い出せないが…。

ボブは夢の中に出てきた父親の影のような物に、口からは言葉として発せないが、心では「元気で居て欲しい」と、願った。

それが陰で通じたらしい。

うっすらと微笑む父親の顔が、見えた気がしたが、再び消えていった。




目が覚めると、ボブは涙を流していた。

まさか父親の夢を見て涙を流すとは…。

初めての経験だった。

冷水で顔を洗う為、ボブは寝袋から抜け出し、水道の場所を目指した。

朝から冷たい水を浴び、シャキッとしたのと同時に、父の愛読書を思い出した。

確か【偉大な冒険家】という本だった気がした。

それと同時に、その本の作者の名前を思い出した。

“たしか、ロバートだった気がする”

そこでボブは、「なるほど、そういう事か」と思い当たった。

父がロバートと名付けた息子は、自分自身で、「ボブ」というあだ名で、皆から「ボブ」と呼ばれているが、父だけは本名の「ロバート」と呼んでいた理由。

それがようやくわかったのだ。

そう言えば、父は家を出る時、母の若い頃の写真をボブに渡した。

「オレの最愛の妻の写真、これはオレにとって一番の宝物だ、だからお前が持っていてくれ」とボブに渡した、色あせた写真…。

それは、今もボブの宝箱の中に入っている。

母は昔、「あなたのダディーたらね、私はオシャレしてったのに、冒険家に憧れてた時だったから、冒険家スタイルで来たのよ!これが一番のオレのオシャレだ!なんか言っちゃって!オシャレなレストランに入れなかったんだから!」と、言っていた時がある。

色あせた写真は、その時の写真らしいが、確かに母は、オシャレなワンピース姿なのに、頬を膨らまし、目は吊り上がった顔で、写真に写っている。

その後、プロポーズの時は、ちゃんとした格好で、ちゃんとしたレストランでプロポーズしてくれたらしいが…。

母のお気に入りの一着を着ていたのを知っていたからか、「君はその恰好が一番似合うよ」とも言っていたらしい。

昔、母はその事を頬をピンクに染めて、ボブに語ってくれた。

しかし、結婚から何十年も年も経ってから「冒険家には、やはり結婚して、安住の地を手に入れる。というのは必要ないみたいだな」と、訳分からない事を言って、母に離婚してくれと、頼んだらしい。

「冒険家なんて訳分からない事ばかりだわ」と母が言っていたのをボブは今でも思い出す。

両親が離婚して、二人きりで生活し、伯母が一緒に住まない?と提案してくるまで、母との時間は、ボブにとって宝物だ。

それからは旅に出ている為、離れ離れだが気持ちは通じ合っている。




ボブは空腹である事に気付き、今日は簡単なピザでも食べる事にした。

しかし、簡単なピザといっても、あまりピザは食べないボブにとって、簡単なピザという物がとても難しかった。

「うーん、ピザか。ダディが作ってくれたピザでも作るか。」

その声に「えっ、ピザって簡単に作れるの?」とアリッサ。

「ん?アリッサ、おはよう、君にしては珍しく早起きだな」

ボブは窓の方を見た。

アリッサはパジャマ姿でそこに立っているが、アリッサの後ろにもう一人いるようだ。

「ボブ、私にも作り方教えて欲しいのだけど」と、寝起き声でボブに話しかけてきたのは、アリッサの母のマーガレットだ。

「マーガレットさん、良いですよ。記憶の片隅にあるレシピですから、上手く作れないかも知れませんが」

「かまわないわよ、キッチン使う?」

「いえ、外で作ります」

「じゃあ、アリッサと着替えてからそちらに向かうわ。アリッサ、お着替えしてきなさい」

「うん」

そうアリッサが返事をすると、二人は各々の部屋へ戻って行った。

ボブはそれまでに準備をした。

その時、ふとジョルジェの事を思い出した。

「ジョルジェはピザが好きで、頻繁に宅配ピザを頼んでいるから、今度、ジョルジェにピザを焼いてあげて?叔父さんはピザが好きでよく焼いてたでしょ?ボブも作れるでしょ?」とパメラに言われた事も思い出した。

