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第十九話 月弓女神

蒼炎は私の全身を燃やし、傷を全て癒した。

蒼炎に包まれながら、私は声を聴いた。

ママともクロリスとも違う、だがその声は母のように優しく温かい声だった。


『私の名を呼びなさい。私が主様の願いを叶えてあげる。私は豊穣と狩猟を司る純潔の女神。私の名は——』

「『月弓女神アルテミス』」


脳裏に浮かんだ言葉を私は無意識に言った。

それは復活を果たした私が、新たに獲得したスキルを発動させた瞬間だった。

蒼炎によって燃え尽きた服は、白銀の衣に変わり、頭には銀でできた月桂冠が現れた。

その姿はまさに古代ギリシャの神話に出てくる女神そのものであった。


スキルを発動させた瞬間、何となくだが、このスキル使い方を理解した。

そして確信した。この力なら奴を倒し、セリナを助けることができると——。


しかし、私の行動を魔物であるオルトロスが待ってくれるはずもなく、奴はセリナに止めをさそうと、その凶爪を振り下ろした。

だが、その一撃はセリナに当たることはなかった。

間一髪のところで私が割り込みセリナを救ったのだ。

私の本来の身体能力では、そんなことはできない。しかし、今は違う。

月弓女神アルテミス』のスキルで顕現した衣も身に纏った私の身体能力は飛躍的に上昇しているのだ。

おかげで小柄な私でもセリナの身体を抱きかかえ、高速で動き回ることができたのだ。


私の腕に抱えられたセリナを私は丁寧に地面におろした。

未だに流れる鮮血は痛ましく、私はセリナの様子に顔を顰めた。

私は、急いでセリナに魔法薬を飲ませた。


「くっ、セリナごめんね。今終わらせるから少しだけ待っててね」


私はオルトロスを睨んだ。

一方、オルトロスはというといきなり姿の消えた獲物に困惑している様子だった。

辺りを見渡し、私達を見つけると攻撃を避けられたのが余程悔しかったのか、怒りの咆哮をあげた。

だが、その様子を嘲笑するような声が聞こえる。


『獣風情が粋がるなよ。主様、私の力を存分に使いなさい。私、狩猟は大得意なのよ』


私は声の言われた通りにスキルを使う。疑うことなく彼女の声に身をゆだねる。


『さぁ主様、聖句を唱えなさい』


私は言われるがまま頭に浮かんだ言葉を唱えた。


「『我は月、夜闇を照らす美しき光、悪しき闇を払い討滅する月光なり。我は純潔、清く気高き乙女なり、故に我が矢は悪しきを払い、穢れを滅ぼす破魔の矢なり』」


私が聖句を唱えると白銀の弓がその手の中に顕現した。

弦も矢も無い、その弓を私が矢を引くように構えると弓に弦が張られた。

そして、私は矢の無い弦を私はゆっくりと狙いを定めるように引き絞る。

引き絞られていく弦と弓の間には、光輝く一本の矢が生まれていた。

信じられないような現象が立て続けに起きているというの、私の心は凪のように静かだった。

ただ冷静に、いや、冷徹にオルトロスを屠ることしか考えていなかった。

そして十分に引き絞り、矢の光が一層輝いた時、私は矢を放った。


「『月光の(ルイーナ・)魔弾(カタストロフィ))』」


私が矢を放つのと、オルトロスが私にブレス攻撃をするのは、ほぼ同時だった。

だが、私はその場を動かずに矢を放った。

私の放った矢は光を凝縮したかのような輝きを放ちブレスに向かって行った。

矢はブレスを引き裂き、そのままオルトロス目掛け飛んだ。


「死ね」


私の放った矢は、ただ真っ直ぐに進みオルトロスを刺し貫いた。

身体を真っ直ぐに貫かれたオルトロスは、数歩歩くとその場に倒れ伏した。


『上出来ね。それじゃまたね。私の主様』


私の矢の腕に満足したのか、女性は嬉しそうな声をあげた。

脳内にレベルアップのアナウンス響く。

オルトロスを殺したことを確信すると、私は大急ぎでセリナのもとへ駆け寄ろうとした。

足を踏み出そうとしたときだった。


