序章 プロローグ
人生をやり直したいと思ったことはあるか。
俺はあった。
あの日、あの時に戻ってやり直したいと何度思ったことだろう。
でも、それはできないことだ。
人生は一度だけであるし、過ぎた時は戻ることはない。
一度失ってしまったものは、もはや取り戻すことはできない。
それこそ神の奇跡でもない限りは……。
俺、いや今は私か……。
これは他の誰でもない私の物語だ。
なんてことない平凡な学生であった俺が、剣と魔法の世界に転生する私の物語。
それでは語るとしよう。
まず、最初に語るのは序章、私がまだ俺であったときから語るとしよう。
俺はなんてことない学生であった。
普通の中学校を卒業し、頭のいい高校に入り、なんてことない地方の大学へ進み、今は親元を離れ一人暮らしをしていた。
その日は、雪が降っていた。
降る雪の量はそれほど多いものではなかったが、風が強くとても寒い日であった。
俺は、いつものように部屋に買い貯めていたカップ麺を食べようしたのだが、その日は、丁度切らしており俺は仕方なくコートを羽織り買い物に出かけていた。
俺は大学生であったのだが、免許を持っていなかったために徒歩で近くのコンビニへ買いに行った。
今思えば、なぜ雪の降る日にわざわざ買いに行ったのだろうか、素直に自炊をするという選択肢もあったのに。
家には、家族が送ってくれたお米もレトルトカレーもあったのだが、その日は何故かカップ麺が食べたかった。
近くのコンビニと言っても俺の今住んでいるところは都会と違いそれなりに歩かなくてはいけない。
普段は自転車を使って移動をしているのだが、雪のせいで地面が凍ってしまって使うことができなかった。
そしてソレは起こった。
事故なんてものは、自分がいくら気をつけていたって起こるときは起こるものだ。
俺の今住んでいるところは降雪量が多く風がとても強いところだ。
一年間そこで過ごし冬の厳しさに圧倒され、そして二年目の今年ようやく慣れ始めた。
雪の厳しさは知っていたのだが、こればかりは仕方ないだろう。
ソレは俺がいくら気を付けていたって意味がなかったと思う。
ただ運がなかったのだろう。
まぁ何が起きたかというと俺は車に撥ねられたのだ。
事故の瞬間のことはあまり覚えていない、後ろからクラクションが聞こえ車線を越え歩道に来た車に撥ねられた。
大きく吹き飛ばされた俺の意識はそこで途切れてしまい、それ以降のことは覚えていない。
再び目を開いたときにはそこは、歩いていた歩道ではなく、花で埋め尽くされた庭園であった。
冬の凍える様な寒さから一転、春の様な暖かさに包まれ、空には雲一つない太陽が俺を照らし周囲には色とりどりの花がそこには広がっていた。
俺は死んだんだな。ここは天国なのか。
そんな考えが俺の頭を過った。
だが、そこは天国ではなかった。
ん?誰か他にもここにいるのか。
俺が辺りを見渡しているとものすごい勢いでこちらに走ってくる人影が見えた。
人影はどんどん大きくはっきりとしてきた。
俺の方に全力疾走してきたのは、俺と同じ二十歳前後の女性であった。
彼女は瞳、髪、ドレスにいたるまで全て夜空の様に美しい漆黒で美しかった。
綺麗な人だな……ん?
彼女の容姿に見惚れていたのもつかの間のこと、こちらに向かって全力疾走する美しい女性は徐々にスピードを落とすどころか上げてきたのだ。
ヤバイぶつかる!
そう思ったときにはもうすでに遅かった。
彼女は勢いを緩めることなく俺に飛びついてきた。
俺は避けること叶わず、彼女に押し倒され、抱き着かれた。
「逢いたかったよぉ。私の適正者くん、私は君が来るのを心待ちにしていたんだ」
「ぐはっ……。貴女は一体誰ですか?ここはどこで——」
「もう離さないぞ。他の神のところになんか行かせないぞ!」
彼女はそう言うと俺の頭を自分の胸に埋め込むように抱き寄せた。
今年で成人した俺、彼女いない歴=年齢、童貞な俺が人生で初めて女性の胸に触れた瞬間だった。
だが、悲しきかなやわらかく、暖かな温もりを与えてくれたそれを俺には堪能する余裕はなかった。
酸素をくれ!死ぬ窒息する!
