第八話 冒険者ギルド
投稿順番を間違えました。
学園の授業では魔術や算術以外にもこの世界の歴史や常識などを教える授業がある。
そこで私はこの世界について学んだ。学んだと言っても入学したての新入生の授業である。
だから、この世界で暮らしていれば当然知っているようなことの確認のような授業なのだが、私にとっては初めて知ることばかりであった。
例えば、この世界に存在する知的生命体、種族について——。
この世界には大きく分けて二種類の種族がいる。
魔法や魔術を使用するために必要な力『魔力』を体内で生成することのできる種族とできない種族だ。
前者を『魔族』後者を『人族』と呼ぶ。
『魔族』はさらに『獣人種』『妖精種』『魔人種』の三種に大別される。
『獣人種』は体の一部に獣の特徴を持つ種族で高い身体能力を持つ。
『魔人種』は魔力量が多い種族で魔法や魔術を得意とする種族である。
最後に『妖精種』だが、彼らは長い寿命を持ち他種族より長い時を生きる種族だ。
見た目は『獣人種』や『魔人種』は人間よりも成長するのが早い種族が多く『妖精種』は逆に遅い。
一見、人族よりも優れていると思われるが、どの種族にも長所と短所がある。
例えば犬の『獣人種』であれば運動能力が高い他に嗅覚を持つ、しかし保有する魔力量は決して多くはない。
『魔人種』の鬼人であれば、優れた魔力量と筋力を持つが燃費が悪く大量の食事を必要とする。
『妖精種』のエルフは長い寿命と美しい美貌を持つが、レベルを上げるための経験値を多く必要とする。
だが例外的な種族がいる。
彼らは他の種族より遥かに絶対数が少ないがデメリットを種族的にほとんど持たないのだ。
今の魔国の王『魔王』の吸血鬼。吸血鬼は不老不死の種族であり最強の一角と言われている。
またエンシェントエルフもその例外に含まれている。
エンシェントエルフは不死ではないが不老であり、妖精種でありながら必要な経験値は他の妖精種よりも遥かに少ないのだ。
このように種族によって特徴があるためクラスの編成ではできるだけ同じ種族は固めているのだ。
だから私のクラスは『魔人種』や『獣人種』の人たちと同じなのだそうだ。
例外って言われるのは厨二心をくすぐられる響だ。
特別、スペシャル、ユニーク、はぁ私ってかっこいい。
そんな私だからだろう、入学してまだ一週間も経っていないのに随分とクラスのみんなと打ち解けることができた。
前世ではかなりの人見知りだったが見た目に自信があるとこうも違うものかと実感した。
だが、決して対等な関係ではない。
如何せん見た目が幼女であるためか、同級生であるはずなのにクラスのみんなは私を子供扱いをするのだ。
女子達は私にお弁当を食べさせようとするし、男子は私の荷物を持とうとする……。
性的な目で見られるのは嫌だけど子供扱いもしないで欲しい。
私はこれでも前世を含めれ三十年も生きているんですからね!
学園に入学したものの、毎日授業があるというわけではない。
当然休みがある。前世と学校と同じ様に週二日の休みがある。
そして学園に入学して初めての休日、私は来週予定されている野外学習の準備をするべく冒険者登録するために冒険者ギルドに向かっている。
今日はパパとママ三人で向かっている。
私の手はパパとママに繋がれている。
なんでも興奮して走っていってしまわないように繋いでいるらしい。
もう私は、犬じゃないんだから勝手に走ったりなんて……しましたね……はぁ。
子供じゃないけど子供な自分ってなんか複雑です。
「パパ、冒険者ギルドまだ?」
「もう少しで着くよ。ほら見てごらん。あそこの大きな建物がそうだよ」
「うわぁーおっきい——キャッ」
「コラ!もう勝手に走ってはダメよ」
冒険者ギルドに走って向かいそうになった私の手をママが引っ張り私は驚きから悲鳴をあげてしまったのだ。
むぅ、だって冒険者ギルドだよ。異世界ファンタジーの名物と言っても過言ではないものだよ。
少しくらい興奮しても仕方ないもん。
私は抗議の視線をママに向けわかりやすく頬を膨らませた。
するとママは私のほっぺをブニュウと潰してきた。とっても笑顔で。
「あらあら、ミーシャ、ママに何か言いたいことがあるのかしら」
「……ないでしゅ」
「そうよね。ミーシャが走って行こうとするのが悪いのよね」
「……(コクリ)」
ママの笑顔の圧に屈し私は無言で頷くことしかできなかった。
前世のうろ覚えの知識にこんなのがあった気がした。
笑顔には大きく分けて二種類あるらしい。
心からの笑顔と、所謂作り笑顔というやつだ。
心から幸せや嬉しさを表現する自然な笑顔は、仲間意識とか敵意は無いとかのそう言う意味の行為であるとかで、作り笑顔には、『今は仲間だけど裏切ったらどうなるかわかっているな』って言う脅しの隠れた意思みたいなものがあるとかないとか……。
なんでこんなこと思い出しているのかって?