あれ……力が……入らない。

急激に力がなくなったかのような感覚に襲われ私はその場に倒れた。

オルトロスを一撃で屠った私の一撃は予想以上に体力を消費したらしく全身に力が入らない。

くっそ。速くセリナの治療をしないといけないのに……。

私は這ってでもセリナの元に駆け付けようした。

早くセリナの元に行き治療をしなくてはいけないのに、それができない。

さらにそこに追い打ちをかける様に奴らは現れた。

いや、この事態を起こした元凶が姿を現したのだ。


「う、嘘でしょ——」


そこに現れたのは数十匹のオルトロス群れとそれを率いる三つ首の魔物ケルベロスが現れたのだ。

一体を殺すのにどれだけの犠牲を払い苦労をしたのか、彼らの出現は私を絶望の底に叩きつけるのには十分だった。




どれだけこの時を待ったことだろう。

獣の王たる我が、支配者たる我が奴らに隠れながら生きる苦渋の日々に終わりが訪れた。

奴らは既に死んだ。

森に住まう王の器は我を含め三体いた。

されど生き残ったのは我のみ。

つまり、我こそが王。

全ての獣を支配する王である。




この街を襲った大規模暴走スタンピードは、全部で三種類起きていた。

竜型、蟲型、そして獣型の三種類の暴走スタンピードが起きていた。

けれど、同じ場所で起こった暴走は互いにぶつかりあうことで数を減らし発覚が遅れたのだった。

竜型と蟲型は互いに潰しあいながらも均衡を保ち、獣型は他の種族から隠れるように自ら身内を潰しあってきた。

巧妙にこれまで隠してきたが、それでも魔物の増加が上回り調査に乗り出したエンシェントエルフたちによって存在が見つかった。

もっとも見つかったのは竜型と蟲型であり獣型は見つからなかったのだが……。

案の定発見された王たちは、エンシェントエルフたちにあっさりと討伐され、その配下の魔物も今や駆逐されつつある。

そして最後の王ケルベロスは、他の王が消えたのをいいことに姿を現したのだった。





どこまで私達を追い詰めればいいの……。

私は、ふらふらになりつつも足に力をいれ立ち上がった。

私が守らないといけないんだ。セリナが私にしてくれたように私も全てを賭けてセリナを守るんだ。

私は残りの力を白銀の弓を引き絞った。


「セリナは私が、私が守るんだ!『月光の魔弾ルイーナ・カタストロフィ』」


放たれた光の矢は、空高く舞い上がると分裂し、光の雨となった。

光の雨となった矢は、次々と魔物達に降り注いだ。

矢の振った位置は一面、砂ぼこりに覆われ私の視界を塞いだ。


やったの……?

脳内に鳴り響く無数のレベルアップの声を聞き流しながら、矢の降り注いだ場所を注視した。

砂ぼこりの合間から矢に貫かれて息絶えたオルトロスたちが転がっているのが見えた。

それを確認した途端、足の力が抜けその場に倒れそうになる。

気付けば、白銀の衣も弓も消えていた。

正真正銘、私は全ての力を使い果たしたのだった。

生まれたままの姿になった私は、倒れそうになるのを耐えつつセリナの方へ向かおうとしたときだった。


『ウォォォォォン』


絶望の遠吠えが辺りに響いた。

錆ついた機械のように、恐る恐る遠吠えのした方向に私は目を向けた。


「う、嘘……」


そこには、傷だらけになりつつも未だに息があるケルベロスがいた。

ケルベロスは怒りの咆哮をあげると、死体となったオルトロスを喰らいはじめた。

オルトロスを喰らったケルベロスの肉体は、傷を恐ろしいほどの速度で治していった。

そして、もう一度ケルベロスは、咆哮をした。


そして、想像を絶するようなことが起きた。


咆哮をしたケルベロスの影が地面に広がったと思うと、そこからオルトロス達が出てきたのだ。


その光景を見た私は絶望した。

正真正銘、今の私にはもう何もできない。

月弓女神アルテミス』のスキルの効果も消えてしまった。


こんなところで私は負けるわけにはいかないんだよ。

もう一度、もう一度だけ力を!


