1、前章
月の大きな夜だった。たまに来る程度の市街で、逃避行よろしく土地勘のない道を歩いていた。こんな日は、まるで小さな頃、行ったことのない海外に想いを馳せるような、自分の足が宙に浮いたような、そんな気持ちで、頬が火照るのを感じる。きっと頬は赤くなっているであろう。嫌いではない感覚である。今日はなんとなく赤い月が自分を見下ろして、しかしまるで、とくとくとグラスにワインを注ぐような熱い何かを渡しの中に注ぎ込みように、雲の少ない夕闇の中で輝いている。空への視界を遮る電線が視界から通り過ぎては表れて、小気味よくリズムをとっている。少し楽しくて口角が自然と動いてしまった。
我が家が近づくにつれいよいよ、車のエンジン音や空気を引き裂く音、大声でしゃべる人間の声等が耳に届かなくなっていった。自分の足音が耳にはいるようになっていた。
(家に帰ったらお風呂にはいりながら本でも読みたいな)
と我が家に帰ったときの算段をたてている。自分のショルダーバックの中にある読みかけの数冊の本に想いをはせる。ファンタジー、ホラー、純文学等、平行してよまないと飽きてしまう自分は常にいくつかの本をバックに忍ばせることになっていた。肩にかかる重みが自分と一緒にいる本との愛を確かめるかのような、そんな気持ちを日ごろから意識させられている。
なんとなく気持ちが落ち着いてきたころ、足をとめて空を見た。そしてなんとなく、後ろをみた。なんとなく、自分でも意識しない程度の行動であったが、後ろをみたのだ。市街から少し離れた、少し曲がった道で、学校からの帰りに通っている道だ。引っ越してから半年がたち、もはや庭と呼んでも過言ではない道であった。
(・・・)
数秒振り返っていただろうか。道の脇の照明はあるが、その中心の闇に眼を集中させる。
(・・・)
やはり何もない。と再び足を動かした。なんとなく足がさっきより早くなった。月が、少しあった雲にかくれてしまい。少し道の闇が深くなった気がする。
(・・・!)
視線を感じた。さっきより早く振り返った。道の中心の闇に眼がいった。やはりなにもなかった。しかし私は帰路への道を駆け出した。