その時も今日、先ほどマーガレットに言った事と同じ事を言った気がする。

今日作ってみて、上手く出来たら今度のお見合いでも出してみようと、ボブは思いついた。

しばらくして、着替えを済ませた二人が、庭にやってきた。

ピザを焼く手順を、思い出しながら、ボブはピザを焼いた。

初めは思い出すまで時間がかかり、手が止まってしまう事もあったが、なんとか作業が進むうちに思い出す速度が速まり、出来上がった。

三人でピザを食べ、談笑し、今度のお見合いでふるまおうと思い始めた事を告げると、「あら!いいじゃない!これならそこまで手間かからないし、うん、味も美味しいから大丈夫よ」とマーガレットに言われ、それならと、ボブはお見合いでの料理の一品に加えた。

二人はピザを食べ終わると、家の中へ戻り、支度が終わると仕事へ出かけて行った。

アリッサ以外の子供達も簡単に朝食を済ませ、出かけて行った。

アリッサの父はもうすでに仕事場へ行っている為、家にはボブひとりになった。

片付けをし、いつもくつろいでいるイスでラジオを聞いていると、ボブは耳を疑う出来事に遭遇した。

ラジオから男性が手紙を読む声が聞こえてくる。

ラジオ番組の企画で、誰かから来た誰か宛ての手紙を読むコーナーだ。

姿形の分からない、誰かが書いた手紙を本人に代わりラジオ番組内で企画を進行している男性が読んでくれる。

ラジオを通して誰か宛ての手紙が読まれる。

時におかしく、時に悲しくなるコーナーだ。

自分宛ではないのだが、聞き手も色々な感情が生まれる為、結構な人気コーナーだ。

そこで次の手紙が読まれることになった。

『宛名…誰だか分からないですね、匿名希望の方らしいです、では、読ませていただきます。「十年後のあなたへ」匿名希望の方からのお手紙です。

【バーベキューのボブへ、元気にしてますか?あなたは今、どこにいるのでしょうか?私のそばにいてくれているのでしょうか?私は今、ボブの寝顔を見ながらこれを書いています。バーベキューのボブ、あなたは今でもマミーの作ったハンバーガーは世界一と言いながら、バーベキューをしていますか?ボブ、あなたに謝らなければいけません。ごめんね、ボブ、会いたいです。】

バーベキューのボブさん、聞いていらしたら、私からもお願いです、「マミーのハンバーガー」は私も食べてみたいですね、世界一美味しいらしいですから、おっと、匿名希望かと思われたこの手紙、差出人のお名前がありましたね、『アリッサ・ホワイト』さんからのお手紙でした。」

その名前を聞いて、ボブは凍り付いた。

その名前の人物が、自分の知る「アリッサ・ホワイト」ならば、彼女はもう、十年前に亡くなっているからだ。

しかし「バーベキューのボブ」と呼ばれる人物が、自分以外に存在するのだろうか?

しかも「マミーのハンバーガー」の事まで知っているとは…。

「アリッサ…君なのか?この手紙はいったい」

『アリッサ・ホワイト』

この家の娘であるアリッサは、アリッサ・メイプル」という名で、ホワイト姓じゃない。

ボブの知る「アリッサ・ホワイト」という名の女性で十年前に亡くなったその人なら、ボブの最愛の恋人だった人だ。

アリッサ・ホワイトの父親により、交際を認めてもらえず、最後には死した最愛の彼女である。

その名前を今更聞くなんて…。

ボブは凍り付いたまま、動けなくなると同時に、過去を少しだけ思い出した。

彼女の父親に「娘はお前のせいでおかしくなった」と言われた。

彼女はボブとは別の国で生まれ育った女性で、父に反対されながらも、ボブと交際していたが、とある日、彼女はボブの姿を追いかけた際、亡くなる事となった。

「バーベキューのボブ」というあだ名も彼女がボブに付けたあだ名だ。

それ以来ボブは、人に会うと必ず「バーベキューのボブ」と名乗った。

自分が気に入っているあだ名の一つだ。

凍り付いた体を動かそうにも、動かせずにいると、郵便配達の人が、ポストの前で首をかしげているのが見えた。

ガタガタ震えながら動き、恐る恐る声をかけると、「あぁ、この家の方ですか?実はこの家に手紙を届けたいのですが。ここはメイプルさんの家ですよね。住所はここなのですが、名前が別の人の名前で届いているんですよ」という、郵便配達の人に言われ、名前を確認すると、ボブ宛ての手紙だった。