「『月弓女神アルテミス』」


私はもう一度スキルを発動させようとした。

だが、現れた白銀の衣は全身を覆う前に霧散してしまう。


「も、もう一度……『月弓女神アルテミス』」


再び私がスキルを発動させようとさせるが結果は変わらず、不発に終わってしまう。

それでも私はスキルを発動させようとする。

これしかセリナを守るには方法がない。

もう一度『転生リンカネーション』を発動することも考えたが、既にケルベロスは私を脅威と捉えている。

転生リンカネーション』は、傷こそ回復させるものの体力までは回復させられない。

先ほどの『月弓女神アルテミス』の発動からもわかる通り、このスキルはおそらく体力を消費するのだろう。

もし、『転生リンカネーション』を使ったとしても、もう一度スキルを使うことはできないだろう。

もしかしたら、現状を打開できる新しいスキルを手に入れられる可能性もあるが、その可能性は限りなくゼロだ。

だけど、私は諦めるわけにはいかない。大切な友達を守らなければいけないんだ。


「お願い、お願いだから……私に力を……『月弓女神アルテミス』」


だが、その声は天には届かなかった。

スキルはうんともすんとも言わず、衣すら現れなかった。

私がそうこうしている間に、ケルベロスの方も準備を整えていた。

こちらに襲撃にかけてきたとき以上に自身の眷属たるオルトロスを影から生み出していたのだ。

影から生み出されたオルトロスは、直ぐにこちらに襲ってこずにケルベロスを守るように私を警戒していた。


「こ、こんなにが数……」


私が裸で茫然としている様子をみたケルベロスは、大きな遠吠えをあげるた。

その遠吠えがまるで襲撃の合図であるかのように、オルトロス達は一斉にこちらに向かってきた。


「こ、こんなところで……」


苦虫を嚙み潰したように私は顔を歪めた。

徐々に距離を詰めてくるオルトロスに絶望の色が浮かぶ。

もう無理だと思ったとき、オルトロスが一斉に爆ぜた。


「えっ、一体何が……キャァァァァ」


急に地面が爆発したかのように衝撃とともに辺りに爆音が響いた。

私はその爆発に巻き込まれこそしなかったが、爆風に吹き飛ばされた。


「あ、ごめん?大丈夫?」

「だ……だれ……?」


吹き飛ばされた私は、地面に着地する前に空中で誰かに抱き留められた。

私を抱き留めたとのは、私よりも少しだけ身長の高い淡い青い髪の少女だった。


「私?ソーナ。ソーナ・フォン・ベルベット。魔王軍黒百合騎士団第六位」

「魔王……軍?」


そう言うとソーナは上空を指さした。

上空に目を向けるとそこには飛竜に乗った騎士、竜騎士たちが展開していた。


「そう。もう大丈夫、君は私達が守ってあげる」


ソーナはそれだけ言うと私に漆黒の百合の刺繍が入った上着を私に被せた。

そして優しく私を抱きしめると冷ややかな声で手を振り下ろした。


「全軍、掃討しろ」


ソーナが腕を振り下ろすと、同時に飛竜にのった騎士たちは生き残ったオルトロス達を狩りに動いた。

空中からの攻撃にオルトロスはなすすべなく駆逐されていったが、ケルベロスは中々しぶとかった。

ケルベロスは懸命に応戦し、影からオルトロスを生み出し続ける。

戦闘が拮抗している様子を見かねたソーナはポツリと呟いた。


「生者を確保し全軍退避、衝撃に備えろ」


ソーナの呟きがまるで聞こえているかのように、軍はオルトロスの群れから生存者を連れて距離を取った。

ソーナは軍が距離を取ったのを確認すると魔術の詠唱を始めた。


「『雷精、風精よ、廻れ廻れ、紫電は臓物を焼き、烈風は骨を断つ、風雷よ天を切り裂き、大地を焦がせ、我は断罪の使徒、罪を憎み、憎悪する、悪を裁く裁定者なり、断罪の時は来た、契約を破りし罪過に裁きに鉄槌をくだせ』戦略級軍事魔術『断罪・疾風迅雷(バースト・ノヴァ)』』」


