第二話 修練
学校に行くまでの三年間、私はひたすら修練に励んだ。
前世も今も私は体を動かすことは好きであった。
だからなのだろう、私は飽きもせずに毎日矢を引き、魔法を使った。
それだけじゃない、里の大人達からも色々なことを教わった。
剣や槍、体術、炎や氷魔法、結界魔法に精霊魔法なんてものを色々教えてもらった。
けれど、全てを会得したかと言われると決してそんなことはない。
パパやママから教わった弓と治癒魔法は、それなりに上達した。
弓は二本までなら矢を外すことはなくなったし、治癒魔法は軽い怪我くらいならすぐ治せるようになった。
けれど、剣や槍は基本的な動きくらいしか会得することしかできなかった。
まぁ個人的には三年間でよくここまで使えるようになったと思う。
ほぼ毎日修練していたとはいえ、それに付き合ってくれたパパやママ、里のみんなには感謝している。
なぜ幼い私がここまで修練に励んだのかというと、単純にそれ以外やることがなかったのだ。
毎日一人で遊ぶ生活は早々に飽きてしまったし、大人たちと遊ぶと何故か最終的に修練になっていった。
同年代の友達と遊べばいいじゃないかって?
悲しいことに私には友達が未だにいないんだよ。
誰一人いない、0人なの……。
誤解がないようにしたいのだが、別に私が人見知りだとかの理由でボッチなのではない。
前世では、決して多くはなかったけれども友達はいたし、少なくともボッチではなかった。
ではなぜこの絶世の美幼女である私に友達がいないかというと……。
単純にこの里には私以外の子供はいないのだ。
流行り病とか、凶悪な事件が起きたからいないというわけではない。
エンシェントエルフは、非常に長寿な種族である。
そのせいなのか、エンシェントエルフは子供が非常にできにくい種族でもあるのだ。
具体的にどのくらいできにくいかというと、この数十年、里には新しい子供が生まれていないくらにはできにくいのだ。
そんな中、久しぶりに生まれた子供が、この超絶可愛い私なのだ。
はい、調子に乗りました。
まぁ美幼女うんぬんは、さして重要ではない。
ここで重要なのは私が久しぶりに生まれた子供であるということだ。
里でただ一人の子供である私は、それはもう里中から大切に育てられた。
私が外を歩けばみんなお菓子や飲み物を渡し、私をうんと甘やかすのだ。
近所のおばあちゃんだったらさほど違和感なく、私も受け取り甘んじて甘やかされていたのだが、残念ながらこの里には老人は一人もいない。
全員が若い姿を保ち続けているため、私は若いお姉さんお兄さんに甘やかされてきたのだ。
しかも全員がエルフ種であるため、美男美女なのだ。
そんな彼らから甘やかされながらも、私は修練を積んできたのだ。
最初、里のみんなは、私に魔法や剣を教えることを渋っていた。
魔法も剣も幼い私にとっては危険なものであるためみんな避けさせようとしていたのだ。
だが、里には私のお願いを拒否することのできる者はおらず、結局教えてくれた。
そこからはパパやママが仕事で居ないとき、暇な大人を見つけては色々なことを学ばせてもらった。
美男美女とのマンツーマン指導は、楽しく帰りにみんな作ったお菓子やお土産を買ってくれるので私としては万々歳であった。
そんな三年間にもついに終わりを迎えた。
私はついに学校に行くために里を出るのだ。
自分の荷物をカバンに詰め意気揚々と玄関を飛び出した。
家の前には大きめの馬車が停まっており、御者らしい青年が馬の頭を撫でていた。
「お、待っていたよミーシャ」
「ロイさん、今日はよろしくお願いします」
「あぁ。任せておくれ」
私は今日、街で買い出しに行くロイさんに便乗する形で街まで送っていってもらうのだ。
ロイさんも私と同じエンシェントエルフで例にもれずイケメンである。
こんなイケメンが前世にいたら思わず惚れてしまったかもしれない。
いや、前世は男であったからそんなことは絶対にないのだが、例えばの話だ。
ならば今の女の私ならば話は違うのかと言われればどうかというと、そういうわけでもない。
エンシェントエルフの里で暮らして十年、周りを見れば美男美女ばかりのファンタジー世界もはや外見がいい程度では私の琴線には響かないのだ。