それとなく自分であると伝えて、手紙を受け取り、郵便配達の人を見送った。

いつものイスまで戻り、座ってから手紙を開けると、母からの手紙と、見慣れない手紙が封筒ごと入っていた。

封筒を見ると、見慣れない文字で、自分の生まれ育った国の住所と、自分の名前、そして、アリッサ・ホワイトの住んでいた国と家の住所、女性の名前が書いてある。

先に母からの手紙を読むことにして、その封筒は、テーブルの上に置いて、母からの手紙を広げた。

内容は、母の現状と伯母の事が書いてあった。

それとこの謎の手紙が届いたから、チャールズ・メイプルさんの家に送ります。との事だった。

なるほど、だから母から手紙が届いたのか。とボブは納得した。

次にボブは、意味不明の手紙を読まなくてはならない。

テーブルにある手紙を取り、代わりに母からの手紙を置いた。

ボブは見慣れない文字が書いてある封筒を破き、中の手紙を取り出した。

手紙を書いた女性は、どうやらアリッサ・ホワイトの妹らしい。

今更なんの用だと思いながら、手紙を読んでいく。

手紙の内容は、謝罪から始まった。

そして姉の死についての事とつい最近、父が亡くなったと書いてある。

ラジオでの投稿も自分がやったと書いてあった。

全部の内容を読み終えて、日付を確認すると、随分前に書かれた物だったらしい。

ここまでたどり着くのに、時間がかかるのはしょうがないが、出すのにも躊躇したり国から国へ渡るのに、時間がかかったのだろうと察しがついた。

ラジオは奇跡のようなタイミングで流れただけのようだ。

ボブはこの手紙が届いた事で、安心することが出来た。

数分前、ラジオを聞いた時、天国から届いたのかと思えるほど背筋が凍った。

でもこれでなぜ、メッセージが読まれたのか理由が分かり、一安心した。

確かにうっすらと妹の存在は聞いた事がある。

亡くなった彼女の家で過ごした時もあり、顔も一回だけ見た事がある。

存在はほとんど忘れていたが、こうして手紙を読むと、その時の事が蘇る。

忘れたい記憶と、忘れたくない記憶…。

全てが思い出されるようだった。

彼女の笑顔、自分を呼ぶ声、最後の叫び声…。

あの時、振り返っていれば、彼女の呼ぶ声に反応してやれば…彼女は死ななかったかも知れないのに…。

彼女の家で過ごした最後の夜。

彼女の父親に追い出され、そのまま振り向かずに歩いた自分を追いかけ、車に轢かれた彼女…。

最後の叫び声は自分の呼び名と謝罪の言葉と、こっちを向いて!という言葉だった。

その時、ちゃんと振り向いていれば、立ち止まっていれば…、彼女を助ける事が出来たかも知れないのに…。

後悔はずっとボブの心に住み着いている。

ボブが結婚したくない理由の一つだ。

手紙によると、彼女の父親は、「あの男は悪魔だ、娘を不幸にした」とずっと言っていたらしい。

彼女の妹は、父親の事をよく思わず、姉の味方でいたと書いてあった。

亡くなったのは、とても悲しく、まだ辛いが、そこまで姉はボブの事が好きだったのではないか、だからこそ、あの夜、姉はボブ宛てに手紙を書いたのでは?と書いてくれていた。