ソーナの放った凄まじい熱量を持った雷撃魔術は、辺り一面を紫色の閃光で包んだ。

雷撃の熱によって魔物達は一体を残して全て息絶え、地面はガラス化していた。

残った一体、ケルベロスも三つ首のうち、二つが消失し、身体の半分が炭化していた。

もはや虫の息といった様子ケルベロスを見つめ、ソーナは舌打ちをした。


「チッ……私は全軍退避って言った。命令無視」


「命令無視?違いますね。退避し、残存兵力を無力化したまでですよ」


ソーナは無言で腰に挿した剣を抜くと背後に振るった。

だが、剣はフードを被った男に素手で簡単に受け止められた。


「はぁ……八つ当たりはやめてください。第六位様に殺気を向けられたら私は死んでしまいますよ」


「黒薔薇二位の軍は、今は私の配下。生意気言うと殺す。それが二位の副団長だとしても……」


「はぁ……出過ぎたまねをして申し訳ございませんでした」


「わかればいい。それじゃあ生存者の治療をはじめて」


「もう取り掛かっております。我が軍は優秀なので」


「生意気……」


「ね……まだ……ケルベロスが……」


私は抱きかかえられながらも、危険をソーナに伝えようとした。

だが、ソーナ私に優しく微笑むと頭を撫でながら言った。


「平気。もうケルベロスは死んでるから」


ソーナの言葉に私はケルベロスに目を向けた。すると、丁度ケルベロスがこちらを睨み咆哮した。

私は恐怖からか、ソーナの服をギュッと握り目を背けた。

しかし、ケルベロスは咆哮をあげたきり何の反応も起こさない。

不信に思った私は、ケルベロスに目を向けるとそこには細切れにされた肉塊が転がっていた。


「ふぇ?」


ケルベロスが肉塊になったことに驚いて間抜けな声を私は漏らしてしまった。

どうやら既にケルベロスはフードの男に細切れにされており、あれが最後の咆哮だったのだろう。


「もう原因体コアは倒した。怪我ない?」


「は、はい。私は怪我はしてないですけど……」


怪我と言われて、セリナの傷を思い出した私はソーナに縋るようにいった。


「セリナを、私の友達を助けて!」


「今、私の部下が治療してる。たぶん君の友達も——」


ソーナがそう言いかけて、いきなり私を庇うように剣を抜き構えた。


ソーナの剣の先の空間が真っ二つに割れた。

そして、そこから数人の影が出てきた。

だが、私はその人影たちに見覚えがあった。というより私のよく知る人物たちだった。


「『空間接合魔法』なの!」


「ママ!」


「あ!待って!」


私はソーナの制止を振り切って人影達、ママ達の元へ向かった。

私に気が付いたママは私を優しく抱き上げてくれた。


「大きな魔力を感じて転移してきてみたらこれまた、派手ねって、ミーシャ!なんでここにいるのかしら?」


「私、ここで戦ったの!そ、そんなことよりもママ!セリナを助けて!血がいっぱい流れて腕も——」


「わかったわ。あとはママ達に任せなさい」


ママはそう言うとソーナ達には目もくれず、私を抱えたまま治療を受けているものたちもとへ向かった。




生き残ったもの達は一か所に集められ治療魔術・魔法で傷を治していた。

そこには当然セリナの姿もあった。

既に治療魔法をかけられた後のようで、一命はとりとめていた。

生きているセリナを見て、安堵の息を漏らしたが、その姿を見て胸が苦しくなった。

セリナの顔は未だに青白く、彼女の腕は片方欠けたままであったからだ。


治癒魔術・魔法では欠損部位まで修復するには、それ相応の実力が必要になる。

残念ながら、魔王軍にはその実力を持った者はいなかったのだろう。

私はそんな状態にしてしまった罪悪感から涙が零れた。


「セリナ、ごめん、ごめんなさい。私のために——」


未だに意識の戻らないセリナに私は泣きついた。

そんな私にママは、優しく涙を拭いてくれた。


「大丈夫。あとはママ達に任せなさい。ミーシャのためならママ達は何でも叶えてあげるわ」


「ママぁ……お願い、お願いだからセリナを治して」


「わかったわ」


ママは私に微笑むとセリナに魔法をかけた。

すると、失われた腕が再生し、同時にセリナの顔色もよくなっていった。


「これで大丈夫。あとも残っていないから安心しなさい」


ママはそう言うと優しく私を抱きしめた。


「言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるけど、今日はもう疲れたでしょ?家に帰って休みましょう」


「——うん」


ママ達がこの場に来たことで今まで張り詰めた緊張の糸が切れたせいなのか、はたまたセリナが無事であることに安堵したせいか私は、体力の消耗も相まってそこで意識が途絶えた。


ミーシャに眠りの魔法をかけたシェリーは、優しくミーシャを抱きしめた。


「まったく、また『超回復』を使ったのね。本当に無茶ばかりして……。すみませんが、私はこの子を家のベッドに寝かせてきます。あとのことは任せてよろしいでしょうか?」


「あぁわかった。ゆっくり休ませてあげな。事後処理はこちらでやるよ」


バラライカがシェリーに許可を出すと、シェリーはミーシャを連れてその場から消えた。


「それじゃあ、私は魔王軍に事後報告をしてくるから、バルバロ、アンナは負傷者の治療、他は残敵掃討」


「了解」


「はいよ」


各々が行動に移す中、バラライカ一人、魔王軍を率いるソーナの元に向かった。





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