俺は生命の危機を伝えるために必死に地面をタップする。
「あ、ごめんごめん、つい興奮してしまったよ」
「ぷは、はぁはぁ、死ぬかと思った……。あのここはどこで、貴女は誰で、俺は一体——。」
「待て待て、質問は一つずつにしてくれないか。まぁ全部応えてあげるんだけど。私は女神クロリスよ。ここは私の神域で君はさっき死んだのだよ」
俺に馬乗りになっている自称女神のクロリスは優しく俺を開放するとまるではしゃい子供のように告げた。
俺はというと自分が死んだという事実を受け止めるに必死であった。
「俺が死んだ?……じゃあなんで俺はここにいるんですか!」
不安を振り払うように俺は声を荒げていった。
「そう、カリカリするもんじゃないよ『宮前 浩太』君。私達の仕事は君の様に寿命を十分に残したまま死んでしまった若者へ救済の機会を与えることなんだよ」
「なんで俺の名前を……それに救済の機会?」
「ふふふ、私はこれでも女神だ君の名くらい知っているよ。君には輪廻の環に返らずに生前の記憶を残したまま別の世界に転生するという選択肢が与えられるんだ。どうだい魅力的だろ?」
「はい。……でも本当にそれだけですか?」
「ははは、流石私のところに来ただけのことはあるよ。いいよ全部教えてあげる」
そう言うと女神クロリスは喜々として語りだした。
もし俺が輪廻の環に返らずに別の世界に転生した場合、記憶の引継ぎの他にいくつかの特典が与えられるらしい。
特典というのは、神様が直々に特殊な力『スキル』を与えること、力を与えた神様と話す権利だとからしい。
また、俺が転生する世界は、文明レベルはあまり高くはないらしいのだが、魔法なんていう技術があるらしい。
そこでは、人間以外にも獣人やエルフといった亜人達も暮らしており、まさにファンタジー世界なのだとか。
俺自身ゲームやラノベなんかは割と好きな方でそっち系の知識は豊富といってもいいだろう。
話を聞くうちに内心、自分の死への不安より転生することへの期待が大きくなっていった。
だが、いくつか聞き捨てならないような話が出てきた。
それはその世界では俺以外にも転生者がいるということだ。
「俺以外にも転生している奴がいるだって?」
「異世界転生で無双できるぜ、なんて思ったかい?ひょっとして異世界ハーレムとか期待した?」
「いや、そんなことは——」
「ふふふ。まぁいいさ、君以外にも不遇の死に合う者達はかなりの数いるのさ。君達みたいな存在を別の世界に転生させるのが私達神の仕事なのさ。まぁ仕事といっても私は君が初めてなんだけどね。不遇の死を遂げた者達はそれぞれ相性のいい神様のもとに送られ、その神様の担当する世界に転生するの。君の場合は私が担当の神様で転生できる世界は一種類だけなんだけどね」
その後も女神クロリスは俺の質問に応えながら色々なことを教えてくれた。
不遇の死を遂げたもの達は神様のもとへ導かれる。
このとき行く神様は本人の才能、個性、神様との相性全てから選ばれるらしい。
転生先も神様によっては複数あったりと選択により幅が出てくるのだとか。
そして俺の担当となった女神クロリスは神の中では割と古参の方らしいのだが、相性のよい者が現れず、ずっと自分の神域から出られずにいたらしい。
神は自身が転生させたもの達がいない限り下界の様子が見ることすらできないのだという。
だから俺が彼女の神域に現れたとき彼女はあんなにもはしゃいだ様子であったのだろう。
「さて、これで転生について話すことは最低限話したと思うんだけど、他に聞きたいことはあるかな」
「転生については大体理解しました」
「そうかい。なら転生するんだよね?するよね?するって言って」
「……はい。転生します」
「よっしゃー!」
女神クロリスは俺の転生の合意を確認するとガッツポーズをとりながらその場で叫んだ。
「あ、あの女神様?」
「あぁ。ごめんごめん、つい嬉しくて、それで何かな?」
「あの『スキル』について説明してもらっていいでしょうか」
「『スキル』ね。私が君に与えるのは『転生』この私が創った唯一無二の最強のスキルよ。君が行く世界では命が芽吹くときに『スキル』が与えられるの、だから誰もが『スキル』を持っている。これは世界のルールで決まっていることなの。私が君に与えるこの力は簡単に言えば『生き返る力』命の灯を再点火する力なの。でもこの力は真骨頂は生き返ることじゃない——」
「生き返る度に新しい『スキル』を獲得する力ってことですか」
「もう!私がそれ言いたかったのに……まぁそういうことよ。君は死ぬほど強くなるってこと。どうこれで他の神が送った転生者なんて目じゃないくらい強くなれそうでしょ」
「はい。これなら……。でもそんな世界のルールを逆手に取るような『スキル』いいんですか」
「あ~大丈夫、大丈夫君みたいなイレギュラーが一人いても世界は狂ったりしないから、たぶん。寧ろそのくらいの『チート』じゃないと他の転生者にあったときボコボコにされるし、それに私の初めての『転生者』なんだから他の神の送った転生者なんかに負けてられないっしょ」
「世界よりメンツ優先ですか……。」
「あははは、よしそれじゃ早く転生しようか」
「あの、それとお願いがあるんですけど……」
「うん?何かな」
「できれば転生先の顔はカッコイイのがいいんですけど」
「ごめんね。それはできないかな……」
「やっぱりそうですよね」
「あ、違う違う君の転生先はエルフの女の子だから超可愛いくなってるんだよね。だからカッコイイのは無理なの」
「は?女の子?」
「安心して将来は絶世の美女になるように設定してあるから。それじゃあ頑張ってね」
「ちょっと、待ってくださ——」
俺は言葉を言い終わる前に神域から追い出されるように転生させられた。
こうして俺は私となった。