ラジオ局に送ったのは、姉本人が書いた物で、自分はそれを持っていたという。

そして、彼女らの父が亡くなった今、ラジオ局にその手紙を出したらしい。

ここから届くかは分からないけど。とも書いてあったが、見事に届いて、そして読まれた。

もしかしたら、まだ細工はあるのかも知れないが、ボブは奇跡が起きたと信じている。

ボブは、心が昔に偏っていたが、少しずつ現実に戻ってきた。

問題は今度のお見合いである。

お見合い自体は、別に構わないが、結婚する気が無いのは、どう説明するか、お見合い相手だけでなく、一番重要なのは、パメラの夫、ジョルジェだ。

ジョルジェはまだ、知らないみたいだ。

パメラが話していないのだろうとボブは察した。

お喋りではあるが、喋らなくて良い事まで喋る時と、なぜか黙ったまま、言わない事がある。パメラのそういう気の使い方は、パメラにしか分からない。

ボブはまた、パメラが黙ったままでいてくれているのだろうと、思っている。




 運命の日がやってきた。

パメラとジョルジェは、椅子やテーブルを持ってきてくれた。

お見合い相手も連れて来てくれた。

カーポートの上だけでは、入りきらなそうである。

カーポートのある位置は、玄関に続く道の右側で、玄関に続く道の左側が庭である。

カーポートから庭がのぞき込める為、庭にもバーベキューセットを置いて、半分ずつ利用する事となった。

カーポートの方は、メイプル家の家族、母のマーガーレット、七歳と五歳の息子二人と、まだ赤ちゃんの双子の姉妹がいる。

庭ではボブ、パメラとジョルジェ夫婦と二人の子供と、見合い相手、さらにメイプル家の父親のチャールズと娘が二人いる。

チャールズはカーポートの上の方のメンバーだが、様子見に行き来しているだけである。

庭は、ボブの荷物を片付けられるものだけ片付けて、少し広くなった。

まずはピザを庭にいるメンバーに配り、次に焼かれたピザは、チャールズがカーポートまで運んだ。

材料はメイプル一家とパメラとジョルジェ夫婦が用意した。

メンバーがだいぶ多いが、ワイワイとバーベキューをしていると楽しくなってきた。

お見合い相手は、正直ボブの好みではなかった。

顔は…まぁ好みによるが、ジョルジェは褒めたたえて、幾度もボブに同意を求めた。

ボブはなんといって、断るか考えていた。

容姿を理由には、一番選べない選択だ。

アリッサとダリアは、距離が縮んできたらしく、仲良くしていた。

パメラは子供達の相手と、アリッサ達の世話をしてくれていた。

上は上で、子供の声が賑やかである。

ジョルジェが結婚したら子供が出来て…と話していると、見合い相手は「私は結婚しても、今の仕事を続けたいですねー」とボソッと言った。

「まぁ、世の中には」とジョルジェが慌てて苦笑いすると、アリッサがふと「ボブも結構自由に生きたいタイプよね」と言った。

「結婚する気無いんでしょ?なんでか知らないけど」と付け加えると、ボブは「アリッサ」と名前を呼んだ。

パメラはなんとも言えない顔で、アリッサを見つめた。

「結婚とか、親同士に認められないとダメとか、面倒くさい。」とアリッサは言ったが、その言葉でボブは動きを止めた。

ジョルジェに言われて、三枚目のピザを焼いている時だった。

「ボブ、ほら、手を休めないで、ピザはデリケートなんだ。全く…こんな美味しいピザが焼けるなんて知らなかった」

ジョルジェは珍しくご機嫌だった。

「あのね、ジョルジェ。彼、ボブはその…」そこで言葉を区切り、パメラはアリッサを見つめた。

「あの、昔、彼は…」と、言葉が途切れ途切れになってしまう。

アリッサという名の少女が、ボブと一緒にココにいるからだ。

「パメラさん、大丈夫ですよ、落ち着いてください、ジョルジェさん、ボブさんは、昔、大好きだった彼女を亡くしてるんです」

見合い相手の言葉に、その場にいる全員が、言葉を失った。

「私は母から聞きました。母は、近所に住む友人の方から「お見合い相手を探している」という部分だけを聞いたそうです。そこだけが、友人の友人と、伝言ゲームのように話が広まったみたいです。なぜお見合い相手が必要なのか、理由までは伝言されず、理由を知りたかった母が元をたどり、パメラさんのお母さんに会う事となり、そこで母は、ボブさんの事を直接聞いたそうです。

それで、「まだ独身だけど、理由があって立ち直れないでいる。」と聞かされたそうです。それで、少しでも前に進めたら…と思って、ジョルジェさんという方から良いお見合い相手がいないかと言われた時、パメラさんのお母さんは、探したそうです。

そこで、私の母が名を挙げ、私が仕事でこちらに来ているという事もあり、今日はこちらへお邪魔する事にしました。ごめんなさい、私はもう全て知ってるんです。ジョルジェさん、そういう事ですから、ボブさんについては、あまりそういう話は…」

そこでお見合い相手の言葉は途切れた。

ジョルジェが言葉で遮断したからだ。

「ボブ、私は君にあまりいい印象を抱かなかった、確かにこの間までは…しかし、この間、いつだったか、偶然ラジオを聞いていたんだ。そしたら君宛てのような手紙が読まれたんだ。それから何事かと考えた。