だってママの笑顔がめっちゃくちゃ怖いんだもん。
凄い見惚れそうなほど綺麗な笑顔なんだけど、有無を言わさないプレッシャーがあって……怖いよぉ。
これが脅しの笑みなのですね……。
まぁ何はともあれ私たちは冒険者ギルドにやってきたのだ。
冒険者ギルドに来たということは当然あのテンプレ転換が起こるはず。
強面の冒険者が私に絡んできてそれを私が瞬殺する。
そしてなんやかんやあってギルドマスターとかが出てくるんだよね。わかりますよ。
なんだって私は転生チート野郎なんですから!野郎じゃなくて少女ですけど。
私は満を持して冒険者ギルドの扉を開いた。
中にはたくさんの紙が貼られた掲示板や、昼間から酒を飲むおっさんなどいかにも冒険者ギルドと言った様相であった。
「ミーシャ?」
黙って中を見つめる私にパパが心配そうな様子で私を呼んだ。
だが私はパァっと花が開いたかのような笑顔で振り向いた。
普通、昼間から酒を飲むおっさんや騒がしい喧騒な雰囲気の場所に女の子が連れてこられたら、少なからず嫌がったり顔を顰めるのだろう。
だが生憎私は普通の女の子ではないのですよ。
だって冒険者ギルドですよ。
寧ろ綺麗な市役所みたいな雰囲気だった幻滅していたよ。
そう!こういう感じ!この少しアウトローみたいな雰囲気とか男のロマンみたいのがいいんだよね。
今は女だけどね。
「パパ凄い!本物の冒険者ギルドだよ!」
「そ、そうか。それはよかったな」
「うん!」
パパは安堵したかのように胸を撫でおろした。
私はというとまたギルドに向かって走って行こうとしてママにほっぺをムニャムニャされている。
「ミーシャ、何度言ったらわかるのかしら?」
「ごめんなひゃい」
ほっぺムニャムニャの刑の執行後、ようやく私達は冒険者ギルドに入った。
さて、どんなテンプレ展開が起こるのかな。
やっぱりあれかなステータスが異常に高いとかかな、それともチンピラ冒険者に絡まれるのかな。
うーん。絡まれるのは怖いから嫌だな。
そんなことを考えながら私はパパとママに連れられ受付のあるカウンターに向かっていると厳つい筋骨隆々の獣人が近づいてきた。
私は思わずぎゅっと握っているパパとママの手に力を入れてしまった。
「ん?ミーシャどうした?」
パパが私に問いかけるが、どんどん距離を詰めてくるマッチョマンのせいでそれどころではない。
縮まる距離に私の動悸は加速していく。
こんなの無理、テンプレ展開期待してごめんなさいだから許して。
いつの間にか涙目になっていた私にかまわず獣人の冒険者がこちらに向かってくる。
そしてギロリと鋭い目を向けられた。
「ひっ!」
私は短い悲鳴を上げるとママの足に私はしがみついた。
「おい!キャメル」
「す、すみませんアーサー先輩!」
「あらあらミーシャったら、ごめんなさいねキャメルこの子、貴方が怖いみたい」
「いえ、シェリーさんこちらこそご息女を怖がらせてすみません」
「ミーシャ、大丈夫よ。この人はパパの後輩さんでAランク冒険者のキャメルさんよ。ちょっと怖い顔しているけど優しい人だからね」
「ほ、ほんと?怖くない?」
「ええ。本当よ。だから大丈夫よ」
私はそっとママの足から手を離し、キャメルさん?の方を見た。
「先ほどは怖がらせてすまなかった。私は君のお父さんの後輩のキャメルだ。君のことはお父さんから聞いている。もし困ったことがあったらいつでも私やあそこに座っている奴らに言ってくれ」
そう言ってキャメルは座って食事をとっている冒険者に目を向けた。
視線に気づいた彼らはこちらに向かって手を振ってきた。
私はパパの方を見るとパパは私の頭をポンポンと撫でた。
「怖そうな見た目のやつもいるけど心配しなくて大丈夫だ。そうだろキャメル」
「一応、同じAランクの奴らとクランの奴らには伝達しましたから、滅多にないかと」
「だそうよ。ミーシャ。まぁ何かあったらママに言ってくれれば何でも解決してあげるからね」
「うん」
「それでは、自分はここで失礼します」
キャメルさんとのやり取りで少し時間を取られたが、その後予定通り私は冒険者登録をすることができた。
受付のエルフのお姉さんから丁寧に冒険者の説明を受けた。
冒険者ギルドには定番のランクという制度がありSランクからGランクまで階級がありクエストを達成することでランクを上げていくというよくあるシステムになっていた。
受けられるクエストは自分のランク以下の難易度までなど細かい制約もあるものの大方想像通りの内容だった。
「以上で説明は終わりですが、何か質問などはありますか?」
「えーと、とりあえずは大丈夫です」
「そうですか。何か困ったことがあればなんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます」
「それでは、こちらがギルドカードですね。落とさないようにきちんと持っていてくださいね」
「はい!」
受付のお姉さんから白いカードを受け取ると私は大事そうに胸に抱えた。
念願の夢とまではいかないまでも、憧れの冒険者になった瞬間を私はかみしめていた。
ふふふ、これで私も今日から冒険者だよ。
今はGランクだけど、直ぐにランクを上げてAランクいや、やっぱり目指すのはSランクだよね。チート美少女Sランクを目指しますよぉ!