まぁまだ精神が幼く、愛や恋なんて感情が芽生えていないのかもしれないが……。
私はロイさんに馬車までエスコートされるように手を引かれ馬車に乗ろうとした。
「なんでパパとママが乗っているのかな」
馬車に乗り込もうロイがドアを開けると何故か大きなカバンを持ったパパとママが既に居た。
「それはな、パパとママも一緒に街に行くからだよ」
「でも、私これから学校の寮に入るって……」
「ええとね、やっぱりママもパパのミーシャのことが心配なのよ。だからあっちでも一緒に暮らしましょう」
「でもでもパパもママも家ないよ」
「安心しろ、この前街に行ったときに買ってきてある」
「仕事の引継ぎもしたし、あっちでの仕事も当てがあるから大丈夫よ」
「もう……」
私は頬を膨らませながら馬車に乗り込んだ。
寮生活ができなくて残念に思う気持ちとパパとママとあっちでも暮らせる嬉しい気持ちが入り混じった結果だ。
「あらあら、怒っちゃたかしら」
「ごめんよミーシャ、ほら機嫌を直しておくれよ。ほら見てごらん、里のみんなが見送りに来てくれているよ」
パパに促されて窓の外に目を向けると里のみんながこちらに手を振ってくれていた。
私は馬車の窓を開けて身を乗り出し手を振り返した。
「ミーシャちゃん、いってらっしゃーい」
「身体に気を付けてね」
「学校頑張ってねー」
「はーい、行ってきます」
こうして私は初めて里の外に出ていった。
街までの道のりは、とても安全に行くことができた。
あれほど外は魔物が出るからダメと言われていたのに拍子抜けもいいところだ。
「パパ全然魔物出てこないじゃん」
「ここは街道だからね、街までまだ遠いからミーシャは寝ていなさい」
「うん、わかった……」
馬車の揺れは私の眠りを誘った。
瞼はどんどん重くなっていき、そして私は静かに眠りについた。
「ミーシャ、寝ちゃったわね」
ママ、シェリーは眠るミーシャの頭を優しくなでながら言った。
「あぁ、寝ている姿も可愛いなぁ——」
「そうね」
二人は寝ているミーシャを微笑ましく見つめているとコンコンと御者が壁を叩いた。
『アーサー、シェリーさん邪魔して悪いがお客さんだ』
「はぁ……ママお願いしていいかな」
「はいはい、ロイ、馬車は止めなくていいからそのまま進んで頂戴。お客さんの相手は任せて」
『了解です』
さてと、シェリーは目を閉じて魔法を使った。
再び目を開くと小さな魔法陣が瞳の中に映っていた。
シェリーの瞳には目の前の光景ではなく、馬車の外、森の奥から馬車に向かって走ってくる魔物の群れを見ていた。
一般的な大人よりも大きな狼の様な魔物たちが数十体の群れで押し寄せてきていた。
こんな数の魔物に襲われてはひとたまりもない……普通の人間であったならば。
「あらあら、駄犬の分際でミーシャとのお出掛けを邪魔しようなんて……」
「……」
「消えなさい『断風・斬首刑』」
シェリーはパチンと指を鳴らした。
ふわっと一瞬穏やかな風が吹いた。
風は馬車から外へ流れ、森の奥へ吹き抜けていった。
「ママお疲れ様」
「ふぅ、もう大丈夫よ」
「そうか、聞こえたかロイ?」
『あぁ、また来たら知らせるよ』
あぁと返事を返すと再び二人は愛娘の寝顔を眺めながら頬を緩ませていた。
馬車が過ぎ去ったあと、森の中には、首から先がない魔物達の死体が、そこには転がっていた。
全ての首が鋭利な刃物、否、鋭利な風によって切断されていた。
魔物達もミーシャの乗る馬車を襲おうとしなければ、こんなふうに死ぬことはなかっただろう。
力の差、襲う相手を間違えた代償としては、群れの全滅は大きすぎた。
エンシェントエルフは伝説の種族ではない。
けれども、全種族においてその強さはトップクラスの力を持っている。
エンシェントエルフは、自身の最高の肉体、状態を数百、数千年保つことができる。
個体の基礎能力はそこまで高くはないものの、老いを知らない種族故にどこまでも彼らは強くなることができるのだ。
レベルという概念がある世界であるゆえに、その性質はより顕著になる。
寿命というタイムリミットが存在しないがゆえに、自身を鍛えることに際限がない。
ゆえに鍛え抜かれたエンシェントエルフの精鋭は最強である。
けれど、ミーシャが自身の種族がそんな最強の種族であると知るのは少し先の話である。