ボブには今、誰か良い人がいるのかとも考えた。

それならそれで良いと思った。けど、今日この席にいるという事は、恋人がもし本当に存在するのなら、相手にも恋人にも失礼じゃないか?そこで私は、真実を確かめたいと思ったんだ。ボブ、ラジオから流れてきた、アリッサ・ホワイトという女性は、君の恋人か?」

「えぇ、アリッサ・ホワイト。彼女はオレの昔の恋人で亡くなりました、何十年も前に。ラジオの事も、オレの事だと思います。彼女の妹から手紙が届いて、亡くなった姉が俺宛てに書いた手紙をあのラジオ局に送ったらしいです。彼女の妹の手紙にそう書いてありました。」

ボブはハッキリと言葉にした。

彼女の名前とすでに亡くなっている事を、その場にいる全員の前で、その事を口にした。

庭での事が気になり、メイプル夫妻は、下を覗き込んで聞いていた。

夫妻は知っている事だったが、触れずにいた。

アリッサという娘を持つ彼らは、同じ名前の女性に対する思いと、その女性の両親の気持ちを汲み取っていた。

もしも自分の娘がそんな事になったら…と考えると、どうすれば正解なのか分からなかった。

ボブはボブで、悪い人ではない。娘も懐いている。

しかし、その亡くなった娘の父親の心境も考えてしまう。

もしも自分達にとって「良くない人物だったら?」と、自分達だって交際を反対するのでは?と…。

それで娘にはなにも伝えずにいたのだが、娘は知ってしまったようだ。

ボブの結婚しない理由を…。

庭では、ピザが美味しそうな匂いを放っている。

ボブは焼けたピザを皿に乗せ、ジョルジェに手渡した。

「ボブ、後悔は誰にも付き物だ。その後悔が消えるものなら、誰も苦しまないさ、君は君のペースで生きなさい。後悔を背負ったまま、前に進みなさい。辛いだろうけど、それが君の選択した道だ。私だって昔の妻に悪い事をしたと思ってる。皆、そういう気持ちを抱えて生きているんだ。一人じゃない」

「…ジョルジェ」

「今まで悪かったな、ボブ。君は最高のピザを焼ける人だ。君の過去に辛い事があったというのは、今回初めて聞いたが、君の気持ちも分かったよ。私はもう、君の邪魔をしない。その亡くなった女性と、色々あったんだな。愛し合ってたんだな、分かった、君に幸あれ」




その後、お見合い相手の方から、お断りします、お幸せにという返事をもらった。

彼女はキャリアウーマンで、結婚より仕事をしたい女性だった。

今回、話を聞いて、自分なら断れる理由があるからと、参加したらしい。

最初から断るつもりでの参加だったと、言ってくれた。

愛と自由の中で生きるボブがどんな人なのか、会ってみたくなって、会いに来たらしい。

お見合い相手は、自分と正反対の価値観を持っている男性に出会えて良かった、とも言ってくれた。

ジョルジェさんとも、関係が良くなると良いですね、とも言われた。

お見合いは、良い意味で成功したらしい。

本来なら、二人が結婚に向けて話し合える関係になる事が正解なのだろうが、このお見合いは、お互いが良い人生を再び歩き出す為の新しい一歩としては、成功した。

お見合い相手は、これからまた、仕事を頑張れるように、良い気分転換になったらしい。

ボブにも、新たな一歩を踏み出すチャンスが訪れたらしい。

大人数でのバーベキューは、それなりに楽しく幕を閉じた。

アリッサはアリッサで、驚いたらしいが、特に変な影響は受けてないらしい。

今も変わらず、ボブの所へ行ったりしている。

ボブも相変わらずの毎日を過ごしていたが、とある日、ボブはジョルジェに言われ、デパート前の公園に呼び出された。

そこで、話があると切り出された内容は、移動販売車をやらないか?との事だった。

「いつまでもあの家でお世話になるわけにはいかないだろう、君の兄として、新しい仕事の提案を持ってきたんだ。これを見てくれ。」と言われ、見せられたのは、移動販売車の資料だった。