だが、私のささやかな決意に水を差す輩がいた。
私がカウンターでもらったギルドカードを眺めていると乱暴にドアを開ける音がした。
ドアを開け中に入ってきたのは、二人の魔族であった。
彼らは大きなバッグを背負いながらカウンターに向かっていると白いギルドカードを嬉しそうに見つめる少女に気が付いた。
僅かに尖った耳をから察するに妖精種のエルフだろう。
エルフのガキつまりは雑魚だ。
戦闘においてエルフごときに劣るはずがないという自信もあった。
だから戦闘になっても大丈夫だろうなんていう考えもあった。
だから少しだけからかってやろうと思ったのだ。
二人はわざとギルドにいる全員に聞こえるような大きな声でしゃべった。
「おいおい、見てみろよ。ガキが親と一緒に冒険者登録に来てるぞ。情けねぇーな」
突然の大きな声にギルドの中にいた者達の視線が男に向けられた。
それと同時に猛烈な殺気が声に向けられたが、男はまるで殺気に気が付いていないかのように飄々としていた。
事実男たちは殺気を向けられていることに気が付いていなかった。
気づいていれば結果は違っていたかもしれないが、殺気に気が付かない彼らは罪を重ねていった。
「ぎゃははは、ありゃエルフのガキだな。仕方ねぇよ雑魚なんだからよ。だがよ、ここはお前みたいなガキが来るとこじゃな——」
「お前らもう黙れ」
少女を馬鹿にしていた男達であったが、その言葉を一人の巨漢キャメルの手で強引にふさがれた。
キャメルは男達の口を手で塞いだまま床に叩きつけた。
物凄い轟音がギルドに響いた。叩きつけられた二人の男はあっさりと気を失っていたが、キャメルは二人を持ち上げるとギルドのゴミ箱に投げ入れた。
成人男性二人をあっさりと意識を奪い投げ飛ばす力は、驚愕に値するものであるが、それをした当の本人は血の気の引いた青い顔をしていた。
「おいキャメル」
「すみませんでした」
「パパ殺気を抑えて。落ち着いてください」
「そう言うママも漏れた魔力で床が凍っているが……」
「あらあら、私ったら——」
二人の様子にギルドの実力者は戦々恐々とした様子であったのだが、私はというと——とってもナーバスになっていた。
だって急に知らない人に大きな声で情けないとか言われたら、豆腐メンタルの私にはダメージ大なんですよぉ。
いくら前世で二十年生きた記憶を持っていても私は、この世界ではまだ十歳の女の子なんだもん。
だから……泣いても……グスン……仕方ないもん。
「ママ、私、冒険者なれないの?」
「大丈夫よ。ミーシャなら立派な冒険者になれるわ」
「ほんと?」
「あぁ。ミーシャならなれるとも。パパを信じなさい」
「うん。……わかった。私頑張る」
私がそう言うとパパは私の頭をワシャワシャとなでた。
その様子を見て周りの冒険者からは自然と笑みと安堵の息が漏れた。
だが、その様子に私が気が付くことはなかった。
「それじゃミーシャママとパパと三人で一緒に簡単なクエストに行きましょうか」
「そうだな。まずは簡単な薬草採取辺りからはじめてみるから」
「うん!」
ミーシャ達が去ったのを確認するとギルドに残ったキャメル達は一斉に脱力した。
「はぁ……死ぬかと思った」
「マジで危なかったな。それもこれも全部あいつらが余計なこと言わなきゃこんなことにならなかったのによ」
「そうだな」
キャメルとその仲間達はゴミ箱に頭を突っ込んで伸びている二人を睨みながらテーブルの上に残った酒を一気に呷った。
二人は最近この街を拠点に活動し始めたランクBの冒険者だった。
キャメル自身あまり面識もなければ接点もない。
しかし、そんなことは関係ない。
あの場でもし先輩の娘のミーシャさんが大泣きでもしていたらと思うとゾッとしてしまう。
彼女の涙は間違いなくあの二人の逆鱗に触れてしまう。
Sランク冒険者『永久氷獄』シェリー・フォン・シリウス。
同じくSランク冒険者『神槍』アーサー・フォン・シリウス二人のSランク冒険者の逆鱗に。