「これなら、君の美味しいピザと、あー、バーベキューもだ。色んな人に振舞えるだろう?資金は気にしなくて良い、私も手伝うから」

ジョルジェはどうやら、ピザ(おまけでバーベキューも)気に入ってくれたらしい。

いつから兄になったのか分からないが、従兄的な要素も含む“兄”らしい。

確かに親戚であるパメラの夫だから、従兄でも問題ない様に感じるが、急に兄と言われても、ピンと来なかった。

ボブは、お金や食材の調達はどうなるのかと考えた、ジョルジェは「手伝う」と言ってくれたが、どこまで手伝ってくれるのだろうか…。

するとジョルジェの方から、「私は実は、職を探してるんだ。趣味は畑仕事で、野菜を扱う仕事をしたいと思ってる。今はそれの準備中で、その野菜を使って、何か店でもできればと思っているんだ、ボブなら分かってくれると思うが…男のロマンってやつだ」

“男のロマン”という言葉にボブが反応した。

「分かるさ!オレだってキャンピングカーで旅をしたいから、ここまで来たんだ。今はもうそのキャンピングカーも失ったけど…」

「そこでだ、移動販売の車を用意して、っと、それまでにはお金を貯めなければならないが…その資金を貯める為に、一緒に働かないか?今はその、この公園にあるように、小さな食品ワゴンで食べ物を売ってさ…」

「あぁ、確かにこの公園には、ソフトクリーム屋さんや、キャンディーワゴンがありますね」

「それ、ソフトクリーム屋が販売してるワゴンなんだ、この間ソフトクリーム屋のおばあさんに聞いたんだよ、そしたら自分達のワゴンだって。それで、ここで商売するには、どうしたら良いか聞いたら、許可証さえ、自分達に出してくれれば、構わないって。

例えばの話で、ピザやバーベキューの移動販売の店を出しても良いかって聞いたら、別に良いって、だから、この公園で移動販売のワゴンださないか?」

「ワゴンはどうやって手に入れるんだ?」

「そのばあさんが古い奴を修理して貸してくれるって」

「へぇー、気前の良いばあさんだな」

「だからボブ、君が調理担当、私が接客と食材の調達で、二人で店をやらないか?」

「分かった、考えておくよ」

「ありがとう、ボブ」

初めてジョルジェの笑顔を見た気がした。

なんだか嬉しかった。

そうか、こういうのも悪くないなと思えた。

ボブとジョルジェは、もう少し話をしてから別れた。

これからは、いつでもパメラに会いに来てくれて構わないと、ジョルジェは言ってくれた。

「いつか、また、車なり彼女なりと、良い出会いが来ると良いな、ボブ」

「あぁ、そうだな、ありがとうジョルジェ」

二人は握手をして別れた。

その日の夜、ボブはアリッサ・ホワイトの妹という女性宛てに手紙を書いた。

同時に母にも手紙を書いてから眠った。

今のボブの事を書いたが、そこにはカワイイ天使と巡り合い、人生を救われたと書き込んだ。

アリッサ・メイプルという名前の天使とも書き込んだ。

二人のアリッサに出会い、ボブの人生は明るくなった。

幸せを手に入れる事が出来た。

また、新たな一歩に足を踏み入れる時が来たのを実感したようだ。

「そうか、これからまた、歩き出す時が来たのか、ジョルジェという、男のロマンを語れるライバル(仲間)が出来たんだな」

ボブは上を見上げると、曇り空ではあるが、数個の星が輝いているのが、うっすらだが確認できた。

「Goodnight,Alyssa」

それは、いつも寝る時に呟く言葉だが、アリッサメイプルに対してのメッセージではなく、今は亡き最愛の恋人「アリッサ・ホワイト」に対するメッセージで、生きている彼女に最後に呟いた言葉だった。

あの日、眠る前に言った言葉だ。

まさかそれが、最後の言葉となるとは思わなかったが…。

アリッサ・ホワイトの顔を見て、彼女の髪を撫でて、目を閉じたあの夜。

ボブには忘れられない夜の言葉。

その言葉を言わないと、眠れない気がして今まで一人呟いてきた言葉だ。

ボブは寝袋に体を入れて横になった。

しばらくすると、眠気と同時に「Goodnight,バーベキューのボブ」という言葉を聞いた気がするが、気のせいだろう。

ボブはそのまま眠りについた。




              第九話 終わり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